令嬢の成果
辺境伯領での緊張の滞在は無事に終わり、フィブラ家王都邸に帰還する。これで任務は終了と伝え、フラールの姿に戻る。帰りは面倒なことをせずに真っ直ぐ王都騎士団に向かって良い。まだ休みではない。これから団長への報告書を書き、相談したいことリストも作り、ティーロ様への謝罪の文面も考えなければならない。今日はもう一頑張り、忙しくしよう。それが終われば軽く運動もしたい。剣の腕も鈍らせられない。
久々に寮で食事を取っていると、同僚に声を掛けられる。しばらく見なかったと気になっていたらしい。特別任務の一言で詳細を聞かないでいてくれるのは騎士として当然だ。
「なんか、綺麗になったな。髪も伸ばしたのか。」
たった数ヶ月会わなかっただけで親戚のおじさんのようなことを言ってくる。髪は切れていないだけだ。一人で侍女の手を借りていたような手入れは難しい。自分でもできるように教えてもらったが、早々に切ってもらおうとは思っている。
「良い匂いがする。」
他人の髪の匂いを嗅ぐ変態がいた。食事のトレイを持っていなければ手を叩いてやったところだ。代わりに足を軽く踏む。いつも前に座るが、そこなら良いだろう。隣のように髪や体を触れない。その代わりなのかこちらをじっと見ており、食事の進みが遅い。一体何がそんなに気になるのか。
「いや、ああ、前もそうだったけど、食べ方お上品だよな。鍛錬終わりなんかみんなもっとバクバク食うぞ。見ろよ、あっちの自称ご令嬢。お前の倍以上口の中に放り込んでる。」
今日の俺は書類仕事ばかりで運動量が少なかった。きっとそのせいだ。内心令嬢のふりをしすぎて動きがおかしくなっていないか不安になる。
「お前のほうがご令嬢みたいだな。」
騎士としての動きを再指導していただこう。団長への相談事リストに一つ追加だ。このままでは騎士としての俺の生活に支障を来す。少し急いで食事を取り、自室に引き返す。忘れないうちにリストに追加し、他とあまり接触しないように過ごそうと決意する。
翌日以降、他人との接触を避けることにも限界があると諦め、鍛錬を行う。通常業務に戻り、暴漢と遭遇しても余裕を持って捕縛できるよう、一般市民を巻き込まずに済むよう、剣術と魔術の精度を上げることに努める。筋力は落ちないよう部屋の中でできる鍛錬を行っていた。問題なく剣を振るい、勢いを自分で殺せることを確かめる。そうしていると報告書を確認したらしい団長から呼び出しを受けた。報告の詳細確認だろう。しかしその場には王太子殿下もおられた。
「任務ご苦労だった。すまないな、騙し討ちのような真似をして。だが、おかげで安心して次の任務を任せられる。」
詳細を聞けば、今回の任務は俺が令嬢としてどこまで動けるかの確認のためが主であり、元より彼女達の結婚相手紹介の行動についてはあまり疑っていなかったそうだ。あの場で相手を選べる人は親からその自由を与えられている者に限られ、後ろ暗い相手なら親の権限で決まるためあの場では決められない。その辺りを上手く調整することもできるのだろうが、取り締まる側も関係なく紹介されているような場は疑いにくい。今回団長の息子も紹介されたことでより、安全なただの茶会という印象は強まった。
俺からの報告は必要ないかと思ったが、どの程度相手が令嬢だと信じたかは必要らしく、ティーロ様との交流について話すこととなった。アルマに気付かれたことも報告だ。女装を解いてからの王都騎士の反応も併せて伝え、報告の時間は終わる。ここからは相談だ。一つは剣術と魔術を組み合わせての感覚を取り戻すために指導していただきたい、二つ目は令嬢らしい動きが残ってしまっていないかの確認と残ってしまっているなら騎士としての所作を叩き込んでいただきたいということ、三つ目はティーロ様への謝罪に関して。今後どうしたいかある程度考えているものもあれば、どうしてば良いのか分からないものもある。だから相談だ。
「ああ、既に愛らしさに磨きがかかったという噂は聞いた。急場しのぎだが、部屋を変えるか。」
何を心配されているのだろう。当然、現在は男子寮一般騎士の部屋の一つが俺の部屋になっており、男性騎士であれば誰でもすぐに訪ねられる。他は女子寮だけで、団長や隊長など指揮官クラスも男子寮と女子寮それぞれの一角が使われている。実家や自分の持つ屋敷から通っている人も多いため、確かに空きは十分だ。俺もフィブラ伯爵家王都邸から通えるが、鍛錬や研究の時間を確保するため寮を利用している。
「王宮に来てくれても良い。妹も喜ぶだろう。」
王太子殿下はどういった立場で俺を入れるつもりなのだろう。王女殿下に好かれても重荷になるだけだ。もっと気楽に城下の人々と関わっていたい。
「もちろん姉のような存在としてだ。まだ付け入る隙のある王女に取り入って俺や弟に近づこうという令嬢もいるのでな。」
それでは令嬢の所作を抜くために逆効果だ。王太子殿下としては未来の王妃となる女性を見極めるために有用かもしれないが、俺にとっては迷惑千万。その立場になっては自分の相手が見つけられない。
「所作というより髪や肌の質感が原因だろう。そこまで気を遣っている人は少ない。心配ならしっかり稽古を付けてやろう。」
ありがたいことだ。ティーロ様への謝罪文に関しても相談したい。照れが勝ってしまって、辺境伯嫡男への謝罪文として適切なものにできたか自信がない。そう自分で書いた文を見ていただく。
「こちらからも騎士団での任務における行動だと謝罪文を送る。これも同封しよう。」
失礼な文面にはなっていなさそうだ。ティーロ様はお怒りになるだろうか。王都に来られた際に直接謝罪に赴こう。良い令嬢に出会えたと喜んでおられたのに非常に申し訳ない。
「その点はあまり直接言わないほうが良いだろうな。男と気付かず惚れたなんて突き付けられたくないだろう。」
それもそうか。相手からその話題を出された場合に誠心誠意謝罪するに留めよう。報告と相談を終え、予定も組めた。自分の動きに意識を向けつつの休暇だ。常に令嬢として振る舞う緊張感に包まれたままの特別任務だったため、少し長く休暇を頂いた。その間も腕が鈍らないようにはしたい。まずは実家に戻って弟の様子を見よう。
弟は学園を卒業して二年目。俺が王都騎士団に所属しているためか、領境騎士団に配属された。場所は故郷のフィブラ領と隣の領の領境にある砦。魔王国との国境にあるような砦ではなく、頑丈な防壁もないが、領を跨いだ揉め事や犯罪者の捕縛に関して動くため、国からの配属となっている。構成員は両方の領の出身者の数が同数になるよう調整されており、他領出身者が多い。どちらかに偏ると問題の種になりかねないだからだ。
長期休暇だからと理由を付けて、弟の職場見学に行こう。夜会にはあまり参加せずすぐに戻ってしまったが、問題なく復帰できているだろうか。領地の屋敷から馬を飛ばせば一日で到着できる距離だ。両親と一緒に帰り、兄にも顔を見せよう。この髪と肌を見て、兄はどう思うだろう。少々緊張しつつの領地では、翌日にでも侍女に髪を切ってもらう予定を立てた。しかし夕食ついでにその話を伝えられた両親は少し残念そうだ。
「せっかく綺麗なのに。でも、そうね。自分より綺麗な旦那なんて嫌って令嬢は多いかもしれないわ。」
「三人のうちの誰かが結婚して子どもを作ってくれれば良い。お前の相手をしてくれる女性が見つからなくとも問題ないさ。」
母は純粋に自分の希望を述べつつも、理解を示してくれる。父は慰めているふりをしてこのままをお勧めしている。いや好きにすれば良いというだけか。兄は子どもの頃の行いを反省したのか何も言わない。散々女の子と揶揄われたことを覚えている。殴って反抗しようにも勝てず、ただ泣かされただけだ。弟には殴って黙らせた。結果泣かせたとして親に怒られ、どう頑張っても何かが起きていた。弟は女装の際に会っているため、そこまで心配は要らないか。その日は屋敷で過ごし、翌日馬を走らせる。休憩時間くらいあるだろう。駄目なら宿を取れば良い。そう一泊するかどうか決めていないと伝え、家を出る。
見慣れた風景に、体に向かう風。爽快な気分で一日走らせれば砦だ。向かう旨は伝えており、今日の予定は空けてくれると返事が来ている。夕食も用意してくれる予定のため、一日分の食事と不測の事態に備えた非常食だけで十分だ。見れば俺が来たとすぐ分かるだろう。見張りに声を掛け、弟を呼び出してもらう。
「フラール、兄さん。相変わらず綺麗だね。」
姉さんと言おうとしたような不自然な間。俺が拳を固めたことに気付いたのだろう。髪と肌はやはり観察しているが、そんなにも変わっただろうか。せいぜい数ヶ月の手入れだ。一般的な令嬢とは比べられない。そのはずなのだが、よほど女の子との交流に失敗したのだろうか。夜会でも俺に寄って来ていた。妹ということになっている俺にべったりくっつくという行動こそが、令嬢と上手くいかなかった原因だろう。
「別にそういうことじゃないけど。王都で女の子扱いされてるんじゃないかなって。」
そんなことはないが、一部口説いてくる輩と女装させてくる輩がいる。ただし女装させてきた輩は最低限騎士としての矜持も守るように動いてくれており、部屋から出されることはなく、話を広めることもなかった。その点だけは安心して良い。口説いてくる輩から守ってくれることもある。だからこそ女装の件も断りきれなかっただけだ。
時間を空けてくれているため、少しだけ手合わせさせてもらう。純粋な腕力では弟に軍配が上がるが、魔術も駆使するなら俺が勝つ。剣技だけでもまだ勝てた。器用さでは負けていない。これもそのうち覆されるのだろうか。
「兄さん、本当に気を付けて。ご令嬢方から恨み買ってたから。」
存在すら知らされていなかった伯爵家の令嬢が注目を集めれば面白くない令嬢も多いだろう。しかしその伯爵令嬢が本命として狙っていたのは誰も妻になろうとしていないティーロ様。恨みというほどのことではないだろう。
弟からの不思議な忠告を受け、領地邸に数日の滞在を経て王都へ帰還する。王都では無事ティーロ様に謝罪を受け入れていただいた。フラールとしての面会も許され、令嬢としての任務は後始末まで全て終了だ。そのはずなのにまた特別任務だと団長に呼び出された。いや、特別任務だからといって女装するとは限らないのだが、嫌な予感はする。王太子殿下がまたおられることもそれに拍車を掛ける。暇なはずがないお立場のはずなのだが、何をされているのだろう。
「特別任務を依頼する立場だ。個人的な頼みでもある。次に魔王国第一王子が来られた際、彼の気を惹いてほしい。」
十年に一度、魔王国第一王子とその補佐官はヴェルート王国に来られる。来年はその来られる年だ。俺が騎士になってから初めての訪問だ。百年ほど続いている交流であり、何か問題を起こされたわけではないが、彼らの怒りを買えばこの国など簡単に滅ぼされる。とても丁重な扱いが必要で、気を惹くなら俺は適任でない。
「令嬢に扮して彼らを出迎え、夜会にも参加してほしい。」
何故俺でなければならないのか。女装して気を惹き、騙すような真似は喧嘩を売っているようなものだ。前回まではこのようなことをしていたのだろうか。
「いや、今回が初めてだ。前回はまだ妹も出席していなかったが、今回から出席だ。万一にも見初められたくない。」
妹を心配しすぎる兄の暴走だ。他の令嬢の兄弟や父も同じ気持ちだと思っているのか、他の令嬢にこの依頼をすることはない。俺なら見初められても本当は令嬢でないと逃げられる。怒らせて戦争になったほうが問題だが、そこは相手の理性を信じているのだろう。両親の話では魔王国第一王子もその補佐官も人目を惹き付ける大変見目麗しい方だったそうだ。対する姫様は失礼ながら一目惚れする類の魅力が溢れる女性ではなく、女装した俺でも勝てそうな程度だ。まだ可愛い少女といった雰囲気で、異性と見るには幼い方。そこまで警戒することはないと思うのだが、口には出せない。俺はただ従うだけだ。上手く気を惹けていたのなら何かあっても魔王子の慈悲に縋って許しを請おう。騎士という立場では従うしかなかったという言い訳をどこまで聞いてくださる方だろう。
他国の王族にも通用する厳しい令嬢教育を受け、一層上品な令嬢に近づける。髪も結局伸ばしたままだ。今回は任務や警備のため他の騎士にも共有され、任務の一環であることが明らかにされる。今後の潜入捜査にも使う予定はないため、騎士と繋がりがあることを伏せる必要もない。夜会には令息や令嬢の立場で参加する騎士もおり、見た目以上に警備が増える。令嬢に扮した俺にも見慣れてもらう名目で、日々女装をさせられることとなった。それだけでも不満なのに、いつもより周囲の視線も強く、ただ歩いているだけで疲れてしまう。今まで女装させようとしてきた人が喜々として褒めに来ることのほうがまだ理解できる。自分の感覚が証明されたと彼女らも喜んでいるのだろう。一方で可愛い云々と揶揄し、俺を口説いていた男性騎士は遠巻きにしている。褒めるなら今だ。何故せっかく女装している今に限って可愛いと言わないのか。
決して褒めてほしいわけではないため、城下に降りなくて良い任務を女装しつつこなす。声も変声用魔道具を常に装着し、変化させている。休日も城下に降りない場合は女装になっているため、特別手当は結構な金額になると聞いた。仕草や言葉遣いに慣れるために、団長にお誘いいただいて食事に出掛けることもある。女装しているとはいえ、自分では行くことのない美味しい食事の店に連れて行っていただけるのは嬉しいことだ。このくらいの得はしたって良いだろう。
魔王国からの客人を迎えるのは夏。今はまだ冬だ。それでも令嬢達は今から次の夏に向けてドレスを用意することも当たり前らしい。俺の女装力を試すためだったこの前とは異なり、今度は本気で魔王子を騙す。そのために十分時間を使って作成してもらうそうだ。
今日は採寸と意匠作成の予定だ。王都騎士団長、王太子殿下、俺のお母様も同行している。王太子殿下も暇ではないはずなのに、一体何をしに来られるのだろう。団長が来てくださることは心強いが、立場上王太子殿下を止められるとは限らない。
先に採寸が行われる。その間も三人は俺のドレスを好き勝手相談するそうだ。本物の令嬢なら本人の希望も聞いてもらえるのだろうか。どこまで決められてしまうのか気になりつつ、採寸を終えて相談している部屋へと戻る。
何故か三人とも楽しそうだ。ドレスの型や布見本を見つつ話している。何を着せるつもりなのだろう。露出度の高いドレスにはされないはずだが、フリル満載のドレスも避けたい。魔王子の好みが分かればそれに合わせられるのだが、王太子殿下はご存知だろうか。
「父にも尋ねたのだが、そうした個人的趣向に関して、彼は語っていないそうだ。」
残念だが、純粋に俺に似合うドレスを頼むことになる。俺からもその結論が出たところで、再びドレスの詳細が話された。条件は幾つかある。第一に男だとばれない意匠にすること。つまり露出度を抑えること。第二に魔王子の気を惹けるよう、品があり、かつ目立つ意匠にすること。
男だとバレないように。その点についてお母様から特に気をつけるべき点が挙げられる。一般的な令嬢と騎士の中で小柄と言われる俺との差異が強く出る点だ。肩周り、腰回り、手の平や甲、首周り、生え際、足全体。幾つもの部位が挙げられた。その全てを覆い隠すドレスが求められるのなら、ほとんど素肌は隠されるだろう。首も肩もしっかり覆われ、手も袖と手袋で隠し、ドレスの丈もしっかり長くする。腰回りは胸と尻の辺りにフリルを入れることで対応された。裾にもフリルを入れ、その代わり上半身はレースがスッキリとさせる。視線を輪郭や生え際から逸らすため前髪は垂らし、小さな花の沢山着いたカチューシャも耳から垂れるイヤリングも装着する。ほとんどお母様主導で決められているが、王太子殿下も団長も令嬢のドレスの選び方などご存知ないのだろう。興味深そうに聞かれ、そうかと感心した声を上げられるだけだ。
「色は何にしましょうか。フラウにはピンクや黄色も似合うと思います。」
「白も似合いそうだな。」
お母様は既に気分良く選んでおり、王太子殿下も楽しげだ。団長は最早会話を諦めたようで、俺のドレスに関しては口を挟むことを止めた。俺もあまりにも可愛い幼児のようなフリルだらけのドレスでないなら好きにしてくれて良い。とんでもないドレスを着せられることのないようにだけ見張っているつもりだ。
お店の人とお母様、そして王太子殿下が会話を進め、ドレスが着実に決まっていく。胸の下で切り返しがあり、そこからふわりと広がるシルエット。裾と胸元にあしらわれたフリルに、さらにリボンも随所に入れられることに決定した。喉元も布で覆われ、レースの柄が喉仏を目立たなくさせる作戦だ。手袋はレース系で、俺の希望通りフリルばかりという事態は避けられた。白と桃色で可愛らしい雰囲気に整えるという言葉には少々不安も残るが、数々の令嬢のドレスを手掛けてきたという話だ。お母様も信頼しているのなら任せておけば良いのだろう。
後は完成を待つだけ。楽しみにしていると言う王太子殿下は試着も見に来られるつもりなのだろうか。見世物ではないのだが、どう上手く断ろう。




