令嬢の逢瀬
両親の確認を経て、手紙は無事に出せた。返信もすぐに確認できた。彼を自宅に招き、彼の自宅に招かれ、再び自宅に招く。もうすぐ彼は領地に帰ってしまう。手紙のやり取りも時間が掛かる。時間を掛けてでも領地の屋敷の調査ができるならそれでも良いが、一緒に連れて帰ってもらえるならそのほうが良い。そう一緒に行きたい、離れたくないと主張する。相手の領地の屋敷に宿泊すること。それは性別がばれる危険を冒すことにもなるが、侍女を連れて行けるのならそれも最小限で済む。ここは、一緒が良いが侍女も一緒に行きたい、と伝えよう。
「もちろんその身一つで来いなんて言わないよ。侍女二人くらい一緒においで。護衛も数人一緒に来れば良いよ。」
彼の反応は良いが、問題は両親だ。また反対の雰囲気を出している。侍女も一緒、この家から連れて行ける護衛もいる、最悪脱がされてもそれ以上のことは何も起きない。評判の問題でフラウの嫁ぎ先がなくなるような事態になっても何ら不都合はない。そもそも俺は嫁がない。俺の家に令嬢はいないため、その影響も考えなくて良い。大丈夫、どうしても行きたいとお願いした。ティーロ様も、傷つけるようなことは何もしない、責任は取る、と背中を押してくださる。そうしてようやく、渋々ではあるがジョストラ領へのお出掛けが認められた。
そうして到着したジョストラ領地邸。道中の様子も華やかさよりも地に足の着いた生活を重視しているような雰囲気だった。屋敷も同様に最低限の装飾に留められ、実用重視といった様子に見える。ここに何か秘密があるのか、それともただの善意の結婚相手紹介なのかが判明する。
辺境伯と夫人も朗らかな笑みで歓迎してくださる。領内の案内もティーロ様がしてくださる予定であり、その案内先には国境砦も含まれるという。結婚してから恐ろしい事実を知ることのないようにという配慮だ。だから今まで結婚できていないのだろう。同時に妻にそうした血生臭い現実から逃げることを許さないという意思表示でもある。王都の令嬢の中から妻を探すのは難しいかもしれない。基本的に戦いや血の流れる場所は怖いものだ。辺境伯だからこそ隠して守るということもできない、むしろ共に守れる相棒を欲しているのだろう。
部屋は当然一人部屋であり、屋敷内も自由に歩いて良いと言ってもらえている。特に怪しい点はない。出掛ける時に声を掛けるのはどこの家でも同じだ。屋敷の使用人も丁寧で、要望に十分応えてくれている。顔色も悪くなく、怯えた様子もない。声を掛けて町を歩かせてほしいと言っても迅速に予定を組んでくださり、住民も困窮することなく生活できている。もちろん貧困層の集まる地域もあるだろうが、その解消のため窓口も作っているそうだ。機能面では改良の余地があるという話もあったが、そうした施策を行い、現状の把握もできていると評価できる。おかしな雰囲気の人とティーロ様が顔見知りのような反応もない。あからさまな反応は避けるだろうが、目の動きや一瞬の停止などもなく、本当に何も知らなさそうだ。簡単な探知術で周辺を探っても怪しい場所はなかった。
数日の休息を経て、国境砦まで案内される。しっかりと防壁が張り巡らされ、その向こう側は深い森が広がる。森はもう魔王国だ。魔物も多く、こちらからの侵入は難しい。よほどの腕自慢でなければ魔王国の警備に認識される前に死ぬだろう。交流の際はこの森を抜けて魔王国の王子はやってくるらしい。伴は補佐官一人のみ。森を越えられるよう鍛えているのか、魔王国の住民はみんな強いのか、どちらなのだろう。
この国境砦には辺境騎士団が常駐している。ジョストラ辺境伯とは強い結び付きがあり、深く連携していると習った。しかしあくまで国の組織。勝手に入って見学させることはできないのだろう。形式的な確認は行われ、事前に申請されているとして見学を許された。
「鍛錬の様子を君も見てくれ。」
もちろんと応じ、一つ思い出したことがある。槍術を評価され、辺境騎士団に異動になった同期がいた。魔物の中には魔術が効きにくい物もおり、そのため彼女は評価されたようだった。魔術が不得手で、剣より槍が得意で、一部の過度な自尊心を持つ貴族令息と衝突することの多かった彼女は邪魔に思われたのだろう。彼女自身もっと戦える場所を、と求めていたため、喜んで荷物を纏めていた。まさか今日いるだろうか。俺と身長が変わらないのに何故か格好良いという評価をよく受けていた。いれば分かるだろうが会いたくない。
鍛錬場では剣よりも槍を武器にしている人が多かった。屋外での戦闘が基本だからだろう。周囲の民間人を巻き込まないように、という意識を最優先にする王都とは異なる方針が見て取れる。あちらは屋内で犯人を追うことも基本の想定の中に入っていた。対人と対魔物という違いもある。捕縛か討伐かという違いもあるだろう。
「真剣だね。興味あった?」
うっかり見入ってしまった。格好良い人ばかりで見惚れたと言い訳しよう。全体的に筋骨隆々の人が多く、同僚達の引き締まった人の多い環境とは異なる。俺の憧れる逞しい男性が多い。俺もああなりたいと思っていたものだが、無理だと諦めてしまった。身長も骨格も全く異なる。努力では越えられない部分だ。その代わり魔力運用の効率などを研究し、戦力の底上げには貢献できた。それはそれで良いのだが、やはり格好良いと感じる気持ちも変わっていない。
あまりにも見つめてしまったためか、その中の数人と挨拶させてくださる。やはり身長も肩幅も全く異なる。彼らと比べられれば、女装していなくとも可愛いと言われて納得という気分だ。今ならむしろ令嬢らしさの強調に繋がるため、隣に立つことも大歓迎だ。代表して挨拶してくださった一人は辺境騎士団長。手もゴツゴツと大きく格好良い戦士の手だ。
「君の手も剣を握る人の手だ。新人と少し手合わせしてみるか?」
動ける服装ではないはずだが、女性騎士達は度々ドレスで手合わせを行い、不測の事態に備えていた。適していないができない服装ではないのだろう。俺もやってみると答えかけ、動きで性別がばれるかもしれないと思い直す。立ち方や歩き方は習ったが、剣の振るい方は習っていない。男性の動きになってしまう。服装を理由に断ろう。
「残念です。この手になるほどなら手慰みや遊びの範疇ではないと思ったのですが。無理は言えませんね。どうぞご自由にご見学ください。」
騎士の中では不得手の部類に入るものでも、騎士でないただの令嬢の姿なら遊びで触れた程度ではないと判断してもらえる。騎士として必要とされる水準は高いのだ。民の命を守るためなのだから当然といえば当然か。残念だと言ってもらえて嬉しいような、申し訳ないような。ただそれよりも今気掛かりなのは件の女性騎士アルマだ。何か見つけたように真っ直ぐこちらに向かって来ている。
「久しぶりだね〜。やっぱり滅茶苦茶似合うよ、ドレス。言った通りでしょ?」
この状況から察してほしい。散々断ってきた俺がドレスを着て国境砦の見学に来ているのだから、身分を隠していることくらい想像できるだろう。ここは上手く訂正しよう。
「覚えていてくれたの?改めまして、可憐な令嬢フラウ・フィブラよ。今日はきちんと令嬢してるんだから、やんちゃしてたのは内緒にしてよ。」
名前と令嬢であることを念押しする。今度男の姿で会ったら散々揶揄われるのだろう。国境にいるなら会うこともないか。そう祈ろう。そんな俺の内心など知らない彼女は笑っている。酷い人だ。これは趣味でも悪戯でもなく正式な任務なのに笑うなんて。
仲良く話していれば知り合いかと当然尋ねられる。王都にいる頃に少し、と誤魔化せば彼女も察して合わせてくれるだろう。何もなさそうなら早々に明かしてしまっても良い。いや、恥ずかしいため帰還してから正式に謝罪の手紙と王都騎士団からの連絡を入れてもらうことにしようか。令嬢の振りをしながら実は調査のために派遣された男性騎士だなんて言い辛い。
その他案内される範囲は当然問題なし。怪しい道も見つからず、怪しい人も見当たらない。俺の紹介された男性二人のうち一人は王都騎士団長息子で、残り一人も怪しい点はないとなれば、純粋に人を見て相性の良さそうな相手を紹介しているだけなのだろう。後は少し気にする程度で帰還の日を待つとしよう。ついでに観光をさせてもらっても良い。魔王国に関して人々がどう感じているのか聞いてみるのも良い。少し休暇気分の時間だ。そう気を緩めて帰りの馬車に行けば、アルマに引き留められた。
「久々に会えたのです。少しの間フラウを貸していただけませんか。」
ティーロ様には丁寧な態度だが、これを了承されると困る。迂闊な質問を他に聞かれるとばれる。しかしどうしても、とお願いされれば断固拒否するのも不自然に思える。友人とゆっくり交流するのも良いだろうと気を利かせてくださるティーロ様の配慮を無下にするのも気が引けた。そう迷ってしまったためか一晩だけと言い募られる。ただの令嬢ならこんな所にいたくないと断れたかもしれないが、既にアルマと親しいことも剣を握ることも知られている。俺がそう断るのは不自然だ。着替えはまた持って来させると準備を全て任せて良いともなればなおさら断る理由を失う。泊まるとすれば女子寮になるのか。
「私の部屋ですよ。久しぶりに同じベッドで眠りましょう。」
大嘘吐きだ。一緒に眠ったことなどない。ここはそのまま言って良い。流石に女子寮に男子を泊めることは許されない。それは言えないが、令嬢なら友人とでも同じ布団で寝ないとは言える。
「部屋は別に用意しよう。アルマ、あまり無理を言ってはいけない。」
辺境騎士団長は優しい人だ。見た目の逞しさ通り頼って良い人。覚えておこう。アルマと何かあれば彼に言いつける。結局断れず宿泊することにはなったが、最悪もう気付かれても任務には影響ない。俺の騎士としての名誉が失われるだけだ。この後は自由時間だからとアルマがお茶に誘ってくれる。辺境騎士団長も色々回って疲れただろうと勧めてくださる。自由奔放ながらそういったものの選び方は信頼できるとアルマに太鼓判も押し、良い関係を築けていることも示してくださった。王都はアルマにとって窮屈だったのだろう、今はとても良い顔をしている。
了承すればすぐ寮に連れて行ってくれた。良い茶葉と取っておいた菓子があるとそれも振る舞ってくれる。夜中に菓子を食べたくなることがあるらしく、彼女は自室に小さな冷蔵用魔道具を取り付けていた。王都ではそれも咎められていたような気がするが、ここでは禁止されていないらしい。
「そうなの〜。おかげでいつでも美味しいお菓子が食べられるね。それはそうと、何?可憐な令嬢フラウ・フィブラって。似合ってるけど。」
声を潜めてフラールだろうと確かめられる。やはりそれが気になったのか。誰にも内緒と前置きして、これは任務で、俺が好き好んで女装しているわけではないと弁明する。
「女装であんだけ落とせたらとんだ悪女だわ。砦の連中、半分くらいは夢中だったよ。もう釘付け。あんな可愛い子いないって言ってたし。私もいるのにねー。」
確かに可愛い部類だが、騎士として愛する人を守りたいという気持ちに応えてくれる相手となれば俺に軍配が上がるのだろう。剣を握る手と言われても第一印象はそれにならない。戦っている所も見ていないなら可憐な印象のほうが強いはずだ。そう見えるようドレスも化粧も選んでいる。
「自信満々だね。箱入り娘感あるわ。でも、やっぱり私の見立てはあってたね。可愛くない、格好良いだって反論してたけど。」
可愛くなるようにしているから今は可愛いだけで、格好良くなろうとしている時は格好良くなっている。これでも騎士だ。はいはいと簡単に流す彼女は俺の任務を邪魔する可能性を考えなかったのだろうか。いや、これでも観察力のある人だ。俺の雰囲気から問題ないと判断したのだろう。もっと慎重にはなってほしい。
「お化粧した所も見たことあるし。」
部屋に連れ込まれ、数人に遊ばれた記憶がある。服は脱がされなかったが、可愛いカーディガンは着せられた。何故余裕で着られたのか。胸の脂肪の差だと思いたい。その時にアルマもいた。女子寮から出されなくて安堵したものだ。
「あんな可愛いのそのまま帰したら危ないからね。男湯で襲われるかも。」
突然襲ってくる輩はいないと信じたい。折り合いが悪い奴も犯罪者にはなりたくないだろう。お茶や食事くらいになら付き合ってやる。
「奢るから女装してきてって言う人もいるかもね。そのくらい可愛いわ。」
王都でそれはできない。市民に気付かれた場合にどう言い訳するのか。俺の顔を知っている人が多すぎる。アルマのように確信は持てない人が多いだろうが、一部でも気付けば広まってしまう。子どもは大人よりも気付くかもしれない。素直にお姉さんと呼ぶだろう。女装していない時もお姉さんと呼ばれる事態は避けたい。




