俺と似ているらしい少年姫
ラミナと十分話し、体力のない彼を寝かしつけてから、俺もファルクスとグランス殿下の所に向かった。既に情報共有は済ませたようで、グランス殿下だけが残っている。彼から少しだけ話を聞いてみようか。特にラミナとの関係が気になる。
「特に乱暴はされていなかったようで、信じられないくらい無警戒だ。一人で待っているよう伝えれば従うが、一緒にいると喜ぶ。寂しいという言葉を知らないのかもしれないな。夜は一緒に眠るようにしている。」
それでラミナが安眠できているのなら十分な関係だろう。俺達に相談する必要もなかったように思える。そもそも女性経験も少ないからこれで良いのか不安だったのだろうか。相手は男の子だが姫という名目で送られていることも対応に迷う一因か。
「兄が妻を迎え、あれだけ長く苦しんだんだ。自分から女性と関係を持とうとは思わない。」
心を寄せれば別れが辛くなる。だから近づかない。その感覚も分からないでもない。今回は国同士の関係にも影響するから受け入れただけか。相手が少年なら本気にはならないという自信もあったのかもしれない。ラミナが前の場所に未練を持っていないなら、この場所に愛着も感じやすい。魔人化も受け入れられやすく、自分より先に死ぬ者達を見ても心は壊れてしまいにくいだろう。ラミナにとっての一番も安心できる親しい相手も魔人や竜に偏る。
「あの子は子どもだ。まだ結婚云々を考えられるほど成長していない。」
同感だ。何も今すぐの話はしていない。ラミナを大切にするなら彼の歩幅を尊重する。グランス殿下なら心配要らないだろう。拒否して返すつもりもないなら時間はいくらでもある。俺も友人として交流できる。ずっとここに滞在するわけにはいかないが、度々会いに来たって良い。それくらいならできるだろう。ラミナが元気なら会いに来てもらうこともできる。友人の距離感で交流は続けよう。
ファルクスと共有した内容についても少しだけ尋ねる。しかしグランス殿下はファルクスの所在を教えてくださった。
「共有内容は絞るのだろう?兄上が選ぶことになっている。」
兄弟でどちらが伝えるかも話し合ってくれていたようだ。もう既に一度会って話しているため、彼からの印象を聞いても良いが、内容を絞るならそれでも良い。自分達の部屋に戻り、今度こそ何を聞いたのか尋ねた。
聞かせてくれた内容はコンシアンス王国からの手紙のことだった。ラミナはコンシアンス新王からの手紙を持っており、その内容は魔王国との戦争を先延ばしにしたいような心情が記されていたのだ。クリスタロ神国がコンシアンス王国に指令を出す形で、魔王国侵攻を急かしている。その中でコンシアンス王国の困窮を理由に、姫を送ることで時間を稼いでいる。これがコンシアンス新王にできる最大の対応らしい。国内の復興を理由にしても数年しか稼げない。数年などあっという間だ。その間にコンシアンス王国がクリスタロ神国を説得できるのだろうか。
「作戦を考えている。少しの間ラミナの相手をしていてくれないか。俺と弟ですることがある。」
魔王国にできることや諸外国との関係についてはまだ十分に学べていない。国内、特にファルクスの領地に住む種族の話が中心だった。作戦は任せてしまったほうが良いだろう。俺はラミナから聞き出すことが役割。まずは仲良くなることだ。今は眠っているため、使用人にもラミナの印象を聞いてみよう。エクエスがグランス殿下の腹心、ファルクスにとってのミールウスのような存在。彼から話を聞くべきだろう。
「さっき庭に見えたな。今もいるか分からないが。」
庭か。お礼を言いつつ窓から飛び降りれば、呆れたような声が遠ざかる。しまった、今はスカートだった。まあ良いだろう。周囲には誰もいない。騎士の体を維持すべく毎朝の鍛錬は怠っていない。まだこの程度の高さ、余裕で着地できる。令嬢の靴でも着地できるなんて、体幹はそこらの騎士より優れているかもしれない。令嬢教育が役に立った。庭にめり込んだ点は謝罪しよう。
庭には何も植わっていない。花壇はあるのだが、掘り返されている。俺達の庭とは随分異なる雰囲気だ。その先で剣を振るっている男性がエクエスだろうか。近づき、声を掛けてみる。
「これは妃殿下、気付かず失礼致しました。グランス殿下にお仕えしております、エクエスと申します。」
丁寧な人だ。魔王国の礼儀作法は人間の国よりも雑だと聞いていたが、決まった型がないだけで雑というわけではない。完全な人型を取る者ばかりではないから形式が決まりにくいのだろうか。王位が血縁によって継承されないことも理由の一つかもしれない。俺も礼を返し、ラミナについて質問する。何から聞こうか。
「では、出迎えてからのことを少しだけ。彼は最初、何も話しませんでした。呼びかけにも応じず、空っぽの人形のように空を見つめていました。」
今の姿からは想像もつかない。少し幼い雰囲気は感じたが、自分の感情を持った人間だった。まだ経験が浅いため何が好きかは分からない、というよりも知らない物が多いだろうが、それだけだ。今の所グランス殿下とエクエスを気に入っていそうだった。茶や菓子も好んでいる。他にも色々と知っていけば、それだけ好きな物も増えるだろう。
「そんな状況は、答えないならラミナと名付ける、とグランス殿下が仰ったことで変わりました。ラミナ様がお話しになられたのです。理由は分からないながらも今後のことが話せるならと追求はしておりません。」
気になる部分だ。名前に特別な力があるという魔術的な記述も読んだことはあるが、どの程度の力なのかは解明されていない。魔人ほどの魔力を持っていれば大きな力になるのだろうか。
「できはしますが、その時のグランス殿下は魔力を込めておりませんでした。当然です。そうしないなら名付けるという話で、まだ名付けておりませんから。ですがラミナ様はその後名前を聞かれ、ラミナと名乗ったのです。以前の名で呼びかければまた黙り込んでしまいました。」
以前の名前が嫌いなのか。教育も碌に施さないまま危険だと言われる魔王国に送り込んだのだ。ほとんど捨てるような形だろう。そんなことをした者たちから送られた名など、捨てたいと思っても不思議はない。実際来てみれば魔王国は危険でないとすぐに分かる。ラミナも気に入り、以前の名前など捨てるつもりなのかもしれない。
エクエスに礼と鍛錬の邪魔をした謝罪を伝え、花壇に花を植え替えている庭師に声を掛ける。今度は彼に聞いてみよう。まずは花への褒め言葉を伝え、それからどうして一度更地にしてから植えているのかという疑問をぶつける。
「グランス殿下からのご指示です。万一、ラミナ様が葉や花弁を口に運んでしまっても体調を崩さない物に変えろ、と。」
確かにあの様子では赤子のように何でも口に運ぶのではないかとの懸念を抱いても責められない。少々心配性ではないかとも思うが、それだけ大切にしているということだろう。だから俺を呼んだのか。常に傍にいる者が欲しいのだ。エクエス一人では手が回らないのだろう。ラミナに竜の話をしてみようか。庭師に礼を言い、グランス殿下の部屋まで戻る。まずは彼を安心させてあげるため、ラミナは好意を抱いている、今のままの優しい対応で安心してもらえるだろうことを伝える。自信を持ちすぎても困るため、ラミナの動向に注意することが肝要とも教える。花壇の植物にまで気を配れる人なら問題ないだろう。だが俺もラミナと交流したいとお願いする。
「むしろこちらから頼みたい。兄上とも話したのか?」
ファルクスとはこれからもう一度話すつもりだ。そう彼の部屋を訪ねる。色々と共有したい情報が紙の形でも纏められていたようで、今ファルクスはそれを確認していた。
彼も俺をラミナと交流させるつもりで同行させただろう。特別の注意無くここに連れてきたということはそれ以降の判断を俺に任せてくれたということだ。俺個人としてもラミナに興味がある。男の体で妃として行動する仲間なのだ。それとも彼は妃扱いではなく、保護した子ども扱いだろうか。そんな気楽な気持ちでラミナとの交流を願う。
「話してみて交流できそうだったか?それなら頼んだ。同じ人間の国から嫁いだ身だ。彼もお前になら話しやすい内容もあるかもしれない。」
それなら早速今から行ってあげよう。人の世話も少しなら俺にもできる。姫扱いの男の子に戸惑う周囲ばかりではあの子も落ち着かないだろう。
「気に入ったのか?街道は整備されているが、それでも馬車で一週間は掛かる。滞在できる間に十分交流しておくと良い。」
俺は仲良くなれそうだと感じた。可愛い義弟になるかもしれない相手だ。実弟は生意気なところもあり可愛くなかったが、あの子は可愛い。沢山食べて、沢山眠ればもっと成長するのだろうか。それとももう成長期は終わっているだろうか。今何歳なのかなど、本人に少しずつ聞いていく。あの子になら姉様と呼ばれても許してあげよう。
俺もお兄さんをするのだと気合を入れ、メルも誘ってラミナの部屋に向かう。まだ眠っているかもしれないため、静かに寝室に入り、床に座った。布団を揺らしては起こしてしまうかもしれない。彼には休息が必要だ。そっと顔を覗き込めば可愛らしい顔立ちをしていた。もしかして俺もこう見られていたのだろうか。可愛いと言ってくる人にももう少し優しくしてあげよう。悪意を感じた場合はその限りでない。ミールウスは一発くらい叩いても良い。ファルクスとメルは許してあげようか。
「あれ、フラール様。おはようございます。」
顔色は悪くない。痩せこけてはいるが、病気になっているわけではない。お菓子は食べられていたため、よほど重い物でない限り食べても問題ないだろう。軽食を用意してもらい、俺も一緒に食べる。夕食に差し支えない程度だ。俺だってしっかり食べなければファルクスに心配をかけてしまう。いざという時に動ける体も維持したい。ラミナも少しずつ運動すると良いだろう。庭の散歩から始めようか。グランス殿下とその指示を受けた庭師が整えてくれていたのだ。その成果も見せ、配慮も教えてあげよう。気にかけてくれていると知れば、もっと安心して過ごせるはずだ。
軽食を終えて、メルから貰ったあの蹄鉄型首飾りを見せる。ここはファルクスの領地ではないため、魔王国内、グランス殿下の領地ではあるが念のためと離れている時間は着けるようにしているのだ。これは竜の鱗。手を伸ばし、触れるか触れないかまで近づいても、何の反応もない。敵意などがないからだろうか。これがあのメルの鱗からできているのだと説明すれば不思議そうに目を輝かせる。
「不思議な力があるって意味なら庭の草木にだってそういうものはある。二人ともちょっと歩いて来いよ。夕飯入らなくなるぞ。」
メルの言葉にラミナは強く興味を持ったようだ。それならと手を繋いで庭へと連れて行く。まだ植え替えの最中だが、先程の話からもう口に運んでも大事ない植物ばかりとは分かる。それでも無闇に食べないよう躾はする。小さな子どもに対するような内容から教えていかなければならないが、優しい子のため強く言う必要はない。幼子よりは行動にも思慮が見える。俺より若く見えるため、少年相手くらいの感覚だ。素直に慕ってくれる後輩は騎士団にいた頃も可愛かった。俺が小柄だからか舐めてかかってくる子もいたが、気安い態度なだけで友人のような距離感になれる子もいた。彼とも上手く関係を築けるだろう。
「何だか美味しそうですね。ここで食べるお菓子とか果物みたいです。食べてもいいですか?」
グランス殿下の心配は杞憂ではなかった。確かめてくれるためまだ安心だが、明らかに食べ物ではない花弁を食べようとしている。止めれば従う子で良かった。食べられる花もあるが、基本的には食べない。特に人間は花をあまり食べないと説明し、花弁に触れて匂いを嗅ぐに留めてもらう。ふわりと花弁が揺れ、光が舞った。これが不思議な力、か。ラミナも、わぁ、とはしゃいでいる。彼は花が好きなのだろうか。まだ聞くことはやめておこう。何度も好きか尋ねては好きな物を作れと言っているようだ。
庭を散歩し、夕食の時間を迎える。ファルクスとグランス殿下も一緒の四人での夕食だ。ナイフやフォークの使い方は知っているだろうか。
「エクエス様に教えてもらいました。」
今夜は俺が教えながら一緒に食べよう。まだ慣れないだろうが、使っているうちに慣れていく。最悪皿を壊さず食べ物が飛び散らないように食べられればそれで良い。口の中の物が見えるようなことはなかった。慌てて食べることもない。落ち着いて食べても良いと思えるような状態にはグランス殿下が出来ていたのだ。今もじっとラミナを観察されている。もう少し分かりやすく伝えてあげられないものか。
「ちゃんと優しいです!美味しいご飯も綺麗なお洋服も、ゆっくり寝られるベッドも、温かいお家も、全部グランス様の物なんだってエクエス様に聞きました。今の私が持っている物は全部、グランス様から貰った物です。」
少し怒っているような表情だ。良い関係を築けているようだ。俺からしっかり謝罪し、グランス殿下の思いやりが十分に伝わっているようで安心したとも伝える。何かお返ししようと言えば、ラミナは文字などの勉強も頑張るだろうか。それはまだ早いだろうか。隣国との関係もある。ラミナのことを任せきりにして良いほど、グランス殿下に余裕はおありだろうか。ないからこそ、こうして問題なさそうなのにラミナとの関係を相談したいとファルクスに連絡があったのではないか。
俺の謝罪を受け入れ、ご機嫌に食事を続けてくれる。今日のお散歩をラミナは気に入ってくれたのか、食べながらもグランス殿下に報告した。これから他にももっと色々体験させてあげよう。
一日の仕事を終え、眠る時間。いつも通りファルクスと二人で眠る。初めて泊まる場所であり、慣れない寝室のはずだ。それなのにファルクスと二人というだけでいつもと変わらないように感じられる。これもまた不思議な力だ。
「お疲れ。ゆっくり休んでくれ。」
触れ合わせるだけの口付けに安堵するようになったのはいつからだっただろう。おやすみなさい、と全身から力が抜けていくのを感じていた。




