対神国作戦会議
交流しつつの短期間の中、次の予定が立てられた。魔王城にて作戦会議を行う。そこには魔王国の重要人物が集まっており、見知った人ばかりではあるが少々緊張する環境だ。俺とファルクスはメルの背に乗り、グランス殿下とラミナは獣人車に乗って移動した。メルの移動のほうが速いため、王都で少しのんびりさせてもらおうか。
快適な空の旅と少しの寛ぎの時間を経て、魔王夫妻、それに従う竜夫妻と合流する。既に彼らは待ち構えており、俺達とグランス殿下、ラミナもすぐに到着した。最初はこの会議を開くと決め、皆を集めたグランス殿下から方針が伝えられる。コンシアンス王国との全面戦争を避ける。きりりとした表情で言うが、その太腿にはラミナが座っており、少々微笑ましい。だが俺もファルクスから同じ扱いを受けているため、人のことは言えない。魔王陛下も妃を同じように抱きしめているため、妻に対してはこうするものと思っているのかもしれない。
続いてグランス殿下から膝の上のラミナを迎えた経緯がざっと説明される。コンシアンス王国は一時的な和平のために姫を送った。姫本人には特に何も伝えられていなかったようで、無防備に男の体を見せ、姫でないことを自ら示した。その衣服に隠されていた密書にはクリスタロ神国からの圧力のために、魔王国に攻め入らずに自国の復興をするだけの体力がないとの訴えがあった。もちろん魔王国としては知ったことではないが、コンシアンス王国だけに対応していてもその侵攻が止められないことは分かる。コンシアンス王国は魔王国侵攻を拒むと魔王の手下と見做されクリスタロ神国による襲撃を受けるため、魔王国側からどうコンシアンス王国に持ちかけてもコンシアンス王国を止められない。だからクリスタロ神国への対応を行う。今回はその作戦会議だ。
クリスタロ神国が魔王討伐を大義名分として掲げていることは皆知っている。長年に渡り言い続け、広く信じられていた。今もそういった考えの者は多いが、国として敵対することが得策ではないとして、ヴェルート王国は魔王国と休戦協定を結んでいる。ファルクスの努力の結果、魔王国への敵対意識も減ってきた。直接敵対行動を取っているのはコンシアンス王国のみ。尤もクリスタロ神国は国境を接していないから攻撃できないだけではある。
「先代魔王の死因は知っているか。」
魔王陛下がこのクリスタロ神国への侵攻を後押しする歴史を語ってくださる。クリスタロ神国はは先代の頃もずっと魔王討伐を大義名分に掲げていた。先代も防衛に徹していたが、次第に激しさを増す侵攻に、当時防衛のために用いていた術の負担も増加し、無限とも思えるほど魔力をお持ちの先代魔王が魔術の使いすぎで死亡したのだ。それ以前の魔王に関しては殺された記録もあるそうだ。余裕があるように見えても決して油断して良い相手ではない。このまま防戦を続けても先代魔王の二の舞いになりかねない。反省を活かして基本は魔王や魔人の魔力に頼らず応戦しているが、人間の側に何か革新的な技術が生まれれば、この余裕も失われるかもしれない。今こそ反撃する時だ。
全員がクリスタロ神国への反撃に賛成した。正確には魔王陛下や魔人の二人が賛成し、竜達はそれぞれの主に従う形だ。ラミナはまだ自分の意見を持っていない様子で、ただ聞いている。反撃する方針には決まったが、その反撃方法には幾つもの案が出された。まず魔王陛下からの提案は魔王軍の総力を挙げて進軍し返すというものだ。先代が亡くなっており、次は我が身という危機感も強いのだろう。今まで和平の方針を息子に任せていたのも、戦わないなら安全が確保されるという思想によるものだろうか。それが叶わないならこちらから仕掛けることも選択肢に入る。それも仕方のないことではあるが、魔王妃殿下、いやお母様は別の案を出された。
「フラールが私の娘として向かえば良いわ。治癒術ができるんでしょう?聖女らしいじゃない。」
元聖女のお母様が言うなら俺も聖女に見せかけることはできるのだろう。聖女の子が聖女とは限らないが、納得感は与えやすい。聖女が世界の真実を学ぶためにクリスタロ神国に出奔した、という筋書きだ。
「母上の娘と言うのか。そんなことをしたら俺の妻と言えなくなる。妹にするつもりはないぞ。」
「ふふ、そうね。行った先で仲良しできなくなるもんね。夫婦仲良好で嬉しいわ。」
お母様も微笑ましいものを見る目で俺たちを見る。気恥ずかしい。ファルクスは平然としている。作戦中くらい我慢しろと言いたいが、その前にファルクスは自分の提案を行う。お母様による聖女や聖女を目指す者として侵入する案は採用し、魔王国に嫁いだ聖女の娘という設定の部分を調整するような提案だ。
ファルクスの提案では俺が聖女に憧れる少女という設定になる。俺はヴェルート王国の令嬢という以前も使った設定をそのまま使う。実際ヴェルート王国伯爵家の子ではあるため、嘘だとばれにくい。コンシアンス王国に侵入した際は人間の治癒士で通し、ファルと夫婦と言って歩いた。確かに嘘を吐いたと思われると信頼関係に響くため、ばれにくい嘘に留めることは悪くない。以前と同じ設定にすることには賛成だ。
「魔力量は格段に増えている。治癒術も人間基準なら難しい水準まで使いこなせるだろう。聖女になりたいと夢見ていてもそんなにおかしなことはない。」
なりたいと言ってなれるものなのか分からないが、高水準の治癒術なら聖女になれないまでも重用される希望は残る。また令嬢の振りをする日々になるだろう。もう既に疲れも十分癒えている。また気合を入れて挑もう。ただ、ファルクスの提案にも穴がある。俺とファルクスが人間だと言い張ることになるが、その場の状況によっては人間でないと気付かれる危険が残る。十分な食事が得られない場合や魔力の出力を加減出来なかった場合には人間でないと判断されるかもしれない。そんな場合にはファルクスが五百年前の聖女の息子だと事実を告げ、ヴェルート王国の人間である俺がその妃となったことを明かす、という対処を元勇者のシュヴァルさんが提案してくれた。五百年前の聖女は単純な武力ではない魔王国の攻略を試み、その成果がここにいる息子である、とする。そして更なる攻略はヴェルート王国から嫁いだフラウとコンシアンス王国から嫁いだラミナが担う。そうすることで一歩ずつ心を奪う形の攻略が進み、将来的には魔王国が人間の味方になる。現在も防戦に徹しているが、悪の存在と見做しているクリスタロ神国にはこれからの方針として見せなければ通じないだろう。
その他詳細を詰め、メルの背に乗って巣に向かう。ファルクスと一緒に体調と荷物を整えれば、ヴェルート王国行きだ。今回は俺の実家に顔を出す。意外に早い帰郷となった。竜がヴェルート王国に入る許可は得ていないため、メルとは巣で別れを告げてきた。いない間、領民の安心感のために務めてもらうのだ。
帰る機会はあるのだろうかと思っていた領地の実家。長い時間が経ったわけではないため、雰囲気も当然出て行った時のままだ。突然帰れば驚くだろうか。
「まあ、お嬢様、お帰りなさい。旦那様も書斎におられますよ。」
門番も侍女も声を掛けてくれる。温かい視線を感じながらファルクスの手を引いていく。突然だが、少しの挨拶くらいお父様が聞いてくださる。急だが一泊もできるだろう。侍女には既に伝えた。お父様には魔人化が完了していることも教えようか。俺はもうこの家族と同じように老い、死んでいくことはできない。ファルクスやメルと同じ時間を生きるから。
「お帰り、可愛い我が娘よ。幼い頃はあんなに令嬢教育もスカートも嫌がっていたのに、随分様になっているじゃないか。」
わざと言っているのだろうか。我が息子とも呼びかけられた覚えはないのに、わざわざ娘と言うなんて。令嬢教育やスカートが嫌なんて当たり前だ。俺は格好良い騎士様に憧れていたのだから、その対極にある物からは離れたい。今は格好良い戦い方と令嬢の姿を両立できると知っただけだ。魔王子妃なら戦争を止めるために格好良く行動できる。だから令嬢の姿でも良い。可愛いと褒められることも相手次第では受け入れられるようにもなった。
楽しい報告の時間だが、お父様は仕事中。あまり邪魔はできない。そう切り上げようとするとファルクスが軽く頭を下げ、お父様にお礼を言った。
「大切な子を異国の、それも体を作り変えるような相手の下にくださり感謝します。長い人生を共に歩いてくれる人は、私達にとって得難いものですから。」
「そんな、頭をお上げください、殿下。私共の忠誠は領民のためにありますが、王族への敬意も持っています。それがたとえ他国の王族相手であったとしても。」
何となく居心地が悪く、早く部屋に行こうとファルクスの手を引く。重ねてのお礼を聞き、足早に部屋へと連れて行く。もう帰って来るつもりのなかった場所だ。部屋も片付けてしまって良かったのに、俺が少し処分した程度で残りはまだそのままにされていた。兄夫婦に子どもができたら片付けるだろうか。
切り替えて休息する。明朝にはクリスタロ神国に向けて発つのだ。今日はゆっくり体を休めて、休まることのない潜入任務に向かう。聖女に憧れた少女になるのだ。少々苦しい主張になるだろう。せめて女性くらいにはできないか。
「無邪気に聖女になりたいと言うなら無知な少女が良い。天性の才能だけで治癒術を扱う少女だ。」
この決定事項は変えられない。聖女なら己に打ち勝つ強さが必要だ。癒しの聖女を目指すなら淑やかさのほうが必要だろうか。可愛い仕草や聖女らしい雰囲気はどうだろう。民を守る騎士の片鱗は出ていないだろうか。
「ああ、どこからどう見ても美しい聖女だ。もしかしたら本物かもしれないな。母も孤児で血縁を辿ることは難しかったそうだが、分かる範囲では過去の聖女との繋がりが見つからなかったそうだ。」
褒めてくれているのだろうが、少々納得いかない。俺だって王都で騎士の務めを果たしていた。王都の民から個人的に相談を受けることだってあったのだ。団長や他の逞しい騎士達のような頼もしさはないかもしれないが、頼りにはされていた。力仕事でさえ他の女性騎士や一般の男性を呼んで来てほしいと言われたことがあるなんて忘れよう。確かに彼女達の中には俺より背が高く、試合でも負けたことのある人もいるが、流石に純粋な筋力では勝てる。腕相撲を断ったのは負けるのが怖かったからではない。万一にでも怪我をさせないようにという配慮だ。規格外は数えないため、負けたことがあるから断ったわけではない。あの頃はまだ騎士になりたてだった。
母にも報告と相談に行こう。俺が聖女を目指す令嬢としてクリスタロ神国に行くにあたって、聖女らしい言動を教えてほしい。度々他家の令嬢にも礼儀作法を教えるほどその点には精通している。それらに合わせて文化的なことも教えてくれた。そんな母の書斎に行けば、また勉強をしている。死ぬまで一生勉強は続くと言っていたが、まだ自分の知識に満足していないのか。
「お帰りなさい。良い人を捕まえたわね、流石私の子だわ。あなたなら良い男を捕まえられると思っていたのよ。」
せめて良い人を捕まえられると言ってほしい。良い女には相手にされなかったが、伯爵家の子の立場で他国の王族に見初められるなんて随分な快挙だ。しっかり両国の友好のための仕事もしている。他国に嫁いだ身としては最高の仕事だろう。竜のメルとも仲良くなれている。互いの魔力を撚り合わせる遊びもした。メルはあれで子を作れると思い込んでおり、実際に卵型の宝石のような物が出来た時には非常に慌てていた。俺も竜の子作りの話なんて聞いていなかったため、もし本当ならまずいと緊張しながら報告したのだ。
「フラール、令嬢教育が足りなかったようね。」
「知らないものを責めるつもりはありません。夫婦で話し合いも済んでおりますので、どうかお手柔らかに。」
伝え方を間違えた。夫以外と子ができるようなことをしたと伝えれば怒られて当然だ。ファルクスが庇ってくれたおかげで弁明の時間は与えられる。あれは実際には子作りではなかった。世界樹からの贈り物だと幼い子どもに聞かせるように、魔力を撚り合わせて卵を作ると聞かされていただけだった。つい早口になってしまう俺を宥めるようにファルクスは話している俺の頭を何度も撫でる。お母様の厳しい視線にも負けずに弁明を行ったのだが、終わる頃にはお母様も何故か満足そうにされていた。それに背中を押され、実家にいた頃には聞き流していた聖女の話を求めた。
聖女は大きな魔力を持ち、それを使って魔王を倒す。あるいは魔王と戦う人々を癒やす。魔王子が十年おきに訪問しているヴェルート王国ではその憧れなどが薄れているそうだが、皆無ではない。特にクリスタロ神国に近い地方では聖女のお伽噺も多く伝わる。俺も少し聞いたことがあるため、憧れたと言ってもおかしくはない。失った手足を生やしたという逸話は事実と思えないが、子どもが憧れるには十分な理由になる。これを理由としてクリスタロ神国に侵入しよう。




