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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
魔王国編その二

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白珠村

 剛牙村の乾燥させた蔓のような寝台に眠り、一夜明かす。暑いというのに一緒に眠ろうとするファルクスに困ったものだ。別に一緒に眠らないからといって不仲というわけではないのに、獣人にとってはそうなのだろうか。それでも眠れたなら良しとしよう。

 今日向かうのは白珠(はくしゅ)村。均された土の道を獅子の引く車で行く。盛大な別れの雄叫びを背後に、徐々に剛牙村は遠ざかる。引いてくれているのはあの闘技大会で優勝した戦士だ。一人で二人も乗る車を引いてくれている。これは特にファルクスの側から言ったわけでも、先代の時代に何かあったわけでもなく、剛牙村からいつの間にか始まっていたものだそうだ。

 暑い日差しはそのままに、風の雰囲気が変わっていく。身を乗り出してしまう俺をファルクスが支える。まだ海は見えない。あのお伽噺の場所が、これから見えるのだ。

「落ちるなよ。」

 ファルクスが支えてくれているなら大丈夫だ。この獅子車の揺れも激しくない。力強い戦士はゆっくりと車を引ける。勢いに任せることのない速度はゆらゆらと穏やかだ。揺りかごのような規則的な揺れは期待を高めてくれる。

 カタン、と一度だけ大きく揺れた。素早くファルクスが俺を座席に引き戻す。大人しくしろと言わんばかりに抱きしめられた。

「引き手ではなく道の問題がある。どんなに優秀な御者でも悪路では車体を揺らす。理解できたか?」

 悪路ではないから一度しか大きく揺れていない。戦士としての優秀さと御者としての優秀さは別だろう。しかしその戦士が今御者をしてくれているというのに、聞こえて困る話はできない。道の問題なら原因はこちらだ。道の整備は領主の務めなのだから。

 文句も言えなくなった俺を宥めるようにファルクスは頭を撫でる。小さな子どもではないのだからそんなことで機嫌は治らない。そもそもこの程度で気分を害したりしない。ふいと今度は身を乗り出さずに外を眺めた。

 すぅと木々が開けた先に青か緑か迷う色が見えた。獅子車が止まる。ファルクスに手を差し出されて降りれば、初めての空気を感じた。海へと歩き出してしまいそうな足を抑え、車を引いてくれた獅子の戦士に向き直る。道中の感謝と、これからの健闘を祈って、別れの挨拶とした。

 今回は同行しているラパーチェも共に、この海の近くに用意されている小屋へと向かった。先にお着替えだ。既に海は見えている。どこまでも広がり、潮風が押し寄せる。あの中に、この後俺達は入っていく。

「もう少ししたら白珠村の皆が出迎えてくれる。俺達も歓待を受けるに相応しい服装になっておこう。」

 海は待ってくれる。ファルクスに手を引かれ、ラパーチェに引き渡され、俺のお着替えが始められる。剛牙村から大きく色が変わって、今度は海の白や水色が中心だ。材質も水に濡れても吸ってしまわない物になっている。泡のような柄には淡い珊瑚色も含まれた。そして海藻のような柄がほんの少しだけ体に巻き付いている。それは柄だけでなく、肩紐や靴紐にも反映されていて、それが黒にも見えるから何故だか落ち着かない。ひらひらと幾つもの布がはためき、俺が泡になっているような気分だ。靴は布を纏うようで、足に留めるための紐が海藻の軸のような黒にも見える緑。全体的に体の凹凸が出る服で、スリットのせいで膝上どころか太腿まで露出してしまう。肩周りも覆われていない。露出という点では大胆に見えるが、品格が損なわれているようには見えない。これは作った人の腕前だろう。

 腕は透けた布にしか覆われていない状態で、ファルクスに見てもらいに行く。先に着替え終えており、妖精を出迎える王子のように待ち構えてくれていた。織られた生地の中にうっすらと水流のような柄が浮かび上がっている。水色と緑の中間のような優しい青緑のシャツが俺の透け感のある水色と呼応する。薄手のジャケットやスボンは薄い海藻のような色合いで、ベルトが海流のように引き締める。靴の紐はお揃いだ。

「ああ、良いな。良い線が出ている。」

 どこを見ているのかは聞かないでおこう。するりと腰に手を回され、流されるままに海まで誘導された。潮風は俺達を歓迎する。海の人魚達は岩場から顔を覗かせていた。そのうちの一人が岩場に腰掛ける。鱗に光が反射し、虹色に輝いた。

 近寄れば彼は深く頭を下げ、蛇のように下半身を丸めた。地上で立つことのない人魚のお辞儀だ。彼らは獣人の中でも珍しく、その一形態しか持たない種族だ。だから人魚との交流には長い年月が必要となった。今は人魚達と共に開発した魔術によって、人間も一時その地に足を踏み入れることができる。

「地上の王子よ、そしてその光たる奥方よ。ご案内いたします。」

 彼が大きな真珠のような珠を渡してくれる。それから魔術が行使される。優しく包み込むような魔力は蜂蜜に包まれるような甘さを感じた。ぽちゃんと海に飛び込んだ人魚の彼に続いて足を踏み入れる。海水が俺の足を包むが、濡れている感覚はない。これが魔術の効果か。

 岩場の隙間に道が見える。石畳が海底へと続いていく。体が軽くなり、泳ぐような感覚を抱く。しかしその石畳は意味をなしており、俺の足をそこに留めてくれた。ついに頭まで沈むが、呼吸は楽だ。水圧も感じない。とんと軽く足を弾ませるだけで体が浮き上がる。ファルクスの腕がなければふわふわと何処かへと飛んで行ってしまいそうだ。

「やはり美しい。見てみろ、お前の動きに合わせて裾がたなびいている。」

 促されてそっと後ろを見ると、服から漂う幾つもの生地が泳いだ軌跡のように残っていた。ふわりとした半透明の袖も流れ、自分が海に溶け出しているようにすら感じられる。ファルクスとお揃いの紐や同じ色の肩紐、服の海藻の柄が俺をこの場に留めてくれている。

 人魚の彼はスイスイと前方を泳いでいく。上半身は人間にとてもよく似ているが、下半身は図鑑にあった海の生き物に似ている。尾びれを上下に動かし、滑るように水中を移動する。浮くように時折止まってはこちらを確認してくださる。周囲からも視線を感じるが、見える姿は少ない。

「これから会いに行く相手は海の人魚の女王だ。地上では決して口にするなよ。」

 ファルクスが説明してくれた内容は、屋敷のどんな書物にも載っていなかった情報だ。ここは表向き白珠村という魔王国内の小さな集落扱いだが、その実態は俺達地上の者からは計り知れないほど巨大な国のほんの一部。よく考えてみれば海は広いのだ。人魚が数多くいるなら国だってできるだろう。地上のように海底にだって様々な営みがあって当然だ。その中を旅することはできない。それとも技術が進歩すれば、もう少し深くまで歩けるようになるのだろうか。

「以前は遣いの者を通じてのやり取りのみだった。魔人も水中では長く活動できないからな。今は女王自らこうして会いに来てくださる。」

 石畳が白い砂の床に代わり、白と水色の混ざった石の建物が現れる。海岸に近いからか、建物は多くない。常にここで生活するわけではないのだろうか。

 水の中に反射する光を受け止め、建物も輝いている。その建物の一つの前で案内の彼は止まった。この中に女王は待っているのか。声掛けがあり、許可が降りる。俺達も続いて頭を下げれば、随分若い声が響いた。

「淡水の用意があるの。どうか掛けて。」

 平べったい岩かキノコのような机に、二枚貝のような椅子。その上に乗せられた浅いコップ。ここは海の底ではないのか。女王も美しい珊瑚色の鱗の下半身に、海や真珠を煮詰めたような水色の衣装を身にまとっている。ドレスのような雰囲気で、しかし燕尾服のように後ろ側だけ裾が長い。前から見ると鱗が大きく露出しているが、これは足を露出しているのとは異なるのだろうか。水の波紋のような繊細な柄が美しい服は肩も腕も覆っていない。

 人魚の下半身で椅子に腰掛ける女王は俺達に二枚貝の椅子を勧めた。椅子は俺とファルクスにそれぞれ用意されているのに、ファルクスは俺を太腿に座らせた。女王も、まあ、と言うように両手で口元を覆う。

「沢山お話できるように、ここには新作の魔道具も設置させたの。場所への術だから、貴方達への魔術は一度解くわね。ずっと掛かってたら疲れるでしょう?」

「洗練されているおかげで魔力の消耗はほとんど感じないな。だが、せっかくならその新しい魔道具の力も体験させてもらえるか?」

 クスクスと少女のように女王は俺達に掛かっていた水中でも呼吸できるようにした魔術を解いた。魔道具と魔術を併せて初めて可能な技術を、場所でも使えるように。海の中でも技術は確かに作られているのだ。術が解かれても息苦しさは全くなく、何の変化も感じられない。見え方も匂いも同じだ。

 ここだけ水がない。海底でどう水を抜いたのだろう。これも魔術か。浅い透明なコップもガラスには見えない。

「今は水を全て魔道具で抜いているわ。私が入る時は机くらいまで水を入れてもらうの。泳いで行けなくなってしまうんだもの。」

 ふふと可愛らしく笑われる。確かに鱗の下半身では歩いて行けない。女王だからというだけでなく、物理的に困難だから座って出迎えてくださったのか。同じ椅子、同じ席に着けてくださる時点で、女王としての威厳や立場という意味を置かれているようには感じない。海の女王はどういった存在なのだろう。これは戻ってから調べられることではないと質問した。

「海に選ばれた者が姫になるの。私は幼い頃に姫になったけれど、大人になってから姫になる人もいるわ。」

 姫限定なのか。王子はいないのだろうか。人魚自体には男性のように見える人もいたが、人間と同じように外見から男女を判別できるのだろうか。いや、人間でも男女を判別できないことはあるか。俺が本気を出せば令嬢で通せるのだから。

「男性が姫に選ばれた場合は、女王の貝に閉じ込められてしまうの。一ヶ月後に出てきた時には女性になっているわ。一ヶ月以内に中から脱出できれば、また別の人が姫に選ばれるそうよ。私の前に選ばれた人は、槍をなんとか持ち込んで、女王の貝を壊して脱出されたと聞いているわ。だから次の姫として私が選ばれたの。」

 姫しか存在しないというか、姫にされるというか。俺よりもさらに大変な目に遭うらしい。ともかく女王、姫でなければならないらしい。それは彼女も理由を知っているのだろうか。

「海の考えることは分からないわ。でも彼も私の補佐はしてくれているから、この国が嫌なわけではないのよ。自分が女の子になるのが嫌だったみたい。」

 それはそうだろう。女装でさえ抵抗があるのだ。完全に女体にされるというなら全力で抵抗する。表向き奥様になることと、日常生活の全てを女性にされることでは重さが異なる。

 女王が誰かを呼び寄せた。上部の扉が開けられ、上半身が見える。逞しい男性だ。ファルクスよりも肩幅があり、騎士団長のように威厳がある。俺よりも年上に見える。人魚は人と同程度の寿命とあったが、見た目も同程度かは分からない。書物の情報は少なすぎたのだ。

「今ね、貴方の話をしていたの。十年前に貴方が女王の貝から脱出した時のことよ。」

「またその話ですか。お客人が来る度していませんか?」

「だって面白いんだもの。こんなに逞しい貴方が姫にされそうだったのよ?」

 楽しそうに笑う女王に、その男性は苦笑を浮かべる。確かにこの人が姫と言われれば驚くだろう。肉体が作り変えられるという話のため、男性的な部分は女性的に変えられるのだろうか。格好良いラーマ隊長のような女性になったのかもしれない。目の前の女王とは全く異なった姫になったのだろう。

 突然上部から顔を覗かせて、そして女王と会話し、俺達に挨拶して去って行った男性に、ファルクスは驚かない。そういえば上部の扉が開かれたのに海水は入って来なかった。これも仕掛けのおかげか。

「姫だった頃は本人があそこから出入りされていたな。今日は座ってお待ちだった。成長されたのか?」

「当然よ。先代がここに座っていたから、私はあそこから入って良かったの。今は私が女王だから座って待たないとね。それに今日は水が入っていないもの。ビタンと落ちてしまうのよ?痛かったわ。」

 既に試した後らしい。以前はこの部屋も水に満ちていたから上から出入りできた、と。なかなか行動的な女王のようだ。そして楽しく会話もしてくださる。ファルクスとは姫の頃から面識があるのか。珊瑚色の鱗に目を奪われていたが、その肌も地上の人間とは大きく異なる。透明感のある水色がかった色で、海に溶け込む色合いだ。手首から肘に掛けてを覆う腕飾りも白銀の波紋柄が美しい。

「気付いてくれたの?目一杯おしゃれしてきたのよ。これは外交でもあるし、それに、その、以前お見かけした鳥の方にお会いできないかと思ったの。」

 顔色の変化は分かりにくいが、頬の手を添え、伏し目がちになるその姿は照れているようでもある。鳥の方に会いたいのだろうか。しかし鳥の方、とは誰だろう。知って、連絡を受けていたならファルクスなら同行させそうなものだが、今回は俺達二人だけが海底に来ている。着替えを手伝ってくれたラパーチェも地上で留守番だ。

「鳥人は海底に来ない。分かるだろう?」

「ここでも駄目なの?女王になったら気軽に水面に上がれないのよ?」

「君が泡になる覚悟があるのなら、方法を考えよう。」

 ファルクスの声色が少し厳しい。女王も言い聞かせられている娘のように一瞬だけ唇を尖らせ、溜め息を吐いた。泡になる覚悟、とは何なのだろう。お伽噺のように地上に出た人魚は泡と消えてしまうのだろうか。しかし、ここまで案内してくださった彼は岩場に腰掛けていた。泡になんてなっていない。

 何か聞いてはいけない空気を感じ、水を口に含む。甘さを含む水はただの砂糖水とは異なった。コップを置いた時には既に女王も笑顔に戻り、地上に関しての質問を始めてくださっていた。

 若い女王は好奇心旺盛だった。人間と直接話すのは初めてなのだと、人間について様々な質問をされた。書物を渡せれば良かったが、水中で本は読めない。情報を伝達するための独自の技術が海にはあるようだが、仕組みについては女王もご存知ないのだとか。少なくとも簡単に開示できる技術でも、真似できる技術でもないのだろう。

 話は弾むが、別れの時間は近づく。俺達は帰らなければならない。しかし女王はまだ話したいと、この部屋でならもっといられると引き止める。

「この技術を使えば一晩お泊りになることもできるはずなの。でも、今回はまだいけないと技術者達に止められてしまって。連続使用の安全性が確保できない、だって。残念だわ。でもきっと、次に来られる時には一晩でも連続で使えるようになっているわ。」

 俺達と話したいと、知りたいと思ってくださるのはありがたい。同時に技術者の存在と、その言葉の重さを知ってくださっているのも心強い。時に上に立つ者は無茶を言い、安全性を度外視してしまうこともあるものだ。それこそ、俺に女装させてファルクスに色仕掛けを仕掛けさせようとしたヴェルート王国の王太子殿下のように。あれはファルクス相手でなかったら侮辱扱いで殺されかねない危険だっただろう。どれほど報酬が高くとも、死んでしまっては意味がない。

 少しだけ人魚の寝床を体験してみようと用意された一室へと移動する。女王自ら魔術をかけ直し、俺達が水中でも呼吸できるようにしてくださった。いつもよりも軽い体で水中の道を移動していく。漂ってしまいそうな体をファルクスに支えられながら、女王の後についていく。

 人魚の宿は建物自体丸かった。壁と床の境目がない。丸くなっており、床という概念すらないのではと思うような形状だ。扉もドアノブがあるわけではない。ひらひらと細い布のような何かが揺れており、そこを分けて通る形だった。

「もっとしっかりも閉められるのよ。」

 大きな二枚貝のような円盤が回され、扉が閉められた。これが扉で、先程の物はただの目隠しか。家具が少ないのはここが宿だからだろうか。寝台も俺の知っているような形ではない。楕円の球体の中に不思議なクッションが置かれている。中で立つ高さはない。いや、立つという行動もないのか。入口も丸く空いており、近くには飾りのようにリボンが垂れていた。

 勧められてふわりと滑り込んでみる。秘密の基地のようだ。内側は上下左右全てが柔らかな材質で包まれており、動いた勢いでぶつかってしまっても痛くない。

「奥側にも紐があるでしょう?それとか手前の紐を使って体も固定できるの。流れが激しい日とか、個人の好みで使って寝るのよ。寝相の悪い人はベッドから出てしまうからね。」

 しっかり体を安定させて眠りたい人や時用、ということか。確かにこの揺れる感覚は心地良くもあるが、気分によっては落ち着かなさが勝つかもしれない。

 少しだけ案内を受け、そろそろ本当に戻らなければとファルクスが促す。女王は残念そうにされるが、これは仕方ない。俺達は水中に生きる種族ではないのだ。

「また来てね。地上の話を直接地上の人から聞けるのって珍しいんだから。そのうち、技術をもっと進歩させて、鳥人の方でも降りてこられるようにするんだから!」

 気合十分といった雰囲気だが、その研究は技術者がするのだろう。それとも彼女も学んでいる最中なのだろうか。

 別れの挨拶を済ませ、入江へと戻る。地上に上がる直前、ファルクスが俺に念を押した。

「彼女は白珠村の代表者だ。小さな海の人魚の集落の訪問だった。分かってくれるな?」

 もちろんだ。ヴェルート王国にも人魚のお伽噺はあった。憧れもあった。戦場に出て来ないからか、他の種族に対するような畏怖がなかった。知れば悪いことを企む人もいるだろうという話だ。生きる場所が違うから、不必要に介入することのないように。良き隣人でいるために、こうして書面に残さない約束を繰り返しているのだ。

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