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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
魔王国編その二

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剛牙村

 十分な準備はきっと整った。今回訪問している剛牙村では武術を試す時間もあると聞き、剣術の鍛錬だって一層の気合を入れた。訪問着はスカートになるため、スカートで剣術の練習だ。ヴェルート王国でも貴族階級出身の女性騎士はドレスの時のことも考え、ドレスで鍛錬する時間を設けていた。スカートでも剣は使える。だから俺もその練習をした。

 ズボンよりも動きを妨げられるが、そのスカートの裾を捌き、靡く動きは視界を遮ることもできる。相手の目を奪えれば、その分の隙ができる。スカートの裾の影から剣を出すことだってできる。ただ、剛牙村は色鮮やかな織物と武術を誇る村と習った。どこまで付け焼き刃のスカート剣術が通用するだろう。

 今回の俺の衣装は強い日差しと鮮やかな織物を誇る剛牙村に合わせた仕上がりとなった。生地は当然その村で織られた物で、風通しの良い物だ。刺繍ではなく織る時の糸で柄が付けられており、熱すぎて揺らめく風景のようだ。上半身は赤、スカートは橙から白にかけてと熱や力に溢れる見た目になっている。スカートのベルトも金色で日差しを思わせる。バックルが太陽に見えるほどだ。細い紐のサンダルにも深紅の宝石が付けられ、足元だって負けてない。これで戦ったらきっと絵になる。これは妖精なんて言われないだろう。そんな可愛いものじゃない。もっと力強く、実力のある戦士に見えるはずだ。

 仕上げの髪飾りもまた、太陽のような花飾り。白、黄色、赤に近い橙と華やかさを見せる。完成を見て、ラパーチェも褒めてくれた。

「フラール様の優しい緑の髪によく映えています。華やかですよ。」

 ファルクスにも見せに行こう。絵では完成品を見ていても、実際に俺が着たところを見るのは初めてのはずだ。

 このサンダルは足によく馴染んで動きやすい。足首まで細い紐が伸びているが、柔らかいため脱げにくい固定でも動きを妨げない。戦士の村という評判に違わない履き心地になっている。夏場なら普段にも履きたいくらいだ。

 部屋に入ればファルクスは既に着替えを済ませて待ってくれていた。威厳と、力強さと、でも受け止めてくれるような包容力を感じられる服。もちろん普段の印象の影響もあるだろうが、服装だけでここまで強められるのかと驚くような代物だった。王族の威厳は常にある。しかしそれは俺といる時は薄まり、甘く優しい雰囲気が前に出る。今は表層と深層が入れ替わっているような印象だ。

「どうした?」

 思わず立ち止まり、それから目の前まで行ってまた立ち止まっても、そっと手を添えて自分の太腿に座らせようとしてくれる。従ってもその風格は損なわれない。その額にあるサークレットの宝石は、俺のサンダルにある深紅の宝石とお揃いだ。服もいつもより柔らかい布地で、それなのに力強さを感じさせる色柄をしている。太陽から溢れた力がその体に迸っているようさえ感じられた。ベルトは赤く、バックルも俺の物より一層強い太陽に見える。何かの勲章を着けているようでさえある。ファルクスならむしろ勲章は与える側か。膝くらいまであるローブのような丈なのに、可愛らしさは一切ない。俺が着てもこうはならないだろう。

 そっとファルクスの手が俺の胸元に近づく。いつもは私服でもおしゃれ着でも胸元は覆われている。肩周りだって隠されていることが多い。今は肩周りこそ布で覆われているものの、胸元は大きく開けている。何の膨らみもない胸であり、色気も何もない。そうした意図も感じられない。それなのに急に自分の心音が気になり始める。手を添えたって音は聞こえないのに、聞こえてしまうのではないかと心配になった。

「お前もよく似合っている。」

 脱がしてくれるなよ、とその手を押し留める。今のファルクスは狼ではなく獅子だ。だが捕食者であることには変わりない。これから魔王国第一王子とその妻として剛牙村の人々に挨拶するのだから、動揺してしまうことなんてできない。そう言い聞かせ、立ち上がる。

 立ち上がった足元はよく似た紐のサンダルだった。ファルクスのサンダルは俺の物より少し太い紐で、紐の色自体も濃い。俺の紐が枯れ草のような色なら、ファルクスの紐は木の幹のような色。そのすぐ上まで迫るズボンもゆるりとした物で、堅苦しさを感じさせない。それでも裾を締める金が単なる寛ぎの服装ではないことも示していた。

「行くぞ。俺達を歓迎するために待ってくれている。」

 いつもの優しく添わせるような手にも、今日は力強さを感じる。それに従い、部屋の前に待機してくれていた案内人について行けば、盛大な歓迎の道ができていた。全身を獅子の姿にし、その首元には金の鎖に赤い宝石の添えられた首飾りが輝いている。ひらひらと涼やかなドレスの人もいる。左右の建物に垂らされた旗は光沢のある漆黒に染められており、その間に紅い旗も黄緑の旗も垂れ下がる。漆黒の旗には剣と枝のような物が描かれている。紅い旗にあるのは獅子だ。黄緑の旗には何も描かれていない。

「紅はこの剛牙村、黒は俺、黄緑はお前だな。まだ分からないから空白にされているのだろう。これからお前のことを知って、彼らは柄を増やしていく。俺の柄にも追加されていくのだろうな。」

 彼らの歓迎があの旗。これは何度も来たくなる。次に来た時にはどんな柄が追加されるのだろう。今回の俺の行動が影響を与えるのだろうか。素敵な柄にしてもらえるような素敵なことができたら良いが、具体的には何も思いつかない。この後の腕比べで力を示せば、格好良い剣を俺の柄にも含めてもらえるのだろうか。

 獅子のように豊かな髪の男性が闘技小屋の前に待ち構えている。互いに簡素な挨拶を交わし、見知った様子で闘技小屋の中に入っていく。既に戦いの準備を終わらせた戦士達が並んでいた。俺達は見学し、後から腕試しさせてもらえる形だ。

「奥様の腕前も楽しみにしております。」

 ご期待に添えるか分からないが、最善を尽くそう。眼下の会場では試合が始められた。剣戟だけでなく、獅子らしい牙を用いての戦闘もある。雄叫びの振動がここまで伝わって来た。俺達よりも近い場所から聞いているはずの対戦相手に怯む様子なく、呼応するように雄叫びを上げる。一方は勇ましいたてがみの雄獅子、もう一方は靭やかな肢体の雌獅子。どちらも二足歩行ではあるが、ほとんど獅子の姿での戦闘だ。

 雄獅子は真っ直ぐ食らいつき、雌獅子は真正面からそれを受け止める。雌獅子もまた真っ直ぐ牙を立て、雄獅子は床が抜けてしまうほどの踏みしめでそれに耐える。喰らい合う獅子の決着は、審判の判定によって成立した。

 その後も様々な組み合わせで試合は続いた。雄獅子も雌獅子も皆一流の戦士が選抜されている。俺には獅子の見分けが付かないが、様々な名前が読み上げられていた。そして何戦も見た後、俺は誰と対戦するか尋ねられる。この集落だけでなく集まった獅子の獣人達の中の精鋭。人間の騎士の中でも精鋭とは言えない俺が戦って勝てるのだろうか。せめて善戦したい。そう消極的かもしれないと思いつつ、初戦敗退の雌獅子の彼女との対戦を願った。

 対峙すればその迫力に気圧される。ヴェルート王国王都近辺に出没した魔物の比ではない。連携すれば大きな怪我することなく狩れた魔物と比べるなんて失礼かもしれない。呼吸を意識しなければならないほどの迫力がある。自分が獲物になったような感覚だ。これに飲み込まれてはならない。ひらりとスカートの裾が靡くように相手の周囲を回転していく。しかし一流の戦士はそんなものに目を奪われない。踊るような足捌きにも反応がない。こちらは剣、相手は牙と爪。四肢全てが斬撃を放つ強敵であり、人の理性を持つ厄介な敵。その全ての斬撃を剣一本で受け止めなければならない。二本足で立って動けるが、人間とは異なる肉体の動きも持つ。先程までの試合である程度知ったとは言え、すぐさま対応するには困難が伴いそうだ。

 先手は俺に譲られた。獅子と人間では純粋な腕力の差が歴然。それでも体の柔らかいところを攻めれば一撃加えられるはずだ。隙は見つけられない。それでもこの膠着状態を変えるため、その体に突撃を繰り出した。

「なかなかの勢いですね。」

 こちらの手は痺れている。それなのに彼女は余裕の言葉を発した。爪で受け止め、その眼前に迫る剣先に動じない。俺が一流の剣術を持っていたなら、もう少し勝負になったのだろうか。押し返す力を吸収するための飛び退きも間に合わず、トトトと足が乱れる。そんな隙を許してくれる甘い相手であるはずもなく、長い爪の開いた手で胴体を掴まれた。続く骨に響く衝撃に呼吸ができなくなる。背後からの柔らかな布の感触と優しい腕の抱擁でようやく呼吸は戻された。

 完敗だった。手も足も出ていない。息もできない俺を受け止めてくれたのはファルクスだった。観客席に戻され、続けてファルクスと優勝者の試合だ。俺へのあれは手加減されていたのだろうか。ファルクスは視線だけで俺の呼吸を止められそうなほどだった。獅子の獣人と言えど、手加減する余裕などないだろう。

 始まりは静かだ。しかし唐突な一撃はすぐさまファルクスに向けて振り下ろされ、拳が会場全体を震わせる。ファルクスは難なく躱したが、返す刃も獅子の反対の爪で受け止められる。太い刃の剣を使うよう言われたのはこういう訳だったのだ。細く薄ければ、こうして受け止められた時に簡単に折られてしまう。

 拳と爪、剣の激しい応酬は続く。獅子の身には何度もファルクスの剣が襲っている。その傷は次第に刻まていく。それなのに獅子の動きは一切鈍らず、何度も会場を揺らしている。先程受けた骨への振動が戻ってくるようだ。

「奥様、体調は問題ありませんか。こちらを飲むと気分が良くなりますよ。」

 冷たい大きな氷の入った飲み物は爽やかな味わいで、振動が痛みに変換されそうだったところを鎮めてくれる。骨が折れているような感覚はなく、こっそりと自分に観察用の魔術を使ってみても異常は見つからなかった。精密に調べたら何かあるかもしれないが、少なくとも今できる範囲では見つからない。それなのに繰り返される振動は頭痛に近い不快感を齎し始めている。

 外で休むかという提案を拒み、試合に視線を戻す。ファルクスの剣技をただ観察できる機会はなかなかない。俺が手合わせしてもらっても、その本気は見えないだろう。戦場に行くことがあれば魔術が中心になる。剣技を見る機会はきっとここしかない。

 ファルクスの剣が獅子の体をまた斬りつけた。どこまですれば決着とされるのだろう。厚い毛皮に阻まれているのか、斬りつけているわりに出血は少ない。対する獅子の攻撃がファルクスの身を掠め、蹴りまで直撃する。飛び退いて軽減できたのか、素早く移動を続けるが、ファルクスは防戦一方になってしまった。そして追い詰められ、ついにその頭上に拳が振り下ろされる。

 振動はなく、すんでのところで止められたのか、獅子の勝利が宣言されていた。気付けば見ているだけだったはずなのに拳を握りしめていたのか、爪が手のひらに食い込んでいた。戻ってきたファルクスは落ち着いた様子で、俺もその隣に立つ。ファルクスが俺の手を握り、手に残ってしまっていた爪の跡をなぞった。

「そんなに見てくれていたのか?ほら、まだ一仕事残っているぞ。」

 小さく会話し、それからファルクスは全ての獅子の戦士達に向けて健闘を称える。俺からも迫力ある試合を見せてもらったこと、それを正面から体験させてもらったこと、この素敵な時間への感謝を述べた。返事の雄叫びも空間を震わせ、力を浴びている気分だ。儀礼的なお辞儀とは異なる、感情と声の溢れる場所。そんな奔流に満ちた空間から抜け、俺達は用意された屋敷へと戻る。少し休憩すれば晩餐会の予定だ。

 枝を編んだような椅子に腰掛ければ、休憩の必要性を強く実感する。なんだか頭の中で銅鑼が未だに鳴っているような気分だ。あの爽やかな氷水を飲んでも一時的な軽減にしかならなかった。全開にされた窓と扉を通り抜ける風が心地良い。

「晩餐会には出られそうか?」

 気分が悪いというほどではない。一時間も休めば十分だろう。余裕があれば散策と言っていたが、それは難しそうだ。あの熱気に当てられた。ここから三色の旗が揺れる様子を眺めるのも悪くない。人々の騒めきだって楽しげだ。このお祭りのような雰囲気は武闘大会の影響なのだろうか。

「それもあるが、彼らなりの客人のもてなし方でもある。街全体で楽しく過ごし、それで以て歓迎を示してくれている。遊ぶ口実もあるだろうがな。」

 盛大な歓迎は習ったが、具体的にこう聞こえるほどとは思わなかった。歓迎のつもりなら、やはり俺も外を歩いたほうが良いだろうか。その雰囲気を堪能している姿を見せることが、歓迎を受け取っていることにはならないか。

「無理をする必要はない。闘技場のあの音は慣れない者を昏倒させることもあると彼らは知っている。」

 昏倒までするだろうか。鈍い頭痛のような感覚があっただけだ。もっと繊細な人ならそういうこともあるのだろうか。だから傍にいた彼は頭痛を軽減できる氷水を持っていたのか。今飲んでいる物も似た味わいだが、頭がすぅっと鎮まる感覚より喧騒を背景に溶かすような感覚のほうが強い。その中から浮いて聞こえるファルクスの声を聞きながら、俺は目を閉じた。


 目が覚めれば、衣類は整え直されていた。それなのにファルクスの膝の上に座らされている。一度整え、わざわざこの姿勢にしたのだろうか。

「気分はどうだ?」

 随分良くなった。空腹も感じる。ヴェルート王国なら晩餐会も食事のためではないが、この魔王国では事情が異なる。盛大に振る舞ってくれるから、無理をしない程度に楽しむ姿を見せることが、歓迎される側のやることだ。あの戦士達は何を食べるのだろう。豪快な肉類とは聞いたが、味付けに関しては聞いていない。心配することはない、という程度だ。

 盛大な歓声を受けながら、夕方の町を歩いていく。晩餐会とは言うが、室内の整えられた場所ではない。開放的な空の下、立食形式の宴のようだ。これでも一つ一つの食材はいつもより小さく切り分けられているらしい。十分齧り付かなければならない大きさになっている。飲み物も俺なら両手で持たなければならないような大きなジョッキに入っている。武闘大会や休憩室で用意してくれていた物は、本当に俺のために特別小さな物を用意してくれていたのだと分かる。

 この歓迎への感謝を改めて述べる。そして最初の一口を頂く。俺は人間のため火を通した物になるが、それでも赤い色が残る程度の火加減で、どこか滑らかさを感じた。肉のはずなのに野菜のような食べ心地に、一口という話なのに二口、三口と食べてしまう。皆も楽しむように言わなければならないのに、まだお肉が口に入っている。皆の笑い声が聞こえる。良い食べっぷりだという掛け声は誰のものだろう。ファルクスも笑いの滲む声で、代わりに声掛けを行ってくれた。

「私の妻が口上を忘れるほどの歓待に感謝する。どうか皆も楽しんでくれ。」

 やはり返事は雄叫びで、一気に喧騒に包まれる。俺も軽く頭を下げて挨拶に代える。闘技場にいた時のような振動は感じず、雄叫びも空に飲み込まれていくようだ。

 傍に寄ってきた獅子の獣人の代表者も機嫌良さそうに声を掛けてくれた。まだ一つ目のお肉を食べているが、一度中断して飲み物を頂く。これはほんのりとレモンか何かの風味を感じるだけで、ほとんどただの水。食べ物が中心なのだろう。それを邪魔しない味になっている。

「奥様に気に入っていただけたようで何よりです。」

 とても美味しい。そう伝えつつ、俺達が皆に勧めないと他の人達は食べられないのに、食べることに夢中になって忘れてしまったことを謝罪する。何分もなかったとは思うが、これだけのご馳走を前に待たされるなんて落ち着かなかっただろう。今は皆も宴を楽しんでいる。酒も振る舞われているが、俺はファルクスに禁止された。俺も大人なのに、仕事を忘れてしまわないようにだろうか。

 不満を表に出すべきは今ではない。酒がなくたって十分美味しい食事だ。楽しい会話もある。今日は大人しく純粋に食事と会話の時間を過ごすとしよう。

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