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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
コンシアンス王国編

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偽りの治癒

 年齢のせいで治癒には時間が掛かる。そう言い訳して少しだけ解毒する。一度お会いした際にはここまで悪い状態には見えなかった。一人で座り、お話を聞かせてくださった。今は呼吸こそ落ち着いているものの、食事にも注意が必要な状況だ。歩行にすら介助が必要になっている。

 俺の治癒能力は高くない。魔力も多くない。それを口実にゆっくりと治癒を進める。実際、魔人化する前は魔力が少なかった。それを補うための技術は追い求めたが、魔力量が豊富な人に追いつけるほどではなかった。今はその魔力量の不足もファルから貰った魔力で補える。それを伏せて、急変には無理をしてでも対応するとなるべく傍に侍る。床に枕と毛布を置かせてもらい、陛下の寝室で仮眠を取らせてもらう。治療のためと言えば、随分な無茶も通った。

「お前は目が覚める度に傍にいるな。」

 すぐに対応できるようにこうしている。目覚めてすぐに少しでも栄養のあるジュースを飲ませられるように常に枕元に置かせた。度々そのジュースには化粧品の成分が混ざっていたが、その時は何も言わずその成分だけ魔術で分離させ、破棄している。何度か零してしまったと言い訳して新しい物を用意させたが、毎回では怪しまれるだろう。まだ犯人は捕まっていないらしい。それともわざと捕まえていないのだろうか。王太子殿下が本気で父である国王陛下を暗殺するつもりなら、いつまで経っても捕まることはないのだろう。

 陛下の汗を拭い、着替えを手伝い、気分と体調を尋ねる。亡くなった側室様の復讐のためにまだ死ねないと何度もうわ言を仰った。寝言でも数名の女性の名前を呟いておられた。その中の一つがその側室様の名だ。今は復讐のために動けず、立ち止まっている期間であり、もどかしく思われている。完治には時間が掛かると伝えたため、それで一層もどかしく感じておられるようだ。十分大人の王太子殿下が代わって政務を行われていても、だから安心とは思われない。

「シャリテはどうしている?」

 王妃殿下は何度も見舞いに来られているが、陛下が就寝中のためお断りした。大変心配されており、王妃としての仕事にも手がつかないそうだ。そのため現在は王太子妃殿下にも手伝ってもらっていると仰っていた。体調には異常がない。陛下や第三王子殿下のように毒を盛られているわけではない。俺からの言葉でも陛下は安堵の表情を浮かべ、王妃殿下に会いたいと仰る。目覚めたら連絡するよう王妃殿下には指示されているが、その後お付きの方から職務に影響があるとして連絡を控えるよう指示された。連絡しない言い訳もあるため、それをそのまま使わせていただこう。今は俺が陛下の最も傍に侍り、お話をしていたい。気が弱れば付け入る隙もできるだろう。

 俺がここに送られた理由をご存知ない陛下は軽い食事を楽しまれる。消化に良い物ではあるが、病人食というほどでもない。少しずつ体調は改善されている。本人も運動を始めたいと言い始めた。運動を理由にもう一度体調を悪くすることはできる。しかし毒と分かっていながら解毒もせずに飲ませるのか、あるいは体内に残る毒の影響を増幅させるのかとまだ決断できずにいる。この時間稼ぎもいつまで通用するか分からない。それともこれだけ尽くす姿を見せた後なら、俺が魔人化した人間と明かすことで魔王国への誤解を解く機会も得られるだろうか。

 今も次目覚めたら廊下を散歩してみようと誤魔化す。眠る姿を眺めれば攻撃性の感じられない人間を殺すことへの忌避感が増す。こんな人でも多くの人を死地へと送っているのだと分かっていながら、賊を仕留めたことのある手の美しさを守ろうとしている。あの討伐が王都の人々を守るためと言えたなら、これも魔王国やこの国の民を守るためと言えるはず。自分の剣と魔術では殺せたのに、毒を見過ごすことはできないのか。治癒士を名乗る設定に自分が囚われてしまっているようだ。

 次の散歩の後、体調を崩していただく。そう自分に言い聞かせていると王妃殿下が見舞いに来られた。また国王陛下は眠られている。そう伝えれば俺を茶に誘われた。眠る陛下の傍では静かにしたい、俺は陛下の傍を離れたくない。そんな二つを合わせても隣の部屋で小声の茶会なら、となおも誘われる。王妃殿下からの強い希望を無下にすることもできず、少しだけとお茶に付き合う。

「私はね、伯爵家出身なの。王妃なんて遠い立場だった。だけど陛下と恋に落ちて、側室でも良いと言って、それでもと陛下が王妃にと強く求めてくださったから、今の私があるのよ。」

 伯爵令嬢程度の教育では王妃など務まらない。彼女自身も厳しい王妃教育に耐えられたからこそ、今の立場に居続けられているはずだ。

「ええ。だけどそれに耐えられたのは陛下が応援し、支えてくださったからなの。だから何としてでも陛下をお救いして。」

 そのつもり、全力を尽くしていると返事する。王妃殿下は頼んでいる相手が王太子殿下の指示を受けて殺すつもりでいるなんてご存じないのだろう。俺の偽りの返事に感謝を述べられた。このための茶会かと思いきや、まだお話は続く。今度は亡くなられた側室様の話題だ。彼女は王妃殿下のご友人であり、国王陛下とお付き合いされる際に礼儀作法を指導した方でもあるそうだ。そのため王妃と側室という立場になってからも関係は良好で、よく二人で茶も楽しまれていたとか。お互いの惚気話もされていたらしい。同じ男性を共有する感覚は理解できない。お二人にとっては国王陛下の話をする時間も好ましいもので、この国のため、彼の国のために力を尽くそうと決めたそうだ。

「その一つが民からの支持を集めること。彼女はよく国境地帯の傷病兵のために慰問にも行っていたわ。あれはそんな中の事件だった。」

 国境地帯で休んでいる夜中、魔物に襲われた。護衛の尽力虚しく、彼らの命は奪われた。その悲しみを紛らわせるため、陛下と王妃殿下は魔王国への復讐を誓った。

「彼女が何をしたって言うの?私を支えるために側室になり、共に王を支えると誓い、危険を顧みず慰問に向かうほど心の優しい人なのよ。死ぬべきは彼女じゃないわ。」

 戦場に送られる全ての兵に言えることだ。彼女のために他の人々に犠牲を強いるのか。それは慰問に向かったという彼女の逸話には合わない弔い方だ。

「もちろん心苦しいわ。だけどその痛みを受け止めることも、国を統べる者には必要なのよ。」

 受け止めて、結果無視するなら意味がない。人々が苦しいのは心だけではない。実際の生活が脅かされているのだ。餓死者が出ないことを誇る村をご存知だろうか。働き手の不足する村を見ていないのだろうか。王妃殿下を説得できれば心強かったが、今は難しそうだ。しかし彼女の魔王国侵攻の動機も魔物と魔王国の関係性を誤解していることによるもの。陛下の命を救った俺が魔人化した人間なら考えも変えられるかもしれない。少なくとも俺の話を聞いてくれるようにはなるはずだ。俺とファルの目的はコンシアンス王国の魔王国侵攻を止めること。王の代替わりでも王の心変わりでも何ら問題なく、むしろ命を救うという形のほうが今後の禍根になりにくい。確かに部外者だからこそできることはあるのだろう。何かあってもすぐ魔王国に逃げ帰れる。それでもより良い可能性が見つかったならそちらに変更して良い。俺が従うべきはこの国の王太子ではない。

 王妃殿下の話に付き合い、国王陛下が眠っている間にお帰りいただく。俺も少しだけ仮眠を取ろう。治癒術には集中力が要る。眠って気力も回復させたい。成功を祈り、貸し出されている部屋に戻った。


 国王陛下に目覚めの一杯を飲ませる。これには薬が入っている。俺の持参した薬草から作った薬であり、治癒術と合わせることで効果が増幅される。軽い食事の後に体調を確認し、治癒を施した。今から本格的に治癒が始まるのだ。

 体力を戻すため、短い散歩から始める。慎重に様子を見守り、まだ歩けると言い張る陛下を説得して部屋に連れ戻す。陛下は少し健康が戻ってきたようだと喜ばれ、俺にまた礼を仰った。水を飲んでいただき、体を休めていただく。体を拭い、触れつつより効果的に治癒術を掛ける。全体的に薄く、弱った体にほんの少しだけ、体への負担が大きくなりすぎない程度に。

 見舞いに来られた第三王子殿下を受け入れる。治癒を本当に始めたなら拒む必要はない。今受け入れ始める理由は散歩できるほど体調が戻ってきたからと言い訳できる。彼も体調が良いようで、こうして見舞う余裕まで生まれたようだ。

「貴女は兄が呼んだ旅の治癒士と聞きました。僕と父を助けてくれて、本当にありがとうございます。」

 その王太子殿下が父王を殺すつもりで俺を招いたなど想像もしていないのだろう。彼も大人になってはいるようだが、純粋な方のようでもある。父君のことは心配されている。民の窮状についてはどうお考えなのか。

「民の生活も心配ですね。今は弱っておられるから一旦長兄が止めていますけど、父が元気になってからも心配事はありますね。元気になってくれるのは嬉しいですけど、その後のことも考えないといけません。兄上方も考えてはいると思います。僕もこれから手を尽くす予定です。その時にはまた助力をお願いします。」

 戦争を止めたいとは考えておられる。陛下の説得には協力していただけそうだ。俺も治癒士として戦争には反対という立場を取りやすい。その立場から戦場や村で苦しんでいる人々の話をできる。実際の怪我の話だって騎士の頃の経験を活かせば詳細に話せるため、十分な説得力を持たせられるだろう。俺の少し熱の入ってしまった言葉に第三王子殿下も良い反応を示してくださった。こうして協力者を一人ずつ増やしていこう。最も重要な人は国王陛下。体調が戻りきっていない時に言っては付け入ろうとしていると疑われるかもしれない。戦争の話を陛下がしてから、もしくは体調がしっかり戻ってから、その話はしよう。予定を共有し、第三王子殿下からも協力を約束して頂く。目覚めた陛下との会話は体調を慮るものや戦争の影などない日常の話に偏り、平穏な時間となった。

 入れ替わるように王太子殿下が訪れた。彼は表面上喜んで見せたが、父王を見つめる目は鋭かった。会話も第三王子殿下とは異なり硬く、仕事の話もされる。王太子殿下は隠さず、戦争を止めるよう説得し始めた。国王陛下も聞いておられるが、側室様の無念を晴らすと拳を握りしめておられる。魔人化した人間であることは国王陛下、必要とあらば王妃殿下にもお話するが、今はその時ではない。もっと快復されてから、二人きりの時に秘密を明かす予定だ。

 王太子殿下を見送り、国王陛下の容態を確認する。治癒術も体力を消耗するため、国王陛下に施すのは日に一回。この後も食事と休息、それから散歩を繰り返していただこう。体調はまだ万全ではないが、眠っている間の数時間、傍を離れることくらいはできる。そう今持って来させた飲食物以外口にしないよう指示し、また一時間ほどで戻ると離れさせていただく。今ある果実水とサンドイッチに毒になる物は含まれていなかった。喉に詰めてしまうほどの体調ではないため、介護は不要だ。

 許可を頂き、ファルに会いに行く。消費した薬草の補充も頼みたい。方針の変更も伝える必要があり、王太子殿下にそれを共有するかどうかも相談したい。魔人であることを明かすにはファルの許可も必要だ。時間は少ししかないと急ぎ足で城下に降りる。居なければ伝言だけ残し、時間を作ってもらおう。居てくれたほうが早いが、と期待しつつ宿に向かえば、ファルは休日を満喫していた。王宮での滞在も選択肢に含めていただけたそうだが、落ち着かないと固辞し、今は城下で過ごしている。

「お疲れだな。ゆっくり休んでくれ。」

 そんなことをしている時間はないと早速本題に入る。第三王子殿下も反戦派。国王陛下も王妃殿下も慰問の際魔物に殺害された側室様の弔いのために魔王国侵攻に必死。そのため、魔物は魔王国にとっても排除すべき敵であると伝われば、魔王国とコンシアンス王国は手を取り合える。今まで信じてきたクリスタロ神国からの話やコンシアンス王国に伝わるだろう伝承などと戦うことになるが、俺が治癒士として尽くしていることにはとても感謝してくださっている。そんな俺が実は魔人、魔人化した元人間であり、生まれながらの魔人の妻であることを明かせば、話くらいは聞いてもらえるのではないだろうか。聞いてもらえたなら魔物討伐に関して協力できる、一部侵入しているかもしれない魔王国の元住民、獣人や鳥人の捕縛や討伐にも当たると伝えられる。獣人や鳥人の対処法に関する知識も共有できる。人間の力では対処が難しいなら、一部人員の派遣などもファルクスや魔王国第二王子の協力で実現可能だ。多くは人型も持っていると聞いているため、人間の中に溶け込める人や意欲のある人を選べる。具体的な人選は彼らと相談したほうがより良い結果になるだろう。

 俺の急いだ説明でもファルは十分に理解してくれ、方針にも賛同してくれた。国王暗殺が魔人の手によるものだと知られれば、対立は決定的なものになる。ヴェルート王国出身という設定はそれを避けるためにも役立つだろうが、そもそも暗殺せずに済むならそのほうが安全だ。魔人であることを明かすのは国王陛下の容態がもっと改善してから国王陛下にのみ明かし、王妃殿下や王太子殿下に明かす前にまたファルに相談する。幾つか約束し、すぐに戻ろうとした。

「本格的に治療を始めるなら今後も魔力は使うだろう?少し補充して行くんだ。」

 返事も聞かず、俺に口付ける。魔力の受け渡しにこれは必要ない。それなのにしっかりと時間を掛けられ、呼吸が乱れたのに疲れるどころか少し元気になる自分から目を逸らしたい気分にさせられる。治癒のために神経をすり減らし、消費した魔力を回復させられたから元気になっただけ、と自分に言い聞かせた。

 王宮に戻れば、また王妃殿下が見舞いに来られていた。俺がいない隙に、とでも思われていたのか、嫌そうな顔を一瞬だけ浮かべ、それから必死に国王陛下の身を案じている言葉を続ける。だから会いたい、と言いたいのだろう。今なら会わせてあげられる。治癒の効果が現れた、散歩ができるほど改善したと言い訳のような言葉を並べ、国王陛下の寝室に通す。静かに眠っておられ、顔色も良い。問題なさそうな彼をその目で確かめ安堵されたのか、傍の椅子に腰掛けられる。俺も水差しの果実水など口に入る物を改めて検査し、体に害のないことを確かめた。国王陛下の体にも毒が入った様子はない。

「何をされているの?」

 水差しと体に手を翳したからだろう、王妃殿下に尋ねられる。無視はできないが、毒の混入の有無を確かめたとは言えない。彼女が調査に乗り出しては面倒なことになる。王太子殿下は誰の御子だっただろう。万一王妃殿下の子であったなら、腹を痛めて産んだ我が子が愛する人を殺そうとしていると知ることになる。それは受け入れがたい事実だろう。鮮度が落ちた物より新鮮な物のほうが体に良い、体調の変化の確認、と言い訳しよう。慰問に行かれたのは側室様であり、王妃殿下が毒や病気について詳しい様子はなかった。この言い訳も通用するだろう。

 嘘を吐くことになる。陛下に対する嘘は咎められるだろう。細心の注意を払って、質問にただ事実を答えた風を装う。幸い王妃殿下は疑う様子なく、国王陛下の汗を拭う俺の様子を観察されている。起きたら着替えていただこう。シャワー程度なら浴びていただいても良い。国王陛下には暗殺の危険を伝えられるため、他の侍女をさらに遠ざけられる。今も治療を口実に極力排除しているため、身の回りの世話はほとんど俺が行っている。今まではそもそも入浴できる体調でなかったため、清潔な布で拭う程度だった。これからは健康な頃どうしていたのかも知る必要がある。王宮の侍女は俺に教えてくれるだろうか。王妃殿下に相談してみようか。

「夫と息子の命の恩人だと指示しておくわ。まだ気を付けるべき点があるのよね。だけど、貴方も無理をしていないかしら。任せられることは誰かに任せることも、上手く仕事をする秘訣よ。」

 単に治癒のために来たと信じておられる。こんなに人の好い方に王妃が務まっているのか疑問だが、そこは部下が補っているのだろう。同時にこんな方が無謀な戦争を積極的に進めていることにも驚く。良くも悪くも、身近な人間を大切にする、目の前の幸福に満足できる方なのだろう。王妃でなければ可愛らしいおば様だと微笑んでいられるが、現実は王妃殿下だ。周囲への影響や下々の民のことも見られる人間であってほしい。ただ、その人が積極的に他人に任せる方針ならむしろ上手く回っているのかもしれない。王太子妃殿下はどのような方なのだろう。気にはなるが、眠っている国王陛下の傍でする話ではない。隣の部屋に移動し、起床に備えつつ会話を続ける。

「真面目で完璧な子ね。私の前だから気を張っているのかもしれないけど、探しても責める点がないわ。むしろ私が注意されちゃうくらいなのよ。あの子なら安心ね。」

 関係は悪くないようだ。王妃に王太子妃の立場から注意するなど、簡単にできることではないだろう。王太子殿下からも特に妃のことを聞いていない。問題視しなければならないような人ではなさそうだ。今はただ、国王陛下の容態改善に注力しよう。

 話していると国王陛下が起床され、その世話を行う。王妃殿下との会話は邪魔しないように気を付け、必要事項だけ済ませてその場を辞する。お二人とも俺を気遣い、休憩すると良いと時間をくださった。呼び出しにはすぐ応じたいため、遠くには行けない。侍女に話を聞くにもまだ王妃殿下の口添えがないため、上手く話せないかもしれない。どの侍女が王太子殿下の指示で体に害のある物を混入させたのか分からない以上、俺としても警戒相手を絞れない。まずは王太子殿下に国王陛下の治癒を行う旨を伝えるべきか否か。これもファルに相談すれば良かった。治癒すると伝えて王宮を追い出されては困る。

 迷いつつ自室に向けて歩いていると、王太子殿下の使いが俺を呼びに来られた。話したいことがあるそうだ。従えば厳しい表情の彼がいた。何か問題でも起きたのだろうか。

「人払いはした。お前は俺達に協力するために来たと聞いたのだが。王の容態が改善したようだな。」

 怪しまれないよう殺すはずなのに、本当に治癒している。そのことがご不満らしい。治癒して、信頼を取り、ヴェルート王国のことを話す。そうすれば魔物と魔王国の関係性に関する誤解も解ける。ヴェルート王国のことなら王太子殿下にも詳細に話せる。名乗っている経歴もヴェルート王国出身なのだ。魔物に襲われた村を目撃していても、それが魔王国とは関係ない化け物であるなら魔王国への恨みに繋がらない。

「父は彼女を愛していた。そんな耳を持つだろうか。」

 持たせるのだ。十分勝算はある。第三王子殿下も協力してくださる。だから化粧品の成分や刺激の強い香辛料の使用を避けてほしいと依頼した。香辛料は健康な人なら好みに応じて摂取するものだが、化粧品は口に入れる物ではない。悪意ある行動だ。侍女が勝手にそのようなことをしているのなら調査が必要で、そうでないなら指示しているだろう王太子殿下が指示を改めれば良い。

 王太子殿下は難しい顔をされている。他の可能性に期待したい気持ちはおありだろう。父の人間関係を把握できているのだ。無関心な親子ではない。第三王子殿下も父の命を救ってくれたと感謝されており、純粋に王太子殿下が父と自分のために治癒士を用意したと信じられる関係性を築いておられる。強い憎しみを持っているような間柄には見えない。

「ピティエは、末の弟は君に強い関心を示している。命の恩人というだけなら良いが、それ以上なら非常に困ったことだ。最悪結婚しない選択肢は用意してやれるが、人妻、それも男性に恋したとなれば口さがないことを言う者も多いだろう。適当にあしらってやってくれ。父への説得は任せよう。」

 既に諦めた人間にもう一度説得の協力を依頼することは難しいか。時間を頂けただけ良しとしよう。話し合いは十分として、部屋を出される。王太子殿下も第三王子殿下が俺に興味を持っていることが気になるなら、俺が男だと教えてしまえば良いのに、何故秘密にしているのか。侍女まで知っていたならどうしても隠さなければならない秘密でもなくなってしまっている。国王陛下の寝室に長く滞在し、他の侍女を排除する動きも男だと知られているから通用しているだけだろう。女なら陛下を狙っている不埒者と言われてしまいそうだ。知られているのに女装を続ける意味はあるのだろうか。

「フラウ様!タンドレス兄上の所に向かったと聞き、追いかけてきたのです。是非一緒に散歩をしていただけませんか。素敵な場所にご案内したいのです。」

 意識すれば俺との交流を積極的に持とうとしていると分かる。そこにあからさまな下心は見えないが、少しだけ警戒心を引き上げよう。俺が男だと分かったら引くかもしれないが、万一本気で恋していた場合、その終わり方は可哀想だろう。夫に一途だからと振ってあげよう。あくまで告白されたなら、というだけ。自分からこの話題に触れるつもりはない。

 ほんの少しだけ警戒しつつ、第三王子殿下の誘いに乗る。何故か殿下は俺の手を取ろうとされるが、旅の治癒士に貴族の令嬢に対するような行動は必要ない。夫以外の手は取らないと拒み、案内をしていただく。第三王子お気に入りの庭だという場所に着けば、確かに色とりどりの花が植えられ、十分な手入れが施されていた。少し離れた場所には雰囲気に合わない塔が見える。他と比べて外壁の掃除も行き届いていない。

「気にすることではありませんよ。ただの倉庫です。それよりこっちを見てください。綺麗な貴女に花も見つめてほしがっていますよ。」

 面倒な時間が始まった。人妻を口説くような倫理観の持ち主とは覚えておこう。純粋な少年のような雰囲気で、やっていることは遊び人だ。それなら俺も夫との惚気話を聞かせてあげよう。偽りの話だ。旅をしている彼に出会い、恋をし、同じ時間を生きると誓った。今の旅生活は充実している、いざとなれば家も構えられる、夫と一緒にいることが幸せの一つだ。そんな風に並べながらも離れる隙を窺う。第三王子殿下は俺をずっと見つめており、そんな隙は見つからない。お気に入りの庭ならそちらを眺めてくれていれば良いものをそうしてくれない。諦めて第三王子殿下と過ごす時間をしばしの休憩時間にするとしよう。

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