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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
コンシアンス王国編

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お茶会の後

 あの後はただの雑談だったらしい。俺とファルの馴れ初めや普段の様子、挨拶に口付けを交わすかなど、恋のお話が多かったとファルは教えてくれた。弟君が心配していたことも伝えられたらしい。俺は正直あまり覚えていない。必死で何か答えていた気はするが、緊張と動揺でどうにかなりそうだった。ファルもその一因だ。合間合間に口付けをする必要など一体どこにあったのだ。

 疲れるだろうからという配慮で、茶会翌日の今日は休日にしてくださっている。俺の部屋で二人で休み、今も朝食後の時間を過ごしていた。今日は流石に悪戯を控えてくれているようだ。

「今後のことを考える必要もあるだろう?」

 この部屋はさほど防音環境の整った場所ではない。小声でなければ廊下の人間に聞こえてしまうだろう。細心の注意を払うべきだ。同時にここ以外に秘密の話ができそうな場所もない。まさか盗聴用魔道具なんて設置していないだろう。

 コンシアンス王国貴族の現状はあまり知らない。俺の出身のフィブラ伯爵家領は国境を接しない内部の小さな伯爵家領であり、他国の情勢については深く学ばなかった。名字を持たない治癒士の立場で旅をしていても貴族の情報など入ってくるはずもなかった。クランティフ侯爵家で仕事をしていた時に少し耳にする機会があっただけだ。ここでも領主軍には平民が多い。貴族の情報を入手する機会には乏しいだろう。アルエット様やラフィネ様からのお誘いだってそう頻繁にあるとは思えない。

「少しばかり休憩したって良いだろう。入浴できる生活をしたいだろう?」

 それはもちろんしたいが、今は潜入捜査中だ。ゆっくり寛いだ時間は家に帰ってからで良い。それとも焦ってはいけないという話だろうか。のんびりしていては俺達が何をするまでもなくこの国は余裕を失い、戦争の継続が不可能になるだろう。それは飢えていた村人達の命を危険に晒す行為だ。なるべく早く戦争は止めるべきだ。

 そうは言ってもできることなど限られる。今は誰が戦争継続の中心なのかすら分かっていない。国の中枢に入り込めれば良いが、道筋が全く見当たらない。公爵家の領主軍から国の中枢に近づけるとは思えない。ヴェルート王国貴族だった話をしても身分の嵩上げにはならないだろう。むしろ他国の内部に入り込もうとする行動は歓迎されない。よほどの実力で抜擢されることがあるかどうか、という程度のものだが、あったとしても俺の実力では難しい。

「それなら少しの間、道を見つける時間だな。張り詰めていても思考が鈍るだろう?」

 もうファルは休憩する気満々だ。お給料を貰ったら俺のおしゃれ着も見に行こうと話し始めた。俺達は観光に来たわけではないはずだが、ファルの態度からはそうとしか見えない。観光するにしても戦争を止めてからのほうが寛げるだろう。


 結局このまま滞在しつつ考えるという、何も決まっていないに等しい結論になり、ファルとのお出掛けの日を迎えた。前回のお出掛けの時には生活に必要な物を買った。その時同時にある程度街の様子は見ている。町娘の服を買えそうな店も見つけた。今回の目的はそこだ。

 品揃えは多くない。それは仕方のないことだろう。戦場から遠く、比較的余裕のありそうなこの領都でも影響が皆無なわけはない。特に刺繍の施されている服が見えない。布の状態で売られている物が多いが、それでも可愛い服はある。領主軍の方々には俺が男だとバレているが、夫婦として行動するなら街の人々には内緒にしたい。きっと領主軍の方々も秘密を守ってくださる。

「これが可愛いな。お前が着けているところが見たい。」

 いつだってファルの選ぶ基準はそれだ。俺が着ているか、着けているか。今選んだ物は小さな林檎の髪飾りだ。葉も付いており可愛らしいが、まずは服を選ぶのではなかったか。必要最低限は揃っているのに、どうしても俺を着飾りたいらしい。

「それに合わせて服を選べば良いだろう?ほら、こっちに林檎のボタンのブラウスがある。」

 これが店の戦略だろうか。ボタンが特定の形で作られ、色まで塗られている。そのせいで他と比べると値が張るが、買えない値段ではない。治癒士の基本給の説明も聞いたが、一般的な軍人よりも少し高いそうだ。さすがにヴェルート王国で王都騎士をしていた頃には及ばないが、平民の生活をするなら小さな贅沢を重ねられるくらいには頂ける。今はまだおしゃれ着もあまりない。こういった支出は今回限りのはずだ。いや、ファルのことだ。季節ごとに買おうとするかもしれない。それでもまだ余裕はあるはずだ。

 林檎の髪飾りに合わせてか、薄紅のカーディガンまで選び、俺に添わせた。暖かそうで悪くない。ファルも満足そうで何よりだ。最後はスカート。刺繍がない分、寂しい見た目になりそうな気もしていたが、裾の形状に特徴的な物があった。裾が細かく波打ち、葉か鳥の尾羽根のようだ。ふわふわと歩けばより一層魅力的に揺れることだろう。ファルは見たいだろうか。

「これも良いんじゃないか?」

 鞄まで選ぼうとするが、それは必要ない。服は着替えるが、鞄は変える必要がない。靴も同様だ。一揃い買おうとするファルを止め、店主に会計を頼む。少々お高い商品を選んだからか、店主の機嫌も良さそうだ。しかし計算してくれている間、何故かファルが俺の自慢を始めた。恥ずかしいから止めてほしい。店主もにこにことしっかり者の奥様と褒めてくださっている。

「お向かいでお弁当を売ってるんだ。ここから見える小高い丘に行ってみると、良い時間を過ごせるかもしれないね。」

 沢山買ってくれたからと情報をくださった。しばらくこの街で過ごすなら、この街について知ることも必要だ。何よりせっかく良い場所を教えてもらったのなら行ってみたい。このまま向かおうか。

「この服を着た妻と行きたいですね。」

 ファルの返答にも店主の快活な笑い声にも羞恥を煽られる。ファルは一体何を言っているのか。そんなことをわざわざ言う必要がない。行ってみますと答え、店を出てから一度帰ろうと俺に提案してくれるだけで良い。良き実りをという見送りの言葉にも曖昧な笑みしか返せない。

 店を出てから小さくファルを咎める。繋いだ手に少し力を込め、しっかり聞くよう促した。荷物を持った程度で埋め合わせられていると思わないことだ。

「俺達はこの街に来たばかりだ。一人で出歩いている時に独身と間違われたら困るだろう?こうして夫婦だと伝えておかなければな。」

 言い寄られても断れる。腕力に訴える男がいたとしても抵抗できる。俺は一般的な男性よりも戦える。剣を握ることこそ減ったが、身体機能は衰えていない。感覚だって維持できるよう努めている。騎士は剣や槍に頼らない体術だって学ぶものだ。捕縛を考えず、自分が逃げるだけならもっと簡単になる。一般男性よりも俺は心配しなくても良い技術を持っているのだ。

 俺の実力はファルも知っているだろう。確かにファルには負けたが、それでも人間相手なら心配要らないほどの技術と気合は見せた。

「そういう問題ではない。愛する人の危険は極力避けたいものだ。」

 真剣な表情での返答に、俺はなんと答えれば良いのだろう。ファルの言葉は演技に聞こえない。偽っている部分は俺が女性であることくらい。旅の治癒士という設定も、本当に各地を巡り、治癒をしてきた。ファルはその護衛をしていた。本来の身分ではなくとも、その経験は嘘でなくなっている。夫婦であるという設定は最初から本当のことだ。

 なるべく一人では出掛けない。そんな言葉は正解だっただろうか。少なくともファルは満足してくれたようで、自室での着替えを手伝ってくれる。平民の着る服のため手伝いなどなくとも一人で簡単に着られるような作りになっているが、その心遣いは嬉しい。ファルは自分を着飾るつもりがあまりないようで、いつも俺の服ばかり見る。今回も自分の分は十分あるとして、俺のおしゃれなお出掛け着しか見なかった。

「お前は俺が言わなければこうした服を着ないだろう?」

 それはそうかもしれない。自ら選ぶにはまだ気恥ずかしさが勝つ。ファルに見せる前提で選べるようになってきたくらいだ。魔王国では領主の妻として、という基準があった。ここでは身分のない治癒士の夫婦だ。相応しく見せるという観点でも少し難しい部分がある。

 着替え終われば、ファルは満足したように俺を見た。靴は移動に適した旅の時にも履いていたブーツだ。いざとなればファルは戦える。俺は魔術で援護できる程度だ。街の人がお勧めしてくれるような場所ならそんな危険はないか。気楽に行こう。

 旅の時よりも軽装で、そこまで歩いていく。すぐに対応できるよう離されていた手も今は繋がれている。指先で遊ぶような動きもあった。誰がどこから見ているか分からないのにこんなことをするなんて、困った人だ。

「何も困らないだろう?仲睦まじい夫婦と思われるだけだ。」

 人前ですることではないという話だ。仲良しさんですね、なんて声を掛けられたらどう対応すれば良いのか分からない。俺は赤面しかできないからな、と釘を刺しても笑われるだけだ。何をすればファルにも伝わるのだろう。指を絡められた手をファルの手ごと口元に引き寄せる。歩きながら指先を舐められれば、流石にファルだって驚き、こんな所ですることじゃないと言うだろう。

 暖かい手の先、その指に唇を付けた。ファルはまだ暖かい眼差しで俺を見ている。そんな余裕も今のうちだ。すぐに奪ってやる。そう舌を少し出し、軽くその指を舐めた。

「可愛らしいな。もう少し待ってくれればゆっくり座って相手してやれるんだが。」

 何の動揺も見えない。結局言いたいことは伝わらなかった。平然とした態度で手を繋ぎ直され、指し示された丘へと連れて行かれる。一体どうすればファルにも同じ思いをさせられるのだろう。

 到着した場所から街を一望する。活気に溢れた、とまでは言えないが、人々の活力はまだ失われていない。家屋が並び、人々が行き交い、日々の生活を送っている。地面に座っても小さな草が受け止めてくれた。心地良い風が眠気まで導く。しかしそれはファルの手で遮られた。

 先程俺がしたように、今度はファルが俺の指を舐め上げる。本人は平気だからこうしてどこでも触れてくるのかもしれない。本当に駄目なことは聞き入れてくれるのに、少し恥ずかしいからというものに関しては続ける。その見極めを一度も間違えていないから強く苦情も入れにくい。本当にずるい人だ。

「嫌がることをするわけないだろう?」

 本当だろうか。乗り気でなくても勧められることがある。それはやってみれば、まあ良いか、許してやるか、となる程度のものばかりではあるが、乗り気でない様子を見せていることは確かだ。それなのにやってみせても大丈夫なものと、本当に駄目だと言っているものの違いが、何故ファルには分かるのだろう。

 今もファルは俺を見ている。その瞳に映る俺はいつもより可愛い少女に見えた。目を瞑れば唇に感触が降りてくる。本当に屋外で何をしているのか。舌にまで感触が届く。忙しくても毎晩口付けは交わしているのに、足りなかったのだろうか。

 唇が離れていった。ファルは満足そうに笑みを浮かべている。絡める程度で我慢してくれていたのだろうか。俺の呼吸が乱れているからか、指や手、手首への口付けを繰り返し、何も言わない。そんな仕草すら様になるのだから、ただの旅の剣士という偽りがどこまで通用しているのか疑問になる。俺の治癒士の女性よりも無理があるのではないか。ただの人間にこんなに決めた仕草が可能なのだろうか。

「確かに外でするべきではないな。お前のそんな顔は他に見せられない。」

 表情を引き締める。そんな顔をさせたのはお前だろう。俺に文句を言われても知らない。第一、俺は最初から外ですべきではないと言っている。思った展開とは異なるが、それが伝わったなら良しとしよう。今後はファルも外でこうしたことをしないだろう。見せても良い相手しかいない時だけだ。あるいは夫婦仲を見せつけるためにすることもあるかもしれない。それは任務として許容しよう。

 涼しい風が心地良い。少しだけ熱くなってしまった体が冷やされる。しばらくの間は休暇と思っても良いだろうか。情報収集は意識するとしても、確かに行き過ぎた緊張感は判断を鈍らせる。重要で危険な任務ほど焦りは禁物だ。少しだけ、ただの町娘のように夫と日常を過ごす日々も良いかもしれない。俺にとっては初めての経験だ。騎士として、魔王子の妻として、旅の治癒士として、そして今は拠点を得た治癒士として。こんなに色んな立場を経験できるなんて、人生何が起きるか分からないものだ。それを言ったら女装して任務に当たっただけなのに、魔王子に見初められることから意外過ぎる出来事か。たまには気を緩めた時間を過ごしてみよう。

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