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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
コンシアンス王国編

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アルバトロス公爵家

 治癒を続けて一週間。その時間は唐突に終わりを告げた。いや、最初からいずれ帰還すること自体は決まっていた。ただいつになるかが未定だっただけ。アルバトロス公爵家の治癒隊は既に長くここに留まっていた。そろそろ一度引き上げる。そんな連絡があったらしい。俺達も報酬のためにアルバトロス公爵家領にまで同行させていただく。他の方々はそもそも領主軍の一員であり、帰るだけ。俺達も現地で雇われた、領主軍の仮の一員扱いだった。

 移動中の食事も用意していただけだ。遠慮しては不審だろう。ここは従軍時の当然の対価として受け取った。見張り番も治癒士は免除。ファルは護衛として道中も仕事がある。怪我をすれば俺達治癒士の仕事だ。戦場ではなくなっているため、どこか皆の気も緩んでいる。道中の村々は変わらず日々の生活に手一杯。俺達も食料を求めることはせず、移動しつつの狩りや採集、それから領地から送られる兵糧で賄った。狩りは治癒士も行う。魔術に長ける治癒士達は治癒術以外も十分使えることが多い。肉を傷つけず、毒を使わず、息の根を止めることも可能だ。

 アルバトロス公爵家領は比較的安定した状況のようだ。通りがかりの村がお疲れ様と食料を分け与えてくれるほどの余裕を持っている。村人達も暗い顔をしていない。戦場が遠いからだろうか。若い男女も村にいる。子どもたちも仕事の手伝いをしていたが、痩せ細ってはいない。

「良い所でしょう?アルバトロスは。」

 ラフィネ様が誇る気持ちも分かる。特にコンシアンス王国他地域の状況を見れば、これがどれほどの努力と知恵で齎されているのか想像に難くない。領主はラフィネ様の義父、アルエット様の父君。どんなお方なのだろう。ラフィネ様は魔王国戦への協力として何を出すか迷っておられた領主様に、治癒隊の出陣、自らも向かうことを提案された。その時のお顔は穏やかなものだった。ラフィネ様が良い関係を築けるようなお方。きっと領主様も良いお人だ。しかし既に反戦派のアルバトロス公爵家に入り込むことで、何を得られるのだろう。ファルの考えは見えない。領主軍に入れても領主様との接点が得られるとは限らない。収入面での心配はなくなるため、その間にゆっくり考えさせてもらおうか。

 他の方々は領主軍敷地に到着すると解散となった。各々自宅へ帰還されたり、宿舎に戻られたり。俺達も宿舎へと案内された。その上、後日話したいとラフィネ様から伝えられた。報酬面に関しては期間に応じてどの程度出されるかも道中で聞かせてくださった。

 仕事は一つ区切りだ。荷物の少ない俺達の片付けなど一瞬だ。宿舎は一人部屋が基本だが、俺達は隣同士に入れてもらえた。男女で分かれているという説明があったのにこれということは、女性のふりはさせてもらえないということか。ファルの妻を名乗るのに男性側に入れられている。服装も女物しか持っていないのに、どうしようか。旅ができるような服装ではあるが、それでもやはり少し可愛らしさを含む女物が選ばれている。

「確かに危ないな。男装するか、女子側に入れてもらえるよう交渉するかだな。」

 後者は論外だ。俺の今の状況が危険だというなら、当然入れてもらえるわけがない。男装しつつファルの妻を名乗るのか。男だと知られていても女装しているほうがまだ良い。ファルは不意に触れてくることがある。

 男装だって必要ない。本当は男だけどファルの妻でいたいから女の子をしていると主張すれば良いだけだ。ファルは何故か不満そうだ。男装してほしかったのだろうか。質問してもそれには答えてくれない。まとまった金額が手に入るから買い物に行こうと言われてしまった。しばらくここに留まるつもりらしい。


 報酬は頂いた。早速ファルとのお出掛けにも行けた。アルバトロス公爵家領の領都は比較的が余裕があるようで、まだ商店も機能していた。種類の豊富さは流石に魔王国に及ばなかったが、これは戦中であることを考えると仕方のない部分だろう。治癒士として稼いだお金のうち一部だけ使う余裕があるという状態のため、高額な買い物はできない。簡単に手入れできる服も限られる。何よりこれから冬になるため、防寒着を最優先にしなければならない。そんな観点でのお出掛けだったのに、ファルが何枚も俺の可愛い服を選ぼうとして大変だった。

 そんなお出掛けも無事に終了した。ひたすら宥めながらのお出掛けであり、少々疲れはしたが収穫はあった。今日はラフィネ様からご招待頂いている。公爵家からの招待に応えるような服は持っていないが、それはあちらもご存知だろう。そう招待されるまま従った。

「いらっしゃい。じゃあ早速お着替えしましょうか。私の服を貸すわ。ファルさんは夫の服を着てちょうだい。案内させるわ。」

 俺はラフィネ様に、ファルはアルエット様に従い、それぞれ着替えに向かう。わざわざ貸してくださるのか。領主軍の一員をこうして屋敷に招待し、自分の服まで貸すなんてことあるのだろうか。普段から招いているなら貸し出す用の服がありそうなものだ。自分たちの服なら体格が近い相手にしか貸し出せない。

 ラフィネ様は俺が男だとご存知だ。その上でご自分の茶会用ドレスを貸し出してくださる。着られるだろうか。身長はあまり変わらない。胸周りはラフィネ様も控えめだ。これは問題なく着られても、どちらも傷つく結果になるのではないだろうか。

「フラウさん。女性同士も胸部を凝視などしないわ。」

 こちらを見ることなくラフィネ様は指摘される。これは失礼なことをしてしまった。謝罪は簡単に受け入れられ、早速並べられたドレスからどれが良いか尋ねられる。どれも細身の物で、体型が露骨に出てしまうものだ。鳥の羽根の意匠があしらわれている物が多い。落ち着いた赤のような赤茶のような、要はアルエット様の髪と瞳の色も多い。俺が身に着けるには抵抗がある。

「借りるということはそういうことよ。気にしなくて良いわ。あちらは緑も含められるわ。あなたの明るい緑ではないけれど、諦めて頂戴。」

 ラフィネ様の瞳は深い緑だ。俺の瞳は明るい緑。同じ系統でも随分雰囲気が違って見える。ラフィネ様のほうが落ち着いた大人に感じられた。おいくつなのだろう。

「二十三歳よ。フラウさんはおいくつなの?」

 俺は二十五歳だ。次の春で二十六歳になる。俺よりも年下か。随分慣れた夫人に見えるが、まだ若い。俺もそろそろ夫人として外に出ることも増えるため、ラフィネ様のような風格を出せるようになりたいものだ。今はファルの隣に相応しい女性、程度の表現に留める。ラフィネ様には知られているが、まさか屋敷の全員に広めているわけではないだろう。隠す行動は続けるつもりだ。

「あら、十分仲睦まじいご夫婦よ。さあ、楽しいお喋りは後にして、今はドレスを選びましょう?」

 俺はいつもファルやラパーチェに選んでもらっているため、こうして他人のドレスの中から選ぶには苦労しそうだ。ラパーチェのことは言えないが、ファルのことなら言える。いつも夫が選んでくれる、と。それにこの中にあるドレスはどれもアルエット様を連想させる要素を含んでいる。俺が着たいとは思えない。

 迷う俺の反応を楽しそうにラフィネ様は見られていた。しかしいつまでも待たせられないとさっと選ばれる。淡い金色の細身のドレス。深紅の羽の刺繍が美しいが、やはりこれはアルバトロス公爵家の物だ。合わせて選んでくださるショールも深い紅で、同じく羽の刺繍が施されている。靴まで貸してくださる。どうして履けるのかという点は考えないでおこう。身長が同じなら足だって同じくらいの大きさで自然だ。髪飾りも深紅の羽の形で、格好良い系。ラフィネ様にはきっととてもよく似合う。

「貴方にもよくお似合いよ。」

 最近は女装でも褒められれば嬉しくなっていた。不思議と今はあまり嬉しくない。嫌なわけではないが、特に何も感じることもない。形式的なお礼を言うだけだ。

 ラフィネ様は深い紅のドレスに濃紺のショールを羽織っておられる。こちらにも羽の刺繍が施され、小さな耳飾りまでされていた。銀糸の髪は一部分だけ結われ、大部分は垂らされている。戦場よりもご夫人の空気を感じるのはこのせいかもしれない。

 茶会をすると一室に案内されれば、既にファル達は戻っていた。ファルは深緑のジャケットとズボンを身に着けており、よく似合っている。緑は俺と一緒にいる時も身に着けてくれることも多いが、その場合は明るい緑のことも多い。今日はラフィネ様の瞳の深緑だ。銀糸が入っていないため、まだ良いだろう。

「紅も似合うな。」

 言いつつファルもどことなく面白くなさそうだ。自分達では選ばないだろう色柄の服が落ち着かない。借り物だからだろうか。ラフィネ様とアルエット様も俺達が訪問するまでは二人でいただろうに、軽く触れ合っておられる。アルエット様がラフィネ様の髪に触れ、するりと流す。見ていて赤面してしまいそうな光景だ。

「待たせたわね。掛けて頂戴。年の近いご夫婦と話してみたかっただけなの。気楽にして頂戴。」

 他にも年の近い夫婦はいたように思う。どうして俺達と話したいのだろう。旅の治癒士という点が興味を引いたのだろうか。女装であることを知っているならそこかもしれない。ファルも俺が女装だと気付いて、そこから俺に興味を持ち始めていた。

 礼をし、椅子を借りる。それだけなのにラフィネ様もアルエット様も俺達の行動をつぶさに観察された。二人とも騎士のような目だ。監視というほどではないが、観察されている。それなのに見ていることを隠す様子もない。一体何なのだろう。同性でも胸部を凝視するものではないと先程ラフィネ様に注意されたが、この凝視は指摘し返しても良いだろうか。今の俺達は平民、彼らが公爵家の人間とすると、指摘は危険か。

「とても綺麗だな。どこかで茶会の経験があるのか?」

 しまった。俺は令嬢になれるような女装の教育を受けた。つまり所作が令嬢の作法に則ってしまう。しかしただの旅の治癒士なら令嬢教育など受けているはずもない。いや、俺は実家を出奔した設定だったか。これは言い逃れられる。女装の令息など貴族として受け入れられるわけがない。愛する人と出奔したという話は説得力を持っているはずだ。

 旅の剣士だったファルに恋した。相応しい女性になるため令嬢としての所作を見様見真似で学んだ。母親の行動を観察した。結果、実家で令息として生きていくことは難しくなった。それでもファルと一緒にいられるなら構わないと家を出た。整合性を保った設定を説明していく。アルエット様は納得してくださるだろうか。

「そちらも慣れているようだったが、以前のことを聞いてもよいかな?」

 ファルのほうが問題だったか。しかし、ふっ、と笑って答えない。流石にそれは許されないだろう。アルエット様が許したとしても問題のある行動だ。俺よりもファルの行動が平民として相応しいか考えるべきだった。演技練習の期間がファルにも必要だったのではないか。そんなことを今思ってももう遅い。第一、公爵家次男の問いかけに堂々としすぎではないか。もう少し恐縮しているような態度を見せるべきだ。

 俺の焦った内心など露知らず、ファルは落ち着いた態度で紅茶に口を付けた。質問には答えなければならない。それなのに何呼吸もおいてから、ようやく言葉を発した。

「少々依頼を受けることがあっただけです。その時に良い教育を頂きました。」

 本当にこんな雑な言い訳が通るのだろうか。作法はともかく態度は一朝一夕にどうにかなるものではない。緊張くらいするだろう。俺でもしているのだ。女装であるとは知られていても、相手は公爵家の方なのだ。伯爵家とは雲泥の差がある。王子とその妻としてなら今のファルのような態度でも十分過ぎるくらい丁寧だが、平民、高く見積もっても伯爵家相当なら十分礼儀を尽くす必要がある。ファルだってヴェルート王国との交流のために人間の身分制やその作法を学んでいるはずなのに、どうしてこうも緊張感に欠けるのだろう。

 アルエット様はこちらをじっと見ている。尋問されている時はこんな気分なのだろうか。俺も騎士として話を聞くことはあった。しかし自分が聴取を受ける立場になったことはない。騎士として報告はしていたが、こんなに緊張はしなかった。自国の王太子殿下と応対した時以上の圧を感じる。助けを求められる相手もいない。ファルはこの圧を感じていないように優雅に茶を楽しんでいる。今はそんな状況ではないだろうという訴えもできない。

 ラフィネ様がふっと笑い声を漏らされた。ふふ、と楽しそうにされる。何もおかしなことはしていないはずだ。いや、ファルの態度が堂々としすぎている点はおかしいか。笑うような面白いものはなかったはずだ。

「そんなに緊張しないで。アルエットも、そんなに見てはドキドキさせてしまうわ。見つめる相手は私だけにして頂戴。」

「ああ、すまない。二人が思った以上に着こなしていて驚いてしまった。」

 アルエット様がまたラフィネ様の髪に触れた。一気に空気が緩む。ほっと一息吐き、俺も紅茶を頂く。甘い香りに滑らかな舌触りは緊張を少しだけ解いてくれた。今後こういったことはないだろう。いや、内部に入り込むならむしろ増やすよう行動すべきなのか。クランティフ侯爵家ではここまで緊張しなかったのに、どうしたことだろう。やはり軍人としての圧をアルエット様はお持ちなのかもしれない。ラフィネ様も芯のある方だ。先程の視線を考えても騙せる気がしない。

 そもそも状況の調査を中心に考えていた。一つの家で方向性を変え、長く戦争を続けられない状態であると分かっただけで十分ではないか。ここで少し滞在し、一度帰還するという手もある。その相談は今できないが、周囲の家の状況を探る方法を考えていくのか、帰還するのかを考える必要があるだろう。そんなことを考えているとファルの手が俺の髪に触れた。アルエット様がラフィネ様にしたように、髪を梳く。俺の髪はラフィネ様ほど長くない。だからすぐに終わってしまう。それなのにファルはもう一度髪を手に取り、自分の唇を近づけた。一体何をしているんだ、人前だぞ。

「お前の髪も伸びてきたな。」

 今する話だろうか。何かお話があって呼ばれたのではないのか。そうお二人のほうを見るとニコニコとこちらを見られていた。髪への口付けを見られていたのだ。叫び出したい気持ちを堪え、ショールで顔を隠す。足もバタバタしたい気持ちを抑え、何度も組み替える。さらに大きくなった、ふふふ、というラフィネ様の笑い声を聞いていた。

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