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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
コンシアンス王国編

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戦場の治癒隊

 戦場の傷は深い。死者を極力出さないよう手加減をし、コンシアンス王国からの敵意を増やしすぎないように気を付けている。そのような魔王国側の意識はあった。それでも殺し合いに手加減など難しい。殺さない程度はつまり重症にはするという意味だ。手足の無くなった人もいる。無い手足を生やすことはできない。傷口を塞ぎ、それ以上の出血を防ぐことしかできない。ラフィネ様は取れた手足を持ってきてくれればくっつけられると仰り、実際一度その場面を目撃したが、簡単なことではない。他人の手足では駄目なのだ。同時に何人も飛ばされてしまったような状況ではどれが誰の手足なのか分からなくなってしまう。そもそも数が足りないことにもなっていたのだ。

 治癒士は怪我を見続ける。疲弊してしまわないよう、集中力を切らしてしまわないよう、十分に休憩時間は確保されていた。

「お疲れかしら。ごめんなさいね、うちのが人使い荒くて。って、私も人のことは言えなかったわね。あなたにたくさん手伝ってもらったもの。」

 ラフィネ様の指示は的確だった。誰が誰を治癒するか指示し、優先順位を決め、望みの薄い人間一人を救おうとする力で重症者二人を救えるのならそうと決められた。治癒士の力も薬も無限ではない。見捨てる決断をラフィネ様はされている。

「それが私の仕事だもの。役割分担ね。夫が細やかな薬品の管理をしてくれているから、私は何も考えずに目の前の命に集中できる。」

 俺とファルのように触れ合っているわけではない。それでも俺達以上の繋がりを持っているように感じられた。他にも寄り添う男女がこの治癒隊には多いように見える。そう気付いたことを口にすると、この治癒隊は夫婦で参加している者が多いと教えてくださった。夫婦の両者が治癒士、もしくは妻が治癒士。夫は備品の管理や調達の人員として従軍している。妻がいる男性が一人で参加している事例もあるそうだ。

「戦場では気の立った者も多い。極力妻を従軍させたくないのは自然なことだろう。せめて自分も同行すると言い出すのも自然なことだ。」

 水の入ったコップを持ったアルエット様が来られた。何も言わずにラフィネ様に渡し、ラフィネ様も気軽なお礼の言葉だけで受け取られる。年の近い夫婦をこうして間近から見るなんて新鮮だ。ラフィネ様とアルエット様はどうなのだろう。アルエット様はアルバトロス公爵家の次男であり、領主軍に勤められていると聞いた。ラフィネ様はその妻であり、同様に領主軍に勤められている。ラフィネ様の希望で遠い東部の戦場に来られているのだろうか。

「そうね、アルバトロス公爵家として何もしないわけにも行かないけれど、戦争継続を可能にする積極的な行動はしたくないといったところでお義父様がお困りだったの。幸い、私は治癒術が得意だったから治癒士部隊だけ向かうのは如何かしらと提案させていただいたのよ。」

 結果こうして戦場に来られている。アルバトロス公爵は次男の妻の提案を採用した。話すラフィネ様の表情も穏やかで、きっと良い関係なのだと思わされる。治癒士達は皆最低限の護身術を身に着けており、アルエット様を始め備品管理を行う方々も護衛としての役目を果たせるだけの実力をお持ちらしい。その条件で選定されている。ファルは問題なく護衛が可能だが、俺の護身術に関する話はいつ確認されただろう。

「歩き方を見れば分かる。素性の知れない相手との距離の取り方でもな。治癒士達は時間稼ぎさえしてくれれば良いから、それができるならわざわざ確認をしていない。」

 アルエット様はいつから領主軍にお勤めなのだろう。俺と変わらない年齢に見えるのに、もっと大人に感じられる。第一印象だけでなく、こうして話していてもなおそう感じた。俺も重心の置き方などから戦える相手かどうかは判別できるが、女性に見えるよう気をつけている今、それも多少乱れているはずだ。治癒に集中している時はそれどころではなく、戦える姿勢を維持していない。むしろあまり戦えると思われないほうが良いと剣も携えていない。

 警戒心を隠し、笑みで返事を誤魔化す。この部隊の責任者でもあるアルエット様はお忙しいようで、すぐに戻っていってしまった。ラフィネ様も治癒士達の取りまとめ役であるためお忙しい。しかしまだ俺の相手をしてくださるようだ。

「貴方達もとても仲が良いのね。みんなフラウさんを微笑ましく見守っているのよ。女装までして、可愛らしく旦那さんに甘えているんだもの。温かい気持ちになるわね。」

 今、女装までして、と言ったか。それも、みんな、と。まだこの治癒隊の人々には体を触れられていない。アルバトロス公爵家から連絡が来ていたとしても、まさか女装しているのにそれを広めるようなことはしないだろう。それとも、そのまさかが起きているのか。

「それこそ、まさか、よ。治癒士は人の体を見るのが仕事でしょう?みんな気付くわよ。」

 ヴェルート王国では触れた相手以外には気付かれなかった。いや、指摘されなかっただけのため、気付かれていることを知らなかっただけだろうか。しかしクランティフ侯爵家でも愛人のオネット様は俺と女だと誤認していたから旦那様の愛人になるのではと警戒されていたのではないのか。

 今はなんとか誤魔化すことにしよう。あまり指摘されると恥ずかしいと頬に手を当て、女装していることへの指摘は控えてほしいとお願いする。幸いそれは快く了承された。しかし、女性同士のふりが出来ていると思っていたからこその交流の仕方だったのだが、彼女達は一切距離を取ることなく応じてくれていた。もちろんみだりに触れるようなことは同性同士でもないが、彼女達からの警戒心も感じなかった。

「自分の旦那様に夢中の可愛い子を警戒するのは難しいわね。それに、戦場での怪我は見慣れていないだろうからって心配も勝っているようだったわ。」

 戦闘による怪我は見ていた。自分もそのような怪我をしたことはある。騎士であったことは言えないが、それでも初めてではないとは言える。ただ騎士であった頃は治癒を主としていなかったため、直接身体の欠損した隊員を間近から見ることはなかった。俺が手伝う時はもう少し怪我の程度が軽い人に限られ、治癒士が酷い怪我の治癒に当たっていた。毒への対処を行う時は、怪我自体は酷くないことも多い。

 俺は冷静に治癒に当たれていただろうか。間近に欠損など酷い損傷を見て動揺を表に出してしまいはしなかっただろうか。治癒する者が動揺しては患者にも不安を与える。大丈夫だと、こんなもの簡単に治せると落ち着いた態度を取りたいものだ。

「真剣に治療してくれたと評判よ。安心すると良いわ。治癒の腕があればその他は問題じゃないもの。みんなお腹に力を入れて、目を逸らさずに治癒しているの。貴方だけではないわ。」

 最低限治癒士として務められていたようだ。本当の目的は彼女達にも言えないが、治癒士としてできることをしたいという気持ちは分かる。怪しまれないようにというだけでなく、目の前で苦しみ兵士達に何もできないのは心苦しい。

 休憩は終了だとラフィナ様は治癒に戻っていく。俺も少しすれば休憩を終え、また治癒に戻る。その前にファルと少し話せるだろうか。あちらはどんな様子だろう。こっそりファルの様子を覗けば、薬剤を治癒士達に分けるアルエット様の隣で紙に印を付けていた。残念だが今は忙しそうだ。そう踵を返すとアルエット様に声を掛けられ、ファルがこちらにやって来た。

「少し休憩時間をくださった。何かあったか?」

 特に何かあったわけではない。ただファルの様子が気になっただけだ。彼は人同士の争う本物の戦場に立ったことがあるだろう。こうして傷つく人々に出撃を指示できたのだろうか。自分も仲間の血を見ながら立ち向かったのだろうか。俺は賊と魔物相手にしか戦ったことがない。こんなに悲惨な状況は知らない。物資のことは何も気にせず、食料だって心配要らなかった。どこまで戦えるのか、勝てるのかなんて心配はなかった。どう勝つか、どう怪我を減らすのか、どう取りこぼしを減らすのか。そんなことを考えていた。

 ここでは言えないことが多い。ファルも常にフードを深く被り、髪を見られないようにしている。漆黒の瞳は問題視されていない。それでも隠したままであることを咎められない時点で、見せないことを良しとされているのだろう。

「そうだな。見ようと思えば見られる。アルエット殿からは隠し続けるよう指示を頂いている。やはり良い影響はないようだな。」

 公爵家の方だ。平民の俺達はアルエット様と敬称を付けて呼ぶべきだ。上官と捉えるならファルの態度も問題ないのだろうか。アルエット様もラフィナ様も気にかけてくださっている。監視の意味合いもあるかもしれない。そうだとするなら俺達はまだ正式に組み入れられていない立場だ。十分信頼を得られるよう、速やかに職務に戻ろう。ファルも元気そうなら良い。俺もそろそろ休憩を終える時間だ。

 班長の指示に従い、俺も治癒に当たる。俺の担当する相手は裂傷が大半で、骨が露出するほどの怪我はない。それでもとても痛そうで、のんびりしていては出血多量になってしまいそうだ。傷口をさっと洗い流し、痛みに耐えてもらう。鎮痛はされない。興奮状態の彼らは痛くなければ戦いに戻ってしまうことも多いから。行かせないために鎮痛は行わない。

 傷口はギザギザで、刃物で綺麗に斬られた物には見えない。それこそ獣の爪や牙の餌食になったようだ。洗い流しても血が流れ出ることは自然だが、その流れ方が不自然に見える。

「何か掛けられたんだ。その部分がヒリヒリした。今はどこがヒリヒリするのかもう分からない。」

 掛けられた何かは既に洗い流したが、傷口から内部に入ったのだろう。魔術でそれを解析すれば、毒を感じた。それもヴェルート王国ではあまり採れず、似た気候のコンシアンス王国でも採れないだろう山の奥深くで採れる植物を用いた毒だ。薬で解毒するならその作物の根が必要になるため、ここでは魔術一択になる。大量に飲み込まない限りは死なないが、戦うことは不可能で、日常生活にも差し支えるだろう程度には身体の操作に影響を与える毒。戦力を削ぐには最適だ。戦場から離れされるにも、一人や不自由する人達のみで移動させるわけにはいかない。とても合理的な戦術だ。

 植物由来なら問題なく俺も治癒できる。毒の影響は消せる。そう安心させるために微笑み、一つずつ紐解くように毒の要素を解体していく。傷口も塞ぎ、治癒完了だ。失った血液は戻らず、皮膚も繋いだだけのため、無理をすれば開いてしまうだろう。治癒術は万能ではない。出血を止め、骨を繋ぐが、強度は自然治癒に劣る。治癒術を掛けた後、自然治癒よりは短い時間で完治するだけだ。それでも便利なことには変わらない。

「ありがとうございます。天使がまた一人、この戦場に舞い降りたのですね。」

 お世辞を聞き流し、次の患者に向かう。今運び込まれたばかりのその人は酷い状態で、三人がかりでの治癒となった。全身傷だらけで、血を流している。速やかに一人が裂傷の治癒を始めた。もう一人が骨折などの治癒を行う。俺は毒の確認だ。傷の治癒を行う者同士はしっかり連携しなければ骨や皮膚が上手く治癒できない。毒なら連携せずに解除できる。だから俺はその担当とされた。まだ連携できるほどの技術はなく、彼らとも交流が深くない。毒への知識は本職の治癒士にも薬師にも負けない自信がある。俺の担当が最適だろう。

 これも先ほどと同様に動きを鈍らせるもので、死ぬほどではないものだ。傷口に多いため、やはり狙われているのだろう。これだけ豊富に毒を使えるほど、戦争のために準備されている。狩りには使わない物だ。毒に侵された肉など食べられない。防戦一方の魔王国でも、戦争のために効率の良い戦術を用意している。

 意識を目の前に引き戻し、解毒を完了させる。彼らは魔王国が傷つけた人だ。防衛のためには必要で、仕方のないこと。治してしまうことが戦争の継続を容易にするだろうか。まだ戦えると思わせてしまうだろうか。それでも後遺症の可能性を知っているのに見過ごすことなんてできない。少なくとも一つの侯爵家の立場を反戦派に切り替えさせた。国内でも反戦の声が大きくなれば戦争は継続しにくい。民衆にもう余力はなかった。焦らずに信頼を勝ち取り、反戦派の声を大きくしていきたい。

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