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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
コンシアンス王国編

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困った子

 俺の言葉が旦那様に響いたのか、少し考えると食事を終わりにされた。食べた後の考え事は消化に悪いと言っても聞かないのだろう。せめてとそれ以上の質問や会話は避け、ただ眠るまで傍にいた。俺も夕食を終えた頃にはもう夜も更けていたが、俺達の寝室にまだファルは戻っていなかった。夜のお誘いは断ると言っていたのに、一緒に眠っているのだろうか。そんな心配をしつつ入浴を済ませた頃にファルは戻ってきた。こんな時間までお相手していたらしい。遅すぎやしないだろうか。

「奥様に関する話を多く聞き出せた。風呂を済ませてから共有しよう。」

 頭を撫でる彼の体から知らない匂いがする。いや、奥様の部屋で似たような匂いが漂っていたような気もする。体に匂いが染み付くほど密着したのか、長時間留まっていたのか。

「ご褒美の魔力は先にするか。」

 情報共有の前に頭が回らなくなっては困る。それよりも奥様の匂いを落として来いと言いつけ、寝台で待つ。明日は少しお昼寝しようか。旦那様の寝台に上げてもらっても良い。すぐに対応できる場所で休むことも治癒士にはきっと必要だ。

 明日の予定を考えている間にファルは風呂から上がってきた。十分に体を綺麗にしたようで、先程の匂いは消えている。そのことを確認し、ファルが入手した情報を聞く。まず奥様は反戦派。侯爵家の経済状況も把握されているようで、これ以上戦争が続くようなら今の自分達の生活を支える税収も期待できなくなると理解されていた。既に食事や衣類の質は落ちているそうだ。万一のことがあってティミド様が指揮官としてであっても戦地に追いやられることのないように、という思惑もお持ちだとか。我が子を心配するのは当然のことだろう。爵位を継ぐ予定の子は命の危険のある場所に送られないとは思うが、愛人の子に継がせると方針転換された場合にはティミド様が危険に晒される可能性はある。それから興味深い点は愛人の子である嫁いだ娘のことを気に掛けておられたこと。彼女は公爵家の第二子に嫁いだが、治癒術の優れた使い手ということで夫と共に戦地に赴いているそうだ。娘がいたなんて初耳だ。

「幼い頃から婚約者の家で過ごしていたそうだ。クランティフ家出身という意識もないのか、手紙の一つもないと愚痴っていたな。」

 愛人の子なら奥様はもう家にも何にも関係のない人間として放置すれば良いのに、そうはしない。公爵家との繋がりが欲しいのだろうか。より高位の家と繋がろうとすることは珍しくない。その公爵家の戦争に対する考えまでは聞き出せなかった。まずこの家から反戦派に切り替えるよう動こうか。跡継ぎは反戦派のため問題ないが、旦那様が問題だ。考えると仰ったが、もっと涙でも見せれば揺らいでくださるだろうか。復讐に燃える人々と立ち向かうために奥様や息子が矢面に立つとなれば了承してもらいやすいかもしれない。奥様やティミド様に旦那様が継戦派の理由を伝えれば少し解決に近づくだろうか。

 魔力を注ぎ込んでもらいながら、うとうとと眠りに就く。明日もまた朝早い。旦那様には一人で考える時間も必要だが、まだ体調が万全でないせいか一人で不安そうにされていることもある。散歩の際もふらつく体を支える必要もある。俺まで倒れてしまわないよう十分な休息が必要だ。


 また進展のない日々を過ごす。旦那様は少しずつ書類仕事に復帰しており、食事も健康な頃と同じ物に戻された。家の中の人々同士の関係はあまり変化がない。何年もこの家で過ごしている者同士だ。俺達が来たからといって大きく変わることはないのだろう。ファルは奥様やオネット様との関係を深め、俺は旦那様やティミド様との関係を深めた。まだ旦那様は結論を保留にされている。一度戦争に賛同する立場を明らかにした後、それを変更することには勇気が要るのだろう。この家の主人の立場を譲ることでその役割から逃れることもできるが、それを選ぶことも難しいようだ。

 食事を終え、少しの休憩時間。旦那様は必ず俺を呼ぶ。そのことにもオネット様から苦情を頂いたが、旦那様には当然伝えない。オネット様付きの侍女も来られたが、俺が伝言を預かったままにしている。旦那様が俺にべったりと愛情を注いでいるように見えるからだろう。大切にはしてくださっているが、恋愛とは別の感情だ。そのような視線も手も一度もないのだから安心して良い。第一、親子以上に離れている。そのような趣味を持つ者もいるが、幸い旦那様はそのようなお人ではなかった。オネット様からは私の息子ももっと大切にしろというお話もあった。既に嫁いだ娘の話はオネット様から一度も出たことがない。

「君は毎日元気だな。休みもなく朝早くから夜遅くまで付き合ってくれているというのに。」

 昼寝は十分させていただいている。礼儀作法にも細かくなく、話し相手をするだけの仕事になってきているため、楽な仕事だ。健康に戻ったからと膝の上に座らせようとする点は気になるが、座っても体を撫でられるわけではない。小さな子どもを可愛がっているような気分なのだろうか。間近から顔色を確認しても悪くないため、本当に健康面はもう心配要らないのだろう。あとはその健康を維持するよう栄養に気を付け、睡眠不足にならないよう注意すれば良い。食糧生産に影響のある現在、その栄養もどこまで十分に気を付けられるかが課題だ。政治的な部分に口出しできる立場ではないが、健康を気にするという切り口なら触れても良いだろうか。

 旦那様は臥せっておられた間の出来事を、ティミド様の用意した書類を見ることで把握しようとされている。俺が見ても良いのか疑問だが、気にされることなく俺を抱えたまま字を追った。人形扱いなのかと思えば時折頭を撫でられ、感想を求められる。寂しがり屋のお爺さんなのだろうか。オネット様ではなく俺を傍にいさせる理由は息子達の話をされるからだろうか。旦那様はご自身の子ども達のことをどう思っておられるのだろう。

「長男は負けず嫌いだな。妹と弟に張り合い、自分が一番になるのだと、剣も魔術も座学も力を入れていた。」

 ソンブル様のことも旦那様は把握されている。評価も悪くない。いや、妹と弟に張り合う、ということはどれもあまり得意ではなかったのだろうか。全てに励んだ結果、それぞれに特化する者には負けた、というだけかもしれない。指揮する立場ならほどほどに全てを理解し、より詳細が必要な場合には専門家に任せる判断ができれば良い。誰に任せるべきか分かる程度の知識で十分だ。

「ティミドは優秀な子だ。私の代わりを十二分に務められている。いや、私よりも侯爵の仕事を十分に果たせているかもしれないな。」

 旦那様は自己評価が低い。確かに領民から見ればこんなに生活が苦しいのにまだ戦争を続けようとするなんて正気の沙汰ではないと思われるかもしれないが、良い所が一つもないわけでもない。代わりがいるからもう休んでも良いと言って、旦那様を傷つけることにはならないだろうか。傷つけても領民のためには言うべきだろうか。迷いながら言葉を選ぶ。領主として、侯爵としての立場はティミド様に譲り、自分は父として相談に乗る程度の立場にしてみる選択肢もある、と。

「やはり優しいな、君は。責務から逃れるなど、許されることではないよ。」

 自分を律する力はお持ちだ。責務の果たし方は一つではない。民の生活を守ることが領主の責務で、王家に仕えることが侯爵の責務なら、その地位をティミド様に譲り、ご自分は補佐に回ることも責務の果たし方の一つだ。民と向き合う役割だって一人だけのものではない。侯爵家の人間であることの利益はこの家の人間全てが得ているのだ。責務だって全員のものになる。

「そう、だな。まだ少し、時間が欲しい。」

 急かしては疑念を招く。そう待つと返事するが、民はどこまで待てるだろうか。他地域では既に餓死者を出していないと誇る村人がいたくらいの窮状だ。よそ者に強い敵意を見せたこの地域では既に餓死者が出ていてもおかしくない。そうかといって急かして疑われればさらに戦争へ向けての意識が強くなってしまうかもしれない。焦りは禁物だ。

 また静かな時間が訪れる。最初こそ触れれば男だと気付かれると緊張していたが、分かるような部位に旦那様は触れられず、気付く様子もなかったため今は休憩時間になった。凭れかかっても頭を軽く抱き締めるように撫でるだけで何も仰らない。居眠りしてしまわないように意識しなければならないくらい安らぐ時間だ。そんな時間はソンブルだという名乗りによって邪魔された。

 入室の指示の後、旦那様に良く似た男性が入室する。俺を見て驚き、次の瞬間には睨みつけた。

「父上、母上がいるというのに若い女を愛人に迎えられるおつもりですか。この時期にわざわざ入ってくる女など信用すべきではありません。」

 開口一番随分なお言葉だ。力の足りない治癒士なら安全に稼げる場所を探していてもおかしくない。旦那様の毒を誰が解いたのかソンブル様はご存じないのだ。絵として見ればソンブル様は旦那様によく似た顔をされているのに、雰囲気は大きく異なる。旦那様のような優しさが全く無い。

「自分の父親よりも年上の男の愛人になる気分はさぞ良いものなのだろう。侯爵を寝取ったとでもお思いか。死期の近い老人より若い男にしては如何かな。」

 下卑た笑みと散々な言葉に旦那様も呆れて溜め息を吐き、小さく俺に謝罪される。愛人になったわけではないが、仮に愛人になるとしても旦那様のほうが良い。自分を大切にしてくれる人と罵倒してくる輩など比べるまでもない。罵倒している相手を自分の愛人にしようとする感性も分からない。自分ではなく他の若い男に遊ばれていろという罵倒だろうか。

 わざわざ悪口を言いに来たわけもない彼は本題に入りたいようで、俺を退室させるよう求められる。しかし旦那様は全て俺に聞かせるつもりだと離さない。何の権限も与えられておらず、いつまで滞在するかも決めていない俺に家の内情を聞かせるべきではないというソンブル様の意見ももっともだ。それでも旦那様は聞かせられないことは聞かないと引き下がらない。このまま話せという旦那様の強い態度にソンブル様も諦め、ようやく本題に入られた。

 本題はティミド様がクランティフ侯爵家の一切を取り仕切る形になっている件だ。ティミド様が父親から権力を奪おうとしているとか、誰かが毒を盛ったのだとか、好き勝手言っている。

「推測で犯人を探すのは止めなさい。私が無茶を続けたせいだ。今はこうして治癒士のフラウが面倒を見てくれるおかげで元気に過ごせている。」

 本当に毒を盛られていたことは隠すつもりのようだ。治癒士はあくまで怪我の治癒が主な仕事であり、日々の健康管理や病気の話は専門外。毒に関しては個人差があり、俺がたまたま学んでいただけ。それでも説得力を持たせるには十分だったようで、ソンブル様は黙り込む。視線を右往左往させ、言葉を探しておられるようだ。拳を机に叩きつけ、こちらを激しく睨まれる。怒りに任せた人間の相手も騎士の頃に経験済みだ。彼が俺を殴ることはない。ただ脅すためだけの拳だ。何かあっても旦那様による処罰が待っている。この場での反撃なら俺の魔術がある。こちらが優位であることを認められない子どもの拳だ。

 結局言いたいことを言葉にできなかったのか、ソンブル様は大きな音を立てて出て行かれる。あの様子では侯爵など務められないだろう。今の仕事も十分にできているのか疑問だ。あれは父親の前だからこそ見せた姿だろうか。しかしあれなら旦那様が彼を跡継ぎに指名しないことにも納得だ。そうとなれば旦那様が安心して反戦の立場を明らかにできるよう奥様とティミド様に相談すれば良い。まだ少し時間が欲しいと仰ったが、時間さえあれば心の準備ができるのだろうか。その時間も民の命で捻出されている。彼の言うまま待っていて良いものだろうか。

 少し奥様とも話したい。そう旦那様に断り、退室させていただく。侯爵夫婦を演じる相棒なら仲は悪くない。それが俺の両親とも俺とファルとも異なる関係なだけだ。奥様に相談したい内容は色恋の問題ではない。ただ旦那様が反戦に方針転換するための後押しが欲しいだけ。復讐に燃える者達と対峙する勇気を与え、たった一人で対峙しなければならないのだという思い込みを改めていただきたい。旦那様はお優しい方だ。目の前にいる俺と向き合って話してくださる。同時に目の前の人間しか見えていない。復讐を願わない者もいれば、その復讐によって新たに苦しむ人間が生まれることも見えておられない。

 奥様の部屋を訪問するが、今はファルもいなかった。真剣な話だと前置いて、旦那様のことと戦争に関する話を始める。ただの治癒士の言葉を奥様は聞いてくださるだろうか。そんな不安も話している間に薄れていく。奥様は真剣な表情で俺の言葉を聞いてくださったのだ。

「あの人はそんなことを考えていたのね。馬鹿ね、自分が臆病な兎さんだって忘れてしまったのかしら。」

 やることがあるからと部屋を出されるが、もう心配ないだろう。オネット様とソンブル様のことは家の中の問題のため、任せてしまって良い。俺達は他の家のことも知りたい。今なら嫁いで行った娘のいる公爵家がまだ繋がりのある家か。今は戦場にいるという話だった。どうすればその公爵家に入れるだろう。

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