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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
コンシアンス王国編

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村々の様子

 他の村人にも治癒を必要としている人がいないか見て回り、翌日出立する。最も大きな怪我はあの老婆だったが、他にも治癒を必要とする人はいた。王都で使用した分は回収できていないが、あの村で使った分以上には稼げている。この調子なら資金が減る一方にはなさならそうで一安心だ。

 あの老夫婦に見送られながら村を後にする。順調な治癒士としての旅路が始まった。しかし王都から離れるほどに人々の表情は暗くなってくる。生活の苦しさもより一層深刻で、現金の使用は減り、食料での支払いが増えてきた。助けを求められてもできることなど限られており心苦しい。

 今も母親を助けてほしいと頼み込む男の子に連れられて家に入ったものの、何もできることはない。一般的な看病のみだ。高熱を出しており、声も枯れている。食事を取ることにも苦労があり、柔らかく炊いた粥を用意しても十分に食べられていない。栄養のあるものを、と思っても食料が十分になく、俺達の用意できるような物は消化に悪い。

「治癒士じゃないのかよ!治してくれよ!」

 治癒術は怪我にしか使えない。病気は治せないのだ。病気に対処するのは医師か薬師だ。俺は解毒のための薬なら知っているが、病気を治すための薬は知らない。治癒士に擬態するなら薬の知識はなくても怪しまれない。しかしこうして助けを求められてもその力がないことには息苦しくなる。この旅の中で薬師に師事する機会はあるだろうか。

 どの村も生活に困窮している。東部でも戦場になっているわけではないが、それでも酷い状況だ。いつまでこんなことを繰り返すのかとうんざりしているようでもあった。しかし意外にも魔王国との国境に近づくにつれ、人々の気力は高まっているように見えた。人々に疲れが見える点は同じだが、それでもその瞳の中に炎が宿っているように見えたのだ。

「私達だけ苦しいなんて言ってられないよ。こんな私達を守るために戦ってくれてるんだから。力のない私達の代わりに、大切な者を奪い続けた魔人に一矢報いようとしてくれてるんだ。」

 多くを捕縛に留め、殺人は控えていると聞いた。それでも無事に村まで戻って来られた兵士は少ないのだろう。復讐の思いを力にしている。魔王国近いため、その脅威も強く感じるのだろうか。魔王国の者を纏めて魔人と呼んでいるのか、見分けが付いていないのか。戦う相手の特徴などいちいち覚えていないのかもしれない。だから勝てていないのか、同じ人だと思わないから殺せるのか。賊討伐の経験はあっても、騎士として戦場に立った経験のない俺には難しい。

 村から村へ移動している最中、ファルはこの二国間の戦争の実態を教えてくれた。もう何年もコンシアンス王国からの襲撃が続いていること、勇者や聖女といった名称の付けられた人間は捕らえた姿を人間に見せていること、場合によっては処刑していること、その他の人間も追い払えない場合は殺していること。嫌々従わされている人間は追い払うこともできるが、決死の覚悟で挑む人間は死ぬまで止まらないため殺さざるを得ない。そして殺せばその身内が恨みのために殺しに来る。もう魔王国からの対応では限界を迎えていた。だからこそ今こうして俺達が侵入し、止めるための策を探している。

 特に魔王国に近い村に足を進める。ここもまた人々は食料入手のため老人も小さな子どもも働いており、やはりどの人も痩せ細っている。しかしその中でも無意味に農具を振り回す子がいる。遊ばせてあげる余裕はまだあるようだ。いや、戦う練習だろうか。国境近いせいか警戒心は強く、声を掛けただけでその農具を向けられた。

「魔人め!僕が妹を守るんだ!」

 向かって来るが十歳に満たない男の子の草刈り鎌など俺でも対処できる。それなのにファルは何故か少しだけ切られた。皮膚が一枚切れ、血が僅かに滲む。そのことに男の子も怯み、しかし敵だと見定めるようにまた構えた。

「父さんと母さんを返せ!」

 再びの斬撃でも服を切らせた。彼の両親は戦争に行って帰って来ていないのだろう。ふいとファルの視線が小屋の影に向いた。さらに小さな女の子は彼の妹だろうか。祈るように手を組み、はっとこちらを見た。視界の端ではファルが男の子の鎌を奪っている。地面に捨てることで攻撃の意思がないことを示しているが、彼らには何も伝わっていない。目に一杯涙を溜め、女の子は男の子に駆け寄った。

「私知ってるんだよ。兵士の制服着てない余所の人は魔人が化けた姿なんだって。そうやって人間を殺す化物なんだ。」

 彼女の周りに強い光が集まる。詠唱も術式もなく魔術を行使しようとしている。人間にはできないはずのことを実行しようとしている。物語にある聖女や勇者のように魔法を使おうとしている。彼女には魔人や竜の血が流れているのだろうか。それとも強い意思が願いを叶えることもあるというお伽噺が現実になっているのだろうか。ファルも驚いたように身構えるが、彼なら余裕で受け止められるだろう。尋常でない魔力があるからこそ、魔人と呼ばれるのだから。

「離れよう。ここで話は聞けない。」

 子どもがこの対応なら大人の対応も分かる。無闇に対立したいわけではないのだ。振り返った瞬間、背後で強い閃光が放たれた。あのまま見ていてれば目が眩んでいただろう。国境地帯のほうが魔王国や魔人への敵意が強い。コンシアンス王国に入っての襲撃は行っていないと聞いているが、事実ではないのだろうか。

「魔王国の中にもコンシアンス王国に反感を持つ者はいる。制御しきれていないのだろう。発覚すれば処罰しているはずだが、間に合っていないのかもしれない。」

 往来を制限した上で攻撃しないよう指導しても、逆らう者はいる。交流がないならそれが魔王国の全てに見えるだろう。そうでないと言ったところで現実に見る魔王国民は全て襲撃者。その印象を覆すことは難しい。彼女は魔人と言っていたが、魔人はそんなに多いのだろうか。

「人間相手に戦うなら獣人でも鳥人でも人型で十分だ。全てひっくるめて魔人と言っているのだろう。あるいはごく少数の魔人の子孫が繰り返し襲撃しているかだな。魔人はほとんど把握されているはずだが、全てとは言い切れない。ただ数は少ないはずだ。魔人の数が多いなら魔人化の術など生み出されていない。」

 同じ時間を生きたいから、孤独に耐えられないからその術が生み出され、苦痛や危険少なく実行できるよう洗練されてきた。むしろその術を掛けられている最中は夢見心地だったくらいだ。それでも見送る側になることや自分の体が変わってしまう事実は変わらないため、魔人化する人は少ない。俺はもう決めた。できれば長い時間を共にするだろうミールウスとも仲良くしていたいのだが、最近は何故か彼の話をするとファルが不機嫌になる。二人は親しそうなのに俺とミールウスが親しくするのは嫌らしい。不思議なものだ。

 また幾つかの村を通り、南部、西部へと移動し、コンシアンス王国の様子をさらに見ていく予定だ。


 最も酷い状態は東部だった。しかし他の地域も老人と子どもが多くで、もう長く戦争を続けることができなさそうな状況だ。放置しても戦争は終わるだろう。コンシアンス王国の体力がそこまでないように見える。しかしあの人々の状況を見て、何もせず帰っても良いものだろうか。魔王国にとっても早く終われば嬉しい。コンシアンス王国の人々にとってはもっと死活問題だ。

 魔王国に面していない東部以外は魔人の脅威をあまり感じていないのか、日々の食事のことで手一杯で、さっさと土地を魔王国に明け渡してしまえといった考えまで聞こえた。反対に自分達の食事は確保されている王都では魔王を倒す正義に酔っていた。この国だけで戦っているなら長くは続けられないはずが、クリスタロ神国の支援で永らえている。この状況でも戦争を止めないならまだ続けるだろう。民が本当に疲弊し、反乱を起こすまで。あるいは戦争を支えるだけの力を無くすまで。魔王国ならそこまで耐え続けられる。しかし早急に止めてしまったほうが楽で安心できることも確かだ。いつまでも反撃しないからいつまでも攻撃し続けられているとも捉えられる。

「なら反撃しよう。もっとも、その方法は考えるが。」

 ただ武力で反撃することは簡単だが、そうなれば争い続けることになる。魔王国との国境付近の村人のように、憎しみを募らせ、死滅させるまで命を賭して戦い続けるだろう。決死の人間の相手は魔王国の獣人や鳥人が相手しても死にかねない。そうさせないための行動ができるならそちらを優先すべきだ。危険に晒されるのは俺達だけではない。コンシアンス王国にも戦争を望まない人は大勢いた。彼らを巻き込むことも本意ではない。

「内部に、特に決定権を持つ上層部に入り込めれば楽だな。反戦派がどこにあるのか、戦争をしたい者達の動機も知りたい。」

 平民なら純粋に身内が魔人に殺されたと信じているからとも思えるが、上層部まで全てがそうとは思えない。個人の感情を押し殺せる者も、利益を見る者もいるはずだ。クリスタロ神国との繋がりも考えれば、魔王の討伐が英雄的行為と見做されていることも理由の一つに挙げられるだろう。

「今のコンシアンス王国を牛耳る者と近づく必要があるな。」

 人々の声を聞くための行動では上層部と繋がれない。目立って貴族に目を付けられ、という手段もないではないが、時間が掛かりすぎる。むしろコンシアンス王国貴族の一部と親しいセルペンテ侯爵の評判を借り、彼の治癒士をしていたという経歴でどこかの貴族を訪問できないか。

「別行動にしよう。お前なら他の男でも落とせる。ジョストラ次期辺境伯も魅了したのだろう?」

 酷い言われようだ。あれは任務で仕方なくだ。ヴェルート王国内なら上手く騎士団長が対立を鎮めてくれるだろうという信頼もあった。コンシアンス王国におけるセルペンテ侯爵の影響力はそんなにないだろう。騙していたと気付かれた場合、俺の身は大変な危険に晒される。

「気付いた上で娶った俺の事例がある。」

 特異な例だ。既に妻となっている以上、他に嫁ぐこともあり得ない。同じ手段で納得してもらうことも不可能だ。魔王国のファルクスにだから本当に嫁ぐという譲歩もできただけで、誰にでも同じことができるわけでもない。

「何かあれば俺が助ける。軽い男をお前が、軽い女を俺が上手く誘惑すれば、少なくとも今より情報は得られる。」

 自分の妻に色仕掛けをしろと指示する夫がどこにいるというのか。仕方ない、戦争を阻止するために嫁いだのだ。ここまでくればとことん付き合ってやろう。その分のご褒美は十分に貰う。魔力の受け渡しは毎晩行うという話だったが、その作戦を実行している間はどうするつもりだろう。色仕掛けをしている男女が互いに他の異性と会っていては不信を招く。

「よほど無茶な使い方をしなければ良いだけの魔力は既に送り込んだ。作戦の間くらいは足りるだろう。」

 魔力がありすぎてどの程度なのか自分では分からないが、ファルが言うなら大丈夫なのだろう。それなら従ってやろう。しっかりご褒美の件も念を押し、狙う相手の選定に移る。狙う相手もコンシアンス王国の内情が分からなければ選べないのだが、ファルは何を知っているのだろう。

「前払いのご褒美をやろう。」

 唐突な言葉と口付け。魔力を流し込むことは良いが、もう少し前置きがないものか。俺より前に妻がいたとは思えない行動だ。魔王国内の人物だったなら、こうした不本意な婚姻はしてこなかったのかもしれない。前妻は女性だった。乙女心は分かっても、男心は分からないらしい。軽く舌を噛んで抗議すれば、何故か余計に激しさが増した。もっと強く噛んでやれば、痛そうに唇を離し、不満そうな顔をする。いつも俺がしている顔だ。その表情の気分を存分に味わえば良い。どことなく良い気分だ。もう少し魔力を受け取ってやっても良い。そう親切にも教えてやっているというのに、どこか呆れたような、甘やかすような態度に変わる。お礼はどこにいったのか。本当にファルの考えていることは分からない。これが人間と魔人の違いだろうか。

 そんなことをしているうちに時間は過ぎ、なんてことのない態度でファルは俺を連れて行く。しっかりと魔力を受け取り、気力も体力も十分だ。見つかれば何をされるか分からない任務に向かう。行き先はクランティフ侯爵家。少し古い情報だが、ファルの弟グランス殿下の調査では現侯爵が病に臥せっているという。その治療を口実とし、治癒士としてその家を訪問する。問題は治癒術で治せるものが外傷のみで、病気は治せないことだ。治癒士と医師は別物だ。偽るだけでも十分な治癒の技術は必要だ。診断すらできないのに病気の治癒を偽ることは難しい。治せているふりをするには協力者が多く必要になってしまう。それなのにファルは何も心配していないように行き先を決定した。

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