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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
コンシアンス王国編

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王都近くの村

 少し落ち着かないと思いつつ寝台に入れば、疲れていたのか存外すぐ眠りに就いてしまった。目を瞑ってしまえばファルの体温を感じ、自宅にいる時と変わらない状態になったからかもしれない。

 気を取り直し、東へ向けて出立する。最初のほうの村は比較的王都に近い雰囲気で、暮らしは困窮しているものの食べる物はあるようだった。子どもも仕事の手伝いをしているが、合間に遊ぶ姿が見られるなどしている。任される仕事の範囲には違いがあるようにも見えるが、子どもが仕事の手伝いをすることなど、ヴェルート王国の王都でも同じだ。貴族やよほど裕福な平民以外はおおよそ親の仕事の手伝いをするものだ。

 宿の看板を見つけ、カランコロンと扉を開く。パタパタと軽い足音から二階から降りてきた。十歳程度の男の子に見える。いらっしゃいませと礼儀正しくお辞儀をし、机の前に立つ。何名様ですか、宿泊ですか、お食事ですか、と質問が続いた。しかしその返答を書き記す台帳はない。紙とペンを確保できるほどの余裕はないのだろう。食事は提供できるのか。

「質素、なものにはなりますが、用意できます!」

 元気な声を出せるくらいには足りている。それでも目線は道中狩ってきた魔物の肉に向いていた。北部でも餓死者のないことを誇る村があったのだ。もっと酷い状況もありうると多めに狩ってきている。俺達二人が食べる分以上に肉はある。全て提供し、俺達はまた狩るとして彼らにも食べてもらおう。育ち盛りの子どもだ。肉を沢山食べたいだろう。食べたからと言って大きく成長できるとは限らないが、健康な体にはなれる。

 喜んで男の子は二階へと駆け上がる。姉ちゃんと大きな声で報告した。二階にはお姉さんがいるらしい。そのお姉さんの声は聞こえない。しかし駆け下りてきた男の子は伝えたいことを伝えられたのか、喜びいっぱいの表情と声で対応をしてくれる。

「お肉をいっぱいくれるので、割引します!お二階にお部屋があります!姉が案内します!」

 言うなり宿を駆け出していった。お肉いっぱい貰ったという声も聞こえる。今夜か明日、村人達でパーティになるのだろうか。保存できるような処理を施したわけでもない魔物の肉はあと数日で食べきる必要がある。彼らにとってはご馳走なのだろう。

 先程の男の子と同じ年頃の女の子が降りてきた。綺麗に両手と両足を揃えたお辞儀をし、部屋に案内してくれる。二人で寝られる程度の大きさの寝台が一つだけある部屋だ。屋敷の寝台よりは当然小さいが、二人でくっついて寝るなら十分な大きさ。使わない寝台のある部屋にしてしまっては後片付けも大変だろう。使われていなくても掃除や洗濯は必要になる。一つの小さな寝台に眠っているほうが夫婦として自然に見えるとファルは言っていた。それがどこまで本当なのか分からないが、危険を冒して拒む必要もない。大きな寝台でもファルは抱き締めてくるのだ。もはや寝台の大きさが意味をなしていない。

 女の子は何故か案内が終わってもそわそわと俺を見ている。何か気になることでもしただろうか。ファルを見ていたなら恋でもしてしまったかと思ったところだが、見ている相手が俺なら分からない。まさか女装だと気付かれたのか。子どものほうが鋭いと聞く。そっとファルの体で身を隠す。しかし口を開いた女の子の発言によって、杞憂であることが明らかになった。

「その、お帽子、綺麗ですね。お姫様みたい。」

 王都で買ってもらったレースのボンネットだ。俺のお姫様のイメージはティアラだが、彼女はレースのボンネットのイメージを持っているらしい。どう反応したものか迷い、曖昧に笑って誤魔化した。ついでにファル、夫に贈ってもらったのだとも言い添える。女の子の目が一層輝いた。視線はまっすぐ俺の帽子に向かっている。どれだけ見られてもこれを譲るわけにはいかない。これ以上何を言えば良いのだろう。

 女の子は満足したのか、お辞儀をして、ごゆっくりお寛ぎくださいと出ていった。俺達もお金の確認などを済ませたら村の中を見て回ろう。困っている人がいたなら治癒をする。それが治癒士としての仕事だ。治療費をどう支払ってもらうのかは考えものだ。この村なら金銭が払えそうだろうか。

「言っただろう?何も心配は要らないと。」

 俺も女装が板についてきたのだろう。令嬢より旅人のほうが難易度が低いのだろうか。旅装は怪我を減らすためにも露出を減らす。令嬢への擬態より隠す方法を考える必要がなく、ローブを羽織るだけで良い。毎日の服装だって考える必要がない。令嬢としての茶会は毎回異なる服に見えるよう意識が必要だった。

 話しつつもお金の確認は終わった。村を見て回る前に身綺麗にしよう。大きなタライと桶、手拭いを借り、川を使わせてもらう。まず服を洗濯する。道中は人目を気にする必要がなかったが、ここでは俺の体を露出させられない。一枚だけ余分に用意している大きな上着を羽織り、他は全て洗ってしまう。ついでに自分達の体も綺麗にしたい。他から見えないよう警戒しつつ、俺の身を清めてくれるファルは傅いてくれているようだ。数日着替えや入浴ができない状況に対応する訓練もあったが、気持ちの良いものではなかった。今は入浴ができないが、こうして体を拭えるだけでも随分良い気分だ。お返しに俺も体を拭ってやろう。

「上着が濡れると困るだろう?俺は自分でやるから、ゆっくり座っていてくれ。」

 大人しく彼が体を清めていく姿を眺める。こうして屋外で体を清められるのもあと少しだろう。そろそろ肌寒い季節になってくる。少なくとも夜は避けたい。昼間ならまだ少しの間は耐えられそうだ。本格的に寒くなる前にはこの潜入任務に区切りを付けて魔王国に帰りたい。ファルはどの程度の期間のつもりなのだろう。停戦の糸口を掴むと言っていたが、具体的な日程は決めていないと聞かされた。コンシアンス王国に入るまで、そして入ってから治癒士の妻と護衛の夫として移動することも決められた。しかし治癒士の妻が行き先を決めるのが自然だとして、具体的な旅程は決められなかった。俺の気の向くまま移動することになっている。

 衣類が乾くのを待ちながら、今後の旅程を考える。今夜は体を休め、明日は村の様子を見る。治癒士としての仕事をこなし、時間が掛かりそうなら数泊、そうでないなら明後日出立。治癒術の感覚を取り戻し、練習を兼ねてファルの怪我を治したかったが、魔術と剣術の併用のおかげで治癒術を必要とする怪我をしなかった。出血を伴う怪我も痣もないことは喜ぶべきことではあるが、些か不安が残る。二百年生きてきたはずのファルの体には古傷一つ残っておらず、それでいて十分な実力を持っているようにも見えた。

「家のように戯れられないのが残念だな。」

 すぐ上から落ちてくる声に気付いてももう遅く、抱きしめられた体は離せない。俺は布一枚、ファルは村でのみ着用する頭部隠しのフード付きケープだけ。つまりほとんど裸体で密着させられる。これは迂闊に触れてしまった俺の油断が招いた結果だ。不服ながらもあまり強く言えない。夫婦らしい戯れと言えばそうなのだろう。誰かが来ても俺の体格を誤魔化す姿勢とも言える。このまましばらく体を隠していよう。ファルも何故か上機嫌だ。こうしていると本当に新婚旅行にでも来た気分だ。そんな呑気なことを言っている場合ではないのだが、常に緊張していても疲れてしまうだけ。少しくらいこうして休む時間も必要だ。

 その日は宿で体を休め、翌日村の中を歩き回る。子どもも農作業に従事しているが、健康そうな体つきに見える。老人もいるが、杖をついているような年寄りは見守り、座ってできる作業に留めている。そうできる程度の余裕を持った村だ。一人の腰の伸びた老人は桶を落とした。痛そうに足を抱えている。近寄って声を掛ければ、大したことないと言われてしまった。

「お客人に迷惑を掛けるわけにはいかん。子ども達を満足させる食料まで頂いた。この程度、大したことあるまいよ。」

 年寄りの怪我、特に歩行に影響するものはその後の生活にも影響する。それをきっかけに気力を失ってしまうこともあるのだ。若い頃は皆に尊敬される騎士だったと聞かされる方がただ言われるままに日常を送り、返事も鈍い状態など誰も見たくはない。説得し、桶をぶつけたのだろう足の状態を確認させてもらう。治癒の前に見た目だけでなく魔術も用いて状態を確認する。地面に術式の枠を描き、文字の部分は魔力のみを用いて記述する。そこに足を置いてもらい、観察用魔術の展開だ。

 まず骨にヒビは入っていない。靴越しであったからか、血が出るようなことも起きていない。しかし内出血は起こしている。痛そうな表情でもある。痛いなら無理すべきではないが、そんなことを言っていられる状況でもないのだろう。大丈夫だからと作業を続けようとしている。旅の治癒士なら無償で治癒すべきではない。既にこの村では身を清めるための場所や道具を融通してもらったとしても良いものだろうか。それでも現金は減っていく。勝手に状態を診させてほしいと言ったのに、何もせずに終わって良いものか。治癒術を使わずとも自然と治る程度の怪我だと伝えることにも意味はあるだろう。状態把握は無償、治癒は有料。その線引きなら今の行動にも正当性が出るだろうか。

「少ないですが、家にはお金もございます。治癒士様だったのですね。妻のことも診ていただけますか。数日前に段差で足を滑らせてしまい、動けないのです。」

 足の内出血を治す。皮膚が切れている場合と意識的には大きく変わらないが、だからといって気を抜いて良いわけではない。年齢によって弱った部分は治せない。こうして怪我をした直後なら、怪我をする前のように歩くことができる程度だ。数日ならその間に弱ってしまった部分を元に戻すことはできない。奥様はどのような状態なのだろう。すぐに案内してほしいが、この老爺は作業中だった。一緒に作業している子も困るだろう。

「俺が手伝おう。指示をくれるか。」

 ファルが子どもに声を掛けた。老爺の持っていた桶を受け取り、俺に行けというように視線を送る。これなら作業も問題ないだろう。少しくらい俺は一人行動しても良い。剣がなくとも自分で自分の身を守る程度の実力はあり、今回はメルから貰った竜鱗製の首飾りを着用している。服で見えないようにしているが、安全は確保されているのだ。

 老爺も作業への影響がないと安心できたのか、深々と頭を下げ、自宅へと案内してくださる。寝台に座る老婆は繕い物をしていた。手の進みは遅く、痛みに耐えながらの作業にも見える。声を掛ければ小さな動きと声で反応する。動けば痛みがあるのだろう。治癒士であること、話を聞かせてほしいこと、治療費が払えるのなら治癒術を用いた治癒が可能であることを伝える。こちらも深々と頭を下げてくださった。老爺が取り出した袋には十分な金額が入っている。怪我の程度に応じて頂くとしよう。ひとまずそれは持っておいてもらい、怪我の観察に入る。

 老婆も外傷は痣程度で、大きな損傷は見られない。切り傷や出血もない。しかし服を脱ぐにも辛そうで、老爺の手を借りてなんとか、といった状況だ。特に脇腹に痛みを訴えていた。何かを持っている時に前向きに倒れてしまったそうだ。それが強く当たった箇所になる。寝台の周りに少しだけ布を置かせてもらい、術式の枠を用意した。観察用の術式ができたら発動し、より詳細に老婆の体を見る。手足にも痣はあったが、やはり一番問題なのは腹部だった。肋骨に軽くヒビが入っている。完全に折れてしまっているわけではないため、俺でも今すぐに治癒が可能だ。内臓まで深く傷ついてしまっていた場合には医師の力も必要になるが、これなら治癒術と休息で十分完治可能だ。

「すぐに治るんですか!?」

 勢いよく老爺は尋ね、安堵のため息と共に良かったという声が零れる。老婆も安心したような表情だ。意識を集中させ、ヒビの入った箇所に魔力をそっと送り込む。なるべく老婆の魔力に溶け込ませるように、体に馴染ませるように。観察用に使った術式の枠を利用し、そっと割れ目を埋めていく。その間も老婆の呼吸を聞き続ける。治癒術は奇跡ではなく、時を戻す魔法でもない。患者の体力を使い、術者の体力と神経を使い、怪我を治癒する技術だ。どれほど優秀な術者であったとしても、患者の体力が尽きてしまえば治癒術は失敗する。

 幸い老婆の気力はまだ衰えておらず、治癒が完了するとすぐ立とうとするくらいだった。痛みが消えて今にも走り出したいと力瘤を作ってみせてくださった。体力は消耗しているはずのため、今日は無理せず過ごしてほしい。数日ならさほど心配は要らないだろうが、動いていない間に衰えた部分はそのままだ。今までできていたからと油断することのないよう忠告し、少しずつ動くようにと助言をする。

「本当にありがとうございます、治癒士様。」

 お金の入った袋を丸ごと渡される。骨折の治癒と考えれば少し多めに頂いても良いだろうが、全ては流石に多い。他の治癒士のことも考えれば、あまりに安くしてしまうのも好ましくない。魔力の消耗が人間にとっては大きいが、俺にとってはもう些細なことになった。夫と二人だが、食料の心配が要らないことを理由に安価にできるだろうか。

 許されるだろう最低限の金額に設定し、お金を受け取る。宿泊料金も食料で一部代えられているため、金銭の消費は抑えられている。一般の村人でもこの金額が支払えるなら、十分治癒士として旅をしつつ生活の糧を得ることもできそうだ。この調子で国境に近づいて行こう。

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