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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
コンシアンス王国編

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治癒活動許可証

 幾つかの村と町を経由し、王都に到着する。出入り口では移動許可証の確認が行われ、俺達のように王国全域の移動許可証を求める者は役所での手続きをすることになる。治癒士としての実績も何もないが、本当に許可証を頂けるのだろうか。

 王都に入れば早速、役所へと向かう。人通りはあるが、あまり活気に満ちた様子ではない。村が餓死者を出さないことを誇るほどなのだ。都市部だって余裕などあるはずもないか。巡回兵の制服もヴェルート王国の赤基調と異なり青基調。ただそれだけというには雰囲気が大きく異なって見える。緊張感が強いように感じられた。いや、巡回中なら緊張感を保って然るべきなのだが、周囲の住民まで緊張させているように見える。どことなく住民と巡回兵の距離が遠い。

「何か気になるのか?」

 ここでは話しづらい。そう喫茶店に立ち寄る。庶民向けの店になるとはいえ、椅子も机も硬い木製で、メニューが店員から渡されることもない。店内に掲示されている物を見て選ぶことになる。それで十分足りるほど種類も少なく、一部木札は裏向けに掛けられているため以前から減っているのだろうとも感じ取れた。ヴェルート王国でも食べられたシフォンケーキを注文する。品質に違いはあるだろうか。そもそもの好みが異なる可能性もあるが、参考にはなるかもしれない。

 注文した物が届く間も気付いたことを伝えていく。住民と巡回兵の距離、住民の態度、人通り。王都なのに活気に欠ける。若い男女も残っているが、多くはない。小さな子ども連れの女性はいたが、子連れでない男女は少ない。この店もお年寄りが対応してくださった。

「若い人は兵士さんになったり、そのお世話の仕事があるからね。はい、お待ちどうさん。」

 見た目は変わらない美味しそうなシフォンケーキだ。立ち去るお爺さんの店員さんも足取りはしっかりとしており、道中の村ほど酷い状況ではないように見える。シフォンケーキの手応えは少々さっくりとしているが、これは店や国の違いによる個性の部分として捉えられる範囲だ。口に入れればやはり多少ぱさついており、俺の好きなしっとりふわふわな食感が薄い。腕前や素材の影響なのかは分からない。味自体は美味しいが、シフォンケーキを食べたい欲は満たせない。

 ファルは飲み物のみを注文した。治癒士としての活動ができていないのにあまり贅沢するものではなかったか。これは前祝いということにしよう。ファルにも一口あげれば、それは喜んで食べてくれた。しかし悪くないと言うだけで美味しそうな表情には見えない。やはり品質がそこまで良くない。いや、彼の比較対象は魔王国の王族が行けるような店だ。そもそもの基準が高すぎる可能性もある。この店では贅沢品の素材など高品質な物を取り揃えにくいのだろうという気もしてきた。まだ生活に困っているというほどには見えないが、戦争がさらに長引けば都市部でもどうなるか分からない。

 気分の上がらない大通りを歩き、役所へと向かう。移動許可証を受け取るには名前、性別、年齢、出身地などを伝える必要があった。ここは事前に決めていた設定を伝えることで難なく乗り越えられる。流石に性別を偽って許可証を受けたと明らかになると大問題のため、ここでは正直に答える。偽るのはファルの出身地と俺の名前だけだ。

「男性?」

 まじまじと体を見つめられる。ファルと夫婦でいたいから、そのように振る舞いたいから、女性の振る舞いをしていると回答した。それで納得してもらえたのか、次の質問へと移る。次は移動の目的で、治癒の旅を行うためと伝えれば、先に治癒活動許可証を取るよう誘導された。誘導先でも名前等の確認から入り、治癒の技術の確認や実績も尋ねられる。これはヴェルート王国セルペンテ侯爵家領での経歴がないと不自然だ。そこだけしか活動していないのにいきなり隣国に来るのも不自然か。何かあっても合わせてくれるだろうフィブラ伯爵家領でも活動していたことにする。治癒技術は欠損やよほど激しい損傷でなければ傷を塞ぐことができる。ここは事実を答えて良い。

「そちらの方は?」

 治癒の旅の同行者、護衛、俺の夫と紹介する。腰の剣を見せ、その実力も示すこととなった。俺も治癒の腕も確かめられる。こうして試す用なのか檻に入れられた動物が待ち受けていた。備え付けられた剣でその子が傷つけられる。急いで駆け寄り、頭の中に術式を描く。魔力をゆっくりと注ぎ込み、その傷口を塞いだ。流れた血は戻せない。

 技術面はこうだが、知識面で補える。毒に関する知識があり、解毒することもできる。その他の薬は作れない。消毒ならできるが、あれは消毒に使える薬草を知っているというだけだ。

「薬師としての資格はまた別になります。誰かに師事することは自由ですよ。」

 資格を持った薬師だと信用されやすいというだけだ。まずは師事し、知識を得て、それから試験を受ける形になるか。薬師になるかどうか自体これから考えても良い。解毒もできる治癒士でも十分需要はあるだろう。

 俺の実力もファルの実力も確認され、治癒は可能と判断された。これで治癒活動許可証を入手だ。続けて移動許可証を申請する。先程申請しかけ、先に治癒活動許可証と言われたのだ。担当の方も同じ方で、覚えてくださっていた。

「旦那さんの容姿が目を惹きますから。」

 途端に声を潜め、続けてフードか帽子を被ったほうが良いと助言される。クリスタロ神国の影響で黒髪は魔王の色として危険視されることもある、と。ファルの髪は美しい漆黒だ。ヴェルート王国は百年間の交流の成果か、黒が危険という認識も薄いが、コンシアンス王国では一部その認識もある。突然襲われることはないが、歓迎されないことはあるそうだ。助言に従い、後で帽子を見てみよう。

 この後の予定もできたが、今はまず移動許可証だ。治癒活動許可証を見せ、治癒の旅を再び伝える。目的を達するための技術を持っていることは治癒活動許可証で証明済み。身元もセルペンテ侯爵から預かった薬箱のおかげで確か。問題なくコンシアンス王国内の移動許可証を手にできた。治癒活動許可証は俺だけ、移動許可証は二人分。これで目的の第一歩を始められた。

 今日はまだしたいことがある。先ほどできたファルの帽子を探す予定だ。今の服装で完成されていそうだが、追加するなら何が良いだろう。黒い髪が魔王を連想させるだけのため、黒色が嫌われているわけではない。服装は黒でも何ら問題がないはずだ。それなら帽子も黒くて良いだろうか。そもそも髪を隠したいなら髪を覆い隠す必要があり、ただの帽子なら隠れ切らないかもしれない。目立たないだけで良いだろうか。漆黒の、ある程度の大きさの帽子が似合いそうだ。

「戦いの邪魔になる大きさは避けたい。帽子自体が好ましくないな。」

 治癒士と同行しているという点で忌避されにくくならないだろうか。それとも治癒士ごと拒否されるだろうか。いっそファルにもフード付きのローブを着てもらい、フードで髪を隠してもらおうか。今のロングジャケットの上に羽織るならフード付きケープで十分か。町の中だけで着けてもらえば良い。明るい色のケープにしてしまうと中の髪が黒であると分かりやすくなってしまう。やはり黒のケープが良いだろう。装飾がある物は高い。今は旅の治癒士をしているため、そこまでお金に余裕があるのも不自然だろう。どれだけ稼げるか分からないまま、初期資金をあまり使うわけにもいかない。簡素な黒だけのケープにしよう。

 俺が選び、これが良いと言えばファルも同意してくれた。しかし、それなら早速支払いと言ったのに、ファルは他の棚を見始めた。この店は帽子や髪飾りなど頭部を飾る物が並んでおり、ファルが見ている棚にも帽子が並んでいる。旅の治癒士という体で動くため、今回装飾品はほとんど身に着けていない。金目の物を持っていると思われれば野盗にも狙われやすい。

「せっかくならお前にも帽子があって良いだろう。これはどうだ?似合いそうだ。」

 どこかの貴婦人が着けていそうなツバの広い帽子を指し示した。今の服には合わないだろう。旅には全く適していない。ローブと同じ淡い黄色だけを見れば、色単体なら合わないことはないかもしれない。白いリボンも可愛らしいが、視界を大きく妨げすぎる。旅の治癒士という設定を忘れてしまったのだろうか。何より治癒士として稼げていない今、まだ資金を消費したくない。当面の生活のために持ってきたのだ。お洒落のためにお金を使うのは稼げるようになってからにすべきだ。

 これから稼ぐ、まだこの国でどの程度稼げるのか分からない今、お金を浪費すべきでない。そう奥様らしい言葉でファルを説得する。お店の人の生暖かい視線も気にしない。しっかり者の奥様に見られるならそれで構わない。多少ファルが情けなく見えるかもしれないが、それは持ち金への意識の薄い本人の責任だ。それでもまだ諦めず、別の帽子を選び始める。視界を妨げなければ良いという問題ではない。まず不必要に買うべきではないという話だ。

「お前の実力なら心配ない。俺も狩りや採集ができる。これから稼ぐ、のだろう?なら一つくらい良いだろう。」

 どうしても俺を着飾りたいらしく、また一つ選んできた。お金を持っていそうと思われないように装飾品を控えめにしてきたというのに、最初から購入していては意味が薄れる。華美でないから良いのだろうか。宝石ではない。しかし細かなレースの帽子で、派手ではないが値は張る物だ。頭全体を覆うカチューシャのようでもあり、前部分のなくなったヴェールのようでもある。フードと同じような柔らかさだが、それ単体が帽子として成立している。

 ファルは俺に着けてほしそうに見ている。黒いフード付きケープを着けたとしてもファルは目立つだろう。瞳の黒は隠せない。髪もよく見れば気付かれるだろう。衣類に黒が含まれること自体は拒否されないようであるため、ただそれだけで目立つことはきっとない。それでも俺も頭部に黒い物を身に着けたほうがより溶け込めるかもしれない。他の物と比べると値の張る、全く必要のない贅沢品。それでも断り続けるには良心が痛む。今は二人が稼いだお金という設定であり、予定では俺の治癒士としての仕事が主な収入源になる。初期資金がファルの物だとしても無駄遣いはさせられない。説得の言葉にも勢いがなくなっていく。ファルもそれに気付いたのか、自分の被るフード付きケープと俺に被せるレースの帽子を手に、店員さんを呼んだ。

「仲が良いですね。どこからいらしたんですか?」

 お会計をしつつ話しかけてくれる。ヴェルート王国からとは答えられる。何かおかしな態度を取っただろうか。不思議に思いつつ、早速購入した帽子を被る。ファルも髪を隠すように羽織った。装飾の少ない物のため全体の雰囲気を壊さない。ただの旅人のファルだ。俺の帽子もファルが整えてくれる。備え付けの鏡にはファルを意識したような奥様が立っていた。服の随所にも黒の刺繍が含まれており、なんだか夫のことが大好きな新妻のように見える。旅装だけならこんなことはなかった。そんなつもりではなかったのに、黒いレースの帽子を着けただけで夫婦らしさが増したようだ。

 ヴェルート王国から来たと聞いた店員さんの納得したような反応を見ても、何を言っているかは頭に入らなかった。よく考えれば潜入任務とはいえ最初は実績を積む時間。公務とは少し異なる、男であることさえ露呈しなければ良い時間だ。俺もファルも初めての場所を二人だけで歩く。まるで新婚旅行ではないか。だからファルも俺に新しい帽子を被ってほしかったのだろうか。

 いつの間にか支払いも店員さんとの会話も終わっており、ファルの手で店外へ誘導された。当たり前のように繋がれた手に言及することなく、今夜の宿の話を始める。今夜は王都に宿泊し、そこから東、魔王国国境沿いを目指す。北部はヴェルート王国の影響もあり、比較的魔王国への敵意も少ない。そのためか黒髪への注目も薄いらしい。しかし他地域になれば分からない。実際どこまで意識されるものなのか俺にもファルにも分からないのだ。俺も絵本では必ず魔王が黒髪だったことしか覚えていない。人間を襲う恐ろしい魔王の絵本。しかしそれはあくまでお伽噺であり、王子や姫、騎士も現実とは異なるものだった。何より魔王討伐のために向かうという筋書きで、魔王は酷いという一言でその所業は隠されていた。少し大人になれば具体的に何をされたのか、史実はどうなのかと現実的に考えられる。

「そういう者ばかりとは限らない、という話だな。」

 警戒はするに越したことはない。少しフードで隠す程度で済むならしておけば良い。それも町中限定。俺もそれに付き合って町中ではこの帽子を被っていてあげよう。

「ボンネットというらしい。邪魔にならないなら町の外でも被ってくれないか?」

 確かに邪魔にはならないが、よほど気に入ってくれたらしい。外せば荷物になる。そう考えるとむしろ着けたままのほうが良いか。人目のないところでもお洒落なんて、一層新婚旅行らしい。ファルに見せるためだけの装飾だ。準備の際、下着までラパーチェがしっかり選んでくれていたが、それは新婚旅行になると気付いていたからだろうか。

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