コンシアンス王国入り
毎晩口付けと魔力を貰いながら、ただの旅人のように移動を続けた。もう体が火照る感覚はない。魔力を入れられている瞬間はあるが、朝になれば元通りだ。体の調子も良い。そのおかげで気分も良く、女装しているため女の子扱いも苦にならない。結婚しているためか子ども扱いではなく、大人の女性扱いだ。隣にファルもいるからかとても丁重で気分が良い。奥様と呼ばれても自然に思える。首飾り型変声器だけ密かに着け続けるよう気を付ければただの奥様フラウになりきれる。
無事に目的の領主邸近くまで辿り着くが、問題はここからだ。どうやって新侯爵と連絡を取ろう。貴族でないなら彼と繋がりがない。
「ラパーチェから手紙を預かっている。返事は宿に貰おうか。」
母親からの手紙なら読むだろう。それを何故俺達が持っているのかという話になるが、正体不明の人間から預かったとでも言い訳しようか。信じてもらえなくても新侯爵にさえ会えれば問題ない。彼は俺達に協力してくれるだろう。
返事をすぐに受け取れるよう、その宿に宿泊し続ける。近隣の観光は行うが、あまり遠くには行かない。宿にも小まめに戻るよう気を付けていると、運良く返事を持ってきてくれた人と直接話せた。屋敷に招きたいとの話のため、有り難く同行させていただく。もしかしてラパーチェはこうなるような内容を記してくれたのだろうか。
仲睦まじい夫婦のように寄り添い歩き、客間でも触れるほど近くに座る。会ったことのある彼は俺達に驚いたようだが、身分を隠していることは察してくれた。名前もしっかりと名乗り、相手が間違えないよう釘を刺す。魔王国第一王子自ら来ている時点で重要な話だということも分かったのか、大事な客人として人払いもしてくれた。これでようやく本題に入れる。調査のためとその内容も簡単にファルから伝えれば、こちらの推測通り彼は是非手伝わせてほしいと言ってくれた。ほら、俺の言う通り脅しなんて必要なかった。そう視線だけでファルに言えば、何故か口付けられる。本物の夫婦でも人前で、それも招かれている家の中でこんなことはしないだろう。
「俺達は困っている人々を救う旅をしている。ヴェルート王国は魔王国との対立も収まり、もう俺達の仕事もあまりないだろう。だが、コンシアンス王国はそうではない。だから行きたいのだが、どう入国したものかと思っていてな。力を貸していただけないだろうか。」
「国境を越える程度なら簡単なことです。こちらをお使いください。」
セルペンテ侯爵の使いであることを示す小さな薬箱だ。中には手紙だけが入れられている。箱に家紋が入っており、見せれば通してもらえると言う。セルペンテ領と国境を接し、現在魔王国と戦争中のコンシアンス王国に向かうことは自然だ。ファルも今回の協力者には満足したようで、用件は済んだとすぐに帰ろうとする。大事な客人と必要な話しかしないなんて怪しまれると思うのだが、そこは気にしないらしい。急に押しかけた旅人を大事な客人と言った時点で怪しいため今更か。
国境まで馬車も貸してくれる。まずはコンシアンス王国内の雰囲気確認だ。戦争したいのは一部だけで、大部分は戦争なんてしたくない場合もある。半々なら攻撃を仕掛けてしまえばもう戦争を続けざるを得ない状況にもできる。日々の暮らしのために働いている人々は戦う力があるなら食料のために使いたいだろう。
「そうとも限らないけどな。命と引き換えてでも復讐したい者もいる。」
魔王国にまで来る連中はそういった人に偏るだろう。それまでの住んでいた場所を離れ、家族と離れ、命懸けで魔王国に侵入しているのだから。その覚悟があるからこそ、侵入した人間全てを捕縛ではなく、一部の捕縛に留まっているのだろう。自身の命すら顧みない者は圧倒的な実力の差を覆し、一矢報いることもある。油断をすればこちらが危ういのだ。
国境を越える際にはセルペンテ新侯爵から預かった家紋の入った薬箱を見せる。ただ、当然ではあるが俺達の名前や職業も確かめられる。ヴェルート王国とコンシアンス王国は植生も似ているため、特有の薬草を採集に来たという言い訳は通用しない。そこで情勢の変化だ。ヴェルート王国は一時魔王国と対立しかけたがもう落ち着いた。治癒士である俺の活躍の場は少ない。だから助けを求める人々がいるだろうコンシアンス王国に移りたい。そんな言い訳は怪しまれつつではあるものの、治癒術を見せれば受け入れてもらえた。治癒士として当然本当に活動する。
「これは北部の移動許可証だ。王都でコンシアンス王国全体の移動許可証と治癒活動許可証を申請してくれ。」
コンシアンス王国北部から王都への移動が許可されている。一定期間内であれば北部地域内の移動も許可が出た。村々を通りながら王都に向かうくらいはできそうだ。
越境の手続きから解放され、移動が開始される。治癒士夫婦の長閑な旅だ。金目の物は見えないように持っているが、用心も忘れられない。ファルが守ってくれるため人間には負けないが、頼り切りになるつもりもない。俺だって騎士の経験がある。それを隠すとしても自衛程度できて良い。自衛もできないのに旅をしようとは思わないだろう。
「存分に頼ってくれ。そのために俺がいる。」
せっかくなら南端まで行ってみたい。ヴェルート王国も北部は海に面しているものの、俺の実家の領地は海がなかった。絵で見たことがあるだけだ。このコンシアンス王国は南側が海に面している。国内を見て回るならそちらにも行く必要があるだろう。ファルは泳げるだろうか。
「ああ、俺の領地も海に面しているからな。何度か遊びに行ったことがある。お前の水着姿も楽しみだな。」
魔王国は最も国土の広い国だ。北も南も海に面している。西側は全てどこかの国との国境で、東側は山々が広がっていた。詳細はまだ勉強中だ。移動中に確認しても良いが、魔王国の関係者と気付かれたくはない。移動中も気を抜いてはいけない。今すべきは小さな村に従事する人々から話を聞くことだ。
ヴェルート王国との国境付近にある村だからか、村の規模の割に大きな宿がある。それに見合わず村人には余裕がないようで、子ども達にも元気がない。大人も痩せている女性、動きがぎこちない男性、老人と数が少ない。健康そうな若い男女が見当たらない。宿の中も埃っぽく、今営業しているのかすら怪しい。今の俺達の設定ならこういった村こそ救うべきだが、原因が戦争にあるならそれを止めるよう動いたほうが効果的だ。直接救うことは他の人にもできるが、戦争を止めることは俺達にしかできない。
村の人の声を聞く。それはこうして見ることでも一部感じ取れるが、やはり直接話さないと分からないことも多い。彼らは自国の起こした戦争をどう考えているのか、魔王国に対してどういった感情を抱いているのか。そう宿を出れば子どもが歩いてきた。
「いらっしゃいませ。えっと、お泊りですか、ご飯ですか?」
「お泊りだ。ご飯は調理だけしてほしい。食材はある。」
「ご飯ある!言ってくる!」
子どもに合わせてか、ファルは質問に使われた可愛い単語で返事をしてあげている。その気遣いに気付いたのか、返答の内容だけを聞いていたのか、その子どもが女性に駆け寄り、一言二言話せば彼女もこちらに来てくれた。疲れているようだが丁寧に対応してくださる。俺達は最悪人間の食事がなくても問題ない。俺も多少空腹は感じるが、既に肉体が変質しているため、栄養的にはファルから送り込まれる魔力だけで生存可能だ。ファルはそもそも魔人のため、空気中から魔力を取り込めば良い。街中ならともかく自然に囲まれた環境なら魔力に満ちている。吸収は容易らしい。怪しまれないよう、最低限の食事も取るつもりではある。
少し埃っぽいと案内された部屋の中は受付よりも綺麗に整えられており、十分休むことのできる場所だ。支払いを済ませれば話にも応じてもらえるだろうか。
「申し訳ございません。畑仕事が残っておりますので、作業しながらでも良いでしょうか。」
技術の要る作業は難しいが、ただの力仕事なら手伝える。そう話をさせてもらう。最も気になる部分はやはり、今の村の状況が戦争の影響なのかという点。明らかに村人の構成が偏っている。
「はい。健康な人は全て戦争のために駆り出されております。今村にいる大人は歩くにも不自由する老人か、病弱な女性か、鍬も握れないような男性だけです。子どもも男の子は少しすれば魔術のために使われるでしょう。女の子は強い兵士の子を産まされるでしょうか。」
戦う体力のある人間は老若男女問わず戦争のために労働力を提供する形になっている。魔王国での応戦ではそこまで殺している話を聞いていないが、俺に隠されただけなのだろうか。ファルは不思議そうにしていない。何十年も戦争が続いているわけではないのに、これほど疲弊するものなのかという疑問もある。それとも戦争自体はずっと繰り返されているのか。いよいよ自分の手に負えない、根本的な解決を求めて兄であるファルクスに弟殿下が助けを求めたというだけなのかもしれない。
長く時間を取ることも迷惑だとファルは話を切り上げ、他の村人にも少額ずつ渡しながら話を聞いていく。どの人も同じように村での人手不足とそこから来る食糧不足に悩んでいる様子だった。それでもまだ餓死者を出していないと誇らしげな老人もいた。そろそろ魔王国には勝てないと諦めれば良いのにと言う人もいた。戦いを挑んでは負けてを繰り返し、少しずつ負担が蓄積された結果が今なのだろうか。
「人ならざる者と戦おうというほうが馬鹿なんだ。怒りを買う前にこの土地を手放す覚悟をしたほうが良い。」
そんなことを言う人までいる。魔人、鳥人と言われるように人ではある。ファルを人間だと思って話すくらい見分けもつかない。鳥人や獣人だって気付かれないよう人間と同じ姿にもできる。それでも獣に近い姿も持っている点は人間と大きく異なる。その点を差して、人ならざる者と称する者もいる。同じように交流できる人なのだと知られていないからこその感想なのだろう。奪いに来ているわけではないため、土地を手放す必要はない。コンシアンス王国から殺しに来なければ良いだけだ。それも全く伝わっていない。
夜まで順番に話をさせていただき、夕食は豪華なスープ。俺達も頂くが、あの宿の子どもと女性も共に取る。食料は一時凌ぎかもしれないが置いていこう。荷物を減らして移動速度を上げても良いのだ。明日は大きく移動しよう。魔王国との国境近くの村も気になるが、まずは王都を目指す。ここから南下だ。食事を終えて予定を確かなものにし、硬い寝台に二人で眠る。その前に日課となっている魔力の受け渡しだ。既に魔人化が済んでいるため、負担が少ないどころか心地良い。最初にあった違和感すらなく、寝る前以外の休息時間にもこれをしてくれて良いくらいだ。今なら特に若妻が夫に甘えている姿に見えることだろう。ファルも外見は若いが、立ち居振る舞いがもっと年輪を重ねた大人の男性だ。寝室でなら誰にも見られないが、魔力は栄養のためにも必要なため、これも必要な行為になる。魔力の与え方に少々ファルの趣味が反映されているだけだ。俺も早く空気中から効率良く魔力を取り込む術を習得したいのに、ファルはいつになったら教えてくれるのだろう。
朝までゆっくりと休み、子どもに見送られながら村を後にする。次の村も同じように生活に苦しんでいるようで、いつまでこんなことを繰り返すのかとうんざりしているようでもあった。この様子なら上手く反戦の方向に持っていけるかもしれない。この村も働き盛りの男女に欠け、そこを子どもと老人で埋め合わせている。
この村の宿屋は老人が対応してくれた。掃除が行き届いていないという話であり、その言葉通り廊下には汚れが目立つ。それでも室内は眠れる状態にされていた。食事も出せないという話であり、調理場を貸していただくことになった。
「もしよければなのですが、お代を食料で支払っていただくことは可能でしょうか。」
下手に出つつ、言いづらそうにしつつ、それでもファルの手にある魔物の肉を見ている。最初の村は餓死者がいないことを誇っていた。つまり他の村では餓死者も出ている、あるいはいつ餓死してもおかしくない状況にまで陥っている。俺達は移動しながら狩りができる上、最悪食料を失っても魔力で代替できる。そう持っている肉類全てでの支払いを受け入れる。
「まさか。それは過剰です。一部だけでも良いのです。」
俺達はまた狩れる。そう遠慮する老人に重ねて言う。現金など何も役に立たない状況に陥っているのだ。もうコンシアンス王国の民に余裕はない。魔王国に面している地域はどうなのだろう。気にはなるが、まず王都で治癒活動許可証を貰わなければ。




