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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
魔王国編

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今後の仕事

 メルの誕生日が終われば、次は遅くなったミールウスへの贈り物、刺繍を考える。チョコレート色の翼が美しい、どこか妖艶で華やかな雰囲気を身に纏う、鳶の鳥人の男性。やはり豊かな翼を光沢のある茶色の糸で刺すのが一番だろう。輪郭だけでなく、中身もしっかり詰めたほうが豊かさは出る。それをすると時間は掛かるが、ミールウスには似合う。今の俺の実力なら十分作れるだろう。

 ラパーチェにも相談する。ミールウスの誕生日は忙しく勉強しているうちに過ぎてしまっていたため、半年遅れにはなるが贈りたい。絵を描き、こんな形にしたいと希望を伝えた。

「素敵ですね。糸を少し変えましょうか。同じ箇所にあまり何度も針を通すと生地も弱りやすいですからね。」

 生地に糸を通した後、糸を広げるように揉むと、生地に通している部分は細く、柄として見える部分は太くふわりとして見えるそうだ。当然ふわりとして見える状態を維持するために魔術も用いるため、今まで以上に難易度は上がる。

 練習用の布を土台に固定し、専用の針と糸を用意する。魔力の繊細な扱いも必要となる刺繍だ。今までと同じとはいかないだろう。最初の一針はいつもと同じ動き。二針目以降は引き締めすぎないよう余裕を持たせ、ある程度で一度糸を始末する。ここからが変わった手順だ。緩い糸を指で少し広げ、良い形で維持されるよう魔力を込める。洗濯されても良いように、しかし糸や布の感触を妨げないように調整する。一度固定してしまえば追加の魔力なく何度でも使用できるはずだ。元々の糸や布と同程度には耐久がある。なかなか上手くいったのではないだろうか。

「お上手です。魔術や魔力の研究をされていたのですよね。とても繊細な出来です。この調子なら少し練習するだけで本番に挑めますよ。」

 主に戦闘や捕縛のために研究は行っていたが、こうした作業にも役立つなんて興味深い。手芸を趣味とするご令嬢方の協力も仰げば、魔術研究ももっと進歩させられるかもしれない。理論の部分はともかく、実践には繊細な操作も求められることがあった。魔王国ではどうなっているのだろう。一度ファルクスに相談してみようか。

 仕事にも関係する話だと作業を中断し、執務室を訪ねる。こうして仕事中に俺から会いに行くことが珍しいからか、ファルクスは想像以上に喜んでくれた。自分の傍に呼び寄せる理由は分からないため、無視して机の対面から思いついたことを報告する。術式を用いる魔術や魔術そのものの研究は魔王国で盛んなのだろうか。その点も含めて相談だ。刺繍でも繊細な魔力の扱いを求められる技術があった。つまり繊細な魔力の扱いが求められる研究に、刺繍など手芸を趣味とするご令嬢の協力を仰げば、人員不足を解消できる可能性がある。

「興味深いな。ただ、残念ながら魔王国では繊細な魔力の扱いを必要としない方向性で研究がされている。だが繊細な扱いの求められる研究も可能だとなれば、興味を持つ者もいるかもしれない。心に留めおこう。」

 現状人員不足を認識しているわけではない。やはりヴェルート王国とは状況が異なるようだ。選択肢を広げたという点で無駄ではなかったと思おう。これをどう使うかはファルクスに任せる。俺も繊細な扱いはできると主張し、その場を辞した。

 馬車があまり揺れないようにする術式も考えたいと思っていた。まだ組んでいる途中だ。先に刺繍を仕上げようと途中で止めたままになっている。そろそろ刺繍も休憩してそちらに取り掛かりたいが、もう少しだけ頑張ろう。ミールウスにだけあげないなんて意地悪をするつもりはない。ただ、今回は難敵だ。今までの刺繍とは異なる負担もある。刺している間だけでなく、魔力を使っての調整にも神経を使う。これはいつ完成するのだろう。 


 ミールウスへの贈り物作成には手こずったものの、夏も終わる頃には完成した。我ながら渾身の出来だ。ほんの少しの膨らみが、あの時触らせてもらった羽毛の存在感を示し、光沢のある茶色がミールウスの美しい翼を思い出させる。自分で持っていたいくらいの完成度だが、これは贈り物だ。ハンカチの隅に縫っているだけのため大きさは大したものではない。あの迫力は持っていないが、それがむしろ可愛らしい。ファルクスの妻からの贈り物としては適切だろう。

 渡すためにミールウスには時間を用意してもらった。ファルクスも同席している。自信作を遅くなった誕生日の贈り物として、日々のお礼として渡す。今はラクエウスとの勉強の時間が多いが、ある程度進めばミールウスから学ぶこともあるだろうと聞いている。要警戒の人物ではあるが、本当に危害を加えられたことはない。何よりファルクスの信頼する補佐官であり、俺を気に入って積極的に魔王国まで連れ帰ろうとしてくれた人だ。怖い人では全くない。

「これ俺の翼?嬉しいなぁ。フラールちゃんにはこう見えてるんだ。」

 刺繍の手触りまで確認してくれる。あくまで刺繍のためその翼の感触までは再現できていないが、印象は残せているだろう。俺の刺した刺繍を持つミールウスも美しい。よく似合っている。満足できる完成度だ。良い気分で眺めているとファルクスに口付けられた。ミールウスもいるのに何をするのか。朝晩の挨拶以外にも二人の時なら許可しているのに、わざわざ人前でするなんて。そう苦情を入れても悪びれる様子はない。

「ミールウスが美しいことは認めるが、あまり俺以外に見惚れるな。妬けてしまうだろう?」

 甘い微笑みで俺を見つめるファルクス。ミールウスを見れば涼しい顔で褒め言葉を受け取っていた。俺を助けてくれるつもりは見えない。ファルクスが本気で嫉妬しているわけではないからだろうか。こんな余裕の態度で妬けてしまうと言われても説得力がない。夫以外の男性を褒めすぎることは妃として適切な行動ではないと理解できた。発言には気を付けようというだけだ。ファルクスも外で失敗しないための忠告をしてくれただけだろうか。回りくどい言い方をするものだ。

 何か言いたげなファルクスにお礼を言い、お茶の時間を過ごす。今日の目的は果たした。刺繍を渡したい相手も残るはラパーチェのみ。彼女には何か理由を付けなければ受け取ってもらえないだろう。理由を見つけるまでは刺繍も休憩だ。それまでは術式を考えることに集中できる。そのために気力を回復しよう。甘い菓子は慣れない作業に疲れた俺へのご褒美だ。十分に味わおう。


 秋を迎える時期になり、過ごしやすい気候の中で術式を思案する。馬車の揺れを軽減する術式も徐々に具体化してきており、俺や十分に術式の効果を理解している者なら使えるだろう代物になってきた。ただ注ぐ魔力の量が機能に影響を与えてしまうため、そこを解決することが今の目標だ。

 魔王国についての勉強以外にも進展を感じられる日々の中、俺にも関係する話だとしてファルクスの執務室に同行を求められた。弟のグランス殿下からの文が届いているそうで、その内容を教えられる。最も重要な内容は魔王国とコンシアンス王国の戦争について。一時期、聖女と勇者を捕縛していたため休戦していたそうだが、金銭と引き換えに解放した途端、再び襲撃された、と。

「同じことを繰り返す余力がこちらにはある。しかしコンシアンス王国側の兵士達には必ずしも余裕があるようには見えないらしい。」

 戦争反対派を国内で増やせれば穏便に戦争を収められる。今後は平穏な関係にも変えられるかもしれない。しかし第二王子グランス殿下の手の者は既にコンシアンス王国側に顔を知られている者も多い。そこで兄であるファルクスに内情確認の人員派遣を要請したそうだ。正面からやり合うだけで人間の国に勝てる。獣人や鳥人を上手く使えば密かな調査も容易だ。そのせいで調査担当の育成は後回しにしがちだそうで、特にグランス殿下は苦手らしい。戦時の指揮はファルクスよりも上手いらしいため、向き不向きが異なるだけだろう。

 コンシアンス王国へ資金を流していたヴェルート王国の貴族はヴェルート王国の第二王子派閥についていたため、一部はミールウスの手によって殺害され、一部は穏便な代替わりによって当主が入れ替わっている。魔王国に牙を向けばどうなるか、彼らは親や同じ陣営の者の死から知っている。資金も人員も流せないよう王の手の者が監視を始めた。自国の王への直接の反逆でないため、一族郎党の抹殺は免れた形だ。

「ラパーチェの息子に協力を依頼しようか。母の安全を脅かしたくはないだろう。」

 ただの脅しだ。ラパーチェと俺達は良い関係で、彼女が傷つけば俺も苦しい。人質として機能しないが、万一の可能性も考えれば従うのだろうか。脅さなくとも協力してくれそうな気もする。まずはただ協力を依頼しよう。俺も王都での任務ばかりで、コンシアンス王国の人間と会うことはなかった。顔は知られていない。魔王国第一王子の妻となった話は伝わっているだろうか。

「直接見た人間さえいなければ良い。まさか魔王国第一王子とその妃自らコンシアンス王国に乗り込んで来るとは思うまい。」

 ファルクスも一緒に行くつもりなのか、俺も行かされるのか。魔王国での生活だってまだ一年ほどなのに、もう外部での仕事だ。十分に果たせるだろうか。

「悪いな。だが、お前の力が必要だ。ラパーチェの息子だけに任せられるほど信用もない。自分達が行ってしまったほうが確実だ。屋敷やヴェルート王国とのことはラクエウスやミールウスに任せられる。」

 二人共向かうことは決定事項のようだ。まだ領地の中でも挨拶できていない種族の村があるが、それもまた今度だ。戦争中に呑気に歓迎会などしてもらっている場合でもない。どこでもファルクスと一緒なら危険はないだろう。魔人化が済んでからも送り込まれている魔力は悪くない。妃となった以上、その務めは十分に果たすつもりだ。すぐ出立すると言われても従うだけ。準備もラパーチェの協力があり、一人で大変ということでもない。最後の仕上げとしてファルクスが寝る前でもないのに魔力を送り込んできたことだけが不満だ。これでは無駄に疲れてしまうではないか。

 小さな苦情を入れつつ、火照ったままの体でヴェルート王国に向けて出発する。今までと比にならない量の魔力を俺の体に送り込んだそうで、そのせいでいつも以上の火照りが残った。他人の魔力には違和感が伴うもの。それが不快感になっていないなら幸いだが、少々納得いかない部分もある。心地良い程度の魔力と口付けを合わせて繰り返されてきたせいだろう。まだ俺は喜んでいるわけではない。ご機嫌なファルクスにも気付かない振りをして、ただヴェルート王国を目指す。十年は戻れない覚悟を決めて出てきたのに一年と少しで帰ることになるなんて拍子抜けだ。両親に会うわけではないが、あの覚悟は何だったのかという気分にさせられる。

 お触り禁止を言い渡し、国境を越える。今回は密かにセルペンテ新侯爵に会う予定だ。そのために偽名も教えられた。俺はフラウ、ファルクスはファルでただの人間の夫婦、家名はない。俺は貴族の令嬢だったが、旅人に恋をし、家を出てきた。ファルが家名を持たない立場だったため、それと夫婦になったのならと俺も家名を捨てたことになっている。旅の中でファルは魔物討伐や危険な場所の薬草採集で金銭を稼ぎ、俺は治療のお礼を受け取っているという設定だ。俺は治癒術を使え、毒や薬に関する知識がある、ファルクスは幅広い知識がある、これでどうにかなるつもりらしい。本当に誤魔化せるのだろうか。呼び名は偽名に切り替えた。新婚という設定は事実そのまま。魔王国出身は隠す。あまり過去の話はしないようにしよう。

 セルペンテ領までは数日掛かる。その間も毎日口付けと共に魔力が送り込まれる。屋敷にいる間も魔力を送り込むなんて毎日ではなくなっていたのに、何なのだろう。ただの口付けとどう変わっているのだろう。疑問を抱きつつもほんの少しの苦痛すらない、ただ心地良い時間を拒む必要性は感じられない。ミールウスもファルから魔力を受け取り続けた時期はこんな感覚を抱いたのだろうか。

「お前は学習しないな。あれの名を呼ぶな、特に今はな。」

 彼との関係から俺達の立場が推測できてしまう。ミールウスはファルよりヴェルート王国で多くの関係を持っていたようであるため、気付く人も多いかもしれない。全ての人付き合いをファルだって把握しているわけではない。慎重に慎重を重ねよう。そんな気合も繰り返される口付けに溶かされる。魔力の波で俺の思考を溶かしてしまうなら、今真剣な注意をすべきではない。どうせ明日の朝には忘れてしまうのだから。

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