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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
魔王国編

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メルの誕生祝い

 関係を進める。そんなファルクスの言葉に警戒して数日を過ごしたが、特に何の変化もなかった。それならばと夏に控えるメルへの贈り物に取り掛かる。メルにも刺繍を施したハンカチを贈るのだ。以前竜鱗製の首飾りを貰っている。それに見合ったお返しではないが、彼なら喜んでくれるだろう。

 メルは竜だ。紅い鱗の格好良い竜。しかし刺繍で竜を刺すのは難しい。鱗だけにしてしまうと魚なのか何なのか分からなくなる。難しいところだ。翼でも竜らしさは出るだろうか。それとも爪か。色は紅に決められるが、柄がなかなか決められない。植物にするのも何か違う気がする。そうラパーチェに相談した。

「確かに竜は難しいかもしれませんね。ですが翼ならできますよ。ちょっと描いてみましょうか。」

 簡素にした竜の翼をラパーチェは描いてくれる。一色で描く線なのに徐々に絵になり、竜の翼に見えた。その周囲に鱗のような、炎の切れ端のような物も描かれる。複雑ではないのに格好良い。これなら俺でも刺繍にできそうだ。具体的にこの大きさで、この位置から刺し始めると決め、早速作業を開始した。

 今度の刺繍はメル以外になら見られても良い。ラクエウスとの授業の直前まで刺し、直後から刺し始める。そのおかげでラクエウスやファルクスへの贈り物よりも早く完成させられた。メルの誕生日に間に合い、当日はファルクスやミールウスも一緒に休日とできた。渡せる日が楽しみだ。

 俺のそわそわとした態度を気にしたのか、それまでの間もファルクスは街に連れ出してくれたり、護衛を付けて乗馬に出掛けさせてくれたりした。おかげで待ちくたびれることなくその時間を迎えられた。そして今日がいよいよメルに刺繍を渡す日だ。紅の竜の翼は気に入ってもらえるだろうか。

「心配するな。今から渡すのだろう?早く行くぞ。」

 ファルクスに手を引かれ、庭に向かう。メルも来てくれる予定で準備を進めている。いつも会っているが、今日は特別だ。誕生日に相応しい昼食の用意が整っている。しっかりお肉も用意した。見た目の美しさを求めるか分からないが、様々な花のように並べても喜ぶだろうか。そんなことを料理人にも相談した。

 メルが喜ぶ物は上品な茶より食べ応えのある食事だ。その用意は頼んでいる。広く取った庭に机が並び、俺の整えた花々が咲き誇る。日々の手入れを行ってくれたのは庭師だが、どんな花を植えるかは俺が選んだ。花壇には白や緑の花が多いが、机の上には紅い花を活けてもらった。メルが身に纏っていると格好良く見える紅だが、花になると美しい。

「おまたせ!フラールもおめかししてくれたんだな。」

 今日の服もファルクスと一緒に選んだ。特別な物ではないが、それでも綺麗だと褒めてくれる。今日は以前メルから貰った首飾りも着けている。敷地内なら着けなくて良いと聞いていたが、せっかくなら着けている所も見せてあげようと思ったのだ。それに合う服は難しかったが、上手く薄い赤の服を選んでくれた。刺繍は黒で、ファルクスの色もメルの色も含まれているように感じられる。一方の二人は特段変わった服装をしておらず、メルに至っては部屋着のようだ。こうしているとまるで親子だ。俺も含めて、だろうか。実家でも家族だけの誕生祝いの際、母だけが整えており、俺達は部屋着で苦言を呈された覚えがある。誕生日当日でないお祝いという点も実家と同じだ。当日は客人を招くため、家族だけのお祝いは別日になっていたのだ。そうするとファルクスが父でメルが息子ということになるか。これ以上は考えないでおこう。

 ミールウスも遅れて到着した。手には何も持っていないが、贈り物は誰かに預けたのだろうか。何か用意するつもりだと聞いているが、ここには見えない。何より彼の姿が目を惹く。翼を片付けている今の状態でも存在感を隠せていない。ヴェルート王国で引く手数多だったことにも納得だ。今も同じ紅のシャツなのにメルとは大きく異なる雰囲気に仕上がっている。メルは純粋な少年、ミールウスは怪しい大人だ。同じような服でも身に纏う人でここまで雰囲気が変わるなんて面白い。俺もミールウスに誑かされないよう気を付けよう。母は一度誑かされたことがあるのだ。

 俺の警戒心に気付いたのか、ミールウスは俺に微笑み、続いてメルに祝いの言葉を掛けた。メルは特に何も感じないようで、純粋に言葉を受け取っている。

「俺からの贈り物は食後を楽しみにしてて。好きな物を用意したから。」

 お菓子か何かだろうか。ミールウスの言葉に俺まで楽しみになってくる。中身は出てくるまでのお預けだ。ラクエウスも使用人達を引き連れ、食事の用意が始められた。彼もメルへの祝いの言葉を述べ、早速贈り物をしている。しかしそれはリボンの掛けられた本であり、内容は礼儀作法に関する物。つまり勉強の本だ。メルも受け取ってすぐそれに気付き、苦い顔をしている。それでもお礼を言うのだから良い子だ。

 今なら俺の贈り物も渡しやすい。そうメルのために刺した刺繍のハンカチを取り出す。竜の翼を象った刺繍と炎のような柄に気付いてくれるだろうか。

「ありがとう!ファル達からも聞いてたんだよ。これならちゃんと持ち歩けそう。」

 人型で出掛ける時には持ち歩くよう言われているが、よく忘れるらしい。何か口実があればまたメルには刺繍のハンカチを贈ってあげよう。しっかり見て浮かべる嬉しそうな笑みがこちらのことも喜ばせてくれる。これは俺かと聞いてくるところも可愛い弟のようだ。メルの翼を象っている。それが十分伝わっているようで安心だ。俺の刺繍の腕も少し上がったようだ。

 贈り物が終われば昼食が始まる。並べられた食卓は肉中心のご馳走だ。メルの好きな新鮮な肉も俺達が食べやすい焼かれた肉も並んでいる。ハーブの飾り付けも食欲を刺激してくれる。複雑なソースより素材の味中心のご馳走は食べ応えがあり、それでいて重くならないよう添えられた野菜が口も休ませてくれる。食事が一段落すればミールウスが入手したという果物が出された。よく冷えたそれは甘いだけでない濃厚さを持っており、デザートというには食べ応えがありすぎる。しかしこれがメルのお気に入りのようで、とても喜んでいた。俺の何倍食べたのかと思うほど入っているはずの胃にまだ入る余地があるのか。その果実も食べ終えれば満足そうに口を拭った。

 食後のお茶の時間も今日はみんなで一緒に過ごす。こういう時間は珍しい。食事も皆で取ることは少ない。俺とファルクスはいつも同じだが、他は休日をずらすこともあり、そもそも仕事で屋敷にいないことも多い。なんだか新鮮な気分だ。

「フラール、人間の母親ってどんな感じなんだ?だいぶ違うって父さんから聞いたんだけど。」

 メルは母親が竜、父親が竜化した人間だ。ファルクスとミールウス、ラクエウスも協力して育てたと聞いている。親が毎日会いに来ていたという話のため、生活の拠点はこの屋敷だったのだろう。俺の感覚ではファルクスのほうが父親的になりそうだ。ただ、ヴェルート王国の貴族も親とは半年に一回しか会わない家もある。普段は乳母が世話をしてくれる。そう考えると毎日会いに来る親は人間の中にもいるくらいのものか。

 人間の母親全般については分からないが、俺の母親については答えられる。ただ、周囲の評判やしていたことを考えると、おそらく個性的な部類に入る。人間の母親とはどんなものかという質問への回答としては適切でないかもしれない。

「じゃあフラールの母さんについて教えてよ。どんな風に過ごした?」

 俺の思い出を語っていく。魔王国に人間は少ないため、メルも興味があるのだろう。俺のことを知ろうとしてくれているのだろうか。母も今の俺のような服装をし、日々仕事や勉学に励み、合間に俺達子どもの相手をしてくれていた。茶会や夜会に参加することも夫人の仕事。夜会は夫婦で参加するが、茶会は女性のみのことも多い。そこで得られる情報も重要であり、よく父と母は相談をしていた。父は茶会に出掛ける母を見送りながら、着飾るのも仕事のうちだ、彼女の情報があるから領地の平穏を守れるのだとよく言っていた。騎士学校でも茶会で遊んでいると思っているような発言をする貴族の子息はいたため、俺達がそうならないようにとの教育の一環だったのだろう。

 勉強を抜け出した時の仕置の話もしようか。女装させられ、令嬢教育をさせられた時のことだ。それが今こうして役に立ち、女装自体への忌避感も薄れている。不思議なものだ。女装しなくて良いと言われている時間すら女装するようになっている。俺が好んでいるというより、これはファルクスに歩み寄る気持ちを表現しているだけだ。ただ夫婦として振る舞うつもりがあると見せているだけ。メルも父か兄のようなファルクスの妻という立場の俺と接するなら、女装していたほうが分かりやすいだろう。初対面の時にはファルクスが行動で自分の妻だと示したのだ。そのくらい幼い部分がある前提で、俺も妻に見えやすい態度を取ろうとしている。

「ちょっとやってみてよ。フラールの母親のやってたこと。どんな格好で何してたんだ?」

「ラーナさんの若い頃なら俺も知ってるから、教えられるよ。」

 母親の演技をしろと言うのか。メルの純粋な好奇心は許そう。問題はそれに便乗したミールウスだ。一体何をさせられるか分からない。母の若い頃が読めないせいもある。ミールウスと付き合っていた頃の母の話など聞きたくない気持ちもある。よく似ているなんて言われても嬉しくない。

 着替える必要はないだろうと抵抗し、俺に出来そうな母の真似を考える。この状況なら所作だろうか。俺は母から令嬢教育を受けている。意識して茶を飲んでみるが、メルの知りたかったことではなさそうだ。母は領地経営の話を父としていたが、俺はまだファルクスとそうした話をしていない。魔王国における常識やファルクスの領地の現状を習っているところだ。まだ実際の経営の話をできるほどの知識が俺にない。茶をしている時は、俺達が成長してからはいつも隣に座っていた。しかし既にファルクスと隣同士に座っている以上、これから真似をするというものでもない。第一、夫婦なら隣に座るものだろう。俺の母の真似にならない。子どもの前では濃厚な触れ合いを俺の両親もしていなかったため、子どものような立場になるメルの前でそれを真似するのも違う。以前二人で茶会だと言っているのにその庭を覗き見し、悪いことをした気分になったのだ。

「そんなに難しい?」

「ラーナさんは触れ合うのが好きだと言っていたね。フラールもファルクスに甘えてみたら?きっと似たような感じになるよ。」

 やはりミールウスの発言の真偽は分からない。俺が葛藤するところを見て面白がっているだけではないか。少なくとも両親は成長した子どもの前でも過剰な触れ合いをしなかった。そう反論しているのにファルクスは俺に手を伸ばす。少し触れる程度なら許すが、口付けは許さない。俺の視線の強さの気付いたのか、ファルクスもそれ以上の接触を控えた。それで良い。俺から譲歩や寄り添うつもりがあったとしても、何でもかんでも受け入れるわけではないのだ。

 ラクエウスも微笑んでおり、ミールウスも楽しそうだ。少々遊ばれているような気もするが、今は追求しない。メルの誕生祝いなのだ。他に良い真似も思いつかないため、ファルクスの太腿に腰掛ける。母も新婚の頃はこうしていたかもしれない。そういうことにしておこう。ファルクスもこれに乗ってか俺の下腹部を撫でる。それをするのは妊娠中の妻に対してではないだろうか。俺が妊娠することはない。これは現実にならない未来だ。

「俺の母さんも妊娠中はそうなってた?」

「竜なら事情が変わってくる。卵を産むまでは竜形態で過ごすようにされていた。卵を産んでからはこちらに預けて毎日通う形にされていたな。それは俺のことを心配してくださったからでもあるが。」

 妻を亡くして何十年も沈んでいたファルクスに我が子を預けることで、立ち直ってもらおうという行動だったらしい。巨体の竜の腹を撫でるのは難しいだろう。しかし卵を産んでからは大切に魔力を送り込んでいたこともファルクスは語って聞かせる。ファルクスやラクエウス、ミールウス、当然ではあるがメルの父親も卵に魔力を送り込んでいた。そのくらい竜の孵化には大量の魔力が必要とされる。だから数が少ないのだろう。

 メルが生まれた頃のことをファルクスとラクエウスは楽しそうに話してくれる。ミールウスは少し苦労が大きかったようだ。魔人にとっては竜に魔力を注ぐこともさほどではなかったようだが、鳥人のミールウスにとっては負担が大きかったそうだ。メルもその頃のことをあまり聞いてはいなかったのか、興味深そうだ。俺も興味がある。もっととせがみ、昼食から続く茶会の時間はまだまだ続きそうだった。

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