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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
魔王国編

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完成した刺繍

 ラパーチェとファルクスの協力のおかげで、ラクエウスに気付かれることなく刺繍が完成した。まずはファルクスに贈る用だが、これだって気付かれれば次は自分かと勘付かれかねない。一つ目の難題を乗り越えたと言って良いだろう。ラパーチェにもお墨付きをもらい、今夜ファルクスに見せるのだ。

 午後の勉強も済ませ、夕食終わりに自室へと向かう。鼻歌交じりに手を繋げば、笑われてしまった。今日は刺繍が完成したのだ。早く見てほしいと足取りも軽くなる。半ば引っ張るように部屋に戻り、隠していた刺繍のハンカチを取り出した。作成途中をファルクスは見ている物になるため完成状態も想像できるだろう。それでも完成してからは初めて見せる。気に入ってもらえるだろうか。

 俺の渡した刺繍をじっくりと眺め、ファルクスは線の一本一本を指でなぞる。優しい指使いで、俺の手を労るように撫でている時にも似て見えた。その刺繍は上手くできただろうか。ラパーチェからは上手だと褒めてもらえたが、不安は拭えない。

「素敵な刺繍だ。ありがとう。これはお前と俺のイメージか?自ら寄り添ってくれているようで嬉しいな。」

 何を言えば良いのだろう。黒い糸なのはファルクスの色のように感じたからで、鋭い葉はファルクス、花は俺と考えてのものだ。その点は正解なのだが、寄り添うつもりで作ったわけではない。落ち着かない気分だ。夫婦としての活動はある。王子の妻になったのだからそこは了承している。ただそれ以上の意味がファルクスの言葉には込められているような気がした。

 本当に体を寄せればどんな反応をするのだろう。徐々に本物の夫婦に近づいていくのだろうか。本物の夫婦とはどのような状態なのだろう。貴族の家で子のない夫婦はあまり見ない。生まれなかったとしても、特に爵位を持っている場合は養子を迎える。相棒だとは聞いたことがあるが、実務への協力が夫婦なのだろうか。しかし外向きの態度などいくらでも取り繕える。現状の俺達がそうなのだ。

「難しく考えなくて良い。少しずつ感じ取るものだ。俺達にはまだ何百年も時間があるのだからな。」

 余裕の態度で預けた体重を受け止められた。愛情を伴った夫婦の話だって聞いたことがある。しかし恋人付き合いすらできたことのない俺には難しい。そもそも女性相手を想定していたのに、男性相手に愛情を伴った夫婦になるなんてどう考えれば良いのか。一部行動は真似できても、そこに心が伴っているのかなんて分からない。胸を焦がすような想いなんてこの胸に生まれるのだろうか。

 触れ合いを増やせば何か分かるかもしれない。そんな誘導じみた言葉だってどこまで信じて良いものか。単にファルクスが触れ合いたいだけではないのか。それとも応じることで分かっていくようになるものなのだろうか。拒む必要も特にないため共に入浴し、触れ合いを増やす一環として互いに洗い合う。両親もこうして共に入浴し、体を清めていたのだろうか。母は湯上がりの手入れが重要と言い、侍女に手入れを任せていた記憶がある。今の俺とは異なりそうだ。湯上がりの手入れもファルクスがしているが、令嬢としての演技を始めた際は侍女がしてくれていた。侍女がするようなことを王子にさせている。ヴェルート王国に知られればとんでもないことになりそうだ。

「お前も侍女がするようなことをしてくれているだろう?お互い様だ。何も問題はない。ヴェルート王国の侍女に範囲外の仕事をさせているわけではないからな。」

 風呂から上がり、寛ぎの時間を過ごす。ほかほかと暖まった体で、まだ眠気が訪れるには早い時間。互いの進捗を話すのも、思い出話をするのも良いが、今はまだしたいことがある。ラクエウスに贈る刺繍を考えたいのだ。

 ラクエウスもファルクスと変わらない年齢に見える男性だ。少し背は高く、細身で、ファルクスよりも戦闘はできなさそうに見える。その代わり知的な雰囲気が強く、魔力の流れを追いやすくなる眼鏡を掛けている。目はファルクスと同じ漆黒だが髪は灰色だ。ファルクスより存在感が薄いと言うと失礼かもしれないが、どこにいても見つけられるような圧も、目を惹くような格好良さもない。植物なら枯れ葉を思いついてしまうため、刺繍にはしにくい。贈り物としても適切でないだろう。

「戦闘が不得手という話は俺も聞いている。あくまで魔人基準だがな。人間の兵士程度なら相手できる実力はある。」

 戦うより書類仕事をする人だ。刺繍の糸は灰色にしよう。落ち着いた事務仕事の人の雰囲気が乗せられそうだ。柄は柔らかい雰囲気も残したいが、知的な雰囲気も乗せたい。優しいだけの人ではないのだ。薔薇の葉が似合うだろうか。花ほどの華やかさは感じない。一つの隅にだけ薔薇の葉を数枚刺繍する。想像した範疇ではなかなか良さそうな雰囲気だ。

 そうと決まれば絵にしていく。明日これを見せてラパーチェに微調整してもらうのだ。薔薇の葉と灰色の糸という点は変えずに、良い配置や葉の枚数、大きさを一緒に考えてくれる。灰色も濃い灰色にするのか薄い灰色にするのか、少し他の色を混ぜるのかなど考えることは多い。

「完成が楽しみだな。だが、今夜はもう休もう。寝る前に細かな作業に集中すると眠れなくなるぞ?」

 子どもではないのだ。そこまで気にしてもらう必要はないが、素直に忠告を受け取り、今夜の作業はここまでとする。目を瞑って話す時間だって悪くない。ファルクスも昼間は書類を確認しているため、目を休めながらの会話は好きなのかもしれない。俺を見ていることも多いが、細かな字を見るわけではないため、十分休まるのだろう。

 寝台に並んで寝転び、小さな会話の時間。ここでは特別なことなど話さない。次に出掛けるならどこに行こうか、何を着ていこうか、何を食べようか、どんな風景を見ようか。そんな空想に近いお話だ。している間に寝落ちしてしまうのもいつものこと。互いに覚えていなくても良いことだけを話す。低すぎないが深く甘い声がきっと睡眠を促しているのだ。だからいつも俺が先に眠ってしまうだけ。たまにはと気合を入れても先に眠ってしまい、翌朝寝顔を見られている。それを嬉しそうに言うのだからファルクスの考えることは分からない。今日も見たいなら見れば良いと目を閉じた。


 日常が始まり、ラクエウスとの勉強の時間を過ごす。彼も一緒のお茶の時間にはラパーチェに相談できないため、今日は午後の授業の終わりまで待つこととなった。この調子では完成も遅くなるかもしれない。そう思いつつの作業の開始ではあったが、手も慣れてきたのか順調に作業は進められていった。

 夏も近づく頃にはラクエウスに贈る刺繍も完成し、渡せる状態になった。彼の誕生日は随分過ぎてしまっているが、喜んでくれるだろうか。朝一番の授業の前に刺繍を施したハンカチを取り出す。白いリボンも掛けたそれをラクエウスに差し出した。

「これを私に?ありがとうございます、奥様。まさか私にまで頂けるとは思ってもみませんでした。ファルクス殿下が嬉しそうに使われていたので、刺繍を嗜んでいらっしゃることは知っていたのですが。」

 喜んでくれたことは嬉しい。しかしファルクスは何をしているのか。俺がどれだけラクエウスにバレないよう慎重にしていたのか知らないのか。確かに刺繍自体を隠すように伝えたことはない。俺がラクエウスへの贈り物を作っていることを隠したいと話しただけだ。ファルクスにだけ贈り物をしても不自然ではない。もっとはっきりと口止めや隠すことへの協力要請をしておくべきだった。

 今更気付いてももう遅い。後でファルクスには少しだけ愚痴を言おう。幸いラクエウスは自分が貰えると期待していたわけではなく、誕生日が過ぎていることは気にしていなかった。それなら俺も少し愚痴を言うだけに留めよう。そう心の中で決めている間にラクエウスは刺繍を褒めてくれていた。糸の色は最終的に銀に決定した。角度によって光って見えるその糸が薔薇の葉を象る。自分で見ても納得できる完成品はラクエウスも気に入ってくれたようだ。しかしその後に続くファルクスに贈った刺繍に関しては不思議なことを言われた。

「ハンカチの中でも寄り添うような柄にするなんて可愛らしいですね。」

 寄り添うような柄。それは花と葉を並べて刺繍したことを指しているのだろう。俺としては色も合わせて、そして俺からファルクスに贈った事実を以て、ようやくその隠した部分が推測できるだろうとの読みだった。それを確信に変えるなら俺とファルクスの二人の時間を見ている必要がある。もちろんラクエウスは覗き見なんてしていないはずだ。

 ラクエウスは俺を見て微笑んでいた。今日ばかりはいつもの厳しさが鳴りを潜めている。よくお似合いですという言葉も分からないふりをしたい。改めて服を選ぶ、贈るということもあるが、基本的に俺の服は全てファルクスが選んで用意しているものだ。それは女物に限らず男物でも同じだ。俺の趣味を考慮してか、可愛い物ばかりではない。特に男物は格好良い物も含まれている。今日は贈り物をするからと女装にした。可愛らしい刺繍の贈り物をするなら妻らしい格好に、と思ったのだ。上手く渡せたという報告をファルクスにする時も女装のほうが甘えやすい。令嬢なら夫に甘えるものだろう。母親のそうした姿は見たことがないが、きっと我が子の前では隠すものなのだ。

「必死に言い訳して甘えようとしていることもファルクス殿下にお伝えしますね。きっとお喜びになりますよ。」

 内緒にしてほしい。俺なりに妻として行動しようとしているだけで、甘えたいから甘えているわけではない。そんなことをファルクスに伝えれば急激に距離を詰められかねない。まだそこまで心の準備はできていない。今もなるべく応えようと思って譲歩しているのだ。これ以上は難しい。ただファルクスも譲歩してくれているのだからこちらも努力しようとしているだけだ。ヴェルート王国のフラウ・フィブラという令嬢を娶ったという形式を確実なものにするなら、ここでもフラウと呼び、女装させ、ふいの瞬間にフラールの名前が出て来ないようにすべきなのだ。侍女や使用人も間違えないよう、違和感を与えないよう、女装の姿を当たり前にする。それが確実だ。それをしない理由はファルクスが俺と人としての信頼関係を築こうとしてくれているから。そして俺に無理をさせないという思いやりからだ。

 必死に言い募り、はっとラクエウスを見ればやはり微笑ましいものを見るように俺を見ていた。咄嗟に違うと言っても何が違うのか問われれば答えられない。恋のお話をしている少女のような扱いをされている。俺はそんな話をしているのではなく、俺に女装させない利益はないのにファルクスがその自由を残してくれているという話をしている。

「奥様が楽しそうで何よりです。半ば攫ってきたようなものだとお聞きしておりますし、気に掛けるよう指示もあったのです。」

 ファルクスはそんなことを言っていたのか。この点も後でお礼を言おう。女装も随分慣れ、揶揄してくる人間のいない環境なら抵抗もなくなった。気恥ずかしくはあるが、本気で褒められるのは悪くない。

 贈り物が終わればいつもの勉強の時間だ。妻として動くために必要な勉強ではあるが、無理のない日程を組んでくれている。その午前の勉強が終わればファルクスとの昼食の時間。今日はラクエウスも一緒だ。俺としてはまずラクエウスに無事刺繍を渡せたと報告したい。着席するや否や報告を始めた。ラクエウスもその刺繍を見せ、渡した時の俺の様子まで教えてしまう。宣言通り、ファルクスに関して話したことまで報告してしまった。

「それは嬉しいな。もう少し関係を進めても良さそうだな。」

 これ以上どう進めるのだろう。既に夫婦として行動している。ファルクスの妻として幾つかの村にも行ったのだ。他の村にも行くのだろうか。領地経営に深く関わるのだろうか。確かにその点は少しだけ学んでいるが、まだ十分とは言えない。実家でも兄に万一のことが遭った場合に備えて領地経営を学んでいたが、ファルクスの領地に関する知識が不足している。少なくとも各地の代表者との挨拶は済ませてからでなければならないだろう。

 またラクエウスは生暖かい目で俺を見ている。ファルクスの視線も熱い。実務的な話ではないのだろう。そうだとしても既に共に入浴しており、互いにマッサージまで行い、同じ寝台に眠っている。朝晩の挨拶に口付けも交わしており、これ以上深めようがない。内面の問題と言われても、それこそ関係を進めるという意識で変わるものでもないだろう。

「そういうことにしておこう。まだ結婚して一年に満たないからな。早かったようだ。」

 世間的にも新婚と言われる期間だ。世襲なら子作り云々を言われるが、魔王は世襲でなく、この領地の跡継ぎも考えなくて良い。そもそも子が欲しいなら同性を妻には迎えない。必要以上に親密になる必要はない。外向きに仲睦まじい夫婦に見せかけられれば良いだけだ。それはそれとして実際に友好的な関係を維持できたほうが生活はしやすい。彼の好意を無下にする必要がない。良くしてもらったならお返ししたいと思うのも自然なことだ。

 微笑みを湛えたファルクスの視線を感じ、何の言い訳をしているのだろうと気付く。親しくするのは構わないが、関係を進めるの具体的な内容を聞かないうちは頷けない。そう締め、食事に集中した。

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