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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
魔王国編

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忘れていたお祝い

 本当に何もなくファルクスの誕生日を終え、勉強の日々が戻ってくる。その中でふと大事なことを忘れていたと思い出した。ラクエウスの誕生日だ。忘れてしまったとの話のため、ファルクスと同時に簡単なお祝いをしていると聞いていたのに、俺は何もしていない。ファルクスの用意した服を着て一日過ごしただけだ。ラパーチェに相談してもそもそもご自分の誕生日を気にする方ではないという慰めだけで、どう埋め合わせるかの参考になるような情報は貰えなかった。それは分かっているのだ。誕生日を忘れたと言って、今まではファルクスの誕生日のついでに済ませていた人だと言うのだから。それでも日頃様々なことを教えていただいているのだ。何かお返しをしたい。

 解決策も見つからないまま、お茶の時間にメルもやってきた。ファルクスは一日俺と過ごしていたためラクエウスに当日何もできていないと知っているが、メルは何かしたのだろうか。

「俺はちょっとプレゼントだけ。その他は静かに離れてくれれば良いっていう冷たいこと言われたから何もしてやってない。」

 少々拗ねた様子だ。ラクエウスも今年の誕生日は静かに過ごしたかったのかもしれない。例年はメルもファルクスと一緒に過ごしていたのだろうか。それなら悪いことをした。昨日は一日俺がファルクスを独り占めしてしまった。こうなると分かっていたからファルクスは二人のお茶の時間にメルも呼んだのだろうか。

 何か贈り物をする。ラクエウスが個人的に好む物についてはあまり知らない。俺が勉強し、その成果を披露すると喜んでくれるが、あれは教師としての喜びだろう。個人的な好みに関してはやはりファルクスが詳しいか。例年何をしていたのだろう。

「日頃の感謝を伝えているな。それと今年はペンとインクのセットを贈った。欲しい物を聞いていたこともあるが、それこそ年齢一桁の頃くらいしかまともに答えてもらえていないな。」

 今年も贈り物をしている。いつ渡したのだろう。一昨日か、今日か。それとも昨日渡すよう誰かに預けていたのだろうか。これでは俺だけ何もできていないではないか。ラクエウスの好みが分からない。実用品が良いだろうか。必要な物は全て購入できるだろうが、その上で邪魔にならず、俺から贈れる物。難しいことだ。お菓子類は結局料理人が用意するため、俺からの贈り物という気分にならない。俺も菓子など作ったことがないため難しい。何か買って来ようか。お菓子か、ハンカチか何か。なるべく早く、そしてラクエウスに見つからないように用意したい。今から慌てて用意しているところなど見つかったら、忘れていたと白状するようなものではないか。いつ渡すか迷っていただけということにしたい。

 少しずるいだろうかと思いつつ、素早く用意できて、渡す機会を窺っていたふりをできる贈り物がしたいと結論を纏める。すると案の定と言うべきか、ファルクスには呆れた顔をされた。

「俺の誕生日に夢中で忘れていたと言えば良い。実際そうなのだろう?」

 言い方に問題がある。それでは結婚後初めての誕生日で浮かれていたように聞こえるではないか。何を着せられるのか身構えていただけだ。外出着より少し露出度が高いだけで、昼間の服装はさほど身構える必要のない物だった。夜の服のことは忘れよう。

 ファルクスのせいにして忘れてしまったことにするなら、贈り物の用意にもう少し時間が確保できる。貴族の夫人と考えるなら刺繍などを施したハンカチがまず思いつくが、俺は刺繍が得意ではない。令嬢教育の一環として練習する時間もほぼなかった。

「半年後でも構わない。ただ、ラクエウスより先に俺への贈り物を作ってくれないか?お前の初めての刺繍は俺が欲しい。」

 涼しい顔でさらりと発言するが、その目は冗談を言っている風ではない。初めての刺繍の贈り物よりある程度経験してからのほうが美しい物を作れる。それでも良いのならこれから刺す刺繍はファルクスに贈ろう。定番はハンカチだ。小さな物なら俺でもすぐ完成させられるだろう。二人分完成させるのにきっと半年も要らない。ファルクスの分を作っている時もラクエウスには見られないようにしよう。そうなるとラクエウスとの勉強の合間に刺すことは難しい。こうしたお茶の時間には席を外すことも多いが、ファルクスには見られてしまう。そちらは諦めようか。寝る前に刺すにしても彼には見られるのだ。

 柄は何が良いだろう。多様な種族の住まう地を治めている領主であり、竜の主でもある。しかし複雑な物など俺が刺繍できない。王家の紋章でもあれば良いのだが、そうした物は目にしていない。本当はあったりしないだろうか。

「ないな。今から家紋を作っても構わないが、どうする?」

 それは何か違う気がする。結局考えることにもなる。黒い糸で刺すことは決まりとして、何の柄にするかが問題だ。ファルクスは花のイメージではないが、鳥でもない。もっと落ち着いた、重さのある印象だ。俺への態度は軟派なこともあるが、他にそのような態度を取っているところは見たことがない。植物なら針葉樹のほうが似合いそうだ。ミールウスのような羽が生えていたら似合うだろうか。もっと光を吸い込む漆黒のほうが似合いそうではあるが、それがファルクスらしいとは感じない。俺の紋章でもあればそれを刻んでやったのに、それもない。フィブラ家の家紋はあるが、それをファルクスに持ち歩いてほしいとは思わない。

 ファルクスを象徴する模様と、俺を象徴する模様。それらを並べよう。俺はどのように見えているのだろう。小花の柄をよく勧められる気がする。誕生日にファルクスが着てほしいと言った服も小花の刺繍が施され、髪飾りも腰のリボン飾りも黒い花だった。花と尖った葉を並べて刺繍しようか。

「良いんじゃないか?完成が楽しみだ。」

 そうと決まれば早速ラパーチェに頼んで生地と糸、針など刺繍に必要な物を用意してもらおう。ラクエウスには内緒だ。見つからないように気をつけるよう伝えることも忘れられない。メルも羨ましそうにしているため、彼の誕生日にも何か刺して贈ることにしよう。今はファルクスのための物に集中する。

 相談している間に休憩時間は終わり、それぞれ仕事や勉強に戻る。俺はラクエウスとの勉強だ。しっかり集中し、刺繍のことを考えない。今は広い領地の各地を治める代官について勉強中だ。定期的な報告もあり、その報告書の運搬には鳥人も活躍している。それはミールウスの仕事でもあるらしい。ファルクス直属の部下が向かうことで圧力を掛ける意味もあるとか。ちょっとした相談事をしやすくする効果もあるとラクエウスは教えてくれた。

 勉強の時間が終わればラクエウスは帰っていく。ここからはラパーチェとの時間だ。簡単に令嬢としての動きを復習し、日々の手入れを行っているか確認する。風呂上がりのマッサージなどはファルクスがしてくれているため、こうして確かめられるのだ。たまに正しく行えているかの確認をする日もある。

「殿下から聞きましたよ。ほとんど裸のマッサージは平気なのに、あの夜着は恥じらっていて愛らしかったと。」

 ラパーチェから俺に関する報告がされていることも知っている。その時に会話することもあるだろう。しかし、わざわざあんな格好をしていた時のことを話さなくたって良いではないか。俺が着たくて着たわけでもない。ファルクスが言うから着てあげただけだ。そんな反論も訳知り顔の笑みに流される。俺の母親のような年齢の彼女からすれば、若い人の可愛い恋のお話に聞こえるのだろうか。ファルクスは彼女の祖父が生きていたとしてもそれ以上の年齢になるが、そこは意識しないのだろう。外見上はラパーチェよりも若い。

 ここから夕食までの間に少しでも刺繍を進める。今日はまず柄の相談だ。今のところ黒い糸で鋭い葉と花と考えている。ファルクスと俺から連想した図案だ。簡単な絵を描き、蔦も加えようかと思案する。ハンカチの縁取りのようにするのか、それは過剰なのか。あまり柄が多いと彼が使っている想像は難しい。控えめにしようか。

「小さな柄から練習しましょう。そこから増やせるかどうかを考えてみても良いと思います。」

 それもそうだ。最初は葉から。ラパーチェにどういう順番で刺せば良いかという助言をもらう。基本の動きも教わり、縫うように針を刺していく。元々不器用ではないのだ。やり方が分かれば難しいことはない。度々確認してもらい、作業が進んでいく。こうして見ると糸の締め具合が最初と最後では変わっている。これが慣れか。まだ練習用も完成していないが、この調子ならすぐに本番に入れそうだ。

 順調な出だしを実感し、夕食の時間になる。ファルクスにも良い報告ができる。一日仕事お疲れ様と労えば、俺にも勉強お疲れ様と労ってくれる。刺繍のことは食後で良いだろう。食後も作業を続けるつもりなのだ。まずはラパーチェから夜着に関する感想を伝えられた件から聞きたい。ほとんど裸のマッサージをしていることも、あの夜着に恥じらっていたことも、何故ラパーチェに伝えてしまったのだろう。あんなものは夫婦の秘密にすることだ。それが当然と思っていたから口止めすらしていなかった。

「すまないな。今後は控えよう。女性相手だからと確認を怠った。」

 異性相手なら良いとなる理由も分からないが、今回は俺も口止めを忘れていたから強く咎めるつもりはない。次からは言わないでというお願いだけだ。俺だってファルクスのマッサージをした感想など他の人に話していない。それは俺が言われたくないからだが、彼は気にしないのだろうか。

「面と向かってはなかなか言い辛いようだからな。他を介してでもどう感じているのか聞ければそれで良い。」

 分からないでもないが、知られる気恥ずかしさのほうが強い。ファルクスは面と向かって言ってくれるが、それ以外でも言っているなら聞きたい気持ちもある。そちらのほうがより本音に聞こえて、気になるのだ。聞いた結果聞かなければ良かったと思うことも、今回のように他には言わないでほしいと思うこともあるが、それでも聞きたくなる。だからといって今後も他に話して良いわけではないと繰り返し、話題を変えた。食事中に追求したい話ではない。

 食事を終えれば自室で寛ぎの時間だ。今日からは刺繍の時間にもなる。ファルクスとお喋りをしながらの作業だ。ある程度やり方は分かったため、話しながらでも刺繍はできる。まだ練習用の物だが、最初にしてはなかなか良い出来だろう。

「ああ、綺麗だ。剣を握る手でこんなにも繊細な物が作れるのだな。」

 不思議そうに俺の指をなぞった。二百年生きていても刺繍や裁縫の経験はないらしい。それもそうか。生まれた時から王族なら、そうしたものは使用人のすることになる。特別興味があるならするかもしれないという程度。令嬢なら刺繍や手芸か楽器を嗜んでいる人も多いが、それもヴェルート王国では、という話だ。騎士の女性達はそれらを習う時間で剣や魔術を学んでいるため、嗜んでいない人が多かった。

 手を返してもらい、刺繍を続ける。一針一針通していくだけなのに視線を感じる。そんなにも興味深いだろうか。ファルクスもお母様との関係は良好そうだった。彼のお母様は刺繍をしない方なのだろうか。似合いそうな雰囲気ではあったが、それと実際にするかどうかは別問題だ。俺だって見た目の印象など女装している時としていない時で全く異なったものになる。

「幼い頃は見ていたが、その頃も魔法のようだと思っていたよ。自分では上手くできなくてすぐ飽きてしまったがな。」

 子どもの頃は緻密な動きが難しい。それはファルクスも同じだった。今の印象からはできないことなど何もなさそうに思えるが、そんなことはなかった。刺繍が魔法なら編み物だって同じだろう。平民の女の子からはマフラーやセーターを編んで贈ることも定番だと聞いたことがあるが、それも喜んでくれるだろうか。今年の冬までにできるかどうか。まずは刺繍を完成させてから考えよう。ファルクスの分、ラクエウスの分、メルの分、ミールウスの分、ラパーチェの分。五人分になると冬までに完成するか怪しい。編み物は来年になるかもしれない。

 隣に座っているファルクスは俺の少し伸びた髪を弄ぶ。十分な手入れがされており、毛先も切り揃えられているため美しく維持されている。軽く口付けもされるが、髪にならあまり気にならない。彼も刺繍の邪魔にならないように気を遣ってくれているのだろう。刺繍を贈る以上に何かお礼をしよう。彼は触れ合いを好むため、日頃から触れてくることが多い。たまには俺から触れるよう意識しよう。今からするなら寝る前の口付けか。朝の口付けもお茶の時間の触れ合いも可能だ。明日からはそれも頑張ろう。俺が妻なのだから、外でも自然に振る舞えるようになりたい。

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