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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
魔王国編

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夫の誕生日

 ファルクスは俺の誕生日に、事前に言っていた通りご馳走を用意してくれていた。満足のいく食事に、デザートまで付いていた。眠る時も穏やかに、何らの悪戯もなく朝を迎えられた。馬を走らせるのも楽しかった。二人乗りも悪くなかった。俺のためにあれだけ用意し、自分の時間も作ってくれたのだ。彼の誕生日にはそれに見合ったお礼をしたい。心の準備と密かな計画を手に、彼の誕生日当日を迎える。

 朝の目覚めはいつもファルクスからの口付けだ。今日は俺からしてあげよう。何が良いのか分からないが、頬に返した時ですら喜んでいたのだから、唇にすれば一層喜ぶだろう。ちょんと触れただけなのに、しっとりと口付けられる。朝から何をしているのだろう。もう魔人化も十分進んでおり、魔力を与えてもらう必要も薄れている。それでもこの習慣は続けられていた。

 ファルクスの魔力で上がった体温を抱え、着替えに移る。今日は彼の選んだ服を着る予定だ。今日のために用意していたようで、迷わずこれと差し出される。少し見ただけで涼しそうな服装であることが分かった。着替えの手伝いも侍女が来ることはなく、そのままファルクスが手伝ってくれようとしている。ただ、手にとってみれば、この服は手伝いを必要としないブラウスとスカートだった。そう言って断るのに、服をファルクスの背後に置かれてしまった。近寄れば寝間着に手を掛けられる。今日は二人とも一日休みではあるが、朝から戯れる気はない。夜でもこうした戯れはお断りだ。そんな俺の苦言も無視、軽い抵抗も簡単にいなし、脱がしてくる。特別なことではなく普通のことをしているといった雰囲気が逆に恐ろしい。うっかりこのまま手伝ってもらう気になってしまいそうだ。

「着替えるだけで大騒ぎだな、お前は。」

 誰のせいだと思っているのか。一度全裸にする必要などどこにもない。それなのに脱がされ、入浴時にも見ただろう裸体を眺められる。自分が乙女になった気分だ。体が冷える前にと優しさを装って服を着せてくれるが、そもそも眺めている時間がなければ冷える心配もなかった。これは優しさのふりをして欲望を満たしているだけだ。俺は騙されない。

 繊細なレースに黒い花の刺繍の入ったブラウス。当然下半身を隠すだけの丈はなく、袖すら半袖と短い。早く着せろと言ってもまるで動じる様子がない。ひらりと見せるように取り出す下着は黒いレースの物で、妖艶な女性が履いていそうな代物だ。そんな物を俺に着せてどうしたいのかさっぱり分からない。その上、下着なんてどうせこの後履くスカートで隠れてしまうのだ。そこまで拘る必要性も感じない。まだ夜の下着のほうが理解できる。今日はファルクスの誕生日だからと仕方なく履けば、苦しくなく緩すぎず、しっかり俺専用に用意されたことまで分かってしまった。女物を用意したわけではなく、俺に合うように作らせている。少なくともこれを仕立てた服屋にはファルクスの趣味が露呈したわけだ。そんなことを考えても心は全く落ち着かず、黒いレースの下着に黒い刺繍のブラウスという格好を鑑賞される。本当に朝から良いご身分だ。

 次はスカート。腰元に比較的大きめの黒い花飾り、裾には小さな黒い花の刺繍、何より問題は深く入ったスリット。タイツもストッキングもズボンもない素足なのに、スカートには深いスリットが入っている。軽く歩くだけなら良いが、座る時には気を付けないと太腿まで露出してしまいそうだ。案の定ファルクスはスリットに手を突っ込み、俺の太腿を撫でている。まさか魔王国の王子が自分の伴侶に朝からこんなに不埒なことをしているなんて誰も想像しないだろう。ヴェルート王国で、特に俺が男だと知っている相手に言っても信じてもらえなさそうだ。

「今日は怒らないんだな。」

 ファルクスの誕生日だからだ。怒られると思っているのなら控えるべきだとは思うが、今日だけは許してやろう。少々露出度が高くなっていることも不問に付す。屋敷からは出ない予定になっているため、この格好でも許しているだけだ。屋敷から出るのに素足に深いスリットは許容できない。

 羽織る物は緩いカーディガン。これにも黒い刺繍が施されており、体が冷えないようにと言い添えられた。体の冷えを気にするなら半袖のブラウスも深いスリットのスカートも適切ではない。単純に彼が見たかっただけだろう。靴はどこだろうと探してみても、室内履きすら見当たらない。その間にファルクスは手早く自分の着替えを済ませている。いつもよりも緩い服装で、シャツにズボンと至って簡素な物だ。靴も室内履きのようではあるが庭程度なら出られそうな物で、全体的に休日の雰囲気が強い。俺には気合を入れて選んだだろう服を着せるのに、自分の服は気にしないらしい。

「俺の姫、お御足をくださいますか。」

 急にどうしたと問う間もなく、足を奪われる。丁寧でわざとらしい言葉は俺の隙を作るためだけのもので、行動は素早い。流れるような動作で俺の足の甲に口付け、寝台の下に隠されていた靴をさっと取り出された。俺の足に履かせられたそれはピタリと嵌ってしまい、やはり俺のためだけに誂えらせた物だと分からされる。踵が低く太い物であることも苦情を入れにくい一因だ。彼の趣味だけでなく、俺の歩きやすさも考慮して選ばれている。黒い小花飾りだって主張が強すぎず、この程度なら受け入れそうと思わされる。これが一人の女性に幸せだったと言わせた男の手腕なのか。なんだか負けた気分だ。

 寝室から出され、最後の仕上げと髪飾りを着けられる。これも黒い花の飾りで、鏡を見れば全身に黒のまぶされた俺がいた。そっと俺の体に手を添える彼の姿も自然な物で、振り払うことがむしろ不自然に思えてしまった。

「良い色気だ。俺の見立て通りだな。」

 反論の言葉すら上手く出て来ない。鏡を直視することもできず、するりとその腕から逃げるように部屋を出た。今から朝食なのだ。離れることは何ら不自然な動きではない。そのはずなのにファルクスは俺の内心を見透かしたように笑う。食堂まで案内するつもりのように手を繋ぎ、また満足そうにした。見るだけなら好きにさせてやろう。俺だってそこまで狭量ではない。

 毎日の美味しい朝食は何事もなく終わり、庭へ散歩に出る。廊下を歩く間も常に体のどこかが触れている。俺としてはいつ足に手が伸びてくるのか気が気でないが、今のところ朝のあの時間だけだ。庭は庭師の手入れのおかげで花満開で、どこを見ても目が楽しい。この庭はこの家の者しか入れず、今日は俺達が散歩するからと他の使用人にも立ち入りを控えるよう通達しているそうだ。つまり他に見られる危険はない。それは一安心、なのだろうか。見られないからと何かしようとしているわけではないと信じよう。ただ、見られないなら俺からも悪戯ができる。

 ファルクスは足が好きらしい。風呂場でも寝室でも触られている。今日も朝から手を伸ばしていた。この服も隙があればという選択だろう。深いスリットをひらりとさり気なく開いて見せ、体を寄せてみる。いつもは俺を見てくるのに、今だけはなぜか目線を外した。朝はあんなに見てきたのに、一体何なのだろう。よく見れば頬が赤い気がする。まさか俺に見惚れたのだろうか。度々俺が言われていることだ。赤くなって可愛い、と。今度は俺が言う番だ。声にも表情にも隠せない喜びを滲ませ、日頃言われていることを言い返す。非常に良い気分だ。

「どこでそんなことを覚えたんだ?全く、困った人だな。」

 困った人は普段のファルクスだろう。俺は結婚した時点で成人していた。貴族の子ならその手の教育だって受ける。俺は令嬢教育の一環、任務のためという名目で対男性の誘惑についても少し学んだ。こうした動きをしていても不思議はないだろう。

 庭を歩き花々を眺めつつ言葉を交わす。俺が屈んで葉に隠れた花を見せていると、ファルクスはボタンを一つ二つと外した。腕まくりもする。そうした仕草すら様になるなんて羨ましい限りだ。俺に関して色気云々言っていたが、それはむしろファルクスのほうだろう。俺が同じ動きをしても色気が出るとは思えない。俺も歩いたせいか熱くなってきた。カーディガンを脱げばそれもさっと受け取られる。侍女も傍にいない散歩なのに、それはファルクスが持ち歩いてくれるつもりなのだろうか。カーディガンくらい大した荷物ではなく、そもそも俺が着ていた物なのだから自分で持つつもりだった。これでは俺の誕生日に傅いてもらっているようではないか。

「俺がしたくてしていることだ。気にするな。好きなだけ眺めても良いのだろう?」

 少し落ち着かない気分だ。本物の夫婦のような時間にも感じられる。結婚しているという意味では本物の夫婦なのだが、実態を伴った夫婦という意味では偽りの夫婦だ。そのはずなのだが、形式上の関係だけではない。毎日口付け、同じ寝台に眠り、といまいち関係性が掴めない。対外的には夫婦で間違いないのだが、自分の中で名前が付けられない。俺がお母様のようになるのだろうか。数十年寄り添った後になる両親の姿は参考にしにくい。結婚直後から変わらなかったわけではないだろう。両親はどうやって今のようになったのだろうか。子どもがいる事実は大きいと聞く。その報告で会話が増えるらしい。メルはその場合の子どもと呼ぶには育ちすぎている。

 今日はファルクスの誕生日だ。難しいことを考える前に今日に集中しよう。恋しているわけではないが、ファルクスが俺を着飾ったり眺めたりしたいことは分かった。俺としても彼に応える気持ちはあるのだ。今日くらいは俺から口付けてあげよう。

「積極的だな。」

 嬉しそうに応えてくれた。お茶の時間を迎えてもそのご機嫌は維持されたままで、喜々として俺を太腿に座らせた。侍女も察したのか、スプーンが一つしか用意されない。生クリームの乗ったゼリーが菓子と出されているのもファルクスの企みだろうか。赤いゼリーに白い生クリームが食欲をそそる。

 目の前に菓子があるのにまだ手は出せない。茶を淹れてくれた侍女が静かに立ち去り、戯れの時間の再開だと言わんばかりにファルクスが俺に口付ける。触れるだけでないが浅い口付けが今日は多い。紅茶もどこかほのかに甘さを含んでいるように感じるが、これは花の香りのせいだろうか。ファルクスが手ずから食べさせてくれるゼリーも果実の爽やかさが心地良い。クリームも甘すぎず、少し汗ばむ今日に適している。

「確かに良い味だな。もう一口食べるか?」

 今度は少し大きめの一口だ。入り切らないことはないと思って何も言わず受け入れたが、少し口の端にクリームが付いてしまった。指で拭おうとすれば封じられ、舌で舐められる。甘いなという呟きにも何と返事すれば良いのか分からない。クリーム単体で舐めているのだから甘くて当然だ。それを声に出すこともできず、ただファルクスを凝視する。彼は涼しい顔で味わっており、俺に凝視されていることに気付くと満足そうに微笑んだ。こんなことを許すのは今日だけだ。今日だけは翻弄されても許してやる。

 その後も散歩や食事、昼寝の時間までも共に過ごした。意外にも昼寝の時間にはスリットから覗く足に触れることなく、静かに横になっていた。時間が穏やかに流れているような、日頃の忙しさなど嘘のような時間を過ごし、夜。入浴の準備が始まった。

「少し待っていてくれ。」

 既に湯上がり用のタオルや着替えは用意されている。何を待つ必要があるのだろうと思いながら眺めていると、ファルクスが脱ぎ始めた。着崩されていたシャツから鍛えられた肉体が露わになる。ズボンから現れる足にも軽く筋肉が付いており、続けて下着にも手を掛けられた。

 不自然に動きが止まった。どうしたのだろうと視線を上げれば、面白そうに俺を見るファルクスがいる。裸体など毎日見られるが、凝視するものでもない。特に下半身なんて凝視してはいけない。これは俺が悪かったと視線を逸らせば、抑えた笑い声が聞こえてきた。後で何を言われるのだろう。同じことをされるのだろうか。今日ばかりは文句も言えない。俺も同じことをしてしまったのだから。

「待たせたな。そう身構えないでくれ。」

 身構えてなどいない。心の準備は十分にした。ファルクスの手が俺のカーディガンに触れ、ゆっくりを腕を抜いていく。首筋には口付けるのに、手は触れないようにされる。彼の行動の意図が全く分からない。次はブラウス、とボタンを一つ一つ外していく仕草もなんだか思わせぶりだ。胸筋しかない胸の間から腹筋の割れ目にかけてを指でなぞる行動にもそわそわする。俺が女性であれば胸の谷間に手を突っ込んでいたのだろうか。そんな品のない行動をする彼の姿は想像できない。

 ブラウスの袖も引き抜かれ、スカートに手を掛けられる。脱がすために必要ないだろう動きも含まれているのは完全に彼の趣味だ。スリットから足を覗くのがお好きらしい。器用に片手でボタンを外し、もう片方でご機嫌に俺の太腿を撫でている。誕生日だから好き勝手して良いなんて話は子どもの間だけだ。行動の内容は十分大人だが、その行動原理には少々子どもっぽいものが含まれる。少々親近感を覚えたことは黙っていよう。

 俺の沈黙を不機嫌ととったのか軽い口付けで宥めようとするが、そんなものでは誤魔化されない。むしろ政略結婚なのにどうしてそれが通用すると思ったのか問い詰めたいくらいだ。そもそも不機嫌になったわけでもない。少しばかり言いたくないことがあるだけだ。第一、口付けながらも服を脱がす手は止めないのだから意味がない。気付けば下着姿にされていた。その下着もファルクスが脱がせていることを強調するように不必要なほどゆっくりと下げられていく。俺の裸体は確実に男のものなのに、今日一日ずっと、こうして脱がされてもまだ少し乙女の気分だ。

「今から入浴なのに、そんなに赤くなっていて大丈夫か?せっかく風呂上がりにも服を用意しているのにな。」

 のぼせる前に上がれば良いだけのことだ。鼓動が早いのは昼間の散歩のせいだ。正直普段の鍛錬を思えばあの程度運動にも入らないが、そこは無視しよう。散歩の後に夕食を取った時にはもう落ち着いていたことも忘れたことにする。風呂上がりに服が用意されているということは風呂の中ではこれ以上何もしないはずだ。俺に着てほしいのなら、その状態を見て楽しめるだけの余裕を残すはず。そう言い聞かせ、既に浴室に入っているファルクスの後を追った。

 頭を洗う間も体を洗う間も何も悪戯はされなかった。何もないことがむしろ不審を煽る。何を企んでいるのだろう。

「朝と同じように俺の選んだ服を着てもらおうと思っているだけだ。さっき言っただろう?」

 確かに言われたが、ファルクスの誕生日なのに俺が甘やかされるような一日であったからこそ、夜に何を期待しているのか疑いたくなる。本気で愛し合う夫婦のようなことを期待されているのなら、応えることは難しい。そこは彼も分かっているはずだ。俺達は政略結婚。俺はヴェルート王国から魔王国への敵意を鎮めるため、攻め入る口実を消すために嫁いできた。どちらも主要な人物が戦争を望んでいないからこそこの婚姻は成立した。

 着るだけならと念を押し、視線を受け止める。意識してみれば今もいつもより視線を感じる気がする。普段は裸体を凝視しないよう気を付けてくれているのだろうか。確かに同性でも他人の体など凝視しないものか。夫婦ならどうなのだろう。これは話にも聞いたことがないためよく分からない。ファルクスは知っているはずだ。以前、俺以外の女性を妻にしていたのだから。

「一般的な夫婦のことなど気にしなくて良い。今の俺の妻はお前だけなのだから。」

 そういう話をしているのではない。一般的な夫婦でも裸体を見るものではないのか、一般的な夫婦なら裸体を見るのも日常的なことなのにファルクスが避けてくれているのか知りたかっただけだ。俺が経験するかどうかの話ではない。既にファルクスの妻となっている以上、他の誰かと夫婦になることなどないのだから。

 風呂から上がり、体を拭う。その時間も静かなもので、何の悪戯もなかった。ファルクスはいつも以上に緩い下着を巻き、布の下に隠していた俺の寝間着を取り出した。本当にそれを着るのかと口から疑問が零れてしまうような代物だ。

「嫌か?無理にとは言わないが。」

 全体的に透けた黒い薄布で、レースが怪しい雰囲気の服だ。見るからに丈が短く、全く足は守ってくれなさそうに見える。下着も一応用意してくれているが、普段身につけている物より心許ない。透けてはいないが、腰回りなどほぼ紐だ。

 心の準備はできた。十分ではないがこれ以上引き伸ばしても体が冷えるだけだ。大人しくその服を着せてもらう。まずは下着。案の定、大事な所を辛うじて守れる程度の物で、リボンを解けば一瞬で脱げてしまう。太腿は露出しており、ファルクスがよく触る横側は何も覆われていない。それから服のほうも太腿を半分も隠してくれない程度の丈しかない。当然のように透けており、女性のような姿にしてくれるわけでもない。これを見て満足そうにしているファルクスが理解できない。

「これ以上は何もしない。安心して眠ってくれ。」

 本当だろうか。ここまでの格好をさせておいて見るだけで満足するのか。疑わしいとは思いつつ、寝室はどうせ同じと開き直る。明日も特別な予定はない。何かあっても上手く調整すれば良い。そう好きなだけ見ろと寝台に寝転んだ。

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