俺の誕生日
今日は俺の誕生日。ファルクスも休みにしてくれており、二人で一日過ごせる日だ。俺としてはメルが一緒でも良いと思っていたのだが、ファルクスが結婚後初めての誕生日だからと二人で過ごせるよう調整したらしい。俺は別にファルクスと二人である必要を感じていないが、彼にとってはそうでないのだろう。メルがファルクスを人間の父のような関係性と感じるならば、父の妻の誕生日を一緒に過ごしたって何もおかしくない。父の妻は彼の母になるのだから。いや、後妻と考えるなら母にはならないのか。しかし前妻はメルが生まれる前に亡くなっている。この場合はどうなるのだろう。
「複雑なことは何も考えなくて良い。俺もメルの親というわけではないからな。ただ一部育てたというだけだ。」
メルの誕生日を俺達が翌日に祝うように、俺達の誕生日もメルは翌日に祝ってくれれば良い。こちらでは盛大な誕生日会が開かれることなく、各々ひっそりと祝うようだ。だから俺とファルクスも二人だけでお出掛けだ。今日は遠乗りに出掛ける。乗馬服もあり、自分の馬もいる。この前着た服のような形であり、機能としては完全に乗馬服。しかし今日は夫と二人でお出掛けなのだからと侍女の気合が入っていた。おかげでその時より色鮮やかだ。また淡い黄色を身に着けることになっている。これが俺に似合うらしい。全体に小花の装飾や刺繍が施され、やはり可愛らしい雰囲気にされている。しかし乗馬服としての機能は損なわれておらず、完全にスカートというわけでもないため女装気分も薄い。スカートのスリットは深く、下にズボンを履くことが前提の形状だ。
主にラパーチェの気合の入った服ではあるが、俺としても不満はない。ファルクスも前回とは異なり深緑のジャケットで、俺を意識しての服装であると感じ取れる。通りすがりの領民からはお似合いの二人に見えるだろう。
「良いな。特にここが良い。」
するりと手がスカートのスリットから内側に入ってくる。なんて所を触っているのだ。ズボン越しとは言え足を撫でるなんてとんでもない。ぺしりと軽く叩いて咎めれば、心にも無さそうな謝罪が返ってくる。これは二人乗りをするなら警戒が必要だ。これから乗馬するというのに余計なことに体力を使わせないでほしい。目一杯走らせたいのだ。
見送りのラパーチェから昼食の入った籠を受け取り、コルヌから馬を受け取る。籠はすぐさまファルクスの手に渡ったが、馬はそれぞれいるため俺も思う存分乗り回せる。足場がなくとも乗るくらい騎士なら誰でもできる。
「街は通らないルートにしよう。今のお前の姿を見せたくない。」
見せられない服装ではない。むしろ今までのスカートよりズボンを履いている分安全だ。首元までしっかり留めており、顔と首、手しか露出していない。むしろ一般的なご令嬢より露出が少ないくらいだ。ジャケットを着ているため体型も顕になっていない。下半身を凝視するなんて不埒な真似はファルクスぐらいしかしていない。この服装でそこが気になるのも不思議なことだ。女性のお尻でもないのに、何がそんなに気になるのだろう。自分だって同じ物を持っているはずだ。
俺が分からないと示せば何故か溜め息を吐き、再び割れ目に手を突っ込んできた。まだ屋敷内だから許しているだけで、他から見えるような場所でこんなことをしたらすぐに怒るつもりだ。ベルトに手を掛けないのは脱がせるつもりではないという意思表示のつもりだろうか。そろそろ馬に乗って出掛けたい。
「自覚がないのも困りものだな。今日のお前は色気が隠せていない。」
またファルクスの意味の分からない感覚だ。女性のように魅力的な脂肪を持っているわけでも、ファルクスのように男性的な魅力を持っているわけでもない。自分に色気を感じないのは当然かもしれないが、風呂上がりにも男の色気の片鱗すら俺は自分に見つけられなかった。ファルクスに選ばれた令嬢は毎日恋をしただろうほどなのに、その彼が俺に色気を見るなんて理解不能だ。
早く出掛けたいため、街を避けて行くことを了承し、馬に乗る。俺も走らせたいからと今回は早速アルブスとアーテルに乗ってのお出掛けだ。彼らも楽しみにしてくれていたのか、今日はどことなく嬉しそうに見える。彼らにとっても今日は少し特別な日なのかもしれない。黒いアーテルに乗るファルクスは様になっている。俺の白いアルブスも頼もしい足取りで歩み始めた。
以前馬車で通った道を下り、途中からは街へ向かう道とは異なる、国境の森とも異なる方向に走らせる。街を避けるように移動し、丘を駆け上がった。開けた視界に一面の畑が映る。ここが領主邸の傍にある街や俺達のお腹を満たしてくれているのだ。
「そろそろ昼食にするか。もう人目を気にしなくて良い。」
今日は人目を気にしなければならない服装ではない。ズボンのため座り方だって気にしなくて良い。それなのにファルクスはいつも以上に俺の足を気にしている。他人の趣味など分からないものだ。男の足を凝視などするからミールウスと恋人と間違われたのではないか。俺が男だと知っているヴェルート王国の人間からはファルクスがそういった趣味を持っていると確定されたわけだ。ちょっとそこを突いてみようか。
ミールウスは細身で美しいチョコレート色の翼を持っていた。しかし華奢というわけではなく、俺を抱き上げて飛行するしなやかな筋肉をしていた。騎士の引き締まった細身の体が好みなら、ミールウスだって好みの範疇に入るだろう。俺と彼の違いは身長か。俺はファルクスより低いが、ミールウスはファルクスより高い。前の奥様が小柄な栗鼠の獣人なら、小柄な人が好みなのかもしれない。
「まずミールウスとの関係についてははっきり否定しよう。それから好みの話だが、あまり意識したことはなかったな。愛した相手が好みだ。今は、これからも、お前だな。」
今日の昼食は屋敷の料理人が用意してくれたサンドイッチだ。馬を丘まで走らせるということで、お腹に溜まる物、重すぎない物にしてくれている。ベーコンとチーズにレタスの組み合わせがほんのりと汗を掻いた今に合っている。春の陽気の中を馬で駆ければ体も熱くなる。それも踏まえての味付けにしてくれているのだ。外で食べやすいよう液体のソースは控えめで、それなのにしっかりと味がする。食べやすさまで考えてくれる、これが長く屋敷に勤めてくれている料理人の腕前だ。
隣ではファルクスが笑っている。返事を避けたのは良くなかっただろうか。気分を害していないなら良いとも言えるが、内心を見透かされているようで落ち着かない。今は、と言いかけたのに、これからも、と補足した意味は何なのだろう。過去においては前妻グラティアが好みだったのだ。死後何十年も引きずるほど愛していたことは俺も知っている。俺は同じ時間を生きる。俺の次はない。だからこれからも、なのだろうか。最初ではないが、最後にはなる。これ以上深く考えるのはやめよう。
アルブスとアーテルは仲良く近くの水場で水分を補給し、元気な草を食んでいる。アルブスは少し他とは異なる見た目の草を引きちぎり、アーテルに差し出している。まるで口付けだ。馬でもそのような戯れをするのだろうか。
「もしかしたらそのうち子が生まれるかもしれないな。あの手の早さは俺も見習おうか。」
何を言っているのか。そもそもそういった意図がある触れ合いなのかすら分からないのだ。その上ファルクスは見習うまでもなく手が早い。出会った当日に離宮に連れ帰られたことを覚えている。俺が男だと見抜いた上での行動だが、それでも離宮に連れ帰るなんて積極的に過ぎる。既に共に入浴し、共に眠っているというのに、さらに何をするつもりなのだろう。
色気に関して追求しすぎないよう気を付けつつの昼食を終え、軽く二人乗りも楽しむ。最初は俺が前に乗り、指示も俺が出す。まさか馬上で不埒な真似はしてこないだろう。軽く視線で釘を刺しただけでファルクスも分かってくれた。腰に腕が回るのは自然なことだ。俺が手綱を握り、鐙も使っているため仕方ない。手の動きも不審なことはない。警戒していると示し、家に帰るまでは何もなしだと宣言する。
「家に帰ってからなら良いのか?」
一度くらい引っ叩いても許される気がする。肘で小突き、質問を咎める。こんなに察しの悪い人だっただろうか。何事にも限度がある。人のいないここなら許せること、人がいなくてもここでは許可できないこと、屋敷の中ならどこでも良いこと、自分達の部屋の中なら許せること。ここで良いということは無制限の許可を与えるように感じられ、明確に返事をすることすら得策でないように思えた。
追求はなく、心地良い風を感じながらお散歩が始まった。花畑も見え、この場所を選んで良かったと実感する。風に吹かれて散る花も目を奪う。たまにはこうして出掛けるのも良いものだ。
「ああ、そうだな。美しい。」
共有できることも良い。ただ気になる点はファルクスが風景だけでなく俺のこともよく見ている点だ。今も美しいと言いながら視線は動き、俺のほうにも向いていた。特に視線は低く、また足でも見ているのかと問い質したくなる。しかし不用意に触れ、また腰に回っている手が太腿に降りてきても困る。これは帰ってから聞くことにしよう。スリットから見えるのが細身のズボンで、足のラインが出やすいとはいえ、そんなに気になるのだろうか。風呂のほうが生足なのだからよく見えるだろう。寝室ではスカートを捲ってくることもある。やはりファルクスの考えていることはよく分からない。
せっかくならとアーテルにも乗せてもらう。今度は手綱も鐙もファルクスに預け、俺は本当に乗っているだけだ。腰も軽くファルクスの腕で抑えられ、しかし手の平は手綱を握っているため触れて来ない。二人乗りの練習の時にも経験済みではあるが、やはり不思議な感覚だ。今は横乗りではないが、それでも普段とは異なる触れ方になる。距離感の近い人とは元々感じているが、それにしても振り向けばすぐ傍に顔があり、いつも以上に近くなっている。あまり後ろを向かないでおこう。この距離ではいつでも口付けられてしまう。馬上では駄目と予め言っておこうか。そう口を開こうとそちらを向けば、俺の発言を読んだかのように唇を塞がされた。
「誰も見ていないなら許す、だろう?」
以前俺が言った言葉を繰り返される。確かに俺達の行動が分かるだろう範囲に人影はない。目の良い種族なら遠くの詳細な動きまで見えるものなのだろうか。人間より遠くが見えるとは習っても、具体的にどの距離まで見えるのか、どのくらい詳細に見えるのかは分からなかった。口付けたかどうかは分からない程度にしか見えないと思いたい。
気を取り直して前方を見る。操作しなくて良い分風景に集中できそうだ。ファルクスの手も空いていないため、不埒な真似をすることもできない。触りたくても足を触るなどできないはずだ。昼も過ぎ、一日の中で最も暑い時間帯になってきたせいか、全身が熱くなってきた。二人乗りで密着しているせいかもしれない。自分の体温が外に逃げてくれないのだ。ゆったりと馬を歩かせ、慣れたアーテルに乗っているためか、ファルクスは頬や首筋に何度も口付けてくる。大して指示を出さずともどういった時間か理解できるほど賢い馬であることが仇になっている。
「耳まで赤くして可愛らしいな。騎士もこうした教育は受けないと見える。」
不埒な異性への対応などは学ぶ。これは騎士だけでなく、貴族の子女全員が受ける教育だ。困った人に騙されないように、令嬢なら男性相手の対応を、令息なら女性相手の対応を学ぶ。俺は女性相手の対応を学んでいるため、男性への対処は学んでいない。必要になることもなかった。ふざけて付き合えると豪語する者はいても、本気でこうして触れてくることなどなかった。もちろん俺を本気で女扱いするのなら触れることはないだろう。それが令嬢への正しい口説き方だ。ファルクスは既に俺と結婚しているため、その決まり事の範疇から外れる。一緒に風呂に入ることすら許されるのだ。触れる程度は日常のこと。こんなことになるなんて誰も予測していないのだから、俺に男性相手の教育など施さない。当然のことだ。
熱い二人乗りの時間を終え、帰り始める。帰りも別々に乗り、駆けさせる。風が汗を蒸発させ、しばしの涼しさを与えてくれた。帰り着けば夕食より先に湯を浴びる。今日の服は俺も一人で脱げる物だ。そのため侍女の手を借りずに浴室に入った。ファルクスの手も必要ないと拒み、各々汗を流す。湯船に身を沈めれば視線を感じた。彼も寛いだ様子だが、やはり俺の足を見ている。彼でなければ人の足は凝視しないと指導していたところだ。
「俺だったら良いのだろう?」
この人は俺のほんの少しの言い回しの隙を突いてくる。そういう問題ではないのだ。いつでも騎士としての仕事ができる程度には体を鍛え続けている。もちろん王都の巡回をしていた頃のような任務はなくなっているが、その代わり領民の中にいる種々の種族に関する勉強を重ねている。一朝一夕にはファルクスの知識に追いつけないが、その気概で挑んでいる。ヴェルート王国の夫人達のように夫を補佐できるよう、今準備しているのだ。
俺の苦しい沈黙に何を感じ取ったのか、ファルクスはそっと俺の太腿に手を置いた。これ以上おかしな動きをするようなら手の甲を抓ってやろう。手を重ね、いつでも攻撃できるという姿勢を見せても動じた様子がない。しかし視線の強さに気付いたのか、少しすると手は離れていった。
「今日はお前の誕生日だからな。ここまでにしておこう。」
どういう意味なのか。ファルクスの誕生日には何かするという宣言か。いくら誕生日でも許容範囲の限界はある。選ばれた服を着ることと際限なく触れる許可を与えることは別問題だ。今ははっきりと咎める前に止めたため、これ以上の批判は控えよう。せっかくこの後にご馳走が待っているのだ。俺も良い気分で迎えたい。




