一仕事終えて
俺達はメルの背に乗って帰還し、アルブスはコルヌが連れ帰ってきてくれる。ほとんど初めての公務は無事に終了し、休暇を与えられた。今回は挨拶だけということもあり、勉強することは多かったが、本番は気楽に挑める内容だった。むしろヴェルート王国よりも煩く言われず、歓迎の様子が目立っていた。ラクエウスにも報告をし、ミールウスもどうだったか聞いてくれた。ファルクスからの評価も上出来と高評価で、今回は上手く終えられたようだ。
家の昼食は程よく繊細で、程よく豪快。細かな礼儀作法は気にしなくて良いが、大胆な行動が必要になるものでもない。眠る場所だって気を遣ってくれていたとはいえ自宅とは異なり、やはり少々緊張するものだ。騎士である以上どこでも最低限体を休められるように鍛えられはしたが、得意なほうではなかった。熟睡してしまってはいけないということもあるが、それ以上に落ち着かなかった。やはり家が一番と母が言っていた理由がよく分かる。その割に母本人は王都へ令嬢教育に出掛けることも多かった。落ち着くことと暇することが近かったのかもしれない。
「フラール、そろそろお前の誕生日だろう?何か欲しい物はあるか。」
祝ってくれるつもりなのか。ヴェルート王国では王族やその伴侶の誕生日は盛大に祝われたものだが、魔王国でもそうなのだろうか。あれはむしろ仕事という感覚になりそうだ。しかし言われてすぐ欲しい物など思いつかない。馬ももう貰っている。日々の生活に必要な物は全て取り揃えられており、服だって色々と用意してくれた。毎朝の剣術の鍛錬を行う場所もある。強いて言うなら手合わせの相手だろうか。しかしこれは人になるため欲しいと言って手に入れられる物ではない。ファルクスは忙しいだろう。ラクエウスやメルも剣を使えるのだろうか。あの竜の体を持つメルに剣は必要ないように思える。護衛を兼ねていると言っていた村の訪問時には何も武器を持っていなかった。
誕生日に何を貰っていたか思い出そう。俺は毎年菓子を貰っていた。同じ騎士団の仲間にも好きだろうと少々お高い菓子を貰うことが多かった。ラーマ隊長などからは普段行かないような食事にも連れて行ってもらった。これも形の残る物ではなく、この屋敷では常に貰っている物になる。ふざけて装飾品を贈ってくる輩もいた。これも事あるごとに貰っており、何も特別な理由なく着けて欲しいと言って新しい物をくれている。勉強に必要な書物も教師も手配してくれた。休日には共に出掛け、あるいは庭で寛ぎ、日々困ることがないか気に掛けてくれている。ミールウスやメルも付き合ってくれるため、一人で寂しいと思う時間もない。そもそも今はまだ魔王国についての勉強で俺も忙しい。
存外難しい質問だ。必要な物は既に揃っている。仲睦まじいことを示す行動もした。継続的にするものではあるが、誕生日という形でするものでもない。少し二人でお出掛けすれば良いだけだ。ここからさらに何か欲しい物やしてほしいことなど思いつかない。
「それは困ったな。俺の誕生日にも何も貰えなくなってしまう。」
魔人も誕生日を気にするのか。人間でももう何十回も迎えた誕生日なら気にしなくなっていくのに、何百回と繰り返す誕生日を楽しみにできる。これは個人差だろうか。そういえばファルクスの誕生日はいつなのだろう。俺の誕生日は伝わっているようだが、彼の誕生日は聞いていない。欲しい物は自分で手に入れられるだろう。何かしてほしいことがあるのだろうか。俺にできることなど限られているが、可能な範囲なら応じよう。
何故かファルクスは俺をじっと見つめる。おかしなことを言っただろうか。誕生日に何かするのは一般的で、ファルクスにとってもそうであるようなことを言っていた。俺は今すぐには欲しい物が思いつかないが、ファルクスが欲しい物を贈るつもりはある。何も矛盾していない。
「ひとまず一日休みにして、何か美味しい物でも用意しよう。俺の誕生日には着て欲しい服がある。」
よほど露出度の高い服でないなら着てあげよう。女装と言っているのに男の骨格が出る服を着せられそうになったことがある。部屋から出ないならある程度露出していても良い。これは貴族のご令嬢やご婦人でも同じだ。夫には素肌を見せても構わない。俺はファルクスの妻なのだから、それ以外の男に素肌は見せないよう努めるべきだ。
当日に着られないような服を出されないよう、予め釘を差しておく。これならある程度範囲を絞れるはずだ。厳しく言おうとしているのに、何故かファルクスはご機嫌だ。俺の言いたいことは伝わっているのだろうか。既に食事も終えているのに、コーヒーを楽しみながら俺を見ている。
「俺の妻という自覚が確かなようで一安心だ。その調子で周りにも言ってくれ。」
わざわざ言わなくとも伝わっている。そのためのお披露目だった。もちろん機会があれば言うことにはなるだろう。名乗る時にもファルクスの妻であることは示すべきだ。貴族の夫人も家名を名乗る。俺の場合は名乗るべき家名がないが、そのかわりファルクスの妻フラールであると名乗る。意味合いとしては同じだ。夫婦なら確かに互いの誕生日を祝い、結婚記念日を祝い、贈り物をするだろう。親の誕生日は皆で祝ったが、結婚記念日は夫婦の日だからと関わらせてもらえなかった。恋愛結婚のようだったと表現するなら、二人で過ごす時間が重要だったのだろうか。
誕生日といえばラクエウスやメル、ミールウスの誕生日はいつなのだろう。聞きたさはあるが、そろそろ仕事に戻らなければならないか。俺は休みにしてもらえているが、ファルクスは離れている間に変化がなかったかの確認がある。ラクエウスも不在の間の報告をするため忙しい。たった数日空けていただけでもこんなに忙しくなるなんて、ヴェルート王国に来ていた時は大変だっただろう。それとも今回は何か特別な事件でも起きているのだろうか。あまり内容を探るのも良くないと話題を選ぶ。メルは俺同様休みになっていた。ミールウスはどうだろう。
「休日にはしているが、どこにいるかは分からないな。メルはこの後来る予定だろう?」
アルブスとアーテルを会わせてみようと約束している。ファルクスも時間ができれば来てくれる予定だ。アーテルはファルクスの馬のため、できれば一緒に立ち会いたい。馬によっては主人の言うことしか聞かないのだから。アーテルは俺を乗せてくれた上、聞き分けが良かった。ファルクス以外が相手でも良い子だという話でもあるため、心配は要らないだろう。
食事の時間を終え、一足先に厩舎へ向かう。アルブスとアーテルは対面こそさせていないものの、匂いや周りの様子から互いの存在には気付いているようだとコルヌは聞かせてくれた。少し緊張している様子ではあるが強い警戒心ではないらしく、大きな心配は要らないとも教えてくれる。ただしまだ対面させたわけではないため、油断しきって良いわけではない。
心の準備をし、アルブスに会う。彼は落ち着いた様子で俺を歓迎してくれる。俺が主だと覚えてくれているのだろう。相変わらず白い毛並みが美しい。
アルブスと戯れている間にメルもやって来た。こうして改めて見ると、寛いだ格好でも体は立派だ。雰囲気が無邪気なだけで、肉体面ではファルクス以上。挨拶の抱擁程度はファルクスも許容しているため応じ、早速コルヌに頼んでアルブスとアーテルの面会の場を設けてもらう。二頭とも互いに興味があるようで、ソワソワとしている。
「獣は匂いで気に入るとかあるから、それかもな。獣人とかも竜でもそういうのあるけど、他の種族に対してやるのは駄目って指導されるんだよ。俺もファルに怒られたことあるし。」
匂いで気に入り、短い交際期間を経て伴侶とする。俺には受け入れがたい感覚だが、交際期間なく結婚という意味では政略結婚のほうが不思議に映るかもしれない。なんなら恋人のような感情を抱くことのない夫婦も多い。互いに愛人を抱えている例も聞いたことがある。ファルクスが愛人を抱えるような人でなくて一安心だ。正妻が男なんて愛人の側からすれば面白くないだろう。家の中に敵がいる状態は避けたい。
話していて気になったのか、メルはアーテルがアルブスにしているように俺の匂いを嗅ぎ始めた。それで以前怒られたのではないのか。俺からも注意し、距離を取る。躾を俺もすることになるのだ。ファルクスの子どもではないが育てたなら息子のようなもの。その距離感は難しいが、弟や後輩のように扱うならできる。そう強めに注意すれば謝罪と、ファルクスには内緒にしてとお願いが返って来た。一回だけなら秘密にしてあげよう。もう一度すれば報告すると念を押し、アルブスとアーテルの交流を見守る。コルヌも今後二頭を交流させてくれると言っているため、ファルクスと並んで遠乗りに出掛ける日も近いだろう。馬達よりファルクスの仕事の日程が問題になるかもしれない。誕生日の贈り物にはそれを求めようか。一緒に遠乗りに出掛けたい、は十分なお願い事になるはずだ。自然の花畑でも見に行けば良い。昼食も屋敷で用意してもらい、それを持って行こう。
メルの誕生日はいつなのだろう。これだけ可愛がっているなら毎年何かしらはやっているはずだ。俺も一緒に祝ってあげよう。他はいつだろう。
「俺は夏頃だな。フラールが嫁いでくる直前くらいだった。ミールウスは春だけど、特に何も要らないって言われるからちょっとプレゼントするくらい。ラクエウスは忘れたって言ってファルクスのついでみたいになってるよ。」
全く気づかなかった。勉強に忙しくともお祝いの一言くらいは言えたはずだ。ミールウスは何も要らないから何も言わなかったのだ。俺に内緒にしようとしていた。だから気付かなかったと思いたい。
「いつも当日は親と過ごして、次の日にファルとミールウスとラクエウスに祝ってもらうんだ。今年からはフラールもだよな?」
当然俺も祝うつもりだ。魔王国ではどのように誕生日を祝うものなのだろう。ヴェルート王国でも身分による差だけでなく各家庭による差も大きかった部分だ。今回の体験だけでは魔王国一般の誕生日の扱いは分からないかもしれない。それでも彼らの祝い方は気になる。美味しい物は用意してくれると聞いた。これはファルクスが屋敷の主人だからできることだ。ラパーチェも狩りができるなら可能かもしれない。俺も狩りはできるが、ファルクスが一番喜ぶ贈り物ではないような気もする。着てほしい服があると言っていたが、それを着るだけで良いだろうか。ファルクスにはそれで良いとして、それならメルには何をしよう。
メルはファルクスと異なり、俺を着飾って喜ぶ趣味を持っていない。一緒に寝ようとしたり一緒に風呂に入ろうとしたりもしない。あれは夫婦だからそうするものとして行動しているだけだろうか。
「フラールが寂しくないかって考えてくれてるんだよ。俺も小さい時はそうやって一緒にいるようにしてくれてたし。」
子ども扱いか。いや唇に口付ける時点でそれは成立しない。子ども扱いなのに唇を吸うのは矛盾している。頬や額ならともかく唇なら違う。子ども扱いでなくとも寂しくないか気にかけてくれているとは受け取れるか。妻として求めていると言われても反応に困るため、ここは本人には追求しないでおこう。
代わりにメルの誕生日に何をしてほしいか尋ねる。いつも何をしてもらっているのか、俺に何をしてほしいのか。内容が被っても面白くない。彼らとは異なる方法で、メルが喜ぶことをしたい。
「その年によって違ったりするからなぁ。あ、でも、そろそろ大人だから明日から仕事って感じに十六歳の誕生日の時にはなってた。」
大人と認めることが贈り物、という話か。確かにそれは印象的だろうが、参考にはできないものだ。その他にもミールウスと一緒に領内を飛んで回るとか、ファルクスやラクエウスを背に乗せて飛ぶとか、それからご馳走を用意してもらうとか、俺ができそうにないものばかりだった。背に乗って飛ぶことはできるが、この前もした上、俺がしてもお祝いにならないだろう。それはまだ飛ぶこともままならない幼い頃からメルを育ててきたファルクスだからこそ成立することだ。
メルの誕生日は夏頃。まだもう少し時間がある。しかし内容によっては準備に時間が掛かる可能性があるため、なるべく早く決めてしまいたい。他にはできない、俺だけにできることと言えば女装になってしまうことがもどかしい。誕生日以外にもしており、女装したところでメルへの贈り物にはならないだろう。
「じゃあ人間の母親がどういうものか教えてよ。竜と人間は親子の関わり方が結構違うって聞いたんだ。父親はファルクスみたいな感じ、って聞いたけど、母親はよく分からなかったから。」
俺の母は周囲のご夫人方と比べると個性的だったように記憶している。令嬢教育に呼ばれる立場でありながら、家では堅苦しい礼儀作法を実践していないことも多かった。そもそも田舎の領主一家と王都の貴族を同列に並べても良いものか。メルが知りたいのは平民のことだろうか。それこそ俺には分からない部分になる。話に聞く限りは我が家と近そうだったが、それでも体験したわけではない。
誕生日翌日に、という話のため、それまでの間に思い出し、どう教えるか考えておこう。まさかメルに令嬢教育を施すわけにもいかない。一般的な家庭では息子に令嬢教育を施さない。その辺りも十分に考慮に入れよう。




