駒里村
意識を切り替えて、次は駒里村。馬や牛の獣人の村であり、食用の牛や馬、輸送用や戦力としての馬を生産している。ここでは俺も乗馬させてもらう予定で、二人乗りの練習もしてきた。俺としては一人乗り前提のズボンが良かったが、ファルクスの妻であることを強調して見せるための服装となっている。全体の雰囲気は俺もファルクスも乗馬用の服のように見えるが、俺はズボンの上に深いスリットの入ったスカートを履いているような見た目だ。特にファルクスは装飾が少なく、引き締まって見える。俺も控えめではあり、乗馬できる服装ではある。感覚を取り戻すための乗馬練習もしたが、ここまで広い場所で乗ることはなかったため、今日を楽しみにしていた。
「これで見惚れるのにイチャつかされたって怒るの意味分からないんだよな。」
見惚れてはいない。夫婦なら互いの服装への褒め言葉くらい伝えるだろう。格好良い相手を貶す意味もない。友好的な関係は維持したいのだ。それと木果村での行動は別の問題。今の行動と苦情は矛盾しない。メルだってよく似合っている。俺達の服より厳つい竜の鱗のような質感で、腹部は素肌が露出している。しっかりと鍛え上げられた腹筋が羨ましい。服の前も簡単に外せるようになっており、ベルトも同様だ。兵士のような服装なのに、質感はもっと高品質。いつでも全力で戦えそうだ。
「小さめの竜型になって馬と並走できるようにって服だから、余裕が持たされてるんだよ。変化しても服も破れないし、人型に戻っても裸にならない。」
背中を見れば伸縮のある素材で調整できるようにされていた。名目上護衛でもあるため、傍で守れるように服装が考えられている。こうしてメルのことも褒めておけば、ファルクスに見惚れているとは思われないはずだ。むしろ非日常感があって見惚れるならメルのほうだ。少し身近な兵士感と竜のような威厳が隠れ見えている。メル本人に威厳は感じられないが、表情を引き締めているこの訪問の期間だけは少し威圧感も見えた。
俺の褒め言葉に照れるメルはまだ子どもの雰囲気を纏っている。これが村に入ればしっかり護衛の風格を纏うのだから不思議なものだ。ファルクスはやはり余裕の態度で、俺のこともメルのことも微笑みで見守っている。同じ扱いなのか。それは不満だ。自分の妻と育てた子どものような存在を同列にするなんて、どういうつもりなのだろう。
「ほら、行くぞ。乗馬するのだろう?」
誤魔化された気もするが、乗馬は楽しみだ。既に見えている広大な平原を走らせてもらえるのだろうか。放牧している範囲は立ち入れないだろうが、それでも視界が開けているだけで爽快感を得られる。乗馬は貴族の嗜みとして始め、騎士として必要な技能として学んだ。それでも息抜きのためにも触れていた。そのくらい乗馬は好きだ。俺と気の合う馬はいるだろうか。
村の入口で待ち構えてくれている相手はファルクス邸の御者コルヌ。もう一人は村長だろうか。老爺からぎこちない丁寧な挨拶を受け、すぐに案内される。大きな厩舎にずらりと馬が並んでいた。白馬も黒馬も栗毛の馬もいる。どの子も凛々しい顔つきに整った毛並みだ。俺に選ばれることを待ってくれているようにすら感じられる。とてもよく躾けられているようだ。
「ヴェルート王国では騎士をされていたと窺っております。そのような方のお眼鏡に適うことは大変な名誉でございます。」
騎士だったことまで伝えている。だから俺が一人で乗った姿を見せていないのに、これだけの馬を用意してくださったのか。乗馬に慣れていない令嬢なら凛々しい馬より穏やかな馬を用意してくださったのだろうか。
一頭一頭の顔を見て、特徴を聞き、挨拶をしていく。どの子も十分全力疾走できそうな体付きをしており、不足することはなさそうだ。二人乗りするならファルクスの馬になるだろうか。今回は連れて来ていないため、やはり俺の馬でも乗れたほうが良さそうだ。ファルクスは借りるのだろうか。
「一緒に乗せてはくれないのか?」
横乗りの練習もしたが、俺が乗せる形にするのだろうか。最初は思い切り駆けさせたい。特に顔を擦り付け、良い反応を示してくれた馬を選ぶ。どっしりと付いた筋肉が格好良い白馬だ。台の近くに自ら立ち止まり、俺が乗りやすいよう構えてくれる。どことなく誇らしい表情をしているようにも見えた。この子は俺が誰か分かっているのだろうか。
軽く歩かせる。少し浮ついているのか弾むような足取りではあるが、振り落とすような動きはない。少しだけ速度を上げる。むしろ安定し、楽しく歩いてくれた。屋敷以上に広いこの土地を駆けさせて良いという話のため、お言葉に甘えさせてもらおう。気の向くままに、思い切り走ってくれれば良い。俺の意図が通じたのか、自由に駆け始める。俺はこの馬の呼吸に合わせるだけ。たったそれだけで風を感じられた。待ち侘びていたようなのに無理な走り方をすることなく、安定している。好きに走って良いと指示を出しても突然全力疾走することはない。乗り手を意識してくれる良い馬だ。もちろん急に速度を変えられても対応できる自信があるからこその指示だが、それでも一緒に心地良く走ろうとしてくれる馬は好ましい。
ある程度満足するまで走らせ、元の場所に戻ってくる。ファルクスもメルも馬を借りなかったようで、待っていてくれていた。暇させてしまっただろうか。
「いや、楽しそうで何よりだ。その子が気に入ったのか?」
幼い頃から共に育った実家の馬のように、共に心地良く走ってくれた。名前はこちらで決めることになっているが、何にしよう。実家の馬だって騎士団の馬だって、俺は名付けたことがない。ファルクスはどうだろう。馬も持っていたが、あの名前は誰が付けたのだろう。
「俺が付けたが、特に深い意味はないな。ただの思いつきだ」
ファルクスと同じ漆黒の毛並みを持つ馬だった。しなやかな体で衝撃を吸収するように歩いてくれた。二人乗りでも何らの違和感を持たせない熟練の馬だ。前の奥様も一緒に乗ったのだろうか。聞きかけ、今話すことではないと改める。
今回俺が選んだ馬は白く逞しい雄馬だ。白馬の王子様という言葉が頭をよぎるが、彼は王子様というより戦士と呼ぶに相応しい体に、理想の騎士に相応しい気遣いを持っている。そもそもあれは白馬に乗っている王子様という意味であって、王子のような白馬という話ではなかったか。
「そんなにべた褒めだと妬いてしまうな。動物は素直に言ってもらえて羨ましいことだ。」
俺の白馬に話しかけているが、妬くと言っているわりに余裕の態度だ。本気で言っているわけではないのだろう。第一、俺は基本的に素直に伝えている。恋人のようなことを言うから訂正しているだけで、人としての尊敬の念は隠していない。ただ、人前であることを考えると、埋め合わせをしてあげるべきなのだろう。今日の格好は既に褒めているが、この村の人の前ではなかった。急に今更服装に触れるのは不自然だろうか。日頃の気遣いや愛情のような話でもしてみようか。まさかファルクスが本気にしないだろうとは思いつつ、万一鵜呑みにし、今以上の触れ合いを許されたと調子に乗られても困る。現状既に俺は譲歩しているのだ。それならやはり、今できる埋め合わせは、彼の名付けを参考にこの白馬に名付けることか。ちょうど彼の馬は黒いアーテルという雌馬、俺の馬は白い雄馬。意識して命名しやすい。
良い案が思いついた。しかし先に名付けられる側がどう感じるのか確かめなければと尋ねてみる。アルブスと呼び掛けてみれば、初めての名のはずなのにもう自分の名前と認識しているのか応えてくれた。彼はアルブスだ。
名前が決まれば早速二人乗りだ。アルブスにファルクスも乗せてやってくれるかとお伺いを立て、受け入れる態度を見てからその背に乗せてもらう。今の服装なら横乗りの必要はない。俺の馬なのだから手綱も俺が握る。そのつもりで前に乗ったのに自然な動作で手を被せられた。俺が握っているとも言えるが、これではファルクスも操作できる状態だ。
「気になるのはそれだけか?」
手綱を握っていた手が離れていく。代わりに俺の腰に巻きつけられた。片手が頭を撫で、肩の上を滑っていく。そんな不埒なことを人前でしてはいけない。木果村での行動に関しても苦情を入れたというのに、また同じことを言わなくてはならないのか。じとりと睨めば不埒な手は鳴りを潜めた。
少し歩かせよう。そう顔を上げれば視線を感じた。老爺とコルヌもこちらを見て微笑ましそうだ。夫婦として来ている以上、否定もできない。メルもいってらっしゃいと言わんばかりに手を振っている。彼は乗らないのだろうか。
「竜を乗せられる馬は限られる。緊急時には飛んで来てくれるから安心すると良い。」
つまりメルは馬に乗らない。確かに自分で飛んだほうが速いか。変化する際の大きさを選べるのなら、今日のように服を用意することで変化して移動することもできる。今日は俺達の公務ということで控えさせているのだろう。
気を取り直して二人乗りだ。練習した横乗りは披露する機会を失ったが、それはそれで良い。俺もあの乗り方が好きというわけではないのだ。アルブスの動きは二人を乗せても安定しており、安心感のある足取りだ。ゆっくりと馬を歩かせる姿は仲睦まじい夫婦に見えているのだろうか。
「事実だろう?」
囁いてくるのもわざとだ。周りに見せつけるための行動。意識を目の前の風景に切り替え、返事を拒む。のびのびと馬達は走り、のんびりと牛達は草を貪る。長閑な風景だ。ここまで開けた場所は屋敷の近くにない。馬で散歩できる程度の道はあるが、思い切り走らせるには少し遠出する必要がある。
乗馬を楽しみ、昼食だ。屋外に用意された机には肉も野菜も沢山乗っている。今日は美味しそうに食べることが一番だと聞かされており、ナイフやフォークを使うこともない。その代わり持って食べやすいように整形されていたり、手が汚れないよう布を用意してくれている。ただしこれはご令嬢が嫁いで来たからという配慮によるもので、それを使ってお上品に食べろという話ではない。
「是非皆さんでお楽しみください。」
軽く火を通された牛肉は絶品だ。彼らはあまり食べないそうだが、主力の商品にされている。ヴェルート王国で食べた上質とされる肉より歯ごたえがあり、味も濃厚。脂身重視のヴェルート王国と赤身重視の魔王国といった雰囲気だ。外側だけよく炙られ、内側には赤さの残る肉でも、ヴェルート王国のように美しく並べられることはない。豪快に塊が置かれており、齧り付くことも歓迎される。メルはもう良いかと言うようにこちらを見ていた。一緒に食べれば良い。これもファルクスからの許可が必要なのだろうか。皆さんで、と言うことはメルも含まれているだろう。何より生肉まで含まれるこの量はメルも食べる想定にしか見えない。人間や魔人はあまり生肉を食べず、ファルクスも特別好んでいるわけではないのだ。
「お前から誘ってやってくれ。メルもきっと喜ぶ。」
ファルクスの竜と妃の関係は良好だと示したいのだろう。乗馬しないのかと尋ねたりしているのだから、わざわざ食事に誘うようなことをしなくとも良好だと伝わっているような気もするが、拒む必要もない。メルも一緒に食べようと誘い、どれから食べるか尋ねる。
メルは特に大きな生肉の塊を選び、豪快に一口齧った。美味しそうな顔をしており、振る舞った村長達もほっとした様子だ。彼らは肉を好まない人も多いため、緊張していたのだろう。全体的に味付けは薄めだが、その分肉の味を感じられる。その濃厚な味を野菜で整え、また肉の味を楽しむ。繊細なソースや飾り付けがなくとも贅沢な食事は用意できるのだ。お腹いっぱい食べても、食事に集中しても許される交流は心地良い。
この肉の流通の話なども報告には上がっているそうで、ファルクスが労いも口にした。この出荷が彼らの主要な収入源であり、この地域の保全に繋がっている。この周辺にある魔花から発生する魔物は彼らが牛や馬を守るために狩っているため、人が住んでいる地域まで流出してこない。ファルクスの軍が見回りなどは行っているそうだ。
「ご満足いただけましたか。アルブスの用意も整っております。」
連れ帰る馬の準備までしてくれている。ほんの少しの時間なのに再開を喜んでくれるアルブス。野菜なら与えても良いということで近くのキャベツを与えてみる。嬉しそうに受け取り、満足したように鼻を鳴らした。良い相棒も見つけられた訪問だ。俺とアルブスの出会いを彼らも喜んでくれている。アルブスも屋敷に上手く馴染めるだろうか。ファルクスと二人それぞれの馬に乗ってお出掛けするなら、アーテルとの相性も気になる。二頭は仲良くしてくれるだろうか。




