学生の実地訓練
実技の卒業試験を兼ねた実地訓練の日が近づく。その前段階として、作戦会議の時間が設けられた。ここも評価対象になるため皆真剣だ。俺達騎士に採点権限はないが、印象や行動を伝えることはある。十分に観察はしなければならない。こちらから口を挟むことはしないが、質問があれば助言は行って良い。
俺の担当する班は、木製長剣に細工を施していた長剣使いブジャルド・マリツィオーゾ子爵令息、短剣で狙いを定める魔術使いカラビーナ・ティミド男爵令嬢、魔術併用の弓使いアルコ・フレッチャ男爵令息、身の丈を超える長槍使いランシオ・ジャヴェロット平民男子。特にランシオは背が高く、身の丈を超える槍ということも相まって、対魔物戦では非常に頼りになるだろう。
試験では王都周辺に広がる平原の先、魔花のある森での魔物討伐が行われる。魔物を討伐し、一泊し、翌日帰還する。魔物の素材は薬品の材料にも、武器や防具の材料にもされるため、採取が推奨されている。騎士の任務の中でも、魔術士により構成される魔術士塔からの依頼で採取することは多い。冒険者と呼ばれる人が狩りを行うこともある。競合した場合は必要最低数だけ採取し、それ以上は冒険者に譲ることが基本だ。その点は既に授業で習っているはずであり、実際にその通りに行動できるかどうか、採取する余裕のある状況かどうかの判断力も採点される。
「私とランシオは毎週末採集してる。その点は任せて。」
カラビーナとランシオは既に慣れているらしい。剣術には自信のないカラビーナも地図を参考に巡回や野営地を選定する作業では積極的に発言している。特に慣れているというランシオの助言を求めることも多く、アルコも感心したように聞いている。戦闘でどのように連携すべきかという話もカラビーナ中心にアルコも意見して決められた。ランシオは槍使いという点で戦闘中全体を見る役割に適さない。そこも三人は十分に意識できているようだ。問題は不服そうな返事のみになっているブジャルドだ。
地図を広げ、三人は積極的に発言し、より効率的な道順を考えている。この地域は騎士も巡回しているため、獣道のようになっている箇所もある。地形やその道も含めて記された詳細な地図だ。その場の判断もだが、事前にある程度決めることも必要になる。もっとも騎士の巡回は魔花近辺での魔物討伐を重視しているため、今回の試験では使わない道も多い。騎士の任務で向かう際には魔花まで向かうが、あくまで試験という範疇に留めるため、魔花から少し距離を保った範囲までしか立ち入らないよう指示されている。その範囲を出てしまったからといって失格になるわけではないが、注意はされる。そのための騎士だ。
魔物も存在する場所のため、地形が変化していることもある。そこも含めて複数の道順候補を挙げており、この場合はこうするなどの話し合いもできている。しかし話し合いが進んでもブジャルドの不機嫌さは変わらず、むしろ増しているようにも感じられた。途中から反応が鈍く不機嫌さだけを出すブジャルドの相手を三人も嫌がってか、話を振ることも減ってきた。無視するわけではないが、それもさらにブジャルドの不機嫌を加速させているように見える。
そして遂にブジャルドの不機嫌は頂点に達した。
「俺が、一番上だろ、この中では!お前らは平民と男爵家、俺は子爵家だ。騎士の花形だって剣だ。お前らは魔術に弓に槍。騎士のメインじゃないだろ!」
魔物討伐の経験があるらしいカラビーナとランシオは冷ややかな視線を送る。アルコも戸惑った様子だ。一人ブジャルドだけが怒りを露わにしている。教官もまだ仲裁に入らない。小さな子どもではない、これから騎士になろうという学生だ。小さな対立にいちいち上の者の手を煩わせないよう、上手く話し合いの仕方を学ぶことも必要なのだろう。俺も口を出したい気持ちをぐっと堪える。家格を気にする騎士もいるが、高く評価されるのは柔軟に適材適所を理解できる人材だ。王都にいると剣が騎士の中心と思われるが、辺境騎士団では槍が主力。弓も魔術もあってこそ、全体の被害を抑えることもできる。その辺りを学校で学んでいるのではないのか。
指揮官になるための授業も騎士学校にはあった。そこでは身分の話をされない。騎士学校自体がいずれ指揮する側になることも含めた教育を行っているため、騎士学校内では身分が問題にならない。一方で幼い頃からの教育環境もあり、実際に指揮する側になるのは貴族出身が多い。ラーマ隊長も状況によっては自分よりも貴族出身の騎士のほうが適しているとして、俺やバイオネッタに一時的な指揮権を預けることがある。
三人はブジャルドになんと返答するのか困っているように互いを見合っている。ここでの解決法も評価対象だ。既にブジャルドの評価は低いだろうが、他の人も対応次第では評価が下がる。教官は手助けしないと分かっているからか、俺のほうをちらちらと見ている。俺も口を出さないことになっている。はっきり質問してくれたのなら答えられるが、助けてほしい、答えを出してほしいという内容には応えられない。彼らは俺の実家を知っているだろうか。フィブラと名乗ってはいるが、目立つ伯爵家ではない。覚えていない貴族の家の子がいても自然なことだ。領地としては平穏なもので、この家はこうと覚えられていないことがその証拠とも言える。
「戦闘で指示を出すなら、後ろから全体を見られる弓や魔術メインの人のほうが適してる。僕は授業で同行したことしかないけど、カラビーナさんはそれ以外でも経験してる。ランシオも経験豊富みたいだけど、槍で前に立ちながら全体を見るのは難しいと思う。」
最初に口を開いたのは今まで控えめに発言していたアルコだ。とても理性的に配置を考えられており、今までの授業をよく聞いていたのだろうと感じさせる。ランシオもアルコに賛同し、自分は実際の経験を伝えられる、一方で全体を見て瞬時に指示を出すことは難しいと言い添える。後ろから見て即座に判断できるカラビーナが最適だという結論は彼も同じだ。
二人の発言にブジャルドは一層苛立ちを強めた。剣術で学年五位という自慢は既に聞いた。しかし同程度の実力者で組まれるこの試験において、彼のその自慢は班長を決めるのに影響しない。だから爵位を持ち出したのだろう。それだけがこの中で彼を一番とする要素になっている。そんなもの通用するはずがないため、アルコとランシオに背中を押されたカラビーナも口を開いた。
「二人が私を適任って思ってくれるのは嬉しい。その理由って男爵令嬢だからじゃないよね。それなのになんで子爵令息だからって班長になれると思ったの?」
純粋な質問という体を取っているが、発言内容は煽りとも取れる。班長になることは優秀さの証明ではないのだが、一部そうした誤解をしている者もいる。彼もその一人なのだろう。
案の定、ブジャルドは上手く答えられない苛立ちを机にぶつけている。それこそが班長に相応しくない行動なのだが、それもまだ理解できていないのだろう。ラーマ隊長に憧れる学生は多い。そのラーマ隊長が班長や指揮官になれなかっただけで癇癪を起こすとでも思うのだろうか。それとも彼は細工をものともしなかったラーマ隊長に悔しさを強く感じているのだろうか。少人数の魔物討伐なら、その中で最も戦闘の技能の低い俺が指揮を取ることもある。本人の戦闘技能と指揮能力は一致しないことなど、真面目に任務に取り組んでいる騎士なら誰でも認識していることだ。
「フラールさん、騎士は爵位で指揮官を決めますか?」
アルコが質問してくれたおかげで、ようやく俺も発言できる。騎士は実家の爵位で指揮官を決めない。そもそも騎士自体が準貴族であり、王国騎士として任命されるため、貴族のように扱われることも多い。その意味で全員同じ身分と言える。中には親の爵位の一部を譲り受けて子爵位や伯爵位を持つ騎士もいるが、それでも爵位によって配置は決められない。爵位が関係するなら平民出身のラーマ隊長は隊長になれていないだろう。本人が適性を判断し、状況によっては部下に指揮権を譲る形を取るだけだ。それはラーマ隊長が切り込んだほうが良いという判断でもある。後ろから見ての判断も求められる指揮と、切込という役割は両立させ難い。
俺の回答は納得のいくもの、あるいは求めていた回答だったのだろう。アルコは真剣に頷き、ブジャルドに目を向けた。彼は俺との手合わせの際、自身の木製長剣に細工を施したにもかかわらず俺に見破られている。騎士としての判断、観察力に関して舐めた態度も取りにくそうだ。
「納得できたなら連携に関して詳細を詰めるよ。」
カラビーナは爵位で班長を決めないことを騎士の俺も肯定したからか、自信を持って話を再開した。まずは武器種の確認。カラビーナが短剣を補助的に用いる魔術、アルコが魔術を補助的に用いる短弓、ランシオは身の丈を超える槍、ブジャルドは長剣。ランシオとブジャルドが前衛になることを前提として、移動中の隊列を考える。魔物が前方からのみ現れるわけではない。そのため前にブジャルド、後ろにランシオ、中央にカラビーナとアルコと決められた。
仮にと提案された配置だが、全員異論はなさそうだ。ブジャルドも自分が先頭だからか受け入れている。突出されると問題だが、後方からの急襲に備えるなら、最後尾をランシオとすることも妥当。騎士学校での学びはしっかり活きている。この様子なら三人は卒業試験を問題なく乗り越えられるだろう。ブジャルドも当日に目立つ問題行動を取らなければおそらく合格だ。この程度の問題児、騎士団内にも存在する。厳しい隊長の下に配属されれば良い。
各々鍛錬に励み、俺も巡回の任務の合間に騎士学校行きの任務をこなし、いよいよ卒業試験本番。騎士は不測の事態に備えた戦力としての同行だが、興味もある。自分が卒業試験を受けている立場の時には必死で、どう見られているかの意識なんてなかった。周囲への警戒は怠れず、同時に俺も教官に採点されているような緊張感もある。学生達は騎士をあまりに頼れば失格、俺も早い段階で手を出しては叱責が待っているだろう。
「最終確認は良いか?」
「はい、ピエトラ教官。ブジャルドが先頭で進みます。」
全体の指揮はカラビーナが行っている。アルコもそれに従い、今日もブジャルドだけが不満そうにしている。自分が先頭であることには満足しているようだが、カラビーナが主導で進められていることは嫌。そんなことが丸分かりの表情だ。今日は皆真剣を持っているため、不満を攻撃に転じさせる動きがないか細心の注意を払おう。苛立ちを味方への攻撃で表現する者もいる。少しの怪我なら俺も治癒できるが、試験を中断させなければならない状態は避けたい。今の所そこまでの攻撃性は見えない。
地図の通り森を進むにも技術がいる。それもカラビーナ主導だが、ブジャルドの反応が鈍い時にはアルコが指示を出す形になっている。アルコは森に慣れていないため、どちらに向かうのか判断できないようだ。それなのにブジャルドはアルコにも復唱されれば従う。圧があるのだろうか。
一度目の休憩は緊張感に満ちたものだ。経験があるというカラビーナとランシオもブジャルドやアルコに釣られるようにピリピリとしている。特にブジャルドの対応が張り詰めた空気を齎しているようだ。言葉少なに休息を終え、移動を再開した。
移動再開後まもなく、最初の魔物と遭遇した。四匹の集団だ。前方からの接近のため、作戦通りであればブジャルドが警告し、後ろに行かせないよう立ち回る。その間にランシオも素早く前に向かい、アルコとカラビーナが支援を行う。アルコは味方に矢が当たらないよう、魔物の動きを阻害する程度の援護射撃で、魔物に刺さることは少ない。カラビーナの魔術とランシオの槍が主力だ。
実際の戦闘は想定通りに動かないものだ。それはそうなのだが、勝手な行動をして良いという意味ではない。ブジャルドが事前の作戦とは異なる勝手な動きを始めた。集団に一人突っ込むことは危険だ。それなのに手柄を急いて突出する輩は騎士になっても存在する。彼が無事でいられる理由はカラビーナが指示を出し、陣形を変化させているからだ。剣術には自信がなかったようだが、彼女は俺と同じように戦える人だ。
「ブジャルド、下がって!ランシオ、右から入って!アルコ、左から後方を狙って!真ん中は私が狙う!」
魔術なら味方に効果が出ないよう設定できる。ブジャルドに近い位置は魔術でカラビーナ、槍でランシオが狙い、比較的距離のある魔物は矢でアルコが狙う。よく見られている対応だ。ブジャルドは下がる様子なく、人間の赤ん坊ほどの小さな魔物を斬りつけている。十分な傷を負わせることはできているが、周囲への警戒が疎かだ。
無事四匹とも討伐することには成功した。トドメを刺した数はブジャルドが最多だが、それはカラビーナの采配あってこそ。突出したブジャルドの評価はこの中だと最低になるだろう。
その後もう一度魔物に遭遇したが、討伐自体は成功した。しかし空気は悪いままだ。野営の準備も着々と整えられているが、ここではランシオ中心。平民が中心であることもブジャルドは気に食わないらしい。
「今日は俺が、一番活躍した。倒した魔物の数は多かっただろ!」
「そうですね。」
アルコの返事もおざなりだ。ランシオとカラビーナは黙々と作業を続けている。火を熾し、魔物避けの簡易の結界を張った。魔術が苦手でも魔力の操作は最低限できるはずのため、戦闘で用いることのないランシオが行っている。使いやすい術式自体は本人も持っていたようだ。
不平不満を垂れつつもブジャルドも食事の用意を手伝っている。軽い怪我をしているため、ランシオ主導で軽い作業を任される形となった。実際作業が辛いのだろうブジャルドは文句を言いつつも従っている。明日の行程は問題ないのだろうか。
「騎士だって手柄を立てるのは重要だろ!手柄を立てた人への尊敬の念とかないのかよ。なあ騎士さん?」
基本的に会話に参加することはない。質問には答えても良い。これは質問ではないように感じられるが、返事を禁じられているわけではない。ピエトラ教官もやれやれといった様子ではあるが、俺を止める様子を見せない。答えても良いということだろう。
手柄を求める騎士も当然いるが、トドメを刺せば良いというものではない。評価は上司が行う。目立つ攻撃の部分だけを評価する隊長の班は班としての成果が上げられない。目的を達することが重要であり、手柄に執着するべきではない。それぞれの役割をこなすことが最も必要な行動だ。陽動の役割を担い、そのまま相手を粉砕してしまうような強い騎士は尊敬される。しかし真似することのないようにという注意もされる。無駄な怪我を減らすことが騎士団としての戦力を維持するために必要な行動だ。
俺の返事にブジャルドは黙り込んだ。他三人も作業を続けつつ話を聞いてくれている。元々三人は手柄に固執していなかった。それでも騎士から直接この話を聞くことに何か意味を感じたのだろうか。




