鳥奏村
笛が様になり、一局吹けるようになった頃、冬が明けた。いよいよ鳥奏村への視察が始まる。出身のルスキニアも既に紹介してもらっており、ウグイスの姿で同行してくれるそうだ。そちらは当日のお楽しみと一度も見せてもらえていない。
まずは着替えだ。メルの背に乗ればあっという間に着く、王都よりも近いという話のため、ここで完全な服装にして行く。今回は鳥の柔らかさと華やかさの出る服にするという話で用意された。ファルクスの妻としての訪問になるため、スカートでお願いしている。既に決まっている服への着替えにそう時間は掛からない。今回も大層可愛らしい服だが、これがファルクスのお好みらしい。今までより色鮮やかだが、淡い色合いで固められているからか派手には感じない。不思議なものだ。
部屋の前で待っていたファルクスは相変わらず黒で染めている。しかしそのジャケットも落ち着いた金で翼が刺繍されており、今回の行き先に合わせて選ばれていると分かった。シャツは俺より少し深い緑色だ。薬草の入った生クリームのような色にも見える。
「食いしん坊だな。きっと色々振る舞ってくれる。楽しみにしていると良い。お前も今日に相応しい服装だ。」
今日は頭を撫でる仕草も控えめだ。せっかくのヘッドドレスがずれてしまうからだろうか。手を繋いで出発すれば、すぐ馬車に乗せられる。メルとルスキニアは郊外で待機しているそうだ。隣に腰掛けると俺のスカートの柄とファルクスのジャケットの刺繍が意識して合わせたように見えた。俺の柄は白、ファルクスの刺繍は落ち着いた金。色こそ違えど同じ翼が象られている。一見お揃いに見えないのにこうして仕込んでくるなんて油断できない。
夫婦としての行動だ。毎回気にしていてはきりがないだろう。意識してみれば俺は全体的にふんわりとした袖周りやスカートで可愛く仕上げられているのに、ファルクスは引き締まった格好良い仕上げにされている。領主夫妻としての演出なのか、単にファルクスの好みなのか、いったいどちらなのだろう。可愛いものを好む要素はあるだろうが、ここまでにされているのは演出という理由もありそうだ。今日は小さな横笛でも一曲披露できるように仕上げてきた。演奏する姿でも見惚れるが良い。音色は練習中も聞こえていただろうが、演奏する姿は一度も見せていない。ここは何も言わず、その場で見惚れる姿を鳥奏村の人々にも見てもらおう。
待ち合わせ場所に到着し、メル達と合流する。その頭に乗っている可愛らしい小鳥がルスキニアだろうか。温かな音色で挨拶をしてくれた。俺も挨拶を返せば、頭上に向かって飛んでくる。しかしそれはファルクスに叩き落された。姿勢を崩しても地面までは落ちてしまわない。あんなに小さいのに人の手で叩かれて怪我はしないのだろうか。
「鳥の雌雄は分かるか?分からないのなら全て拒否する姿勢を見せろ。不埒なことを考える輩もいるからな。」
分からないが、男か女か、どちらをより問題と考えているのだろう。ファルクスの妻なら男をより警戒すべきなのだろうか。それならルスキニアは問題ない。彼女だけ許可する姿が問題なのだろうか。ミールウスの部下だからという口実では不十分なのだろうか。
ファルクスを見れば呆れた顔をし、俺の頭を軽く撫でた。メルも当たり前だろとルスキニアを自分の頭の上に戻した。理由は二人とも教えてくれないまま、メルは近くの木陰に入っていった。すぐに竜の姿に変化したメルが出てくる。紅い鱗の竜は相変わらず格好良い。これだけを見たならどれだけ厳つい男なのかと思うところだ。実際には体だけ大きい少年だ。騎士のお姉様方からは好かれるだろう。
大きな竜の頭に小さな鳥が乗っている。飛行中は温度や風を快適に近づけるよう魔術を施してくれることになっているが、本当にルスキニアは吹き飛ばされてしまわないのだろうか。そう聞こうとしたところ、ルスキニアはメルの前方に飛び、メルはぱくりと食べてしまった。ファルクスを掴み、今目の前で起きたことを訴える。メルが鳥人を食べてしまった。これは大問題だ。
「食べていないから安心しろ。事前に聞いている移動法だ。今回が初めてでもないらしい。」
人の口の中に入るなんて信じられない。本人が良いと言っているのならこれ以上何も言わないが、俺は真似したくない。大きさ的に心配要らないか。もっと大きな竜がいても遠慮しよう。
俺達もメルの背に乗る。今回も横乗りだ。既に何回も練習したため、問題なく乗れる。密着してしまうこと以外何も問題はない。特にメルの背だとファルクスもすることがないのか、何度も俺に口付けてくるのだ。
「俺の妻だという自覚が足りないようだからな。」
十分自覚している。だからこうして着飾り、共に鳥奏村などに行こうとしているのだ。夜だって一緒に眠っている。口付けだって文句を言いつつも受け入れている。魔人化も十分だと聞いた。これ以上何をしろと言うのか。
また苦情を口付けで封じられた。移動がメル任せで良いからといって遊びすぎではないか。これから歓迎されるというのに、着くまでに疲れてしまったらどうするのだ。呼吸が乱れるほどなんて頻繁には許さないと伝えている。家で時間のある時、何も予定がない時限定だ。今はこれから仕事がある。本当に俺の条件を覚えているのだろうか。
「もちろん覚えている。今は時間があり、着くまで予定がない。」
家で、寝るまで予定がない時限定だ。ここは家ではない。鳥人を頭や肩に乗せるのが駄目だと言うのなら従おう。こんなやり方をせずとも言うことは聞く。俺も別に彼らをお伽噺のお姫様のように乗せてみたいと思っているわけではないのだ。ルスキニアを叩き落とすのは可愛そうだと思っただけ。むしろ俺を着飾って喜ぶファルクスなら、小鳥を肩や腕に何羽も乗せている姿を喜びそうなものなのに、これは嫌なのか。やはりファルクスの考えていることは分からない。
戯れている間に着いたようで、メルが着陸した。気付けば見知らぬ風景だ。平原も見えるが、俺達が最初に行くのは山側、鳥奏村。少し登るそうだが、道は軽く整備されている。そのため靴も特に歩きやすい物である必要はないと聞いたのだが、木枠の階段のような物があるだけで、ヒールで歩くような道ではない。もっと歩きやすい靴にすれば良かっただろうか。
「その必要はない。小鳥は木に留まるものだろう?」
どういう意味かを問う前にファルクスは俺を抱き上げた。片腕に腰掛けているような姿勢で、もはや人目を憚ることすらしない熱烈な恋人同士のお出掛けだ。下手に暴れることもできず、不本意な姿勢で歓迎を受けることになるだろう。
メルも人型に戻っており、いつになく格好良い服装に着替えていた。表情も引き締まって見える。丈の長い上着がメルの鱗のように紅く、その中に含まれる羽の柄も俺の服にある柄とまた異なる。これで成長途上と言うのだから空恐ろしい。ヴェルート王国にいたなら令嬢が列をなして選んでもらえることを待っていただろう。中身を知ればそのうちのいくらかは離れていくだろうが、それでも十分引く手数多になるはずだ。
「フラール、お前の夫は誰だ?」
何をわざわざ聞いているのか。意味の分からないファルクスの質問に答えれば、満足したように歩き出す。後ろを見ればメルもいつもの笑顔で手を振ってくれた。姿だけなら魔王国第一王子の腹心として説得力のあるものだ。こうして素の動きが出れば少々可愛さが出てしまうか。竜というだけで恐れられ得るということを考慮にするなら、むしろこのくらいでちょうど良いのだろう。今のメルなら少し話すだけで怖がる必要はないと分かってもらえる。親しみを感じてもらえる人格を持っていることは大きい。そうでなければ小型の鳥人ばかりの村に同行なんてさせられないか。村から歩いていける程度の距離に竜が着陸することを彼らはどう感じるのだろう。事前に知らせているため、受け入れてくれてはいるのだろう。それとも魔王国では竜も恐れられることもあるというだけで、人間達のように恐怖の対象ではないのだろうか。確かに人間からすれば魔王の最高戦力は恐ろしいが、魔王国民からすれば自分達を守ってくれる頼もしい存在か。
木枠の階段を登って行けば、徐々に囀りが聞こえてきた。既に歓迎が始まっているのか、常に誰かが囀っているのか。見られる前に自分の足で歩きたい。そろそろ下ろしてと頼むのだが、ファルクスは必要ないと下ろしてくれない。必要かどうかではなく俺が歩きたいと言っても返事はさほど変わらない。
「俺の妻なのだろう?それを見せる時間でもあるんだ。このまま行こう。」
結婚お披露目会でその姿は見せている。しかし当然ではあるが、国中の全員がそれを見たわけではない。一理はある。ファルクスと共に訪問、挨拶ということは公務だ。今は妻として、この行動を受け入れよう。ヴェルート王国ならこんなに甘えた態度で仕事に臨むなどありえないが、これがファルクスのやり方なのだろう。
木の枝で作られた門には小鳥が沢山留まり、囀っている。いつの間にかメルの頭の上のルスキニアもいなくなっており、どこにいるのか分からない。俺達が村に着く直前に知らせに行く手筈ではあったが、いつの間に行ったのだろう。門の所に紛れているのか、他にいるのかさえ俺では判別できない。小鳥達の見分けなんてつかないのだ。
「歓迎感謝する。案内してくれるか?」
笛の音のような返事に続き、一羽の小鳥が目の前を螺旋状に飛び、それから進んでいく。ファルクスもそれに続き、案内するという返事だったのだろうと推測できた。移動の間も美しい音色に包まれ、また結婚式をしているかのようだ。人の姿は一つもない。ここでは鳥の姿での歓迎が最大の敬意なのかもしれない。学んだ範囲では獣人でも鳥人でも、人の姿と獣の姿のどちらかが本来の姿という意識はなく、どちらも自分の姿という認識だと習った。それでも何か文章では説明しきれない感覚があるのだろうか。
家の屋根や窓、花壇にいる小鳥達に加え、俺達の周りを一定距離保って飛んでくれる小鳥がいる。中にはメルの頭の上に乗っている者もおり、そのせいで花冠ならぬ鳥冠ができていた。今の格好良い姿のメルには可愛すぎて似合っていないが、メルの普段の様子には合っている。メルまで彼らのようにピーヒョロと口笛を鳴らし、会話をしているようだ。メルは彼らの言語としての囀りを学んだのだろうか。勉強があまり得意とは聞いておらず、俺も感じていない。とても意外だ。
「よくここの村で遊ばせてもらっていたからな。耳で覚えたのだろう。あれも座学は苦手だが、実践的な学習なら早いくらいだからな。」
小さな竜と小鳥の遊び。なんだかお伽噺の中のようだ。想像するだけで可愛らしく、ちょっと見てみたい気分になる。何をして遊んでいたのだろう。歌っていたのだろうか。それとも追いかけっこか。それなら竜のほうが圧倒的有利に感じられるが、幼い竜はまだ上手く飛べないこともあったのだろうか。メルの人型の子ども時代なら想像できるが、竜の子どもは上手く想像できない。今も普段の様子は子どものように無邪気で素直なことがある。
ファルクスの子どもの頃はどうだったのだろう。外を走り回って遊んでいたのだろうか。勉強を抜け出して怒られている姿なんて想像できない。無邪気な満面の笑みだって見たことがない。いつも微笑みか不敵な笑みだ。今だって微笑みで小鳥達に応えている。
「フラール。俺ではなくこの村の者達を見てやってくれ。彼らはお前のことも待っていたのだから。」
小鳥達だって見ている。ファルクスばかり見ていたわけではない。そんな不満も今は表に出せず、自分から額に口付けて誤魔化した。ヴェルート王国から嫁いできた令嬢との仲が友好的なものであると見せられれば、彼らも安心するだろう。
切り替えて彼らとの交流だ。籠から花びらを降らせる鳥達の下をくぐり、用意された柔らかな椅子に辿り着く。ここだと示すように案内してくれた小鳥は鳴き、椅子の背に止まった。止まり木も前方に幾つも用意されており、周囲からふわりと小鳥達が集まる。椅子は二つ用意されているが、ファルクスが腰掛け、俺はその太腿に座らされた。メルもその背後に立ったため、一つしか使われない。今日は移動の足兼護衛なのだろう。警戒はしているのだろうか。小鳥達とチチチと会話することもあり、表情は既に緩んでいる。騎士団で護衛中にあんな態度を取っていれば叱責間違いなしだ。降格どころか謹慎まであり得る。あれは職務放棄と見做されてもおかしくない。警戒していたなんて言い訳は通用しないだろう。警備している雰囲気と表情も求められるのだ。そもそも護衛中は置物になるべきであり、自分が交流してはならない。その感覚自体がこの国では求められていないのだろう。
「今日のメルがいつもと異なり目を引くのは分かるが、こっちも見てくれ。妬いてしまうだろう?」
またファルクスがおかしなことを言っている。俺はメルに見惚れていたわけではない。ただ護衛のような立ち位置なのに気の緩んだ態度に驚いただけだ。ファルクスの部下とヴェルート王国の騎士との違いを目の当たりにしていた。ファルクスはいつもと変わらない。服装は異なるが、大きく雰囲気は変わっていない。落ち着かない視線と微笑みで俺を見ていることなど、毎日朝晩だけでなく茶の時間にもされていることだ。
急に音が消えた。メルも会話していた小鳥達も口を噤み、葉の擦れる音だけが残る。止まり木に並んだ小鳥達もどこか凛々しい顔つきになったように見えた。一羽だけこちらに背を向けている。その子が高く飛び上がり、止まり木より少し高いくらいまで沈む。同時に小鳥達の音色が曲を奏で始めた。
春の暖かさと爽やかさ、時折深みを感じるその音色はとても不思議なものだ。合唱と呼ぶべきなのだろうが、合奏のような響きをしている。小鳥ばかりと聞いていたのにどこからか比較的低音も聞こえた。音楽に合わせて合唱団の背後に舞う鳥達も色とりどりで、見た目にも華やかだ。歌っている小鳥達もぴょこんぴょこんと跳ねる時があり、釣られてこちらも体が揺れてしまう。
「フラール、村長に挨拶しよう。」
促されて立ち上がると、すぐ傍に俺よりも小さなお婆さんが立っていた。服装も俺達以上に華やかで、目に楽しい。軽く片膝を曲げ、令嬢の礼というよりは跪くに近い姿勢で礼をしてくださった。ファルクスもこの歓迎に礼を言い、握手を求める。彼女は手も小さく、ファルクスの手で見えなくなってしまうほどだ。続けて俺も握手をしてもらうが、柔らかく潰してしまいそうで不安になる。そんなわけないと分かっていてもそっと触れる程度になった。
俺達のこの対応すら彼女は喜んでくださった。俺も笛の練習をしてきたのだが、それをここで披露して良いものだろうか。ルスキニアにはこっそり伝えているが、時間を用意してもらうとしか聞いていない。笛自体はメルに預けている。
「我らの音色に似せた笛を奥様は練習してくださったとルスキニアより聞いております。是非お聞かせいただけませんか。」
今だ。こうして振ってくれたなら披露できる。ファルクスが戸惑う雰囲気を感じつつ、彼が何かを言う前に返事する。彼にも内緒で練習してきたのだ。本当に全く気付いていないなんて意外だが、むしろ好都合だ。振り向けばさっとメルが俺の笛を差し出してくれる。これも上手く隠せていたようで、ファルクスはほんのり驚いてくれた。ここからもっと驚くことになるのだ。音色は聞こえていたかもしれないが、まさか披露できるほどとは思っていなかっただろうか。たった三ヶ月の練習でも、ある程度形にはできるのだ。
先程まで歌っていた小鳥達も聞いてくれている。当然彼らには遠く敵わないが、これは競うものではない。勝敗を決める音楽ではないのだ。最初は音を出すにも練習が必要で、運指を覚えるところから始まった。それが短くとも一曲吹けるようになったのだ。ファルクスがどんな顔で聞いているのかを見る余裕はないが、きっと驚いてくれる。後で感想を聞くのが楽しみだ。選曲はミールウスとメルに相談した。最初はラクエウスに相談したのだが、それならその二人に相談するのが良いと勧められたのだ。ミールウスは俺の雰囲気から、メルは鳥奏村で演奏するならという観点から助言をくれた。どうしてメルがその助言なのか疑問にも思わなかったが、今なら分かる。この村の雰囲気を最も把握している人物がメルだったのだ。もしかしたらルスキニアとも考えてくれたのかもしれない。
演奏を終え、拍手のような囀りを受ける。ファルクスとメル、村長さんは拍手をしてくれた。ファルクスは感心したような表情だ。重ねて感想を求めることはあまり褒められた令嬢の行動ではないが、魔王国では令嬢としての行動をあまり求められない。きっと聞いても良い。
「上手だった。この村にもお前にも似合う音色だったよ。そこまで上手くなっていたとは驚きだ。頑張ってくれたんだな。」
メルにも手伝ってもらったと伝えれば、すっと視線がそちらに向いた。それなのにメルは照れくさいのか目を逸らす。お礼にも礼儀的な回答しか返さない。今日は公務のため、振る舞いに気を遣っているのだろうか。その割に道中は小鳥達とお喋りしていた。あれも彼らの言語では王子の護衛らしい話し方をしていたのだろうか。
今の話の流れなら、村長さんにメルの幼い頃のことを聞けそうだ。幼いメルはこの村でどう過ごしていたのだろう。ゆっくり聞きたいため、お婆さんにも座ってもらいたい。ファルクスにそうお願いすれば、快く俺の願いを叶えてくれた。村長に空いている席を勧め、自分達も着席する。
そうして始まった小さな竜のお話はとても可愛らしいものだった。まだ今ほど長距離を飛べず、ここまで来るのがやっとの小さな竜は小鳥達と飛び回り、彼らに混ざって囀っていたそうだ。小鳥を背に乗せて飛び、疲れてはよちよちと地上を歩く。遊びすぎて両親が迎えに来ることもあったそうだ。
赤い顔のメルには悪いが、もっと聞かせてほしいとせがむ。この村には気軽に来られないのだ。今しか聞く機会はない。俺だって女装しては可愛いと言われ続けているのだから、幼い頃の話で可愛いと言っても良い。ファルクスが育てたようなもので三人目の親のような関係なら、俺はその妻だ。幼い頃の話くらい聞かせてもらっても良いだろう。




