結婚お披露目会
ヴェルート王国で用意された衣装よりも細かな刺繍が沢山施された婚礼衣装。黒が基調であることは変わりないが、淡い緑の刺繍が増え、煌めきも増している。肩や首周りの露出も増えているが、こちらでは男と気づかれても問題ないため気にしないことにした。ファルクスが満足そうだから良いだろう。その彼も同じく黒基調であり、俺のドレスよりは控えめだが随所に俺の髪や瞳と同じ緑の刺繍が施され、宝石も緑だ。王子様と騎士様、領主様の良いとこ取りのような決まり具合。これからメルの背に乗って移動しなければならないのに、それを言い出せない。ファルクスも俺を見たまま動かない。
「想像以上だ、フラール。よく似合っている。」
繋いだ手が必要以上に揺れてしまっても良い。今日は特別な日だ。彼がご機嫌に見えることも気にしない。宝石がお揃いになっていることも指摘しない。今日ばかりは俺を着飾って、見て楽しむことも許してやろう。
城から竜型のメルの背に乗り、城下町の上空を通過する。低空飛行のため、大通りに並ぶ人々の姿まで見えた。表情までは見えないが、多くが待っている。俺達を祝うためか、俺達が通り過ぎた後から始まる宴会が目当てか。おそらくは後者だろう。そのためにこうして盛大に結婚の報告と妻である俺のお披露目が行われるのだ。
城下町の大通り端に辿り着けば着地し、メルはゆっくりと歩いてくれる。これは一番の竜の部下の役割で、大変名誉な仕事らしい。強大な戦力にもなる竜の信を得ていると示す意味もあるそうだ。こうして歩くために王都城下町の大通りは非常に幅広にされている。メルはまだ成長中のため道幅にも余裕があるが、十分成長している竜の場合は大通りに人が出てくることはないらしい。今回は道にも人がおり、安全のためミールウスが先導してくれている。メルにぶつかりそうな人がいたら注意し、間に合わなさそうならメルにも停止を指示する。一定の線から出ないよう兵士も警備を行っているが、念の為の安全策だ。警備兵に守られながら見物客に手を振り、拡声術で集まってくれてありがとう、この後の宴を楽しんで、と言葉を返す。彼らは拡声術を使っていないようなのにお祝いの言葉が届いた。
到着地点は魔王城。歩いている背後からもう宴会が始まっているような声を聞きつつ、待ち構える魔王夫妻に挨拶をする。祝福の言葉を頂き、お披露目会は終了だ。自由時間になるが、城下へのお出掛けは控える。その代わり俺達は魔王夫妻と庭先で再び茶会の時間だ。もちろん断っても良いが、この衣装を見せればきっとお母様も喜ぶだろう。魔王陛下はお母様のようにお父様と呼ばれたいだろうか。その確認もしたい。改めて簡略の挨拶を行う。お母様と呼び掛けた挨拶に、魔王陛下もピクリと反応した。
「羨ましいな。お母様の夫ならお父様だろう?俺のこともお父様と呼んでくれないか。」
やはりヴェルート王国とは大きく距離感が異なる。王子妃が国王陛下を父と呼ぶことなどありえない。まず王妃殿下を母と呼ぶこと自体ありえない。ここではそうした関わり方をするのだ。望まれているのに拒む理由もない。お父様もファルクスの父にしては若く見える。五百年も生きたとは思えないほど若々しい。魔人の外見は人間より変わりにくいと習ったが、こうして目の前にすると不思議な感覚に陥った。
着席を許され、菓子を勧められる。先程から気になっていたのだ。机いっぱいに並べられた菓子の塔は四人でも食べ切れそうにないほど多い。何より種類が豊富だ。見たことない果物も多く使われている。まずは紅茶から味わおう。
香ばしく、後味は爽やかだ。味の主張は強くない。今日の菓子を楽しむためのお茶なのだろう。特別お茶に詳しいわけではないが、飲んだことのない品種な気がする。
「よく気付いてくれたわね。アウルムが採集してくれたものを加工しているの。魔王国でしか飲めないわよ。」
特定の土地でしか育たない葉で淹れられた紅茶。あちらのずっと向こうと指し示す方向は魔王城よりもさらに東で、幾つもの山脈が連なっている。人間では到底辿り着けないだろう。あの山々の向こう側に自生する葉を摘み、加工し、こうして紅茶になっている。改めて考えると先程よりも特別な味わいを含んでいる気がした。
次はお菓子だ。どれから食べよう。宝石のような紅いベリーの乗ったタルト、雲のようなシュークリーム、羽のようなクッキーと種類も豊富だ。最初は煌めく六角形のケーキにしようか。土台は淡く黄色がかっており、上にはクリームが乗っている。両方がなんだか煌めいて見え、美味しそうだ。
「お目が高いわね。それも東の山奥に生息する蜂の蜜を使っているの。」
蜂蜜のケーキだ。そうと聞けばこの六角形も蜂の巣を模した形に見えてきた。ちょこんと六つに分けられて乗せられたクリームとその下の生地を纏めてフォークで掬えば、ザクザクとした感触が返ってくる。小さな六角形の穴があり、そこには白い砂糖の粒がまぶされているように見えた。口に含んでもクリームの滑らかさと砂糖のザクザク感、生地の柔らかさのいずれにも甘さが感じられる。意外とクリームが爽やかな甘さに感じられ、生地の部分が濃厚な甘さ、砂糖はもちろん甘いがそれよりも舌触りや食感の印象が強い。舌に少しパチパチと刺激も感じるが、辛いわけではない。不思議な食感だ。甘さは喉を通る時までほんのり甘いと錯覚してしまうほど濃厚な部分がある。
数口食べ、見られていることに気付く。三人ともにこにこと俺を見ている。食べないのだろうか。ひとまず美味しい菓子への感謝を述べる。用意されている段階での言葉だけでなく、食べて美味しいと重ねて感謝を伝えることは悪い印象にはならないだろう。
「気に入ってもらえて嬉しいわ。改めて、結婚おめでとう。そのドレスもとても良く似合っているわ。星から零れ落ちてきた世界樹の使いのようね。」
淡い緑の刺繍が煌めいている。それが星に見えたのだろう。生地の黒が夜空だろうか。とても素敵な表現だ。俺はそんなに大した人間ではないが、王族の一員として相応しい言動に努めよう。もっとも今聞いている範囲ではヴェルート王国の王族より求められるものが少なそうだ。日常の民との関わり方は騎士をしていた頃と同じ。他種族との交流がどうなるか次第か。
今は菓子に集中しよう。せっかくの祝いの場なのだ。それも俺達の結婚を祝ってくれているのだから、不安そうな顔なんて見せたくない。口に含んだ濃厚な蜂蜜の味は意識せずとも思考を逸らしてくれた。
「この後、王家の墓にも案内しようと思っている。お前が拒むならその限りではないが、共に入ることになる墓だ。」
本当にファルクスと結婚したのだ。同じ墓に入るなんて、そうでなければ出てこない話。婚礼衣装まで着て、夫婦扱いされ、同じ寝台に眠り、今更かもしれない。それでも同じ墓に入ると言われれば、一層自覚が深まる。拒む必要はない。拒めば一人でどこかに埋葬されるだけになる。フィブラ家の墓は兄とその家族が入っていく場所だ。家を継がない者はそこに入らない。ましてや俺は嫁いだ身。婚家の墓に入るのが基本だ。ここは令嬢でなくとも適用される部分だろう。
お母様も結婚した際、王家の墓を見たのだろうか。ヴェルート王国でも墓にはあまり行っていない。魔物討伐で亡くなった同僚の墓参りをしたことがあるくらいだ。それもあまり好きではない。そう何度も感傷に浸りたいとは思えなかった。
「もちろん私も見たわ。この部屋に入るのは俺とお前の二人だけだ、キリッ、てね。歴代魔王やその子の墓もついでに見てみると良いわ。ちょっとした個性が見えるわよ。」
部屋という点も気になるが、個性が出るとはどういうことだろう。魔王国の墓はヴェルート王国の墓と事情が異なりそうだ。
茶の時間を終え、ファルクスに案内される。外に行くのかと思いきや、魔王城の内部、地下へと進んでいった。暗い廊下をファルクスの明かりで照らし、幾つもの扉の前を通り過ぎる。静かではあるが、墓場という雰囲気ではなく、ただの静かな王城の廊下のように感じられた。その中の一つの部屋に入れられる。既に墓が一つあり、そこには「生命力に溢れ、定められし時を生きた女性グラティア、ここに眠る」と記されていた。
「グラティア、俺の新しい妻を紹介しよう。フラールだ。時間は掛かったが、ようやくお前の遺言通り、前を向けそうだ。」
栗鼠の獣人だったと聞いている。活動的だったようなことも聞いた。何よりファルクスがとても大切にしていたという点は、聞いた以上に感じ取れた。俺が来るまでずっと庭まで彼女の好みで維持させていたくらいなのだから。ただ、俺自身が交流していたわけでもない人にどう語りかければ良いのだろう。心の底から愛し合った妻と、男の身ながら政略結婚で嫁いで来た妻と。ひとまず挨拶でもすれば良いだろうか。
心のなかでグラティアさんに向けて挨拶をする。自分の夫の新しい妻なんてどんな気分で挨拶を聞くのだろう。新しい人を見つけて幸福に戻ることを願った人なら喜ぶのだろうか。ファルクスと心から愛し合える女性ならそうかもしれないが、妻として愛する気もない人間が来たなら怒るかもしれない。それとも、それでもファルクスの選んだ人だからと祝福されるのだろうか。人柄が分からない以上、どんな反応をされるのか想像すらできない。
ファルクスは俺を見ていた。もう随分昔のことと言うその表情は穏やかなものだ。それでもグラティアさんのことを忘れたわけではなく、また墓に向かって語りかける。
「これでお前も安心して眠れるだろうか。俺の屋敷に作らせた、お前の毛を埋めた墓はまだ撤去できそうにないがな。それは許してもらおう。」
墓を撤去とはどういうことか。一度建てたら撤去などしないものだ。思わず声に出すと、ファルクスは説明してくれた。あの屋敷はあの地域を治める領主の住まう屋敷であり、基本的に墓は残さない。歴代の領主も自身の大切な人の墓を作らせても、新たな伴侶を得た際、あるいは自身の死をきっかけに撤去するよう指示している。この遺骨の納められた王家の墓だけが残され、そこで共に眠るのだ。
彼ら自身が墓の撤去を知っているのなら、俺から反対する必要はない。俺の墓も同じになって構わない。どうせ自分の死んだ後のことなど分からないのだから。
「できればお前には俺を看取ってほしいな。二度も大切な人を失いたくはない。」
魔人化すればそれも可能だ。俺の寿命はどうなっているのだろう。ファルクスと同程度まで生きるのだろうか、それとも俺のほうが生きている年数が少ない分、さらに先まで生きるのだろうか。気にはなるが、まだまだ先の話だ。今から寿命の終わりの時間を聞く必要もない。事故や病気、今なら戦争でも死なないことを祈ろう。
ファルクスとその妻の入る墓部屋から出て、廊下に戻る。お母様の勧め通りその他の墓部屋も見てみようと他の扉に入れられた。そこには十一もの墓が建てられていた。一つの墓を囲むように十の墓が建っている。まさか十人も妻がいたのか。
「魔人は長命種だ。伴侶が短命種ばかりなら、妻の死後に新たな妻を迎えてもこの状態になり得る。彼は妻の死後、数年から十年ほどで新たな妻を迎えていたそうだからな。」
魔人の寿命は千年ほどと聞いた。人間でも百年ほど、栗鼠やウグイスなど小型の獣人や鳥人なら五十年ほど。確かに浮気をしていなくともあり得る人数だ。ミールウスは魔王国に着いたからと鳥人の寿命が五十年なのは本当と教えてくれたが、その後ラクエウスとの勉強でそれも嘘であることが分かっている。鳶の鳥人の寿命は人間と同じ百年だ。
「なるほど。すぐに騙されて可愛いという話はそういうことか。よく叱っておかないとな。」
興味本位の墓覗きは褒められたことではない。魔人の彼らが気にせずとも俺は気になるため、もう扉を閉めてもらう。他の墓部屋を覗く気にはならない。結婚お披露目会の日に来る場所でもないような気がする。それとも生者の力に溢れる今日だからこそ来る意味があるのだろうか。ファルクスの横顔からはこの場所をどう捉えているのか読み取れない。
地上に戻れば急に呼吸が楽になる。ヴェルート王国の墓のようには感じられなくとも、ある種の緊張感はあったようだ。この後は寛ぐ時間。今夜は魔王城に宿泊するが、明日にはファルクスの屋敷に帰る。その後はまた勉強の時間だろうか。俺はいつになれば十分な知識を得られるのだろう。まだ何も妻としての仕事をできていない。
「共に眠っているだろう?俺を癒やすことも妻の仕事だ。」
そういうことにしてくれているだけだろう。そうでなければ子どものように教育され、面倒を見られているだけだ。確かに二百年生きているファルクスから見れば俺は子どものようなものだろうが、実際には騎士もしていた一人前の大人だ。今の状況に不満はあるが、こうして環境を用意してくれているファルクスに訴えることこそ子どもっぽい。今しばらく知識を入れることに専念すべきだ。




