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騎士の俺がお妃様!?  作者: 現野翔子
魔王国編

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竜のメル

 街での収穫は多かった。昼食も外で食べ、服も多く選べた。当然全ての店を回れたわけではないため、また行きたい。そんな希望も当たり前のようにファルクスは受け止めてくれた。一日張り切ったためか、夜もすぐに眠ってしまった。風呂もどうやって上がったのか覚えていないくらいだ。きっとファルクスがなんとかしてくれた。ありがたいが、これに甘えてばかりではいけない。俺ももう少し気を引き締めよう。

 ファルクスが仕事の日は俺も勉強の日にし、次の休日である今日はファルクスの部下の一人だというメルを紹介してもらう。どんな人、竜なのか詳細は聞いていない。会ってから本人に聞くと良いという話だ。主人の妻として認めてもらえるだろうか。

「そう気張らなくて良い。最初は俺も同席しよう。」

 家の窓から外を見る。国境とは反対側の山を紅い竜が飛んでいる。あれがファルクスの部下メル。街を挟んで向こう側の山なのにその姿が確認できるほど大きい。山の麓に飛んで行き、姿が消えた。竜も人型を取れるそうだ。国境付近に竜や鳥人が近づくことは人間に恐怖を与える。そのため、国境付近での飛行は基本的に禁じられている。飛べる種族でも地上を歩いての移動が基本だ。メルも住処としているあの山から降りてくる時には飛ぶが、郊外の小屋に着陸し、この屋敷までは歩いてくる。到着まではもう少し時間が掛かるだろう。

 待っている間に仕事をすると言って、ファルクスは執務室に戻っていった。俺も勉強していよう。今日はメルと交流する予定のため、ラクエウスも休日でいない。一人で本を読むだけの時間だ。術式でも考え始めようか。馬車に取り付け、誰でも簡単に振動を軽減できるようにする術式だ。魔力の調整が不得手な獣人も使うことを想定に入れるなら、少量の魔力でも大量の魔力でも問題なく作動する術式が良い。最初の魔力のみ注ぎ込めば、その後は自動で周囲から魔力を取り込んでくれるように調整したい。簡単に術式が壊れてしまわず、発動させる瞬間も簡単で、停止させるにも困難を伴わない。馬車自体に術式を刻み込んでしまうのが楽か。傷が付くにくい箇所で、魔力を流し込む入口は分かりやすく大きくする。魔道具を後付できたほうが便利ではある。

 馬車本体ではなく魔道具を後付で。その魔道具に刻む術式も不得手な獣人でも扱える物にする。術式の魔力許容量を増やし、と着実に構成を考えていく。詳細な術式はまた今度にしよう。そう頭を上げると目の前にファルクスが座っていた。

「集中していたな。早速考えてくれているのか。」

 絵と文字で何についての術式を考えているのかは分かったのだろう。まだ構想段階だ。どのような方向性で術式を組むのかという部分だけで、具体的な術式の基礎にも踏み込んでいない。小さな馬車から大きな馬車まで一つの魔道具で対応できたら良いとも思っているが、どこまで可能かはこれから考えるところだ。

 ファルクスはいつからいたのだろう。メルはもう屋敷に到着したのだろうか。来客の合図は鳴っていない。それとも聞き逃してしまったか。

「いや、そろそろ来る頃だろうと待ち構えていただけだ。」

 言い終わると同時にラパーチェがメルの帰還を伝えた。俺からするとメルが来ただが、この屋敷の人々にとってはメルが帰って来た、のようだ。簡単に鏡を見て確認し、服を整え直す。今日はファルクスの奥様に見える、上品な落ち着いた服だ。その雰囲気は今も崩れていない。俺が来るからとしばらく屋敷を不在にしてくれていただけのため、身構えた服装でなくても良いと女物の部屋着にした。

 確認を終えると部屋に訪問者が来た。メルだ。ファルクスに呼び掛けている。確かにここはファルクスの部屋だった。今は俺とファルクスの部屋になっている。許可が出れば背の高い少年が入ってきた。頭一つ分以上高く見える。体格は騎士のように立派で、しかし表情は子どものように無邪気。服装も仕事中の平民のように動きやすさ最重視の物だ。

 何も考えずに入ってきたのだろう足が一歩で止まった。俺を凝視している。ぎこちない様子で手を差し出してくれた。緊張しているのだろうか。初めましてと名乗るが、フラールの後に何を付ければ良いのか分からない。ファルクスの家名は何だろう。結婚したのに知らないなんて不思議なことだ。今はひとまずファルクスの妻と付け加え、その手を取った。

「可愛い!なんか、良い匂いする。ファルの匂いもしてる。」

 匂いを嗅がれる。まだ手の甲だから許そうと眺めていると手首にまで鼻が近づいた。ファルクスが俺を抱き寄せてくれた。竜は挨拶に互いの匂いを確かめるのだろうか。何故かファルクスが俺の手首に口付ける。手首になら許そう。人前で唇にしないなら許容する。これ以上は駄目と軽く睨みつけ、メルには笑顔を向ける。これで第一印象は良いものになっただろう。

 奥様として余裕の挨拶だ。そう思っての対応なのに、ファルクスは協力してくれない。俺の首筋に顔を寄せ、深呼吸した後、口付けまでして。唇ではないがこれは許容範囲外。俺の腰に回された腕を叩き、するりとその腕の中から抜ける。奥様らしく人前ではしないという約束をさせよう。

「残念だ。妻だと理解してもらいやすい行動だと思ったのだが。」

 メルはまだ十八歳、子どもだから行動も見せて教えると告げられた。人間ならもうそろそろ大人扱いになる年齢であり、ここまで子ども扱いにはならない。背の高さや体格は大人の男性と遜色なく、はっきり言葉にせずとも先程の匂いを嗅ぐ行動が失礼だったと気付く力もある。初対面の相手に、というよりファルクスの妻に、という理解のようではあるが、今はそれで良しとするようだ。

 それにしても部下と聞いていたが、随分慕っている様子だ。幼い頃の話は聞いて良いだろうか。メルに暗い表情は見えないが、だからといって聞かれたくない過去がないことにはならない。

「ファルが卵から育ててくれたんだ。親とも毎日会ってたけど。今は多くても月に一回だけだな。俺ももう仕事してる大人だからな!」

 基本的にファルクスが育てていたのだろうか。今もファルクスに会っていない間のことを報告している。腰に下げた小さな鞄からは大きな宝石のような紅い球体を出し、見せている。ヴェルート王国ならとんでもない値段が付きそうだ。その上、それに魔力を込め、大きな蹄鉄のような形に変えた。宝石でも金属でも、魔力を操作するだけで形状を変えるなど聞いたことのない技術だ。歪みも見えない。宝石類の鑑定ができるわけではないが、光沢のある物なら比較的分かりやすいとお母様から習っている。

 当然のことをしたように、メルは何もそのことには言及しない。ファルクスも驚く様子なく、これがどうしたと聞いている。魔王国では、いや、二人にとってはこれが自然なことなのだ。

「フラールにあげてもいい?ファルの奥さんだろ?俺も守るよ。」

「ああ、本人に受け取ってくれるか聞いてみると良い。」

 首飾りの一種だと言って差し出してくれる。どう着けるのかは後から聞けば良いだろう。きっとラパーチェが知っている。贈り物にするのならメルも知っているのか。紅い蹄鉄のような形をした物を受け取る。意外に軽いこれは一体何なのか。金属のような手触りなのに、ほんのり温かい。許可を貰い、魔術でも調べてみると強い魔力で細工が施されていた。

 くらりと目眩がした。ファルクスが支え、ソファに座らせてくれる。もう紅い贈り物からは何も感じない。魔術で解析しようとさえしなければ安全だ。これは一体何なのだろう。

「俺の鱗で作ったネックレス。危害を加えられた時に自動で守ってくれるようにしたんだ。」

 竜の鱗はお伽噺に出てくる、とても強力な素材だ。確かに竜が実在するなら竜の鱗だって実在するか。しかしお伽噺では竜を倒し、戦利品として剥ぎ取っていたような記憶がある。痛くはなかったのだろうか。

「落ち鱗だから大丈夫。」

「抜け毛のようなものだ。心配しなくて良い。管理はしっかりさせている。」

 大きな力を秘めるため、悪人の手に渡ると大変なことになる。そうはならないように保管をしているそうだ。身繕いをし、その時に落ちた鱗を保管する。この鱗はその中の一枚らしい。誰にでも加工できるわけではないが、その鱗の主であるメルにならできる。複雑な柄ではないが光沢のある首飾りは今日の簡素な服だと少し浮いているが、装飾品と考えるなら魅力的な輝きを持っている。これは日常的に着けたほうが良いのだろうか。

「一人で出掛ける時は着けてくれるか?」

 ファルクスも心配してくれているのだろうか。幅の広い蹄鉄のような形は合わせる服が難しそうだ。夜会に出掛けるようなドレスならともかく、街や森に出掛ける時に合うスカートは選べるだろうか。せっかくならしっかり似合う姿をメルにも見せてあげたい。ファルクスにも見せれば、俺が忘れず着けて出掛けると安心してもらえるかもしれない。

「それなら三人で出掛けるか。」

「俺の巣に来てよ。フラールも一緒に!背中に乗っけてやるよ。」

 あっち、と廊下の側を指してくれる。ここからは見えないが、そちらには山があった。確かにお伽噺にあった竜の通りなら、その巨体が住める場所はそうした所になるだろう。周囲と比べると小高い丘になっているこの屋敷よりも遥かに高い山の上にメルの巣はある。十分な防寒をして行こう。

 二人には部屋から出てもらい、ラパーチェに相談する。このメルの鱗から出来た蹄鉄型のネックレスを必ず使う、山の上に登れるくらい暖かい服装にする、という条件だ。この前ファルクスに買ってもらった白いコートを着る良い機会だ。

「今日は雪のイメージで纏めましょうか。」

 このコートはファーが付いており、雪のようだ。一緒に買ってもらったセーターも雪のようにふわふわとした物だ。登山をするわけではないが、竜の背には乗る。今回はスカートではなくズボンにしよう。靴もふわふわのブーツだ。仕上げにメルから貰った竜鱗の蹄鉄型首飾り。前に来ている部分が少し幅広になっているが、何か名称があるのだろうか。ヴェルート王国でも見覚えがあるような気もしないでもないが、少なくとも俺は身に着けたことがない。

 鏡の前で一回転してみる。ふわりと広がる裾、フードだけでなく裾にも袖にもブーツにもあるふわふわが雪のような印象を与えてくれそうだ。また妖精と言われるのだろうか。

 二人を部屋に呼び戻し、お披露目する。ファルクスは満足そうで、メルも喜んでくれた。特にファルクスはメルの鱗の首飾りを撫で、これで安心と言う。ファルクスも着替えており、黒いコートで暖かそうだ。いつもより抱きしめられた時の感触ももこもこしている。

「よく似合っている。雪の花のようだな。」

 今回は妖精ではなかったが、なにかに例えがちという彼の傾向は掴めてきた気がする。メルも張り合ってか可愛いに続けて言葉を探し始めた。既に褒め言葉は貰ったと玄関に向かい、三人で馬車に乗り込む。コートを着ていては少々暑い。ファルクスに抱き寄せられているからだろうか。

 窓の外には時折擦れ違う人がいる。既にファルクスの屋敷の敷地からは出ており、散歩に使われる森に行ける道だからだろう。ファルクスも手を振り返した。今日の俺はスカートではなく、装飾品もメルから貰ったネックレスのみ。可愛い系ではあるが、妻に見えているだろうか。

「俺がこうして触れているんだ。皆、妻だと思うだろう。」

 今日は黒をズボンにしか含めていない。それでも妻に見える。山の上には他の人もいないだろうと考えると、今日はそこまで気にしなくても良いかもしれない。それでも魔王国民に不仲と思われないよう、馬車の中でもしっかり寄り添っていよう。ファルクスがせっかく抱き寄せてくれているのだ。それをわざわざ拒む必要もない。

 街も通り過ぎ、山の麓に馬車は止められる。戻る予定の時刻を伝え、馬車と御者は戻っていった。ここからはメルの背に乗って移動する。そうコートのボタンをファルクスに留められた。自分で留められるという言葉も甘い口付けで封じられる。魔王国の王子様は献身的な性格をしているらしい。

 俺達の準備が整った頃には紅い鱗の大きな竜がいた。頭を下ろしてもらってようやく撫でられる大きさだ。地面に顎をつけても肩ぐらいの高さになっている。これが竜。その竜の背に乗って飛ぶなんて夢のようだ。しかし鱗がザラザラしているだけで、掴まれそうな所はない。ここにどうやって乗るのだろう。

「竜の鱗で作った手綱がある。それに包まれて荷物のように運ばれる選択肢もあるな。」

 せっかく竜の背に乗って飛べるのに、外が見れないなんて残念だ。手綱を使って乗らせてもらおう。俺の返答を予想していたようにメルは鱗を変形させた。本人になら自由に変形できると説明されても不思議な気分だ。魔術を使ったふうでもないのに、大きな魔力の圧も感じさせず、熱した金属のように、あるいは縄のように鱗は動いた。

 メルによろしくと言うファルクスの真似をし、促されるまま騎乗する。馬とは異なりこちらから指示を出す必要はない。メルにはどこに行くかを伝えるだけだ。それならこの手綱には何の意味があるのだろう。ファルクスも俺を抱きしめるようにしながら握っている。

「主に俺達の姿勢安定だ。馬の手綱のように動かないだろう?」

 言われてみればこの手綱はメルの胴体に繋がっており、意思を伝えるには適さないように見える。手綱のように見える部分と鐙のように見える部分が繋がっており、鞍のようとも言える。胴体にも鱗を変形させたベルトのような物が装着された。確かに空中を飛ぶならそのくらいはあってほしいか。

 準備完了とメルは力強く飛び上がる。眼下に街が広がり、森と屋敷、それから国境が見えた。意外と寒さを感じず快適だ。全体的に暖かいが、特に首飾りの部分にほんのりと熱を感じる。

「ある程度までの暑さや寒さにも対応できるようにしてくれたのだろう。竜の魔力と魔人の器用さの一部をメルは併せ持っているからな。」

 ファルクスも誇らしげだ。自分が育てた自慢の息子のような感覚だろうか。メルの反応はない。飛んでいる時は聞こえにくいのだろうか。

「いや、聞こえているが、話しづらいらしくてな。緊急時や指示に関しては返事もしてくれる。」

 今は雑談だから返事をしない。確かに背中を向けたまま会話をするような状態になっていると考えれば、話しづらいか。首だけこちらを向けるにも苦しい姿勢だ。安全のためにも飛ぶことに集中してもらおう。

 風も強いが十分周りを観察し、会話する余裕がある。そんな快適な空の旅はすぐに終わり、ぽかんと空いた何もない地面に降り立った。ファルクスに抱きかかえられて着地すれば、すぐ目を塞がれる。少し待てという言葉は分からないが、ガサガサと移動する音や衣擦れの音は聞こえた。

 ファルクスの手が離れれば、着替えも済ませた人型のメルが誇らしげな表情で立っていた。どうだと言わんばかりの顔は子どものようだ。よしよしと高い位置にある頭を撫でてやれば大型犬のように素直に喜ぶ。今回ばかりはファルクスもメルが俺を抱きしめても何も言わず、俺は苦しいほどの包容を受け取った。加減は今後覚えてもらおう。

 離れればメルが先導してくれる。ここの木々で身繕いをする、ここはお昼寝の場所、ここはしっかり眠る場所、とまるで家の中の案内だ。彼にとってはこの山が家なのだろう。ファルクスも知った様子で子どもの頃のメルのことを話してくれる。今と変わらない元気な子どもだったらしい。三人目の親のようなファルクスと結婚したからといって、まさか俺を母と思っているわけではないだろう。友好的に関われるならそれに越したことはない。そうあちこち動き回るメルについて周り、山の案内を受けていった。

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