対姫様戦
ジョストラ辺境伯との茶会は無事に終了した。ファルクス殿下も俺のドレスのことを話せたからか、国境付近での侵入者の扱いを再確認できたからか、上機嫌だ。今のうちに午後のドレスも選んでもらえるか聞いてみよう。揺れる馬車の中で体を寄せ、効果があるのか分からないお母様直伝の甘え方を試してみる。ファルクス殿下は微笑まれるが、俺の攻撃が効いたからなのか分からない。それでも午後のドレスの話は切り出せそうだ。
姫様にはファルクス殿下を狙うことが国益にならないと理解していただく。ファルクス殿下がお望みなのは地位や身分のある女ではなく俺なのだと見せつけるためのドレスが欲しい。それなら身に着ける色は黒。全身にファルクス殿下の色を纏い、ファルクス殿下に選んでいただいたと自慢するのだ。
「良い案だな。刺繍はお前の色にしよう。」
侍女に指示し、ドレスを数着用意させる。その中からファルクス殿下はこれが良い、これのこの部分がこうなっている物はないか、など真剣に選んでくださった。この離宮にどれだけのドレスを保管していたのか、おおよそ希望に合ったドレスが用意される。
色は俺の希望通り黒。刺繍はファルクス殿下の希望通り、俺の髪に近い黄緑。裾や袖、腰回りなど髄所に施される。髪飾りも手袋も黒。足元まで黒で統一されている。たった一つ、肩周りを隠せるようにという俺の希望だけは聞き届けられなかった。
「素肌を抱き寄せたほうが効果的だろう?人間はその感覚を持っていないのか?」
肌の露出している箇所に触れることは、令嬢なら特別な間柄の相手にのみ許すものだ。騎士ならそこまで厳しくない。胸や尻以外なら露出している女性はいる。訓練中なら動きやすさなどを理由に露出が増えている。バイオネッタはその腕の筋肉を見せつけるように俺の隣に並んできたことがある。彼女は筋肉質で逞しいが、男性に間違えられるようなものではない。俺とは異なる肩周りだった。つまり俺が肩を露出すれば男だと分かるということだ。だから露出したくない。必死に訴えると侍女が様々なショールを持ってきてくれた。どれも肌触りが良く、透けることのない物だ。俺の隠したいという方針に合った物を持ってきてくれたのだろう。
今度はそのショールをファルクス殿下も真剣に選び始める。前回同様白も良い。黄色や桃色は可愛すぎる。ファルクス殿下の隣に立つ、相応しい女と見せかけるなら濃い色が良い。青か赤か。最終的にはファルクス殿下に選んでいただく。それこそが姫様への効果的な攻撃になるだろう。
「これにしよう。次は俺の服だな。お前が選んでくれ。」
伝えていたのか、他の侍女達がずらりとファルクス殿下の服を並べた。全体的に重い印象の強い服が多い。確かに最初に出会った夜会から、彼は黒を多く身に着けていた気がする。髪と瞳が漆黒であるというだけでなく、黒が彼の色のように認識している人は多いかもしれない。それなら俺の黒いドレスはより一層姫様への見せつけになるだろう。
ファルクス殿下はご自身の黒を俺のドレスとして選んだ。それなら俺は自分の緑を彼の服に選ぼうか。しかし明るすぎる色も彼に着てほしいとは思えない。シャツくらいなら似合うだろうか。上着はもう少し濃い、深い緑にしよう。ベストとズボンは黒で良い。俺のドレスだって黒を基本としているが緑も含んでいるのだ。この程度の塩梅で良いだろう。あからさまにお揃いにするのも不自然だ。今まで表に出て来なかった令嬢なら照れもするはずだ。ブローチは黒で、俺の髪飾りにも似た刺々しい花だ。短いブーツの紐も深緑にする。手袋はどうしよう。
「要らないんじゃないか?ないほうが、ほら、こうした時に目立つだろう?」
するりと腰に手を添えられる。落ち着かないが、確かに暗い色の手袋をしているより、明るい色になる肌色のほうが黒いドレスに添えた場合は目立つだろう。今日の茶会の目的はファルクス殿下との仲を見せつけることだ。多少の落ち着かなさは我慢しよう。これは任務だ。それなら俺も手袋をしないほうが腕を絡めた時に目立つだろうか。しかし剣を使う手を見せたくない。領地から出て来ない令嬢だったはずなのだ。そこで領地経営だけでなく自衛のためにも戦いを学んだと言い張ることも可能だが、不信感を与える要素はなるべく少なくしたい。
服装を決め、午後の茶会のため馬車に乗り込む。ずっと腰に触れているのは何故なのだろう。誰も見ていない今、そんな演技をする必要などない。これから姫様と戦うのだ。馬車の中でくらい休憩したい。
「慣れておかないと気付かれるぞ?このくらい当然の関係になっていると見せつけてやれば良い。」
腰のリボンの内側に指が差し込まれる。飾りのリボンのため、そこから素肌に触れられるわけではない。そうだとしても紳士としてあるまじき行動ではある。これを笑顔で、あるいは少しの照れで受け入れてこそ見せつけか。慣れる必要性には反論できない。魔王国の品格を疑われる点は気にされないのだろうか。
「これまで十分に示してきた。お前の態度次第で問題なくなる。」
俺が嫌そうにすれば問題になる。照れている姿は良いだろう。その上で喜んでいるように見せれば良いのだ。肩にも触れられるかもしれない。その場合は触れる瞬間、離れる瞬間を姫様に見られないようにしたい。ファルクス殿下の手で隠れている間は良いが、男の俺の肩を見せたくない。そのためのショールだ。肩にも慣れるため触れてもらう。二の腕まで触る必要があるのか分からないが、一瞬でも嫌そうにしては怪しまれる。演技のための練習は必要だ。
少しの練習と十分な心の準備を整え、会場に入る。姫様と親しいご友人のみ参加される茶会だ。招かれているのは俺一人であり、ファルクス殿下は送ってくださっただけ。この一瞬のためだけに服も選び、触れ合いの練習もしたのだ。
姫様方は座ったまま俺を出迎えようとしたが、その隣にファルクス殿下がいることに気付くと急いで立ち上がった。ファルクス殿下は俺の腰、リボンに指先を入れるようにして彼女達の挨拶を受け入れ、俺に挨拶を促した。するりと手を離され、令嬢としての挨拶が許される。ただの伯爵令嬢のために送り迎えまでしてくださったことは俺から言うことではない。あまりに挑発的なことを言うと不敬罪になりかねない。
「俺も同席して構わないか?フラウのことが知りたい。」
上手い言い訳だ。基本的に令嬢同士の茶会に、それも飛び入りで男性の参加は認められない。認められても紳士的な行動とは見られない。しかし魔王国という文化も感覚も大きく異なる場所だろうからの客人ということで甘く見られるのだ。ただ、俺にも送り迎えだけという態度を見せて急に言い始めたということは、おそらくこれがヴェルート王国の礼儀に則っていないことは理解されている。つまり魔王国からの客人という立場を存分に利用されているだけ。長く一緒にいる姿を見せればそれだけ綻びが出やすい。俺としても帰ってほしい。
帰ってほしいなどと言えるはずがなく、ファルクス殿下に意見を求められれば、私も一緒にいられる時間が長くなるのは嬉しいと可愛らしい感想を伝えることしかできない。ショールを握り、口元を隠す。引きつりそうな笑顔を誤魔化すためだが、これで照れているように見えないだろうか。ファルクス殿下の手は既に俺の腰に戻ってきている。幼い頃からの婚約者同士でもこんなに人前で、それも王族の前で触れ合って見せはしないだろう。
「交流の機会をいただき光栄ですわ。ぜひこちらからもお願いします。」
姫様も表面上は快く受け入れられた。戦力面では圧倒的に勝っている魔王国の第一王子相手だ。下手なことはできないのだろう。そうだとするならやはり王太子殿下が女装騎士を差し向ける行動を取るなんて馬鹿としか思えない。ファルクス殿下がそれを面白がり、俺を男と知って連れ帰ろうとしているから問題になっていないだけで、騙す意図などを考えれば反感を買っても仕方のないことだった。
ファルクス殿下は姫様が友好のために嫁ごうとしている相手でもある。本心でも交流の機会を得られることを喜んでいるのかもしれない。しかしその視線は俺とファルクス殿下を行き来する。この服装の意味に、色に含めた意図に気付かれるだろうか。読み取れないまま、席に案内された。
急遽一人増えたため、去っていく侍従の後ろ姿が見えた。急ぎ追加で椅子を一つ用意させたのだろう。姫様はファルクス殿下に自分の隣を勧める。しかしファルクス殿下は一つ空けて座り、俺の腰を強く引いた。
「フラウ、ここに座ると良い。」
涼しい顔で勧める先は彼の太腿の上だ。令嬢は人の太腿に座らない。相手が婚約者であったとしても、人前では座らない。そもそもファルクス殿下と俺は婚約していない。人前でなかったとしても許されざる行いだ。受け入れても令嬢として地獄、拒めば任務が失敗しかねない。ショールで目元まで隠すことで時間を稼いだが、これはどう返事すべきなのだろう。ひとまず婚約していないこと、ヴェルート王国の礼儀上許されないことを伝えよう。
「婚約したようなものだろう?魔力を交換した。それもただの交換ではない。俺の魔力をお前の全身に刻み込んだはずだ。」
魔力の相性を確かめた記憶はあるが、刻み込まれた記憶はない。しかしそれを言えばファルクス殿下が嘘を吐いたことになってしまい、その口論をこの場で始めては姫様に見せつけられない。ここは彼の言葉を肯定しよう。その上で、それでも人前では恥ずかしいと誤魔化す。それなのにファルクス殿下は半ば強引に俺を引き寄せ、耳元に口を近づけた。
王女の隣に座りたいのか。そう問う声と共にその手が肩をなぞった。練習しておいて正解だった。急にこんなことをされては驚いて飛び退いてしまいそうだ。王女の隣に座りたいのかという問いには否を返そう。至近距離から観察されては俺が男だと気付かれてしまうかもしれない。そう考えるなら確かにファルクス殿下の太腿に座ることは正解のように思える。必要以上にファルクス殿下に近づくことは令嬢の行動として褒められたことではなく、ファルクス殿下側から令嬢に近づくことも同様だ。姫様と常に距離を保つための最善になる。問題は太腿に腰掛ける練習をしていないことか。触れるよりはできそうだと失礼いたしますと控えめに体重を掛ける。
「可愛らしいことだ。」
ぐいと腰を抱き寄せられ、ぴったりと体を密着させられる。俺が本当に令嬢なら殴っていたところだ。この茶会が終わったら存分に苦情を入れさせてもらおう。姫様の前で婚約しているようなものと言ったことに対しても文句を言うくらいなら許されるだろう。
嫌がっている様子は見せない。口元をショールで覆い、深呼吸をして澄ました顔を作る。姫様は引きつった笑みを浮かべておられ、手に持った扇も僅かに湾曲していた。自分の入り込む隙がないことに悔しい思いをされているのか、令嬢としてあるまじき行動を取る俺に憤っておられるのか、一体どちらだろう。その答えは咳払いを一つした姫様自身によってすぐ開示された。
「フィブラ伯爵令嬢、ここは貴女の家でも客人の滞在されている離宮でもないわ。貴女のお母様が知れば悲しむでしょうね。」
お母様は貴族の令嬢達に礼儀作法を叩き込む家庭教師をしている。伯爵夫人ではあるが、侯爵家や公爵家の令嬢にも対応した教育ができるようで、一部では有名人らしい。むしろフィブラの名をお母様経由で覚えている人もいるかもしれない。
姫様を無視するわけにはいかないが、返答には困る。こういう時はファルクス殿下を頼ると良いと聞いた。お父様も惚れている相手に頼られると嬉しいものだと仰ったのだ。ファルクス殿下が本当に俺に惚れているのか半信半疑だが、少なくともここでは喜ぶ演技をしてくださるだろう。
きゅぅと彼のシャツを摘む。自分から体を預け、正当な姫様の指摘を真正面から受け止めない。第一、先程の強引な引き寄せ方を見ていたのなら、俺から拒めるわけがないというのは姫様にも分かるだろう。魔王国第一王子の強引な求めに対し、一伯爵令嬢に過ぎない今の俺が怪我をさせかねないほどの抵抗などできるはずがない。振り解けとでも言われるおつもりなのだろうか。
「こちらの姫君は国のことをよくお考えだ。フラウ嬢の行動については俺が許しているから問題ない。心配なされるな。」
この姿勢から変えるつもりはない。しかし角は立てない。上手い言い方だ。姫様は本当に俺の礼儀を問題にされたのだろうか。軽く頭を下げ、上げても扇で口元を隠している。表情があまり読めない。喧嘩を売っていると思われてはいないだろうか。この心労分も特別手当として求めて良いだろうか。目立たない伯爵家出身で、今は一般騎士。そんな人間に他国の王子の気を惹けと命令し、あまつさえ太腿に座ることも受け入れさせ、自国の姫君と戦えなんて無謀過ぎる。
表情を笑顔に固定し、他の公爵令嬢達からの質問にも答える。まだ茶会は始まったばかりだった。




