まだ妃じゃない!
ファルクス殿下をもてなすことも俺の任務の一部となった。それは良いのだが、何故か夜会のパートナーとして誘われてしまったことには納得していない。それもフィブラ家の関係しない夜会だ。いつもはパートナーを伴わずに参加されるようで、魔王国からの賓客という点で認められていた。それなのに今回はファルクス殿下が俺をパートナーとして指名された。そんなことをされてしまえばただついて行けば良いというものではなく、国内貴族を把握し、それぞれの領地の特産品についても学ぶ必要が生じる。騎士としての通常の任務は免除となっているのに何故か忙しくなってしまった。
今夜は立食パーティに同行する予定だ。ダンスと異なり密着することはないが、既に気付かれている今意味はない。他の男性に気付かれる危険がないという点では意味があるか。衣装も急ぎファルクス殿下の要望に沿って手直しさせたと連絡を受けている。どんな要望なのか恐ろしい。しかし侍女の出してきたドレスは淡い金にも見える黄色の生地に黒い花と蔦の刺繍が施されているドレスで、念の為罠の有無を確認しても何も怪しい点はなかった。合わせて届けられた黒いリボンと宝石にも細工は施されていない。純粋に贈り物のようだ。ただし肩周りの露出が多いドレスは歓迎できない。流石に肩を露出しては男と分かるだろう。
「ショールで隠しましょう。ほら、これだとこの前のデートの時のようなお花の妖精のようになりますよ。」
黒い花で妖精になるのだろうか。以前よりフリルも少なく、少々不安になる装飾の少なさだ。これに合わせるならと侍女が持ち出した白い手袋も黒いレースの縁取りがあるだけで、着けていないよりは良いという程度の物。大人しく着せられるが、本当にこれで夜会に参加するのか。
完成品を見ても不安が残る。垂れたリボンと腰回りに纏わりつくような蔦の刺繍が男性的な体から視線を逸らしてくれると信じよう。街に出掛けた時は白のブラウスにフリル、レースや刺繍で、カチューシャも鞄も白だった。今回はリボンも刺繍も靴も黒。全く異なる雰囲気に仕上がっている。
今から別の物に着替える時間はない。大人しく待っていると、間もなくファルクス殿下が迎えに来られた。見るなり頭の天辺から足先まで確認される。自分で選んだドレスの完成度をお気に召したのだろうか。大人しく俺のお母様に任せておけばもっと安全な格好にできたと理解していただきたいが、残念なことに服選び自体は悪くない。期待薄だ。
「よく似合っている。まるで夫人だ。」
後半は聞かなかったことにしよう。一体誰の夫人と言うつもりなのか。蔦の柄に合わせて腰をなぞる手も無視して家を出る。胸もあるように見せかけるため、輪郭に沿って刺繍があるが、そちらも触らせない。女性相手の場合、胸元に手を伸ばすなどしないはずだ。それなら俺だって拒んで見せることが自然になる。腰もなぞるように触るのは失礼に当たる。他のご令嬢から魔王子のそのような悪評は聞いていない。他にはしていないのか、誰も意見できていないのか。一見威圧感があるが少し話せば怖い人でないということはすぐに分かる。きっと他にはしていない。そうだとするなら遠慮なく拒んで怒ってみせても良い。俺にだけしていると特別感を周囲に見せられるなら好都合だ。
馬車でも隣に座らされた。基本的に対面に座る、相手のほうが身分や地位が高いなら進行方向と逆に自分は座る。そう習ったのに、自然に誘導された。ファルクス殿下が気遣ってくださったのだろうか。お礼を言い、会場まで視線を感じながら時間が過ぎるのを待った。
会場入りは最後だ。全員の注目を浴びながらの入場は初めてになる。今回は前回のダンスパーティより参加者は少なく、侯爵家以上の参加に限られていた。つまり参加者の中で最も身分の低い人間が俺だ。そのことを意識してか、ファルクス殿下もしっかりと俺の腰を捕まえていてくださる。姫様や前回の茶会に同席された公爵令嬢方も見えた。最初は主催のヴェスティ公爵夫妻への挨拶だ。
ヴェスティ公爵領は羊毛産業が盛んだ。冬場の衣類ではその製品も多く流通している。軽く暖かい加工も加えられているため、騎士団でも冬用制服の素材に使われていた。令嬢としてはマフラーに言及すれば良いだろうか。肌触りもその断熱性も知っている。雑な世辞には聞こえないだろう。
「フラウのドレスも似合っているだろう?俺が選ばせてもらった。」
「ええ、とてもよくお似合いです。前回の可憐な白も今回の美麗な黒も、彼女の魅力を引き出していますね。」
今回は確かに黒も含まれているが、あくまでリボンや刺繍、宝石といった部分にのみだ。前回のダンスパーティでは全体が白に桃色の部分が含まれていた。白から黒という印象になるのか。それより単なる伯爵令嬢という立場でしかなかった俺の衣装を覚えているなんて驚きだ。これが公爵夫人の仕事なのか。参加者全員の服装など覚えていられる自信がない。落ち着いた様子で会話されており、何故か俺のドレスを自慢しているファルクス殿下にも動じず対応されている。公爵夫人も俺に微笑みかけた。ファルクス殿下がおかしなことを言っているから、俺まで同じ扱いをされたではないか。ここで不満を言うわけにはいかないが、後で苦情を入れるくらいは許してくださるだろう。
俺としては大きなフリルも考えたが、性別を誤魔化すには役立つだろうと思いつつ、実際に着るには抵抗が大きかった。小さなフリルの物ならまだ耐えられる。今回はフリルが一切なく、刺繍の装飾が中心。これなら綺麗だと思って着られた。悔しいことにファルクス殿下はその塩梅を攻めるのも上手いらしい。
「お茶会の際も黒い刺繍とリボンがよくお似合いでしたわ。」
夫人の傍におられるのはご令嬢、カミーチア様。姫様に茶を掛けられた際、心配してくださった方だ。その時は暗めの水色のドレスに紺色のショールだったはずだ。自分の服装は覚えているが、他の令嬢の服装は覚えていない。こういう時はなんと答えれば良いのだろう。黒い刺繍もそうだった。お母様に選んでもらった時は明るい色合いや白が多かったのに、前回の茶会から何故か黒い刺繍の物になっている。少し凛々しい雰囲気になり、騎士であることがバレないかと思っていたが、杞憂だったようだ。今のところ一度も疑われていない。
続けて王族の方々への挨拶を行う。今回は姫様が参加されているようだ。あからさまに俺を睨むようなことはされないが、はっきりとファルクス殿下にだけ挨拶された。改めての令嬢教育の際に習った小さな嫌がらせの一つだ。俺と同格以下の令嬢ならファルクス殿下もいる前ではしないだろうが、侯爵家以上の令嬢ならする可能性がある。お母様の言っていた大したことのない女に姫様も該当するようだ。反撃方法も習った。ファルクス殿下の腕に軽くしがみつくことだ。いや、彼の腕は俺の腰に回されている。この状態でどうしがみつけと言うのか。体を寄せてみよう。腰に添えられた手に自分の手も重ねてみた。
ちらりとファルクス殿下がこちらを見てくださった。俺を見て、姫様を見ている時より表情が和らぐ。意図しての表情だろうが、姫様には効いただろうか。今回は何か王太子殿下からも言い含められたのか、前回より表情も取り繕われている。少なくとも手に持った飲み物を俺に掛けようという行動は見られない。あの時も紅茶を掛けたのは姫様本人ではないが、それを咎めなかったなら同じことだ。今回はさすがに茶会よりも多い人数かつファルクス殿下本人の目の前ということもあり、非礼な行動を取れないらしい。
「長い友好のため、手を取り合えることを願っているわ。」
「こちらも架け橋になってもらえることを期待している。」
架け橋、という言葉と共にファルクス殿下は俺に目を向け、腰に回した腕に力を込めた。姫様もその腕を見ている。架け橋は姫様ではなく俺を指している。おそらくその認識は同じだろう。俺は妃になるとまだ受け入れていない。
他の方々への挨拶も恙無く終わり、ゆっくりと食事と歓談を楽しむ。食事の用意もあるが、中心は交流のため、そんなには食べられない。服装のせいもあり、一口ずつ味見する程度になる。花のような牛肉も宝石のような果物もあるのに残念だ。勝手にファルクス殿下から離れるわけにもいかず、ただ笑みを浮かべ、相槌を打ち、各領地の特色など学んだ点から会話に参加する。緊張する時間だ。今も話している相手の領地の特産が分からない。アムレート公爵家の姉弟であり、姉は前回の茶会で同席したセータ様。俺に飲み物を掛けた侯爵令嬢を叱責し、俺に謝罪するよう促してくださった方だ。厳しさはあったが、筋は通していた。つまり俺が男だと知れば糾弾してくる可能性はある。十分に隠したい。さりげなさを装い、ショールでなるべく体を隠した。
「フラウ嬢も噂以上のお美しさだ。」
「ええ、そうよ。そんなに恥ずかしがらないで。」
ファルクス殿下も二人の発言に乗ってか、俺の肩を抱き寄せる。彼の手で隠れるなら受け入れよう。今は愛らしい令嬢を演じているのだから、何も拒む必要はない。曖昧に微笑み、二人への返答もファルクス殿下への反応も誤魔化す。凝視されることは避けたいが、話題が思いつかない。彼らの領地の特産品でも分かればその話題を振れば良いのだが、それを忘れた場合には服の細部について褒めれば良いとお母様からは教わっている。今こそそれを実行する時だ。
セータ様のドレスは俺と異なり、肩も露出し、体の線が露骨に出るのに下品に見えない難しいもの。深い緑のドレスに水色で葉の刺繍が施されている。ドレスに施される刺繍としては見た覚えがないが、俺が覚えていないだけだろうか。ドレスの材質は見ただけでは分からない。ファルクス殿下も来られる夜会に着て来るなら上質な物ではあるはずだ。どれもよく分からないため、葉の種類について尋ねてみよう。
「よく気付いてくれたわ。フィブラ伯爵が手放したがらないのも納得ね。この葉は桑の葉なのよ。うちは養蚕業が盛んだから、このドレスも領民の作ってくれた絹から出来ているの。」
話題選びは正解だったようだ。分かって質問したわけではないが、そうと受け取ってもらえるならそういうことにしておこう。言われてみれば、俺のショールもアムレート領の絹で作られていた気がする。とても肌触りもよく、しっかりと他人の視線から俺を守ってくれている。このことも伝えれば大変喜んでくださった。それは良いのだが、絹の話を聞いてか、ファルクス殿下が手触りを確かめるように俺の肩を撫でている。後にできないのだろうか。なんだか落ち着かない。
他の方々との会話も済ませ、夜も更けた頃に帰還となった。ショールとファルクス殿下の手のおかげか、性別を疑う目すら向けられることはなかった。無事に一仕事終了だ。今はもうファルクス殿下の手は必要ない。それなのにずっと俺に手を添えられている。
「禁止というわけでもないのだろう?」
好きにすれば良い。もう疲れてそれどころではない。このまま離宮に帰るという言葉にも反論する気力が湧いて来ない。ファルクス殿下の滞在される離宮に泊まるならそれでも良い気分だ。早く休みたい。離宮でも侍女が丁寧に手入れしてくれ、良い布団で休ませてもらえるのだ。離宮の侍女達はもう俺が男だと把握しているため、隠す必要もない。眠る前に軽く食事も取りたい。立食パーティだったはずなのに、あまり食べられていないのだ。
令嬢のドレスの話もお母様から聞いていたが、実際にセータ様と話してみるとこのように活かすのかと分からされた。本当に俺の知識で領地に留まり続けるつもりだった令嬢として通用するのだろうか。あのように格好良い令嬢がいるのなら、俺もそんなに可愛いに寄せなくとも令嬢と思ってもらえそうな気もする。体の線が出る服装を避けるなら可愛い系になってしまうのだろうか。せめて色合いを淡い系から変えられればもう少し着やすくはなりそうだ。
「それも良いな。また何か選んでおこう。魔王国に着てくれたなら一から仕立てることもできるのだが、今は選ぶくらいしかできないからな。」
別にファルクス殿下に選んでほしいわけではない。今回の黒い刺繍は気に入っているため、選ばれたくないわけでもないが、忙しいはずの彼の手を煩わせるほどでもない。それなのにファルクス殿下は重ねて自分が選ぶと仰った。強く拒む必要もないため受け入れ、次に姫様に会った時に自慢してみようかと冗談を言う。その前に王太子殿下に報告しなければならない。姫様との対立は心臓に悪い。王族の方を敵に回したいわけではないのだ。




