次の作戦
橋口が麗子の左足に載っていたコンクリートブロックを外すまでに、四、五分経過していた。
外傷は大したことはなかったが、内出血して肌が変色している。
麗子は髪を後ろで一つにする為に使っているリボンを外した。
そのリボンに術をかけて、ダメージを受けた左足に巻いた。
少しでも回復を早くする為だった。
そして左足に負担を掛けないように、ゆっくりと立ち上がるが、床の凹凸でバランスを崩した瞬間に痛みが身体を駆け抜けた。
痛みでよろけ、橋口に寄りかかってしまう。
「麗子、やっぱりそれ、その足、相当ヤバイでしょ…… 私一人で三井を倒すしかないんだケド」
「だめよ。かんなが一人で行ってやられたら、今の私じゃどうしようもない。だから、絶対有利になるこの二対一の関係を崩しちゃだめだよ」
「けど、その足じゃ…… さっき、麗子の霊弾をそのまま弾き返したんだから、向こうもかなり力を失ってるはず。力が弱ってれば、一対一でも勝てるんだケド」
そもそもさっきの金田との戦い時も、そう思っていたところで、金田自身の霊力を引き出されて危ない目にあったのだ。危険すぎる。
「三井は『ド変態』かもしれないけど、優秀な除霊士だから、やっぱり力を使われたらやばいの」
その時、金属の格子に炎が上がった。
「?」
炎は三井が作り出す赤い炎ではなく、青白いものだった。
そこにキツネの姿が浮かび上がった。
生き物の茶色い毛のキツネとは違い、全ての毛が真っ白な霊狐だ。
キツネの姿は、炎の外に飛び出し、本物のキツネのように振る舞った。
「キ、キツネが出たんだケド」
『お初にお目にかかる』
四つ足のままそう言って、キツネは軽く頭を下げた。
「しかもしゃべったんだケド……」
麗子は、驚く橋口の背中をさすって落ち着かさせた。
「大丈夫。これは私の中のものだから」
以前、学校の自然教室の中でこのキツネを獲得した話を、橋口に説明した。
麗子の中の曼荼羅、その右上に位置する普賢菩薩。それがこのキツネだった。
「こんなもの体の中に入れていて大丈夫なんだケド」
「まだ残り七つ埋めなきゃいけないのよね」
「どうやって埋めるつもりなんだケド」
麗子は首を振った。
「全然わかんない」
「そもそも曼荼羅のこと、麗子が知ってると思えないんだケド」
「失礼ね」
祖父が送ってきたイメージで絵姿は浮かぶものの、それぞれが何というものかは割と曖昧だった。
「じゃあ、真上を言ってみるんだケド」
「宝幢如来でしょ」
「じゃあ、次は左下のは? なんだケド」
「観音菩薩」
橋口は、ニヤリと笑った。
「あっ、なんか企んだ」
「その観音菩薩は、何を意味するんだケド」
「えっと…… 友情と同情、つまり慈悲の精神を形にしたものね」
一向に話が終わらないことにキツネは耐えきれなくなって、麗子のスカートに前足を上げてきた。
「?」
キツネは足を下ろし、口を開いた。
『おい。相手が火を扱う者なら、俺と勝負させろ』
言いながら、前足を伸ばし背中を反らせ、伸びをする。
「普通の霊体ならともかく、相手は除霊士でもあるのよ。あなたが除霊されたらどうするの」
『俺がそいつにやられたなら、その程度だったってことさ。お前の曼荼羅を埋める資格すらなかったってことだ』
麗子はため息をつく。
そして自然教室の時に、開けた穴に吸い込まれ、除霊されそうだったキツネの姿を思い出していた。
「あなた、私に除霊されかかったのを覚えてないの。私にできるんだから、ましてや資格を持ってる事務所の除霊士に掛かったら……」
『お前こそ自分の力を過小評価し過ぎているぞ。あんな力を発揮出来る除霊士が、世の中にそう何人もいるものか』
「私は事務所のバイト。ここにいる相手は除霊事務所のエースよ。経験も能力も違うの」
キツネは口先で橋口を差した。
『じゃあ、この娘と組んで戦う。それならいいか?』
「ちょっと、私組むとか組まないとか、そんなこと一言も言ってないんだケド」
麗子は橋口の顔を見つめた。
「かんな、やってみる?」
「……」
橋口はキツネと麗子を交互に見やった。
最後に麗子を見つめ返すと、言った。
「こいつと組んでみるんだケド」
『おっ、おお。よろしく頼む』
「じゃあ、作戦を立てましょう」
麗子は橋口に耳打ちした。




