S谷のハロウィン
○ィズニーの『不思議の国のアリス』の格好をした、有栖刑事が立っていた。
有栖刑事は、麗子と橋口に向かってこう言った。
『トリックオアトリート』
なんか変だ。麗子は思い、咄嗟にポケットを探るが何もない。
「かんな、飴ちゃんある?」
「TDLからの帰りの電車で、お腹減ってたから全部食べちゃったんだケド」
何か、あげないといけない気がする。いつもの有栖刑事じゃない。
『ないなら、いたずら、ってことで』
やっぱり。麗子の予想が当たった。
有栖刑事はオートマチックの銃を抜いた。
「ちょっと待って!」
銀の弾丸が入っている除霊用の銃だが、当然ながら人間に使っても殺傷能力はあるものだ。
「有栖さん!」
二人は有栖から離れるように後退った。
街中を歩く人々は、有栖の姿を仮装だと思うらしく、怖がる様子がない。
橋口は上着に手を入れ、鞭を取り出した。
「麗子、急いで! なんだケド」
橋口の声に、麗子は指を組んで九字を切り始める。
「臨、兵、闘、者……」
すると、髪を縛っているリボンから、不思議な旋律が流れてくる。
二十年前のM浜で水を操る悪霊を倒した時と同じだ。
力が漲ってくる。
有栖は銃を、有栖自身の頭に向け直した。
橋口の鞭が放たれ、生き物のように歩く人々を抜ける。
鞭は、有栖の銃を持つ腕へと伸びていく。
「悪霊退散!」
麗子の声と同時に銃声が響いた。
無関心だった人々が、急に体を低くしたり、避けるように回りこんだり、その場から逃げ始めた。
有栖刑事が仰向けに倒れた。
除霊も間に合ったか分からない。橋口の鞭はどうだったのか。
「かんな!?」
「いや、間に合ってるはず…… なんだケド」
半ばパニックになって走って去っていく人の流れに逆らって、二人は倒れた有栖刑事に駆け寄る。
「良かった! 怪我はないみたい」
麗子は有栖刑事を抱き抱える。
「けど、刑事は弾の一発一発を管理しているんだから、どんな理由で、どこで撃ったかによっては譴責もんなんだケド」
「今そんなこと言わないの! 被害はなかったし、嘘でもいいから悪霊を撃つためだったと私たちが証言するしかないよ」
騒ぐ麗子の声で、有栖刑事は目が覚めた。
「ごめんね、迷惑かけちゃったね」
麗子も橋口も首を横に振った。
すると、パトカーのサイレンが聞こえてきて止まる。同時に、交番の警官も麗子達に近づいてきた。
パトカーの到着が早いのはハロウィンで予め配置が多かったせいだろうか。
「無事ですか? 何があったんですか」
とにかくあったことを素直に話した。
するとパトカーが近くまで入ってきて、三人を乗せて近くの警察署に向かった。
警察署に着くと、三人はバラバラに取調室へ入れられた。
一人一人、個別に聴取が始まる。
大まかな出来事の整理が出来た頃、警視庁の霊能課の人間も確認の為にやってきた。
霊能課の一人が取調室に入る。
「有栖巡査長」
「すまないわね。柴田にも迷惑かけちゃって」
「いいんですよ。僕もこの前のM県での事件で、銃を持ったまま犯人の前で気を失ってましたから…… 一つ間違えば僕がそうなって」
M県の事件とは、宝仙院の生徒に呪いをかけていた男を、麗子達の協力のもと捕まえた一件だった。
容疑者を確保するために宿泊している部屋に踏み込んだところで、柴田は集まって来ていた霊に取り憑かれてしまった。
「あの娘たちもいたそうですね……」
「大丈夫、元気よ。別室で取り調べを受けてるわ」
「有栖巡査長とあの娘たち、ずっと一緒だったんですか? コンビニ立てこもり事件から、突然姿を消した真相を聞かせてください」
霊能課だからと言って、信じられる内容とそうではないものがある。だが、有栖はあえて柴田に話すことにした。
「ちょと荒唐無稽に聞こえると思うけど……」
有栖は、この時代にいた『水を操る』能力を持つ悪霊に取り憑かれた。有栖の『時間跳躍』の力を使って過去に戻り、過去の有栖を殺すためだった。
「人質立てこもりのコンビニから『時間跳躍』して二十年前って、すごい大胆な話の流れを、ずいぶんサラッと言いますね」
「信じる信じないは別。まだ先があるから、一通り話させて」※※※※
二人が黙ると、少しずれて調書を作る為のペンの音も止まった。
柴田は頷いた。
「二十年前の過去に移動した時、二十年前側にいた私も『タイムパラドックス』によって世界が崩壊する危険を察知し、私のいないこの時代に『時間跳躍』して来た」
八歳のアリスには『時間跳躍』するだけの霊力が不足していて、手っ取り早く、近くにいた霊を取り込んだ。
こっちの時代に移ってきたアリスは、元の時代に帰りたい悪霊に操られてしまい、取り込んだ悪霊を永江除霊事務所の四人に取り憑かせてしまった。
悪霊に操られ、その四人はアリスの作ったワームホールを使って過去に戻った。
「よく分からないんですが、その小さい頃の有栖、いえ、有栖巡査長は、この時代の有栖巡査長が…… ああ、ややこしいですね。こっちの時代で作ったワームホールを使えばよかったのではないですか?」
「ワームホールは片側にしか開かないのよ。そして行き先側に出口の穴が開くわけではないの。行き先側には帰る為の穴が開く」
有栖は右手と左手の指を互い違いの方向に向け、説明した。
「えっ? それじゃ、有栖巡査長は、帰りのワームホールを探し当てることが出来なければ、帰ってこれなかったことになるのですか?」
「私も、子供の頃の私も一度『時間跳躍』してしまえば、ワームホールの位置がどこに開いていようが、帰りは勝手に戻れるわ」
柴田は両手を両側のこめかみに当てて目を閉じた。
「それじゃ、さっき帰りの穴が開くって言ったのは??」
「全てを正しく解釈・理解してもらう時間はないから、先に進むわよ」
有栖は話を進める。
子供のアリスがいない為、大人の有栖に取り憑いて復讐を考えていた悪霊は困ってしまった。
大人の有栖を殺しても、その有栖はすでに仲間の悪霊を除霊してしまっているからだ。
「そもそも跳躍する時間を間違えたんですね。もっと能力の低い、幼いアリスさんがいる時代を狙えば、こんなことにはならなかったでしょうから」
「まあ、どこでも好きな時間に跳躍できるわけじゃないし」
「そ、そうなんですか?」
そこで有栖に取り憑いていた霊は、取り憑いているオールド有栖を殺すことで、子供のアリスが本来の時代に戻ってくると考えた。
大人の有栖を殺そうとしたが、逆に自らが除霊されてしまった。
「あの娘たちが除霊をしたってことですね」
「そうよ」
過去の時代にいた悪霊達は、永江事務所の人間に取り憑いて戻ってきて、麗子達と戦っているうち、子供のアリスを殺さないと自分達が除霊されることに気づいた。
「まあ、妥当ですね」
「しかし、麗子達を倒そうとして、失敗した。だから、子供の私に取り憑いた」
「それが今の時代で銃を?」
有栖は頷いた。
「今回の件に関わっている悪霊は五つ。水を操るものは、過去に戻った際にあの娘たちに除霊されている」
金を操るものは有栖が以前、ある事件の捜査の途中で除霊していた。
「残り三つ?」
「さっき私を操って、拳銃を向けた悪霊。けど、これはさっきS谷で彼女たちに除霊されたわ」
「いや、それでもまだ二つありますよ」
有栖は手を自らのこめかみにあて、さらに自分の記憶を探った。




