ハロウィン
虹色の光が、螺子山のように螺旋を描いている、細いトンネルを落下していた。
「行きの時さ、床に衝突するまいと、霊力で床を作ったでしょ?」
「ああ、他の人たちはそんなことしてないみたいね。その上、怪我もしてないから、必要なかったみたいなんだケド」
他の五人は、そもそも悪霊に取り憑かれていて、そんなことを考える余裕すらなかっただろうけれど。
「でも怖いよね。どうしようか、と思って」
「というと、どういう意味なんだケド」
二人は互いを抱きしめたまま、小さい声で話しあっている。
「やっぱり霊力で床を作って、それで減速して落ちたいよね」
「たとえばだけど、夢だとわかってても、刺される刃物は避けてしまうのは当然の心理だと思うんだケド」
「うん、そうだよね。一応、床が見えてきたら減速するよ」
虹色の光が、グルグルと回り、二人とも目が回ってきた。
しばらくすると、落下している方向に、床が見えてくる。
「減速用の床を展開するね」
「頼むんだケド」
二人は音を立てて減速用の床に足をついた。
そして一定以上の衝撃がかかると、その床は耐え切れずに割れる。
割れることで衝撃を分散しているのだ。
麗子の減速用の床が作られ、着地し、割れる。
繰り返して、十分減速したところで、本当の床に到着した。
「行きより、しっかり減速できたね」
二人は抱き合ったまま、床に立っていた。
「ここから先、どうなるんだケド」
筒状に壁が囲んでいて、右も左も、床も破ることは出来ない。まして上に上ることも出ない。
どこにも行き先がなかった。
「確かに、行きはどうしたんだっけ」
「……」
橋口は覚えていない、という感じに黙ってしまっている。
麗子は、少し思い出した。
「行きの時は、確か、かんなは寝ちゃってて。私もそれを見て安心して寝ちゃったんだよね」
今は、自分自身が未来に戻れるか、存在しているかどうか、と言う大きな不安を抱えている為、とてもじゃないが寝れる雰囲気ではなかった。
「……」
「あれ?」
麗子は少し体を離して、橋口の様子を見た。
「言ってる間に寝てるじゃん」
橋口は立ったまま麗子を抱きしめて、寝てしまっている。
「あんなに未来を不安がっていたのに」
麗子が橋口の顔を見ていると、橋口がこう言ったように思えた。
『不安がっていても何も進まないんだケド』
そうね。麗子は思った。橋口のお陰で、不安が和らぐ。
このまま寝てしまって、起きれれば丸儲けで。起きれなければ、そもそも自分は世の中に存在しなかったのだ。存在しなければ、怖がることも、痛がることすら出来ない。寝ている間に決まるのなら、もう身を任せるしかない。どのみちこのトンネルを這い上がることも、壁や床を破ることも出来ない。
麗子は、橋口の体を抱きしめると、目を閉じた。
意識が勝手に、遠くへと消えていった。
目が覚めると、周囲に洗面台や便座が目に入った。
洗面台と便座の間に仕切りがなく、スペースも広いことから、多目的トイレだと麗子は思った。
二人は、お互いを抱きしめたままの格好で立っている。
「!」
突然、扉が開き、幼児を連れた女性が入って来ようとして、二人に気づいた。
驚き、固まったように二人を見つめた。
「し、失礼しました」
扉が閉まった後、外から声が聞こえる。
『いや、けどここ、そう言う使い方する場所じゃないし!』
二人が抱き合っているのを見てそう言ったのだろうが、中にいる側の麗子も『いや、私もそういう使い方でここにこうしている訳ではないのだ』と言い返したかった。
「かんな、起きて、早くここを出よう」
橋口がゆっくり目を覚ますと、麗子は扉を開けた。
とにかくこの場から少しでも早く遠くに離れよう。『多目的トイレで女同士がイチャコラしている』などと、変な通報をされたら困る。
麗子はとにかくその建物の外に出る為、必死に歩いた。
建物の外は、すごい人通りだった。
二人は通りを歩きながら、ここがS谷、センター街なことがわかる。
橋口は、麗子を追いかけながら、スマフォを取り出す。
何かを確認しているようだ。
「麗子、ほら見て、私たち戻れたんだケド! ちゃんと圏内になってるし、時間もあってるんだケド!」
「……」
顔だけ振り返り、スマフォの画面を見た。
年、月、日。お馴染みの通信会社の表示。
麗子はようやく、忘れていたことを思い出したように、立ち止まった。
そして向かってくる橋口を捕まえるように抱きしめた。
「良かった! 消えてなくて、良かった。また会えて嬉しいよ、かんな」
橋口も麗子を抱きしめた。
とにかく互いが存在したまま、元の時間に帰ってこれたことが嬉しかった。
「えっ? 有栖刑事?」
麗子が言った。
橋口は体を離して、振り返る。
そこには金髪にリボンをつけ、水色のワンピースに白いエプロンをつけた、お馴染みの格好で、有栖刑事が立っていた。
ゆっくりと二人に近づいてくると、口を開いた。
『トリックオアトリート』




