TDL駐車場の攻防
水の山の頂上にいる有栖は、止まった波を凝視した。
その波は、橋口に襲いかかり、飲み込むはずだったのだ。
すると波が『砕けた』
『!』
それは波が消え去ったというよりは、岩が砕かれたようにバラバラと波が粉になったものだ。
つまり水は、固体となっていたのだ。
砕けた場所には、橋口が立っていた。
「水を凍らせれば、そこまで上るのだって簡単なんだケド」
そう言うと、再び鞭を振るった。
鞭が水の表面に接すると、その場所から凍っていく。伸びていく鞭が、その下に氷の道を作っていった。
伸び切った所で鞭の先端が氷に固定される。
鞭を掴みながら氷の山を上っていく橋口。
有栖は言う。
『くだらん。おおかた、昨夜、○ナと雪の女王でも見たんだろう』
有栖はワンピースの裾を捲り、ペチコートの下、太ももにつけているホルスターから銃を取り出した。
「かんな! 危ない!」
麗子が気づいてそう言った時には、有栖は引き金を引いていた。
橋口は倒れた。
倒れた橋口は、無抵抗な状態で、凍った坂を滑り降りてくる。
麗子は走って橋口に近づく。そして滑り降りてくる橋口の体を受け止めた。
「かんな!」
橋口が目を開けた。
「麗子、なんでこんなところにいるんだケド?」
「どこ撃たれたの?」
「?」
橋口には、麗子の言っている意味が通じていない。
麗子は橋口の体を確認するが、傷や撃たれた跡はない。
「ああ、多分、鞭の手元が緊急回避してくれた、つまり銃弾を受けてくれたんだケド」
「えっ? わからない? どういうこと?」
『どうでもいい! そこでまとめて死ね!』
有栖は二人に銃口を向けた。
橋口は立ち上がると、麗子に逃げるように伝える。
「なら、駐車場の車に隠れながら逃げよう!」
二人は左右に分かれて走り、有栖から離れていく。
何度も何度も、銃声が響く。銃声がする度に、車に隠れ、方向を変えながら遠ざかっていく。
「そろそろ麗子の射程が勝ってるはずなんだケド」
二人は駐車場の中央に近づいていた。
麗子は思った。橋口の言う通りだ。有栖の持っている銃は実弾を発射する。距離が離れれば離れるだけ空気抵抗を受けるし、風も影響してくる。そもそも、距離が離れた時、どのように弾道を描くかを予想して撃たなければならない。それに比較して、麗子の撃つ『霊弾』は対象物へ向かって直進する。霊力の強弱で制御できるから、射程も可変だ。
麗子は振り返り、人差し指を伸ばして、霊弾を撃つ準備をする。
有栖の方から銃声はするが、狙いが悪く弾はかなり手前に落ちていた。
慎重に狙いをつけて、指先に霊光を貯めた。
「!」
鋭い針のような形に変形した霊弾が、有栖に向かって走る。
「……」
有栖が水の山の反対側に消えた。麗子の霊弾が当たったに違いない。
同時に水の山は、その高さを保てなくなって、ついに駐車場に広がり始めた。
「やばい! 水が溢れて車を押し流してる」
「なら、やっぱり逃げるしかないんだケド」
もう車に隠れたりする必要はない。
二人は必死に逃げる。
駐車場の端に来た時には、水は広がりきっていて、水位も数センチになっていた。
「ふう……」
「駐車場の車、結構壊れちゃったんだケド」
水の山に一番近かった数台は、水に浮かんで流され、他の車と衝突しながらひっくり返っていた。
水に流された車は、ぶつかったり、車間が詰まってしまっている。一部の車には、有栖の撃った銃の弾痕が残っていた。
この被害は、さっきの廃ビルや、中島のマンションの部屋で起こったこととは違う。
すぐに公になり、一つの事件として扱われてしまうだろう。こんな事件が、自分の生まれる前にあったのだろうか。麗子はふと考えた。もう自分には確かめることは出来ない。この後で、自分たちの本来の時間に戻った時は、この駐車場の事件が『歴史に』残っているだろう。
二人は、びしょ濡れの駐車場を小走りに戻りながら、有栖を探す。
「あの高さから落ちたら有栖もかなりヤバいんだケド」
麗子は、有栖が持っていたであろう銃を見つけて拾い上げた。
銃は弾を撃ち切っていて、スライドが下がっている。
更に進んでいくが、有栖の姿は見えない。
「当たったはずなんだけどな」
「どう考えても全力の霊弾ではないから、当たったからって、倒れているとは限らないんだケド」
その通りだ。あの距離から全力の霊弾は撃てなかった。もし全力で撃っていたら…… いや、逆に全力だったら避けられる可能性があった。相手にも『全力ではない』と言う油断があったに違いない。
「倒れていないとしたら、どこに消えたのかな」
「そんなのわかるわけないんだケド」
と言いながら、橋口は鞭の先端を落とした。
「!」
橋口の行動からかんなは有栖の位置に気づいた、と麗子は察した。
「一体どこに隠れてるのかさっぱりわからない。隠れるのがうますぎるんだケド」
台詞を読んでいるような言い方だ、とバレてしまいそうだ。麗子は冷や汗をかく。
麗子はいつでも霊弾を撃てるように右の人差し指を伸ばし、準備する。
そして気取られないよう、視線に注意し、視野の隅で鞭の先端を確認した。
鞭の先端は不自然に曲がり、何かの方向を指している。
「もう、ムカつくんだケド。早く出てこい、なんだケド」
橋口の言い方が棒読みすぎる。
麗子はさりげなく鞭の先端が指し示す方向を確認した。ただ水が広がっているだけだった。
そして視線を外した。
水。麗子は考えた。そう言えば、さっきも有栖の足元から水が湧き上がってきて、体を支えていた。
最初に出会った鈴木さんには『土』の悪霊、金田さんに『植物(木)』。三井さんが『炎(火)』で、秘書の中島さんに『金属(金)』そして、有栖に『水』。
これは五行説でいう世界の構成要素だ。
水を自在に操れるなら、あの薄っぺらい水たまりそのものが、形を変えた『有栖そのもの』なのかも知れない。
「……」
土を操る悪霊がそうしていたように、あの水溜まりは深くなっていて、有栖の体を沈めているとしたら……
水たまりに、小さい気泡が上がってくるのが見えた。
「まさか!」
麗子は鞭が示している先の水たまりに向かって走った。
そして、跳び上がり、飛び込むように両手を伸ばし、頭を下にして落ちていく。
「麗子! 何考えてんだケド」
橋口は鞭の手元を振るって、麗子の足に飛ばした。




