M浜
M浜駅を降りると、モノレールが見えてきた。
麗子はモノレールを無視して、先へ行こうとすると、橋口が立ち止まってしまう。
「乗りたいんだケド」
麗子は振り返って、黙ったまま前に向き直ると、歩き出した。
「ねぇ、乗りたいんだケド」
麗子はまた振り返る。
「ちょっとの距離だよ。勿体無いよ」
「せっかく|夢の国(TDL)に来たんだから、目一杯楽しみたいんだケド」
いや、何かズレてきている。麗子は思った。私たちは、今回の事件の根本である有栖刑事を探しに来たのだ。有栖がハロウィンパレードを見に中に入っていると予想して来たのだ。楽しむとか、そういうことは関係ない。
「もしここじゃなかったら、別の場所を探さなきゃならないんだよ。その時も電車賃かかるんだよ? それに最終的に永江事務所にも戻らなきゃいけないし」
「けど! どうしても乗りたいんだケド!」
だだをこねる子供のように、足踏みをして体を伸ばした。
乗ると言うまで動かないという、橋口の意思表示だった。
麗子は例の暗示が効きすぎた、と思った。だが、これを解いたら解いたで、入る手前で躊躇されてしまうだろう。進むべきか戻るべきか悩んだ末、麗子はモノレールを選択した。
「分かった」
モノレールを一駅分乗ってTDL正面ゲートに向かう。
TDLのチケットを買う前にゲートに寄って、麗子はキャストにスマフォの映像を見せる。
「こんな格好の人見ませんでしたか?」
映像には『不思議の国のアリス』があった。完成度的にも、どちらかというと『中の人』の格好だ。
「失礼ですが、この方とは、どのような御関係でしょうか」
不味い、個人情報の扱いに敏感なのだ。
写真を探して、自らとアリスが一緒に写っているものを選び、見せ直す。
そして家族のフリをしよう。
「姉です。姉は、少し障害があって、勝手に居なくなってしまうことがあるんです。ここが好きだからきっと来ていると思ったのですが」
「なるほど……」
スタッフは、そう言ってから、インカムを使って何か話し始めた。
ビンゴ! 麗子は内心ガッツポーズをした。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても良いですか?」
「私は有栖麗子です。姉は有栖アリス」
「わかりました。対応の者が来ますので、そちらでお待ちください」
麗子はチケットを買う気満々で待機していた橋口を呼び寄せて、説明する。
そしてキャストに言われた方向の建物に歩いていく。
橋口は頬を膨らませて怒っていた。
「入れないの? せっかくここまで来たのに? さっさと除霊済ませて、中に入ってエンジョイするんだケド」
完全に本末転だ。上手く除霊出来たら中に入る、など約束もできないので、麗子は橋口の言葉を無視した。
建物の近くにくると、中から激しいやり取りの声が聞こえる。
『なんでこの格好じゃ入れないんだ、おかしいだろう』
「過度のコスプレとか着ぐるみでの入場は出来ない規則なんです」
『だからこれはコスプレじゃない! ただの私服なんだ』
男のような喋り口調だ。これが本当に有栖刑事なのか。
麗子は扉を叩いた。
「あの、すみません」
するとしばらくしてキャストが出てくる。
「先ほど連絡があった、ご家族の方ですか?」
麗子は頷く。
「アリスさん、ご家族の方がお見えです」
誘導されるまま二人は建物の中に入る。
『家族がくる訳……』
そう言いかけた者は、麗子たちの時代の有栖刑事そのままの格好だった。
頭のリボン、青いワンピースにエプロン。『大人の女性』である以外は、完璧な『不思議の国のアリス』だった。
『知ってるぞ、お前はこいつの知り合いの除霊士』
有栖刑事は笑った。この口の歪み方…… 麗子は思った。これは、いつもの有栖の笑みと違う。目が、耳が、全身が相手の危険度を感じ取る。ヤバイ!
有栖の言った言葉に反応し、建物内にいたキャストが一斉に麗子たちの方を見た。
「?」
その時、麗子は有栖の足元に、何か光るものを見つけた。
「危険です! 皆さん逃げてください」
言っている間に有栖の足元のものは膨れ上がり、有栖の体を高く押し上げていた。
水。その光るものは『水』だった。
水は、有栖を避けながら、天井まで湧き上がっている。
有栖の近くにいたキャストは水に押し出されて、倒れてしまった。
麗子の足元にも、水が押し寄せてくる。
「かんな、外に! ここで戦ったらキャストさんが溺れ死んじゃう」
「そんな、有栖刑事が悪霊に取り憑かれたってことなんだケド」
「けど、これでこっちの時代にきた人は最後だから。なんとかするしかないよ」
水は湧き上がり続ける。
建物のガラス窓を押し破って、水が流れ出した。
麗子たちが出た後、閉まりかけた扉は水圧で開いた。
水が二人を追いかけてくる。
「かんな、あっちの駐車場側に逃げよう」
水で攻めてくるなら、広い場所に逃げれば溺れるようなことはないだろう。麗子はそう考えた。
『卑怯だぞ』
水で溢れかえった建物から、有栖刑事が出てくる。
天井近くまで水が溢れたことが嘘のように、乾いた服装だった。
麗子は、自然教室の時に池に落ちた有栖の服が乾いていたことを思い出した。
「もう着替えたの?」
橋口も振り返って、後ずさりしながら言った。
「着替えるわけないんだケド」
「じゃあ、何よ」
「さっきのがそもそも水じゃないか、有栖についた悪霊が完全に水をコントロールして一滴も体に触れさせないか、どっちかなんだケド」
麗子はさっきの光景を思い返す。
水は確かに有栖を押し上げていた。だが、体には一滴も水がついていなかった。橋口の言う後者『悪霊が完全に水をコントロールしている』ことになる。
「ここまで周囲が広ければ、溺れることはないんだケド」
橋口は、鞭を構えた。
目を閉じた麗子は、指を組んで、九字を切り始める。
「臨、兵、闘、者……」
『そんなものでこの私が祓われるものか!』
構わず麗子たちに近づいてくる。
そして、さっきと同じように足元から水を沸き上がらせた。
さっきより高く、さらに高く体が上がっていく。その水の量は尋常ではない。
水の山。その水の山の周囲、裾野に向かって激しい水流が現れた。
「麗子、ちょっと、やばいって。にげるんだケド」
そう言うと、橋口は有栖に背を向けて走り出した。
「……皆、陣、烈、在、前」
麗子の足元にも水が到達し、勢いよく後方へ流れ去っていく。
すぐにも腰の高さになろうという時、麗子は目を開けた。
「えいっ!」
指を組んでいた手を離し、有栖の方へ払うように振った。
すると、麗子の周囲を、水が避けていく。
さらに、有栖の高さから落ちてくる水流が、波立ち始めると、波は重力に逆らい、有栖の方に押し返されていく。
登って行った波が、有栖の体に触れる…… その時、何か見えない壁によって、その波は砕けて散った。
追いかけるように、麗子の方から幾つもの波が有栖に向けて登っていくが、全て何かにぶつかり、砕け水しぶきになって消えた。
「あなたは水では倒せない、ということね」
『お前も、この程度では溺れないということか』
その様子を見て橋口が戻ってきた。
「私だって恐れないんだケド」
『鞭では水は壊せまい』
その高い位置から、有栖は放るように腕を振った。
風が巻き起こったように、水の山の裾野にいる橋口に向かって、波が立った。
下に降りていくに従い、波は高くなった。
橋口はその波に向かって鞭を振るう。
水の表面に沿って伸びていく鞭の先端が、降りてくる大きな波にぶつかった。
その瞬間、波が止まった。
『?』
水の山の頂上にいる有栖は首を傾げた。




