S谷の探索
S谷の駅を降りて、二人はスクランブル交差点へ出てセンター街に入っていく。
二人の知っているハロウィンの渋谷ではない。ほとんどが普通の、ごく普通の格好だった。いや、確かに奇抜なファッションの人が歩いてはいるがそれは『仮装』の類ではない。
麗子は橋口と顔を見合わせる。
「なんだろう、ハロウィンな感じゼロなんだケド」
「聞いてみる?」
左手をポケットに入れたまま、麗子に近づいてくる男がいた。
センター分けしている顔も、体も細く、背が高かった。
「ねぇ、暇なら一緒に遊ばね?」
男はそう言った瞬間に、麗子のスカートに穴が開いているのに気づく。
「(ヤベェ、こいつヤベェ女だ)」
左手を軽く上げて、男は引き下がろうとした時だった。
ちょうどいい、と麗子は思った。右手の平を男の顔に向け、左から右に動かす。
最初は驚いたような顔をしたが、手が右に動くにつれ男の瞳から光が消えた。
命令をいれて強制的に答えさせ、質問したことを忘れさせれば、タイムパラドックスにはならないだろう。麗子はそう考えた。
「質問に答えなさい」
『はい、なんでしょう』
呆然と立っている男は、通りを歩く人に体をぶつけられてしまう。
麗子は、男を両手で押して通りの端に追いやった。
「渋谷でハロウィンはやらないの?」
『ハロ、ウィン? 知らない』
「どこでハロウィンやってる?」
男はしばらく固まったのち、口を開いた。
『……TDL?』
そうか。外国の文化を取り入れるなら、そこが一番早いだろう。麗子はその答えに納得した。
「分かったわ。ありがとう。今訊いた質問及び、私達に声をかけたことは忘れなさい」
言った直後に、麗子と橋口は駅へと歩き出した。
しばらくして男の目に光が戻った。
男の知り合いが、近づいてきて声をかける。
「失敗かよ…… それにしちゃ、何話してたんだ」
「えっ? なんだっけ?」
「お前、手で押されてたじゃないか」
男は首を傾げるだけだった。
麗子と橋口はS谷駅からS木場を経由して、M浜へ向かった。
二人は隣り合って席に座った。
「麗子、お金いくら残ってる? 私は中島さんにお金取られちゃったからアウトなんだケド」
「まだ永江所長に借りたお金、残ってるから大丈夫だよ。それにもうこの時間だし、Sライトパスだよ」
「料金体系に詳しくないというか、そもそもTDL初めてなんだケド」
麗子は思った。確かに入ったことがある娘でも、親が買うから自分でチケット買ったことない人もいる。まあ、この歳で初めてというのは珍しいかもしれないが。
「私も詳しい分けじゃないから、中で迷わないように一緒に行動しよう」
「なんかドキドキしてきたんだケド」
ドキドキ? どう捉えればいいのだろうか。楽しみだということだろうか。
「それどういう気持ち?」
「緊張してきたって意味なんだケド」
「なんで緊張するの?」
橋口は俯いてしまった。
そして、小声で、なおかつ早口で話し始めた。
「なんか、私みたいのが入って浮かないかなぁ、とか。例のネズミくんや、他のキャラクターも、ちっとも知らないし。そんな奴が、TDL入って楽しめるわけないじゃん、って感じに、周りから見られるような気がするんだケド」
「すごい考えすぎ。大丈夫だよ、誰もそんなこと思わないから」
橋口は顔を上げない。
陽キャと陰キャの違いは、こういうところにあるのかもしれない。麗子から見て、橋口は基本的に陽キャだと思っていたのだが、こういうことを考える部分もあるのだ、と麗子は思った。人間は光の当て方で様々な影を作るものなのだ。
「そんなのは分かってんだケド。 ……でも、どうしようもないから困ってんだケド」
「私が緩く命令入れてあげようか。気持ちが楽になるかも」
少し顔を上げ、上目遣いに麗子を見てきた。
「できるならやってみて欲しいんだケド」
「お互い除霊士だから、全く効かないという可能性もあるけど…… やってみるね」
麗子はどういう風に指示すれば一番良いのか考えた。
初めてのTDLが暗い過去にならないように、過度に好印象にする必要はないが、ポジティブな気持ちになって欲しい。
麗子は念を込めて手を合わせてから、一方の手を離し、橋口のおでこに当てた。
少しさするように指を動かしてから、離した。
「はい。おしまい」
「……」
橋口は黙り込んでしまった。
黙っている為に、麗子には現時点で効き目があったか、分かる術はなかった。




