中島の帰還
中島の胸に、大きな霊弾が着弾してしまった。
光り輝いていく中島の体。
「……」
人を殺してしまった。見てられない。麗子は顔を逸らした。
『なぜ? なぜあんたが動けるのよ!』
麗子はその声に目を開いた。
部屋の中に伸びていた槍が小さく縮んでいく。
台所の方から声がした。
「麗子、悪霊が出て行かないよう、私が抑えていたから安心するんだケド」
中島はガクンと膝を付き、天井を見上げるように顎が上がった。
白目を剥いていて、意識が飛んでいる。
だが、霊弾が当たって体がグシャグシャになったのではない。体の中にいた悪霊が消え去ったのだ。麗子の頬に涙が流れていた。
麗子は中島と同じく、崩れるように膝を付き項垂れ、顔を両手で覆った。
「良かった、中島さん…… 生きてる…… 私、殺してしまったかと」
鞭を巻きながら、橋口が現れた。
「ほら、私、ゴム手袋したから感電しなかったんだケド」
そうか。ゴム手袋をしている橋口を感電させるには、電圧が足らなかったのだ。悪霊がさっきと同じ電圧で攻撃しても、橋口は対策済みだった。しかも橋口は台所から遠隔で攻撃していたから、悪霊には、ゴム手袋をしていることが分からない。もしこれが相手に知られていたら、さらに電圧を上げることも出来たろう。だが結果として、橋口は感電していないから、橋口の力が働いて、悪霊を鞭で抑え込むことが出来たと言う訳だ。
「私を信じて、麗子が霊弾を撃ってくれたから勝てたんだケド」
「ごめん、正直、あんまり信じてなかった」
「まあ、この泣き顔を見ればそうかな、とも思ったんだケド」
麗子は膝をついたまま、橋口に抱きついた。
暖かくて柔らかい。
こうしているだけで心が安らぐ。
「麗子、ちょっと中島さんの状態がおかしいんだケド」
「えっ?」
麗子は立ち上がって、中島さんに近づく。胸に耳を当てると鼓動が聞こえた。呼吸も弱いが続いている。
しかし、顔は白目を剥いて、天井を見るかのような姿で固まっている。
「かんな、ちょっと来て、胸を貸して」
麗子は中島の手を掴み、橋口の胸に、制服の上から押し当てた。
「えっ、チョット、いきなり、やめて、私、AEDじゃ、ないの、それと、超、くすぐったいんだケド」
「ごめん、多分、あの悪霊が、中島さんの霊力を限界近くまで引き出したんだと思う」
橋口から霊力が与えられれば、生気が戻るに違いない。麗子はそう考えていた。
しばらくすると中島は、急に息を吸い込んで、咳き込んだ。
麗子は橋口の胸に当てていた、中島の手を離す。
「だ、大丈夫ですか?」
中島は上体を前に倒し、床に両手を突いた四つん這いになった。麗子は中島の背中を、優しくさする。
「何、ここ、昔住んでた、私の、部屋」
言い終わると、ゴホゴホとさらに咳き込んだ。
「大丈夫です。慌てないでゆっくり息を吐いて、ゆっくり息を吸ってください」
中島が会話できるようになると、この時代に来たことを説明した。
元の時代に戻るには、A川区にある昔の『永江除霊事務所』に行かなければならないこと、この時代の自分自身に干渉してはならないこと、を話した。
「このまま、この時代の私と入れ替わって、若い頃からやり直したいな」
「ダメです!」
「冗談よ。ねぇ、私綺麗だった?」
麗子は通路の奥にいた人影が、この時代の中島だとは思っていなかった。だから、橋口の方を見つめた。
「今、すっぴんでコンビニをブラブラしてるはずなんだケド」
「すっぴん! ありえない」
中島は自分の顔を両手で覆った。
「つまり、それくらい綺麗だって意味ですよ」
麗子は橋口に援護射撃を依頼する。
「大丈夫、すっぴんだけど眉毛はしっかり描いてあったんだケド」
「中島さん、ごめんなさい、早くしないと本人帰って来ちゃうんです」
「……わかりました」
この時代の中島が行っているコンビニを避けるルートを、未来の中島さんに教えてもらいながら、一緒に駅に向かった。
電車を乗り継いで事務所までやってくる。
事務所に入ると、中島は永江所長に抱きついた。
「お久しぶりです。まさか若い頃の所長にもう一度会えるなんて」
「普段の生活では、年齢差が逆転することはないから、若い中島くんが歳を取っている姿は新鮮ね」
「所長が若返っていると私もあの頃に若返った気分になります」
麗子はこの話が延々続きそうなのを見越して、進んで応接用の小部屋の扉を開けた。
「中島さん、ほら、こちらから帰れますよ」
「早くしないと世界が崩壊するんだケド」
「……」
部屋にはまだ踏み台が置いてあった。
麗子は踏み台に中島を立たせると、天井から吊り下がっている紐を引いて蓋を開けた。
「えっ、何、いきなり? なんか言ってよ、ちょっと、やだ……」
中島の言葉は続いたが、声は次第に小さくなっていく。
スカートタイプのビジネススーツは、一切乱れることなく天井の穴に消えていった。




