猪じゃないんだけど
橋口は全身の筋肉が収縮し、震え始めた。
見ていた麗子は、咄嗟にこう口にした。
「まさか、電撃!?」
麗子は小さい霊弾を、変形槍の柄に向けて撃つ。
霊弾が着弾すると、柄に絡まっていた鞭の先端が、生き物のように動き出して外れた。
「かんな、大丈夫」
麗子は倒れそうになる橋口を抱き止めた。
「……よく電撃だって気づいたんだケド」
「だって、かんな、震えてるし、昔、猪を駆除するのに電気槍というのがあるって聞いたことあるのよ」
派手な雷とかでない分、わかりづらく危険だった。
それに手で直接橋口に触れたら、麗子も同時に感電してしまうところだ。
「私、猪じゃないんだケド」
「そういう意味で言ったんじゃないから。かんなはちょっと休んでて」
痺れて動けなくなっている橋口を、廊下の壁に背を持たせて座らせる。
麗子が代わりに前へと出た。
中島はうんざりといった表情を浮かべる。
『ほら、そろそろ部屋に入らせてちょうだい』
「そんなこと絶対にさせない」
『拘るのね。やっぱりなんかあるんでしょ?』
もしかしたら、この悪霊は二十年前の本人と出会った時にタイムパラドックスが起き、世界が消失することを知らないのではないか。いや、知ったらもっと部屋に入りたがるだろう。世界が消失しようが、すでに消失しているような霊体には関係がないからだ。
中島は槍を振ってから、逆半身で構え直した。
『あんたも痛い目をみたいなら、やってあげる』
麗子は思う。私の霊弾では、橋口のように物理的に槍を奪うことが出来ない。あくまで直接霊体を攻撃するしかないのだ。
だからと言って槍を避ける為に後ろに下がって、部屋に入られたらそれこそお終いだ。
私も下がらずに、槍を無効化できればいいのだが。
『どうしたのかしら? こっちも無限に時間があるわけじゃないから、こないなら退いてもらうわよ!』
中島は槍を突いてくる。
届かない、と思っている槍が、目前に近づく。
麗子は慌てて体を捻って避ける。
「?」
また半身を入れ替えて、逆側の先端を突き出した。
麗子は届かない、と判断して、指先を中島に向けた途端、槍の刃が目の前に来た。
「!」
体を反らして、寸前で避ける。
何かおかしい。麗子は思った。そんなにスポーツが得意ではないが、槍が届くか届かないかぐらいは分かる。というか、拳一つ分とか、二つ分の小さい距離ならいざ知らず、一メール以上伸びてこないと届かないはずだ。
つまり、中島の槍は『本当に伸びて』いるのだ。
届かない、そう油断させて、槍を伸ばして突こうと言うのか。
槍はただの金属ではなく霊体なのかもしれない。
また中島は槍を振って、右半身と左半身の構えを入れ替えた。
麗子は冷静にその動きを見た。
天井にぶつかりそうなところで、よく見ると柄の金属部分が縮んでいる。
最初、頭の上で掲げた槍を回転させたが、槍の長さから考えてこの廊下の幅では無理がある。
あの時から、槍は伸び縮みしていたのだ。
「なら、こっちから仕掛けるしか」
人差し指を向け、麗子は霊弾を撃った。
霊弾が当たろうかと言う時、中島の持っている槍の、刃の部分が変形する。
刃は楕円の盾になり、霊弾を弾いた。
「ただの金属じゃない」
撃った霊弾の出力が弱いとはいえ、難無く弾くのだ。盾の表面に霊力のフィールドが発生している。中島の筋力を補うことといい、この悪霊は霊力の使い方をよく知っている。そして、人に取り憑くのに慣れているようだ。
霊力は無限ではない。体力と同じで、食事や睡眠で戻るが、ゼロになったら死んでしまう。これまでの鈴木、金田、三井は『除霊士』であって一般の人と比べ、純粋な霊力を『多く』持っている。だが中島は秘書で事務員だ。どれだけ霊力を持っていても、除霊士ほど多くない。
中島の霊力が尽きた時、死が訪れる。
前の三人より、早く決着をつけないと、中島の命に関わる。
『さあ、あんたの力じゃ、攻撃も防御も出来ないことがわかったでしょう。この体をその家に帰らせてちょうだい』
「だから、そんなことさせない」
麗子は盾で隠せない中島の足や、はみ出ている手を狙って霊弾を撃った。
だが、予測されているのか、反応が早いのか、ことごとく盾に弾かれてしまう。
その時、中島の背後に人影が現れた。
「!」
麗子は外した霊弾や、跳弾がその『背後の人』に当たるのを恐れ、霊弾を撃つのを止めた。
盾を構えたまま中島は素早く扉に近づき、盾の金属が一部変形すると鍵になり解錠すると、部屋に入ってしまう。
「ヤバイ! パラドックスが起こる」
麗子もアラフィフ中島を追って部屋に入っていった。




