中島のマンション
橋口は、住所を見て遠いことに気づく。
「麗子、中島さんの家遠いんだケド」
「うん……」
「私ら、お金も交通系ICカードも使えないんだケド」
そうか。麗子は思った。所長から『二人の名前で』お金を借りたことを伝えていない。
「それならさっき、借用書を書いて所長にお金貰ったわよ」
「『借用書』を書いたなら、それはもらったとは言わないで『借りた』と言うんだケド」
「えっ? そういうこと? 名前の欄にかんなの名前も書いちゃった」
橋口は麗子の肩に手をついて、うな垂れた。
「麗子…… あんた、なんてことしてくれんの。除霊事務所が出してくる紙に、軽々しく名前書くのは致命的なんだケド」
「大丈夫、三枚しか借りてないよ」
「麗子、その書面に利息つけるとか書いてなかったか、思い出して欲しいんだケド」
麗子は両手を開いて何度も振り、否定する。
「所長はそんなことしないよ」
「麗子。所長の立場になって考えてみなよ、いくら話が繋がりそうだとしても、いきなり過去から来たとかいう二人の女子校生の話を信じる? さっきは確かに三井さんたちの話は信じてもらったけど、私たちがこのお金を返してくれるかは信じてないと思うんだケド」
確かに、自分だったらギリギリしか貸さないだろう。もし自分が高額紙幣を三枚渡すとしたら、貸した上で、利息も取ろうと思う。つまり、橋口のいった通りなのだ。
「どうしよう、ここから二十年、借りっぱなしになるわけでしょ?」
だとしたら、所長が事務所に私たちを誘ったときに何かその借金の話が一言あってもいいはずだ、と麗子は思った。あれ? 何か引っかかることがあるのだが、それが思い出せない。
「自分から言っておいてなんだケド、先にこの時代にきた中島さんを捕まえるのが先なんだケド」
「うん」
麗子と橋口は、所長から借りたお金で、中島の住んでいるマンションに向かった。
マンションは都心から離れた駅で、その駅の近くにある恩賜公園を抜けたところに建っていた。
入口は暗証番号でロックが掛かっていて、住民以外は入れない。
マンションは北側の駐車場を囲むようにコの字型に立っていた。
「部屋の番号は?」
「三百六だから、三階なんだケド」
「スマフォのカメラで拡大してみてよ」
二人は駐車場側からマンションの様子を見た。
「あんまり拡大できないんだケド」
「電気のメーター見える?」
「麗子、人の話聞いてる? あんまり拡大出来ないからはっきり見えないんだケド。それに拡大しすぎると、ブレが大きくて見づらいんだケド」
麗子は周りを見渡した。
緑色の電話機の、ボックスを見つけた。
「あそこから中島さんの個人携帯にかけてみよう。音がしたり、話をして、戸口に出て来れば……」
「……」
「かんな、どうしたの?」
橋口が見ている方向に振り返る。
「探す手間が省けたみたいなんだケド」
スカートタイプのビジネススーツに伊達メガネ、真っ赤なグロスリップ。いや、よく考えたらこの容姿でアラフィフなのか。麗子は思った。
「中島さん、あの……」
二十年前からやってきた中島は、ニヤリと笑った。
そうかと思うと、急にマンションの入り口へ走り出した。
「まずい、本人に会うつもりなんだケド」
中島は暗証番号を打ち込んで、入り口のオートドアを開ける。
追いかけた二人は、直前でオートドアが閉まり入れない。
「外から無理やり部屋に行こう」
橋口は頷く。
入り口から出て、再び駐車場側からマンションに接近する。
塀が高い。さらに上方に返しがついていて、手をついてよじのぼることも出来ない。
「私は『これ』で登れるんだケド」
橋口は鞭を構えて、三階に向けて振り込んだ。
通路側の手すりに細いポールが立っていて、橋口の鞭の先端が、そこにからみついた。
「私も使わせて」
橋口が鞭を手で引き、マンションの壁に足をつけてよじ登る。
麗子も橋口のすぐ後ろで鞭を掴んで、壁を登り切った。
すると、ちょうど三階の廊下の反対側に、アラフィフの中島メアリーが現れた。
『あら、やるじゃない』
橋口は鞭を巻き取りながら、言った。
「やっぱり、悪霊が憑いちゃっているんだケド」
『まあ、悪霊だなんて人聞きが悪い』
麗子は右手の人差し指を伸ばし、中島メアリーに狙いを定める。
『だって悪いかどうかは、立場によるでしょう? 私のこと悪だと言う人々とは仲良く出来ないわ』
霊弾を撃つのは、もっと距離を詰めてからだ。避けれないぐらい近づいたら……
「もうその言い方が悪霊そのものなんだケド」
『この女性が自分の家に行ってみたい、って願うから必死に探してここについただけよ。お金ってのが使えなくて苦労したわ。人間の体って、移動するには不便なものね』
「ちょっと、動かないで。それ以上近づいたら引っ叩くんだケド」
橋口は鞭を構えた。
麗子は橋口の頭の上から霊弾を撃つ構えをしている。
『だから自分の家に戻るだけだって言ってるでしょ? あんまり邪魔するなら、こっちも本気出すわよ』
中島は両手を真上に上げて、指を開いた。
手のひらに霊光が輝く。
その光は細長く、棒状に伸びると両端に等身のついた変則的な槍になった。
良く見ると、柄も全て金属で出来ている。
狭い廊下で、器用に槍を回転させると、二人に刃を向けて構える。
「絶対にこの部屋には入れさせないんだケド」
『こだわるわね。この部屋になんかあるのかしら?』
「そっちが武器を手にするなら、こっちも攻撃していいんだケド」
鞭を振ると、床に跳ねて大きな音が鳴る。
狂ったように波打つと、先端が中島の槍に絡みつく。
橋口の手捌きで、鞭が生き物のようにうねると、槍に動きが伝わった。
「えっ?」
麗子はびっくりしたように声を上げた。
中島は、あっさりと槍を落としてしまった。しかも、駐車場側だった。
金属がコンクリートに落ちた音が大きく響く。
「大したことないんだケド」
『こっちもびっくりしたわ。この女性握力というか、全体的に筋力がなさすぎる。これはもう徹底的にアシストするしかないってことね』
悪霊は取り憑いた体の力を、他人事のように言った。
構えた格好のまま、槍のように霊光が光ると、それが実体化する。
また両端が刃物になっている変形槍だった。
橋口は、間髪入れずに鞭を振るう。先端が鋭く動いて、槍の柄に絡みつく。
今度は力強く柄を掴まえていて、槍を手放さない。
押したり、引いたり、お互いの駆け引きが続く。
その硬直状態が続くかと思われた時だった。
中島に取り憑いている霊が言う。
『私の槍はね、こういうこともできるのよ』
「?」
橋口の動きが止まった。




