強制送還
永江所長が応接用の小部屋の扉を開けた。
橋口が入ると、すぐに天井を指差した。
「あっ、来たとき使った穴と同じように蓋がしてあるんだケド」
「これですか? 明らかに何か吸い込んでいるので、誤って入ったら怖いので蓋をしたんですが」
橋口が少し蓋に付いている紐を引っ張る。
Tヒルズにある『永江除霊事務所』で見た穴と同じだ。麗子は言う。
「これですこれ。きっと、これが未来、というか私たちの時代に戻る穴です」
「もしかして、八歳のアリスはここから未来に」
麗子は頷いてから言う。
「そうだと思います。現代の永江事務所に跳躍してきました」
「私、空き地から三井さん達を読んでくるんだケド」
「お願い。もう鈴木さんも目が覚めてるから、大丈夫だと思うんだ」
橋口は頷くと、応接用の小部屋から出て、事務所を出ていった。
出ていく姿を見送ってから、永江は麗子に言う。
「三井くんとか、金田、鈴木を元の時代に戻しちゃって大丈夫なの?」
「どういうことですか」
「三人とも、除霊士としては優秀よ。この時代にやってきた悪霊を退治するのに使ったら良いんじゃない?」
「いえ、この先どこで本人と会うか分からないので」
それは表向きの答えだ、と麗子は思った。本当の理由は、三人が三人、スケベで変態だからだ。一緒にいたら隙あらば変なことをしてきそうで、こっちが除霊に集中できない。
「確かにさっきの霊弾はすごかったけど、あなた達だけで時間跳躍をするような相手と戦えるの?」
「……」
悪霊は強いだろう。私たち除霊士見習いの二人が束になっても敵わない、のかもしれない。けど、世界を崩壊させるわけにはいかない。だから、私たちでなんとかするしかない。
「なんとかします」
「私は秘書の中島が、この事務所で『タイムパラドックス』が起きないように管理してなきゃならないんでしょ」
「そうです。まだ中島メアリーさんが残っているので、ここでかち合わないようにしなければ」
永江所長は、小さな紙に中島の住所と電話番号を書いた。
「これが中島メアリーの自宅住所と個人携帯の番号。電話も住所も、本当にどうしようもない時だけ使ってね」
「ありがとうございます」
麗子は思わずポケットからスマフォを出して、写真を撮った。
「何それ?」
「あっ……」
麗子はスマフォを胸元に引き寄せた。
永江の瞳には、麗子のスマフォの背面にある、メーカーを象徴するマークが映っていた。
「なんでもないです。忘れてください。未来の道具です」
「大丈夫よ。私、忘れっぽいんだから。それより髪を縛っているリボンを貸して」
「どうするんですか?」
麗子は校章の入っているリボンを解いて、永江所長に渡した。
お札を並べた。
「このリボンに力を加えて、未来からきた悪霊たちに対抗するのよ。話を総合すると、八歳のアリスちゃんが画用紙に書いた悪霊の通りだから、この力がきっと役に立つわ」
並べた札の上に、リボンを置いた。
麗子はお札を指さす。
「お札そのものを預かれば良いのでは」
永江は首を横にふる。
「このリボンに私が力を込めたと言われて不思議だったのは、リボンからは霊力の欠片も感じなかったからよ。だから、タイムパラドックスのせいなのかと思った。でも気づいたの。これは、私の力を『そのまま』込めたものではなく、あなたが使えるように変換されていたんだわ。だから、これも、お札のまま渡してもなんの意味もない」
このリボンで足のけががすぐに治ったりするのは、そういう事なのだろうか。麗子は頷いた。
「他に困ったことは?」
麗子は視線を下にそらした
「ちょっと言い出し難いですが…… えっと、お金が使えなくて」
「いいわよ」
永江所長は事務所の奥にいくと、戻ってきた。
高額紙幣を三枚。それと書面とボールペン。
「念のため借用書をもらっておくけど、気にしないで」
お金を受け取り、麗子は名前の欄に自分と橋口の名前を書いた。
書き終えて借用書を返すと、何か外が騒がしい。
「戻ってきたみたいね」
事務所の扉が開いた。
「所長!」
先頭の三井がそういうと、永江はビックリした。
「あ、あなた、面影的には三井くん…… ね? これが、本当に、あの、可愛らしい高校生の三井くん?」
いや、高校の制服も、今みたいに、ホスト風の着こなしをしていたじゃないか。と麗子は思った。
三井が退くと、髪を七、三に撫でつけた眼鏡の男が現れ、言った。
「まさか若い頃の所長に、再び会えるとは思ってもなかったです」
「金田くんも良いおっさんになっちゃって」
金田が力強く握手すると、最後に鈴木がやってきてハグした。
「えっ?」
「そんな顔しないでくださいよ。鈴木です」
永江所長の視線は鈴木の髪に向けられている。
「あのイケメン鈴木くんが」
えっ、イケメン? 仮にもし、若くて髪がフサフサだったとしても、イケメンになるとは思えないけど。麗子は首を傾げた。
最後に橋口が入ってきて、麗子と軽くハイタッチした。
「おっさん達は昔話ばっかりでうるさいんだケド」
「おつかれさま」
永江所長が三人を小さな応接用の部屋に通した。
「えっ、こっから帰るの?」
三井がそう言うと、鈴木が名残惜しそうに言った。
「もうちょっとこの時代を楽しまさせてくださいよ」
麗子がダメ出しする。
「ダメです、パラドックスが起きたら、この世界も、戻る世界も無くなってしまいますよ」
「ほら、じゃあ、まずは鈴木くん。ちょっとそこの踏み台に乗って」
永江所長が用意した踏み台に乗ると、天井の穴に近づいた。
天井からぶら下がる紐の片方を所長が引くと、そこに開いた穴が、部屋を舞っている埃を吸い込み始める。
「やだな。髪を掃除機で吸うみたいで」
「所長、勢いよく引っ張るんだケド」
「ちょ、ちょっと」
鈴木が吸い込まれる髪の毛を抑え、踏み台を降りようとする。
「えいっ」
橋口の言った通り、永江が紐を勢いよく引くと、天井に開いた穴が鈴木を吸引した。
物凄い勢いで周りの空気も吸い込まれる。
紐を離すと、蓋が吸い込まれるように閉じた。
「き、消えた。本当に吸い込まれた」
「はい次、金田さん」
麗子が背中を押した。
「えっ、えっ、心の準備が」
「はい!」
永江が絶妙なタイミングで蓋を開く。
緊張からか、金田は体を棒のように突っ張ったまま吸い込まれていった。
「うわぁ……」
それを見ていた三井が、覚悟を決めた顔をする。
「どうせならカッコ良く足から吸い込まれたい」
「良いですけど」
麗子はめんどくさそうな顔でそう言った。
蓋の紐を握っている所長は、
「この穴、あんまり開けっぱなしにできないからタイミング良くね」
何度か助走をして、足を上げる練習をする。
三井は踏み台に手をついて、逆立ちするように足を天井に向け、そのタイミングで吸い込まれたいようだった。
「面倒臭い奴なんだケド」
「そんなこと言って、カッコ良く決まった時、俺に惚れるなよ」
三井は橋口にウインクする。
助走して台に手をつき、足が上がる…… が、足が綺麗に伸びない。
だが、永江所長は、蓋を全開にしてしまった。
「えっ、所長、ちょっと、これじゃ……」
そう言いながら、天井の穴の淵に手足をぶつけて、吸い込まれていく三井。
いなくなったのを確認して、所長は紐から手を離す。
「結局、格好悪い感じで終わったんだケド」
「これで見つかった方は元の世界に戻ったわ」
所長は天井から垂れる紐に手をかけた格好で、言う。
「私はここで待機しているから」
橋口は人差し指を立てて言う。
「その前に。秘書の中島メアリーの行きそうな場所とか、興味のありそうなこととか教えて欲しいんだケド」
永江所長は腕を組んで首を傾げる。
「今も、趣味が変わってなければなんだけど……」
「なんですか?」
「彼女、サバゲーやるそうよ。なんでも初めて参加した時、女子が少なくて姫になったみたい、とか言ってた」
麗子は考える。二十年前は確かにそういう扱いになったかもしれないが、この世界にきたのは二十年後の中島メアリーだ。年齢にしてアラフォー、いやアラフィフの方が近い彼女が、そんな理由で始めたサバゲーを続けているだろうか。
けれど、苗字が変わっていない。この国では別姓での結婚はないから、もしかしたら、まだ同じ理由で続けているのかもしれない。逆に、婿をもらって苗字を変えてないこともあり得るが……
「中島さんてご結婚は」
「そっちの時代では知らないけど、こっちの世界では、まだしてないわね」
いや、サバゲーだとしてサバゲー趣味の人は有休とって会社を休んだ日はどこにいくのだろう? サバゲー用のフィールド? エアガンを物色しに店を見て回る?
「永江所長。とりあえず、ご自宅いってみるから、住所教えて欲しいんだケド」
「それならもう聞いてるわよ」
麗子がスマフォを取り出す。
永江所長は、興味深気に麗子と橋口のスマフォのやり取りを見ている。
「それ赤外線通信?」
「いえ、ブルーツ……」
橋口が言いかけると、麗子がその口に手を当てて塞いだ。
「(ダメよ、変な情報を与えては)」
「(わかったから手をどけて欲しいんだケド)」
二人は後ろを向いて情報を共有した。
「とにかく、わかりました。私たちは中島さんの探索と有栖さんの探索に戻ります」
麗子は橋口の腰に手を当て、押すようにして、事務所の出入り口に向かった。
「お願いね」
振り返ると所長が手を振っていた。
「行ってきます」
麗子はそう答えると、事務所の扉を閉めた。




