永江事務所
階段側から秘書の中島が歩いてくる。
中島は徐に両手を横に広げる。すると、手と手の間を渡すように、金属の棒が現れた。
右手の先には刃が付いている。槍だ。事務所にいる時の中島さんじゃない。私を攻撃するつもりだ。麗子は身構える。
突いてくるのか、振ってくるのか。
まだ足が万全じゃない。見てから避けていたら反応が遅れてしまう。動きを予測するしかない。
見えている中島の姿に重なって、槍を振り上げてくるイメージが頭に浮かぶ。
それなら、左に飛び退く。
「君が、もう一人の除霊士見習い?」
男の声。
「えっ?」
秘書の中島さんの姿が消えている。
同じ場所に、三井さんが立っていた。
「助けてくれて、ありがとう」
三井は握手を求め、手を伸ばしてきた。
「?」
「さっきもう一人の娘から聞いたよ。俺、悪霊に取り憑かれたって。全く。除霊士失格だよ」
中島さんの姿は、幻影とかではなかった。はっきり見えていたと思ったのに、あんなハッキリしたイメージを操られたら戦えない。麗子はまだ消えた中島のことを考えていた。
「どうしたの、顔色悪いね。その足、怪我してるの?」
「ええ」
「リボンじゃ効果ないだろ。俺が君の靴下に術をかけて……」
麗子は、両手で押し返すような仕草をする。
いくら悪霊が落ちていつもの状態に戻ったからといって、すぐに受け入れられない。しかも、踏みつけられると興奮するタイプだと知ってからは特に。
「お気持ちは感謝しますが、遠慮しておきます。このリボン、永江所長から力を頂いているものなので、大分治りが早いですし」
「そう。あんまり嫌がるところを無理強いはしないけど」
「それより金田さんと……」
言いかけて、思い出した。麗子が術をかけた紐からは、まだ何も感じていない。つまり、縛ったまま解かれていない訳だ。鈴木はまだ気を失っている。
「縛られている鈴木さんを助けてください」
わかった、という風に三井は片手を上げると、階段に戻って行った。
「うん。じゃあ、君たちも、早く永江所長に話つけて、こっちに戻ってきてね」
麗子も手を振って見送った。
三井が階段を下りていくと、入れ違いにキツネが階段を下りてきた。
キツネは麗子の目の前まできて立ち止まると、口を開いた。
『俺の勝ちだ。あの娘も無事だ』
「うん。さっき三井さんが来たから、分かってたよ。信じてた」
麗子は犬や猫を飼ったことはなかったが、キツネのその顔は微笑んでいるように見えた。
「おいで」
足の痛みで屈むことが出来なかったが、できる限り手を下に伸ばすと、キツネは腕を伝って上り、麗子の胸に飛び込んできた。胸とぶつかった所から、キツネは光って消えていく。
麗子は自分の曼荼羅を埋めているキツネが、一層強くなったと感じた。
キツネが消えると、今度は橋口が下りてきた。
「あれ、キツネさんいないんだケド」
「私の中に戻ったよ」
「キツネさんのおかげで、無事に勝利したんだケド」
近づいてくる橋口を抱きしめた。
「ありがとう」
「どうしたの? まだ元の時間に戻れてないよ。なんか、麗子らしくないんだケド」
「いいじゃない」
橋口はしばらく麗子に抱きしめられるまま、そこに立っていた。
麗子と橋口の二人は、廃ビルから出て、空き地に入ってきた反対側から街に戻った。
二十年前の、A川付近の街並み。
現代の街並みを知らない二人には、現代なのか過去なのかはあまり関係がなかった。
スマフォで撮った写真を見ながら、街並みを確認し、なんとなく事務所のある住所にきたことがわかった。
「ここら辺で間違いないんだケド」
二人はキョロキョロと周りを見回す。
「あっ、あれ!」
麗子が指を差した先には、学生服を着た男子学生が歩いていた。
「あっ、うっわ、まんま。まんまなんだケド」
「学生服の時から、ああいう露出過多の着こなしだったんだね、三井さん」
髪は真ん中で分けていて、学生服の胸元を開くように着ている。
ポケットに手を突っ込んだまま歩いていた。
「逆に分かりやすくて良かった」
学生の頃の三井と思われる人物は、突然、小さなビルの入り口に消えていく。
二人は三井が入ったビルに注目した。
「あれだ! ほら、三階の窓に『永江除霊事務所』ってばっちり書いてあるよ」
「めっちゃ貧乏くさい。手書きの紙を窓に貼り付けてるんだケド」
「事務所を立ち上げた頃は、やっぱりそんなに儲かってなかったんじゃない」
ビルの下に着くと、麗子は見上げた。安っぽい四階建てのビルの三階。年季が入っていて、家賃は安そうだ、と麗子は思った。さっきの廃ビルの方が、構造的には立派なくらいだ。
「麗子、ほら、さっさと来るんだケド」
橋口はさっさとビルに入り、階段を上りかけていた。
「待って、私足が痛いんだから、気遣ってよ」
麗子も橋口を追って、ビルに入っていった。




