キツネの計算
格子の中の炎が弱っていくと、映し出されてた三井の姿も小さくなっていく。
廃ビルの屋上の床に打ち付けられたキツネがよろよろと立ち上がる。
そして、橋口の方に顔を向けた。
橋口は、三井の綱を解いて床に下ろしていた。
『そんな馬鹿な』
驚く炎の悪霊に対し、キツネは言う。
『爆発の直前、三井は縄を解かれた。お前のエネルギー源は三井の力だ。縛られることに快感を感じている男の力。そいつの縄を解けば、お前を支えている霊的エネルギーはなくなるってことだ。そうでなければ、俺だって無事じゃいないだろう』
キツネはよろよろと格子の炎に近づいていく。
『そもそもお前は、取り憑いた相手を霊的エネルギー源としてしか見なしていなかった。だから縛って吊るしていたんだ。こいつが縛られるのが好きなのを利用したということもあるだろうが、取り憑いた相手の能力を信じていないからだ』
『人間なんか信用できるか』
キツネは、金属の格子に口を突っ込んだ。
『人間を信じた俺が勝ったのに? お前には何を言っても無駄だな』
そして、小さくなっていく炎の悪霊に噛みつくと、それを砕いた。
悪霊の炎は消え、見えなくなる。
『勝ったぞ』
橋口は頷いた。
「キツネさんの計算通りなんだケド」
『麗子の作戦も途中までうまく行ったんだがな』
「六階の戦いは、こっちが相手を甘く見過ぎだったんだケド」
キツネが何かに気づいたように歩き出した。
『おい、目覚めたか?』
三井が目を覚まし、体を起こす。
「!」
三井は目の前の真っ白なキツネを見て警戒した。
『大丈夫だ。俺は悪霊ではない』
「どこだここは……」
橋口が近づいて、手を伸ばす。
三井は橋口の手を借りて立ち上がった。
「ありがとう。君、確か事務所のバイト除霊士だよね。今の、この俺の状況を説明してくれないか」
「ここは二十年前の世界なんだケド」
「はぁ?」
三井は、キツネに視線を移した。
「彼女は何を言ってるんだ?」
『二十年前の世界にタイムリープしたんだ。お前は、お前に取り憑いていた悪霊のせいで、どうやって来たかは覚えていないだろうがな』
三井は目を閉じ、右手の指をおでこに当て、記憶を手繰っていた。
事務所に現れた『不思議の国のアリス』ちゃんが、『トリックオアトリート』とか言ってきて…… そう、その直後から記憶がない。うっすらとあるのは、縛られた記憶、踏みつけられた記憶とパンツを見た記憶、鞭でしばかれた記憶。三井は橋口の視線を感じた。
「……」
「なんで私の顔見て頬が赤くなってるのか説明して欲しいんだケド」
「あ、いや、そんなはずは」
三井はとぼけるように、橋口から視線を逸らした。
「その流れだと、三井さんは、アリスちゃんに会って、いたずらされたってことになるんだケド」
「多分。金田と鈴木もその娘に話しかけられてから姿が見えなくなった」
「……」
橋口は徐に、下を指差して言った。
「下に行けば、タイムリープした金田さんとか、鈴木さんとかがいるんだケド」
「金田さんに鈴木さん?」
『言い忘れたが、この時代にも若い頃の君たちがいる。それと出会ってしまうことだけは避けなければならないんだ。出会ってしまうとタイムパラドックスが起きて……』
そこまで言って止め、キツネは大きく口を開いてから、言葉を続けた。
『世界が崩壊する』
「ヤバイな。とにかく、行こう…… あれ? 行こうって、どこに?」
橋口がため息をつく。
「この時代の永江事務所に行けば、元の時代に戻る為のワームホールがあるんだケド」
「けど?」
「問題は、永江事務所には高確率で、この時代のあなたがいる『可能性』があるんだケド」
「ああ、そうだ。二十年前、俺もその頃DKで、事務所に入ったばかりの見習い除霊士だった。金田さんはもう主力の除霊士だったし、鈴木さんも『それなりに』頑張ってた」
突然、三井は屋上の端に走って行き、周りを見回した。
「そうか。そう言われるとなんとなく記憶があるな。あそこにA川が流れてるし。そうだよ、事務所はこの近くだ。懐かしいなぁ」
橋口とキツネは三井の後ろから呼びかける。
「とりあえず、事務所には私と麗子が先に入って、話をつけるから、三井さんは、金田さんと鈴木さんを起こして、今の状況を説明して。そして、自分自身に出会わないよう、この空き地のどこかで待っていて欲しいんだケド」
三井は振り返って頷いた。
「わかった。けど、金田さんと鈴木さん、寝てるの?」
キツネが言う。
『悪霊は俺たちで祓ったが、まだ本人の目が覚めてない』
「そういうことか」
三井は頷くと、階下に歩いて行ってしまった。
「さあ、私たちもいくんだケド」
『そうだな』
キツネはそう言って橋口の後ろから走り出し、頭の上を飛び越えると、階下に去っていった。




