罠にかかった子うさぎ
「あれ? トーラス、あまり驚かないね?」
「驚いてるよ。イザベルが僕の予想した通りの行動をおこしたからね」
「やっぱりトーラスも考えてたんだぁ。実は私もこうなるんじゃないかって思ってたのよ」
「なら少しはフォローしてよ。僕と違って衣装選びの時、ずっと一緒だったでしょ」
「そうだけど、イザベル、衣装選びの時もずっと固まってて、話しかけても反応しないんだもん。そんな状況でどうすればいいのよ」
「そうなの。ごめん」
「だめ、許さない!」
「何で? どうしたら許してくれるの?」
僕がそう言うと、アンジェリカはニヤリと笑った。
「ならこれは貸しにしとくわ」
「貸し?」
「そうよ。今度、私がピンチになったらトーラスを盾にする権利をいただくわ」
「何それ、さっき僕を盾にしたの忘れたの?」
「それはトーラスが許してくれたじゃん」
「次にしたら怒るよって言ったよね」
「ええ。だからその権利を獲得するために頑張ってるんじゃない」
「何それ、いいよ。もうわかったよ。貸し一つね。了解」
僕は結局、根負けしてしまった。これ以上、話を続けてもアンジェリカが引くとも思えなかったし。
僕が貸しを認めた後のガッツポーズは少し癪にさわるけど、しょうがない。あきらめよう。
「それでアンジェリカ、イザベルの部屋に急がなくていいの?」
「ああ、そうだったわね。行きましょ」
先程からずっと思っていたけど、このアンジェリカの余裕の感じをみると、イザベルの籠城はそこまで深刻な問題ではないのだろう。それかアンジェリカには何かイザベルを部屋から出す作戦があるのか。
イザベルの部屋に向かう間もアンジェリカは先程の僕への貸しが嬉しかったのか、ニヤニヤが収まらないようだ。
今回でアンジェリカには隙をみせてはいけないと痛感した。これまでも理解はしていたんだけどなぁ。これからはより気を付けよう。そして、絶対にアンジェリカを敵にまわさないようにしよう。
アンジェリカに連れられて、イザベルの部屋の前に行くと、リディアナとサフィーヤさんが部屋の中に向かって話しかけていた。
「イザベルちゃん、ごめんなさい。私が悪かったわ」
「イザベル、とりあえず中に入れて。私、何でも話を聞くよ。サフィーヤさんが一緒が嫌なら私だけでもいいから」
二人の言葉にも中からの反応はない。
「アナ、イザベルはどう? 出てきそう?」
「アンジェ、何してたのよ。トーラスを呼びに行くのに時間かかり過ぎじゃない?」
「えっと、それはトーラスを嵌め……いえ、少しトーラスと話があったの。ごめんね」
「もういいわ。アンジェもトーラスも声かけてみて」
僕とアンジェリカも言葉を選びながら、声をかけるも応答なし。
僕が思っていた以上に時間がかかりそうだ。
「そういえば、アレックスは? イザベルといったらアレックスだよね?」
僕がそう言うと、リディアナが近づいてきて、囁いた。
「ちょっとトーラス」
「何、リディアナ?」
「サフィーヤさんがいるのよ!」
「それがどうしたの?」
「アレックスとイザベルの関係がサフィーヤさんにバレちゃうじゃない」
「問題あるかな?」
イザベルはアレックスの事、好きだろうし、アレックスはまだ無自覚だろうけど、絶対にイザベルの事が好きだろうしね。全く問題ない気がするんだけど……
「サフィーヤさんはイザベルの事が大好きなの」
「うん」
「だから、昔からイザベルの相手は私が認めた人間以外ありえないって公言してるの」
「うん。それで?」
「それでって」
「リディアナはアレックスがイザベルに相応しくないって思う?」
「思わないよ。二人はお似合いだし、友達として、うまくいってほしいと思ってるよ」
「ならそうなんに心配しなくていいよ。いずれ二人が通る道なんだから早い方が二人のためだよ」
「トーラスの言うとおりね。ごめん」
「謝らないで。イザベルとアレックスの事を考えての事なんだから。僕はリディアナのそういう所も大好きだよ」
「トーラス……」
「リディアナ……」
「はい、はい、この状況で二人の空間作らないでもらえない?」
「アナ……」
「ごめん。アンジェリカ」
「いいわよ。二人のおかげでサフィーヤさんの気はそれたみたいだしね」
「えっ?」
「まぁ! 二人の関係はそういう事なの。婚約は? 婚約はしたの? 両家への挨拶は? 二人の事なら何でも力になるわよ。私、二人の成れ初めが聞きたいわ」
「落ち着いてください。僕らが恋人同士なのは事実ですが、婚約などはもう少し先だと考えています」
「何で? さっさと婚約済ませたらいいじゃない。何か問題があるなら私が二人の両親を説得するわよ」
どうしてこうなった。今日は少し油断しすぎだ。一番バレてはいけない人にリディアナとの関係がバレてしまった。
「えっと、それは……」
僕は言葉を詰まらせる。僕の本当の身分の事を話すわけにはいかないし、どう説明したらいいのだろうか?
僕が悩んでいたら、部屋の扉がバンっと開いた。
「お母様!」
「あらイザベルちゃん、やっと出てきたわね」
「あの二人の事はそっとしといてください」
「どうして?」
「どうしてもですわ」
「どうしようかな?」
「何でですか? お母様が首を突っ込む事ではないではありませんか?」
「でも二人の事を知ってしまったからには私の力でどうにかしてあけだいと思うじゃない? 愛娘の友達ですし、尚更です」
「お母様の気持ちは嬉しいですけど……」
イザベルが籠城を止め、介入してくれたが、話は平行線を辿ってしまっている。
どうこの場をおさめたらいいのか、いいアイデアが思い浮かばない。
そんな時、僕の目の前を黒い笑みを浮かべたアンジェリカが通りすぎた。
「イザベル、このままじゃずっと平行線のままよ。私にいいアイデアがあるんだけど、聞きたい?」
「聞きたいですわ」
「わかったわ。簡単な事よ。どうしても二人を助けたいならイザベルがサフィーヤさんの頼みを一つ聞いてあげればいいのよ」
「頼みを聞く?」
「ええ。サフィーヤさんがこれ以上二人を追求しない代わりにイザベルがサフィーヤさんの頼みを聞くの。この条件ならサフィーヤさんもきっと納得されるわ。どうですか?」
「いい考えね。私はそれでいいわよ」
「イザベルは? 二人のためにする?」
「もちろんですわ!」
あぁイザベルもアンジェリカの策に嵌まってしまった。
どう考えたってサフィーヤさんの頼みは一つだよね。
でも嬉しいな。イザベルが僕たちのためにここまで頑張ってくれて。
「じゃあイザベルちゃん、頼み事をするわね」
「ええ」
「明日のパーティーには必ず参加する事」
「あっ!」
「はい。これで全て解決、一件落着ね」
全てを悟ったイザベルは地面に膝と手を落とし、崩れ落ち、罠にかかった子うさぎのような目で笑顔のアンジェリカを見上げていたのだった。




