ローゼンフェルト伯爵領ローゼンフォート
遅くなりました。
テンペスター公爵領を出て何日経っただろうか。先日まではアレックスの実家のあるシュナウザー侯爵領、領都ラグーナに滞在していた。シュナウザー侯爵家の方々にとても歓迎されとても楽しい時間となった。
アレックスのお父のアレンハウザーさんは将軍という地位にいるお方だけあって背が高く屈強な体、全身から強者のオーラをバリバリ感じる人だった。あと少し強面だったかな。でも凄く優しい方だった。滞在終盤にはアレックスと一緒に武術の指導を受ける事が出来た。凄く有意義で貴重な時間だった。
アレックスのお母さんのパルフェットさんはサフィーヤさん同様アレックスを凄く溺愛されていた。アレックスは僕らの前では嫌がる素振りを見せていたが、顔は凄く嬉しそうにしていた。パルフェットさんは見た目は華奢で穏やかな雰囲気を
感じる綺麗な方でアレンハウザーさんの横に立つと美女と野獣だなぁと思ってしまったのは内緒である。
シュナウザー侯爵領は代々将軍を輩出する武門の名門という事と領内で良質な鉄鉱石が豊富に採れる事もあり、各地に優秀な鍛治職人の人達がおり、剣や鎧などから包丁などの日用品まで生産している。特に領都ラグーナは職人達の熱気で溢れた活気のある街だった。滞在中はアレンハウザーさんにいろいろな所に連れていってもらい、様々な体験をさせてもらった。目の前で剣が出来上がっていく様は壮観だった。
そして僕らは今、ローゼンフェルト伯爵領、アンジェリカの実家がある領都ローゼンフォートにいる。先程街に入り、伯爵邸を目指している。
「もうすぐ到着よ。心の準備はいい?」
アンジェリカのテンションがいつも以上に高い。やっぱり久しぶりの実家だからかなぁ。
「心の準備って言われてもねぇ~」
「何を言ってるのトーラス。今から私達は戦場に降り立つのよ。心の準備をしておかないともたないわよ」
「戦場? 一体この馬車はどこに向かってるの? アンジェリカの実家の伯爵邸じゃないの?」
「何を言ってるの。そうに決まってるじゃない!」
「ならなんで戦場なのさ?」
「お母様が待ち構えているからに決まってるでしょ」
「ごめん。意味がわからないよ」
確かアンジェリカのお母さんはサフィーヤさんの話に出てきたよな。ダンスの達人で社交界でも有名な方だったはずだ。
「今はそんな疑問はどうでもいいのよ! とりあえず今から配置を説明するから馬車から降りたらその通りにしてちょうだい」
「そんな事って……」
今のアンジェリカはとても逆らえる雰囲気ではなかった。
「先ずトーラスはアナの横。手を握って出来る限り密着しなさい! 私が許可します」
「えっ!? どういう……」
アンジェリカは口を挟む隙を与えてくれない。
「次はイザベル。アレックスの腕にしがみつきなさい。それが無理でもアレックスの横に居なさい」
「何を言ってますの」
アンジェリカの言葉にイザベルは顔を赤くする。でもまったく嫌そうな雰囲気もなく。小さな声で『腕にしがみつく。アレックスは嫌がらないかしら』と言っていた。
「最後はカルロス……何でここにレナが居ないのよ。でも仕方ないわ。カルロスはロイスを捕まえて私の側にいて」
「どうして?」
「いいから!」
「はい」
カルロスの決死の問いもアンジェリカの威圧感の前に消え去った。
「よし! これで準備万端整ったわね。戦場に乗り込むわよ」
僕、カルロス、イザベルが呆然とアンジェリカを見つめる中、当のアンジェリカは何かわからない闘志をメラメラ燃え上がらせていた。
そして、ついに馬車は伯爵邸に到着した。
「降りたら必ずさっき言ったようにしてちょうたいね」
「「「はい」」」
もう今のアンジェリカに逆らえる雰囲気など一ミリもなかった。
馬車を降りると、そこには複数のメイドと執事が向かい合って並んでいてその間には道が出来ていた。その奥から長身の女性が歩いてきた。
僕はアンジェリカに言われた通りにリディアナの側に近づいてリディアナの手を握る。
「えっ!? 何? どうしたのトーラス?」
「ごめん。訳は後で説明するから今はこのままでお願い」
僕がそう言うと、リディアナは少し顔を赤らめながら頷いた。
近くではイザベルが『アンジェリカの命令なのよ。そう命令よ。決して嬉しい訳ではありませんわ』とぼやきながらアレックスに近づいていく。
「アレックス?」
「どうしたイザベル?」
「すみません」
イザベルはそう言うと、アレックスの腕にしがみつく。
「えっ!? どうしたイザベル?」
「嫌かもしれませんが今は我慢してください」
「別に嫌じゃねぇよ」
「本当ですの?」
「少し恥ずかしいだけだ。逆に嬉しい」
アレックスは嬉しいだけ少し小さな声で言った。
「最後何て言いましたの?」
「何でもない。気にしないでくれ」
「わかりましたわ」
イザベルも上手くいったようだ。アンジェリカの方を見ると横にはカルロスとロイスの姿があった。カルロスも上手くロイスを誘導出来たようだ。
「皆様、ようこそおいでくださいました。私はそこにいるアンジェリカの母、リシュリー・ローゼンフェルトと申します。いつも娘がお世話になっております」
やっぱりアンジェリカのお母さんだった。背が高く、それ以上に姿勢が凄くいい。今着ている赤いドレスと相まって一輪のバラのようだった。所作一つ一つが綺麗だった。
「お母様、ただいま戻りました」
「おかえりなさいアンジェリカ。それであなたのお相手はどの方かしら?」
「いきなりですのね。お母様はどなただと思いますか?」
アンジェリカがそう言うと、リシュリーさんは僕らを一人一人見ていく。
「そうですねぇ。あちらの二人にはもう思い人がいるようですね。ということはそちらのお二人のどちらかかしら?」
「さぁどうでしょう?」
「あらあら母親の私を試すとはアンジェリカも偉くなりましたね。まぁいいでしょう。ではそこのあなた、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
リシュリーさんはカルロスに向かって尋ねた。
「はい。僕はカルロス・マークウェルと申します」
「ほう。あなたはマークウェル公爵家のご子息でしたか」
「はい」
「それでは次はそこのあなた、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
続いてリシュリーさんはロイスに尋ねた。
「はい。ロイスと申します」
「家名が無いという事は貴族では無い。そういう事ですか?」
「はい。すみません」
「お母様、ロイスに失礼よ。私の大切な友達なのよ。貴族だろうが平民だろうが関係ないでしょ。それにロイスは凄く優秀なのよ。優しいし、頭もいい。努力家だしこんな私でも嫌いにならないでいてくれるのよ」
「そうですね。失言でした。申し訳ありません。決して私は平民を馬鹿にしている訳ではありません。平民の方々のお陰で我が領も成り立っていると思っております」
リシュリーさんはそう言うと、深々とロイスに向かって頭を下げた。
「頭を上げてください。僕はまったく気にしていません」
「ありがとうございます」
「お母様、一旦屋敷に入って休みたいのですがよろしいですか?」
「そうですね。アンジェリカの意中の相手もわかりましたしいいでしょう」
リシュリーさんが手を叩くと並んでいたメイドと執事が動きだし、僕らを部屋へと案内してくれた。別れ際にアンジェリカが説明するから荷物を置いたら部屋に来るように言われた。
「それでアンジェさっきのはどういう事?」
「顔怖いよアナ。話すから……皆も落ち着いて。でもよかったでしょ。トーラスと手を握れて」
「……」
「それじゃあ簡潔に言います。おめでとうロイス。あなたは私の婚約者候補に選ばれました。一緒にお母様の試練を乗り越えていきましょう!」
「えっ!!!!」
ロイスが驚きの声をあげる。ここまで驚いた表情を見せるロイスを見るのは初めてだ。
「アンジェ、詳しく説明」
「実は学園入学前からお母様から学園で婚約者候補を探しなさいって言われていたの。できたら休みに連れてきなさいって言われていたのよ。去年は連れてこなかったから凄く怒られたの。だから今年は手紙で婚約者候補が見つかったから連れてくるねって送っちゃったのよ」
「どうして嘘ついたのよ?」
「アナはお母様の恐ろしさ知ってるでしょ。今年連れてこなかったらどんな目に合うか。想像しただけで恐ろしいわ。もしかしたらいつの間にか知らない相手と婚約してそうだわ」
「そうね。おば様ならやりかねないわね。でもロイスを巻き込むのはどうかと思うわよ」
「だってぇーロイスなら優しいから合わせてくれると思ったのよ」
「カルロスもいるじゃない?」
「カルロスはマークウェル公爵家の跡取りじゃない! 私の家の事知ってるくせにアナ少し意地悪じゃない?」
「ロイスを驚かせた罰よ。こうなったらちゃんと詳しく説明してロイスに協力してもらって乗り気ったら?」
「うんわかった。ロイスちょっといい?」
「うん」
「さっきはいきなりでごめんなさいね。驚いたでしょ?」
「そうだね。凄くびっくりした。でもアンジェリカに婚約者候補に指名されるなんて光栄だよ」
「何言ってるのよバカ!」
アンジェリカの顔は見たことがないくらい赤くなっていた。それとロイスってこんなキャラだったっけ?
「それでどういう事情があるの?」
「そうね。それよね。話は簡単なのよ。私はローゼンフェルト伯爵家の一人娘なの。だから将来私は何処かに嫁ぐんじゃなくてお婿さんを取らなくちゃいけない訳なのよ」
「うん」
「基本的に貴族家の長男は家を継ぐでしょ。だから私は貴族家の次男以降、それも我が家を守って更には発展させられるような優秀な人物をお婿さんに迎えないといけないの」
「そこは理解したけどどうしてアンジェリカはそんなにお母さんに焦らされてるの?」
「学園には沢山の同世代の貴族の子息が通っているでしょ」
「うん」
「学園では私のような立場の人間って結構多いのよ。だから争奪戦なのよ。皆、入学してから優秀な生徒をマークして交流を持とうと必死なのよね」
「そうなんだ。でも僕が知る限りアンジェリカがそういう事してるところ見たことがないんだけど……もしかして裏では頑張ってたの?」
「頑張ってたら今の状態にはなってないよ」
「もしかしてアンジェリカは婚約者探しをしたくないの?」
「そういう訳じゃないのよ」
「どういう訳なの?」
「もぉ! トーラス、ロイス、カルロス、アレックス、こんないい男の子達に囲まれてたら他の男なんて良く見えないわよ!」
「僕も含まれてるの? 嬉しいけど過大評価すぎるよ」
僕を含めてロイス、アレックス、カルロスが何を言ってるんだ? という顔をアンジェリカに向ける。
「もぉ! 本当にどうしようもないわね……何はともあれそういう事だから。私の婚約者探し難航の一部にはロイスの責任もあるのよ。だから協力してください!」
「僕が婚約者候補で本当にアンジェリカはいいの?」
「いい。逆にロイスじゃなかったら頼まない。さっきも言ったけど、ロイスは優しくて努力家でかっこ可愛くて私の相手に相応しいわ」
「僕は貴族じゃないよ? リシュリーさんは認めないんじゃないのかな?」
「大丈夫よ。お母様はそんな些細な事は気にされないわ。さっきのはロイスを試したのよきっと」
「そう。わかった。僕、アンジェリカの婚約者候補として頑張るよ。一緒に試練? を頑張ろうね!」
「よろしくね! ありがとう!」
こうしてローゼンフェルト伯爵領滞在中、アンジェリカとロイスは恋人(婚約者候補)のふり?
をすることになった。
何だか今の二人のやり取りを見ていて本当に滞在中の事だけになるのかなぁと思ったんだけどどうかな?
「それでアンジェリカが試練っていうのは何なのかな?」
「試練……そうよ。試練よ。覚悟しといてね。これから滞在中本当に大変だと思うわ。多分もうすぐ誰かが呼びに来るはずよ」
アンジェリカがそう言うと、タイミング良くノックの音が聞こえて外から声が聞こえてきた。
「お嬢様、奥様がお呼びです。お友達の皆様と一緒にダンスホールにお越しください」
「わかったわ。すぐに行きますと伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
「皆、心の準備は出来た? 今から戦場に突入するわよ!」
今から試練とやらを受けるのはアンジェリカとロイスだけではないのか。この時の僕はそんな楽観的な考えだった。しかし、数時間後、そんな考えは甘かったと後悔する事になるのだった。




