夜中の会談
「何を言っているんですか。冗談はよしてくださいよ」
「あら。この顔が冗談を言っているように見えるのかしら?」
そう言われると、僕はサフィーヤさんの顔をじっと見つめた。
「トーラス君が思っている以上に貴族の中にはちゃんとトーラス君の本当の身分の事を把握して学園での生活を見守っている人もいるのよ。もちろん私もその内の一人よ」
「ではサフィーヤさんは僕がこの国の第三王子だと認識しているという事でいいんですよね?」
「ええそうよ。中立派の貴族の中の有力者達はほとんど知っていると思うわよ」
「中立派の貴族だけですか? 確か第一王子を支持する派閥や第二王子を支持する派閥なんかもあったと思うんですが……」
僕がそう言うと、サフィーヤさんは険しい表情を見せた。
「そうね。知っている人は少しはいるかもしれないけど、多分ほとんど知らないと思うわね」
「それはなぜですか?」
「両派閥に所属している貴族の面子がロクなのがいないからよ。それはもう呆れるくらいにね。侯爵、伯爵家も多いけど、昔凄かった家ばかり。今の当主は無能だらけね」
そうなのか。次期王候補の二人の後ろ楯にロクな貴族がいないのかぁ。大丈夫かなこの国の未来は。でもクライブ先輩とメルクリオ先輩を見てたら後ろ楯になりたくない気持ちは本当にわかる。
「なるほど。ではこの国の有力な貴族のほとんどが中立派という認識であってますか?」
「そうよ」
第一王妃様と第二王妃様がこんな状況を望んでいる訳がない。何か手を打っているはずなのにこの状況が生まれているのは不思議だな。
「王妃様達はこの状況をどうにかしようとしないんですか?」
「もちろん動いていたけど、二人の実家にもうそこまでの力は無いのよ。情けない事にね。はっきり言わせてもらうと今の国の状態は国王陛下と中立派の貴族達がしっかりと国を動かし、他が無駄に王太子争いをしているだけよ。彼女達とその実家は本当に自分達の事しか考えていないのよ。国の王妃として何も役目を果たしていないわ。今、王妃としての職務を行っているのはリディア様だけよ」
サフィーヤさんから母の名前が出てかなり驚いた。
「母がですか?」
「そうよ。夫の話によると、一妃と二妃はお茶会や夜会などの華やかな行事には率先して参加するけど、他の雑務などはリディア様に丸投げしてるらしいわ。そんな中でリディア様はしっかりとこなされていると夫は評価していたわ」
サフィーヤさんから母が評価されていると聞き、凄く嬉しい気持ちになった。母は王宮で頑張っている。そう思うと、僕ももっと頑張ろうという気になる。不思議だなぁ~。
「そうですか。今の国の状況は凄くよくわかりました。それで先程のサフィーヤさんの発言ですが、その真意は何ですか?」
「トーラス君が王に相応しいと言った事よね?」
「はい」
「そのままの意味よ。現段階では三人の中で王に相応しい素質を秘めているのはトーラス君だという意味よ。でも王太子選定はまだ数年後。私が言っているのは未来のトーラス君の事を言っていると認識してほしいわ」
「サフィーヤさんは僕を買いかぶりすぎです。もしかしたらクライブ先輩とメルクリオ先輩が数年後にはその王に相応しい素質に目覚めるかもしれません」
「あらあら。トーラス君は本当にそんな時がくるなんて思っているのかしら?」
「人というのはいつ何があるかわかりませんから。いつ素晴らしい出会いに巡り会うかわかりません。僕も様々な出会いによってよい方向に変わる事が出来ました」
「そうね。トーラス君の言う通りだと思うわ。でも世の中にはトーラス君のようにそう思える人とそう思えない人がいるのよ」
「二人は後者だという事ですか?」
「そこまでは判断は出来ないけど、限りなく後者に近いと私は考えているわ」
「そうですか」
サフィーヤさんの言葉を完全に否定出来ない自分がいる。先程、サフィーヤさんに二人はひどいって言ったくらいだし。でも僕の印象的に二人のあの性格は育った環境な気がする。二人共、小さい頃からきっと母親の王妃様からあなたは将来王になるのよって言われてきたはずだ。クライブ先輩はその言葉を完全に受け入れあのような傲慢な性格に、メルクリオ先輩は重圧に負けてあのような引きこもり体質になってしまったのではないかと僕は思っている。僕の勝手な憶測だけど……。
「いろいろ話したけど、私が言いたかったのはトーラス君に自覚を持って欲しいという事よ」
「自覚ですか……」
「以上。私が言いたかったのはその事だから。遅い時間にごめんなさいね。それじゃあ明日、よろしくね。おやすみなさい」
「えっ! はい。おやすみなさい」
いきなり話を終わらせたサフィーヤさんに僕は驚き、変な顔をしてしまった。
「フフフ。トーラス君、その可愛い顔をあまり学園の女子生徒の前で見せない方がいいわよ。あとこんな可愛い顔を見せてくれたトーラス君に一ついい事を教えてあげるわ。トーラス君が学園に入学してすぐに国王陛下は中立派の貴族を集めてこう言われたそうよ。静かに成長を見守ってくれってね」
サフィーヤさんはそう言うと、部屋を出ていった。
最後に爆弾発言を残していったサフィーヤさん。『静かに見守ってくれ』国王陛下のこの言葉の意味する所はなんだろう? 普通に考えれば僕に王の資質が備わっているかどうかを静かに見守って判断してくれという意味に捉える事も出来る。しかし、僕にはジルベスターを名乗る事を許されないのがまだ理解できていない。シンプルに王妃様二人の邪魔を受けないように配慮してくれたのだろうか。考えても話が纏まらない。明日は重要な日なのだから今日はもう寝よう。
僕は半ば強引に考えることを止めて眠りについた。
目が覚めると、まだ部屋は薄暗かった。時計を見ると、いつもより少し早くに目が覚めてしまったみたいだ。朝食まで少し時間がある。どうしようかな? 少し庭でも散策しようかな? そう思い、僕は部屋の扉を開けた。すると、そこにはリネットの姿があった。
「おはようございます。今日は少し早い起床ですね。どうされましたか?」
「おはようリネット。いつもありがとう。今日は何か早く目が覚めちゃって庭を少し散策しようかなぁと思ったんだ」
「なるほどそうでしたか。では外はまだ冷えますのでお着替えを準備しますので少々お待ちいただけますか?」
「ありがとう」
僕は着替えを済ませ、リネットと共に庭に出た。庭に出ると、凄く綺麗な景色が広がっていた。ここ数日明るい時間に見ていた風景もやはり薄暗い中見ると趣が違ってくる。
少しの間じっと遠くの木々を見つめていると、その方向に人影が二つ見えた。近づいてみると、そこにはリディアナとフィオーネさんの姿があった。
「おはようリディアナ、フィオーネさん」
「おはようトーラス、リネットさん」
「どうしたのリディアナ、こんな朝早くに?」
「フフフ。それはトーラスも同じでしょ。私は少し早く目が覚めちゃったの」
「僕もリディアナと同じだよ。目が覚めちゃったんだ」
「そうなんだ。私達似た者同士ね」
そう言うリディアナの顔はいつもの明るいリディアナに比べて暗く感じた。
「リディアナ、もしかして何かあった?」
「えっ? 別にいつも通りだよ」
「そうかな。絶対に僕には少し暗いように見えるよ」
僕がそう言うと、リディアナは頬を膨らませて言った。
「もう! 何でわかるのよ。トーラスには気づかれたくなかったのに!」
「大好きなリディアナの顔の変化はすぐに気づいちゃうんだよ」
僕がそう言うと、リディアナは顔を赤らめた。リディアナは本当に可愛いなぁ。
「もう! 朝っぱらから何言ってるのよ。それを言うならトーラスも少し悩んでる顔してるよ」
あれ? 僕もそんな顔をしてしまっていたのかなぁ。リディアナの前で失敗したなぁ。
「リディアナもわかる?」
「わかるよ。トーラスの事大好きだもん」
「ありがとう」
そう言うと、僕はリディアナを抱き締める。リディアナは驚きながらも腕を僕の腰に回す。
「何があったか交互に言う。それでいい?」
「うん。じゃあ僕から言うね」
「うん」
「実は昨日の夜にサフィーヤさんが部屋に来たんだ」
「私の部屋にも来たよ」
「そうなの。いつ?」
「ご飯食べた後、お風呂入ろうと思ったらサフィーヤさんが部屋に来て大浴場の方で一緒に入ろうって言われたの。私は他の皆もいると思って行ったら二人きりだったの。そこで話をしたの」
「どんな話?」
「トーラスの事が好きなら自覚と覚悟を持ちなさいと言われたの。トーラスと共に生きていく自覚と覚悟を持ちなさいって。その気持ちがないなら諦めなさいって言われたの」
「それを聞いてリディアナはどう思ったの?」
「絶対に諦めないって思ったの。トーラスがどんな道を歩んだって私はずっとトーラスの隣で在り続けたいって思ってる」
「ならどうして暗い顔をしてたの?」
「考えてしまったの。私がいくらそう思っていてもトーラスの未来によってはトーラスの隣に居続けられないんじゃないかって」
「リディアナ、僕もサフィーヤさんに言われたんだ。王太子候補である自覚を持ちなさいって。あなたが思っているより沢山の貴族が僕の事を注目してるって。それを聞いて僕はどうしたらいいのかわからなくなったんだ。でも今のリディアナの言葉を聞いて分かったよ。どんな未来が待っていようと僕はこれまで通り努力して努力して努力してどんな状況になってもリディアナと共に歩んでいけるだけの実力を手に入れて見せるよ。リディアナ、一緒に頑張ってくれる?」
「うん。トーラスとじゃないと嫌。トーラスとだから私も頑張っていけるの。私もトーラスに負けないくらい努力するわ。トーラスに相応しい女性だって沢山の人から認めてもらえるようになる」
「ありがとうリディアナ……」
「トーラス……」
日が昇り辺りは大分明るくなってきていた。そんな中、気付けば僕はリディアナにキスをしていた。その一時は今まで感じた事のないくらいの幸福な瞬間だった。僕はこの瞬間を決して忘れる事はないだろう。




