憧れの舞台
「あら、先約もたくさんいたのね。イザベル、倒れたって聞いたけど、大丈夫?」
部屋に入ってきたのは先程少しだけ見たマクシミリアンさんの娘のレナールトさんだった。両親が兄妹ということはイザベルとレナールトさんはいとこという関係になるはずだ。
「大丈夫ですわ。心配かけたみたいですわね。ありがとう。でも倒れてはいませんから。何か間違った情報が流れているだけですので。少しパーティーに疲れただけですわ」
イザベルの言葉にレナールトさんは何でか驚愕の顔を見せた。
「レナ、どうしましたの?」
「ごめんなさい。イザベルにありがとうって言われたから驚いてしまったの」
「何ですかそれは! 私だってありがとうくらい言いますわよ」
「嘘よ。私は小さい頃から付き合いがあるけど、直接言われたのは初めてよ」
「直接?」
「いつも裏ではありがとうの練習をしてたじゃない」
レナールトさんの言葉にイザベルは顔を赤らめた。
「何でそれを……」
「聞きたい?」
「……」
「あれは5年前のイザベルの誕生日だったわ。あの時の事、覚えてるイザベル?」
「確か私の誕生日会パーティーにレナが来てくれましたわよね」
「そうよ。そこで私がイザベルにプレゼントを渡したのは覚えてる?」
「もちろん覚えてますわよ」
「私はあの時、凄くプレゼント選びに悩んだの。何を渡したらイザベルが喜んでくれるかな? って思ったの。それでやっとの思いで選んだプレゼントを渡した時、イザベル、どうしたか覚えてる?」
レナールトさんの言葉に何かを思い出したのか少しイザベルの顔が青ざめた。
「その顔は思い出したかしら。あなた、ありがとうの言葉もなく、プレゼントを貰うのが当然のように受け取ったわよね。そりゃあ私だってありがとうって言って欲しくて渡した訳ではないけど、少しショックだったの。本当に一生懸命に選んだから。イザベルの笑顔を思い浮かべてよ」
「はい」
「そんな事があって私はその後、凄くむしゃくしゃしてたの。今思い出せば、私もまだまだ子供だったわ。お父様に早く国に帰りたいって何度も言っていたわ。そんな時、サフィーヤ叔母様がちょっと付いてきてっておっしゃったの。そこで見た光景は今でも忘れないわ」
「もうわかりましたから、これ以上は言わないで」
「何でよ。今からが本題じゃない。皆も聞きたいわよね?」
いきなりの振りに僕らは首を縦に振ることしか出来なかった。
「ほら。皆も聞きたいみたいよ」
「そんな訳ないですわよ」
「本当に可愛かったわ。あの時のイザベル」
「何、勝手に続けてますの」
「自分の部屋でクマのぬいぐるみを前に満面の笑顔で『レナ、プレゼントありがとう。本当に嬉しいわ。大事にするね』って何度も言っていたの。ねぇ可愛いと思わない? 私は一瞬で落ちたわ」
どう考えても可愛いよね。こういった行動を見られているからイザベルは使用人の人達から愛されているんだと改めて理解した。レナールトさんの言葉にイザベルは恥ずかしすぎたのか、毛布をかぶってしまった。
「それを見てからずっと思っていたの。いつかこの可愛いイザベルを人前でも見れるようにならないかなぁって。だから今日、久しぶりに会って、本当にびっくりしたの。自然に笑うイザベルを見て。きっと皆さんのおかげね。ありがとう」
ここに来てから何度もありがとうって言われた。でも頑張ったのはイザベル。僕らはきっかけ作りをしたにすぎない。その事をレナールトさんに言うと、凄く嬉しそうな顔をしていた。本当にイザベルの事が好きみたいだ。
「いきなりごめんなさいね。まだ自己紹介すらしてないのに。改めまして私はレナールトって言います。言いにくいからレナって呼んでくれると嬉しいわ。歳は皆と同じよ。イザベルとはいとこという関係になるわね。是非、私も皆と仲良くなりたいわ。よろしく!」
レナールトさんは凄く明るく、僕達と同じ歳とは思えないくらい落ち着きのある人だ。やはり王族だからかな?
自分も王族である事を完全に忘れているトーラスである。
それからこちらも自己紹介をして毛布をかぶり、恥ずかしがっているイザベルをどうにかしている内にレナとはすぐに仲良くてなれた。
「そういえば、リディアナとトーラスには先程、お父様が大変失礼をしてしまったわね」
「別にそんな大事ではないわ。ねぇトーラス?」
「うん。僕らに挨拶と少し質問されただけだよ」
「質問? 何を聞かれたの?」
言っていいのかな? リディアナに顔をむけるが、リディアナも困惑していた。
「なになに、そんな言えないような事でも聞いてきたのお父様は!」
やばい。これは言わないとマクシミリアンさんの身が危ないかもしれない。
「違うよ。イザベルに好きな人はいないか? って聞かれたんだよ」
「何ですのその質問!」
再びイザベルが取り乱し始める。
「落ち着いてイザベル。何も言ってないから」
「本当ですのリディアナ」
「本当よ。言うか悩んでいる時にレナが来てマクシミリアンさんを連れていったから」
「そうですか。良かったですわ」
「言うか悩むって事はいるって事よね。誰? もしかしてこの中にいるの?」
すかさずレナが反応する。リディアナがしまったという顔を見せるが、すでに遅し、レナの顔は言うまで逃さないわよという顔をしている気がするくらい興味津々の顔をしていた。
「皆は知ってるわよね。教えて! カルロス、ロイス、アレックス」
なぜか三人の名前を言った時、間に間を置いていた。そして、名前を言う度にその人物とイザベルの顔を交互に見つめる。
「なるほど。私、わかっちゃった!」
「えっ! レナ、わかったの? 本当?」
「ええ。リディアナは知ってるのよね?」
「うん」
「じゃあ耳元で他の皆に聞こえないように言うからいい?」
「わかったよ」
リディアナとレナは少し離れた場所に移動した。そして、耳元で何かを話す。すると、部屋にリディアナの驚きの声が木霊する。
「何でわかったの!」
「やっぱり合ってるのね」
「うん」
合っているみたいだ。どうしてわかったのかな? 僕はあの時の事を思い出してみた。
確かあの時、三人の名前を言いながら顔を見ていた。イザベルの顔も一緒に。顔を見た……なるほど。わかった気がする。
自分の憶測が正しければ、レナは反応を見たんだろう。レナはきっと瞬時にイザベルが好きな人がいるならこの中にいると思ったに違いない。そこで判断したんだろう。
質問されたら人は少なからず顔に出る。出なくてもイザベルは顔に出やすいからそこも判断材料にしたのだろう。
「やはり私の憶測は正しかったみたいね。でも心配しないでイザベル。絶対に言わないから。というか応援するわ。頑張ってね!」
「ありがとうレナ」
「本当に可愛いわね」
恥ずかしそうにありがとうと言うイザベルを見るレナを見て僕はある人物の姿を思い出していた。ルミエールお姉様だ。無類の可愛い者好き、可愛い者を見るときの顔なんてそっくりだ。二人は出会ったらすぐに意気投合しそうな気がする。
その後はレナの国、ザフィード王国やレナの話になった。凄く自然が豊かで国民性は穏やかな性格の人が多いらしい。まぁ自分の父であるザフィード国王の事は穏やかとは無縁だけどねと言っていたけどね。
鉱物資源も豊富で財政には困らないそうだ。だからこそ隣国は昔から何度も侵略しようとしたらしいが、ことごとく、そびえ立つ山々に跳ね返されてきたそうだ。
レナ自身は今、ザフィード王国の王都にある学園に通ってるらしい。凄く楽しいらしいけど、その一方で物足りなさも感じているらしい。やはり国の規模はジルベスター王国と比べて小さく、国交もジルベスター王国のみで凄く狭い世界に感じるらしい。
なので僕らの通う学園についてはいろいろ聞かれた。レナは何かを聞くたびに凄く興味深そうにしていて何かを考えているようにも見えた。
「イザベル、もう疲れは取れた?」
「もう大丈夫ですわ」
「そう。それじゃあ私はパーティーに戻るわね。お父様を見張ってないと怖いしね」
そう言うと、レナは部屋を後にした。
僕らも少ししてからパーティー会場に戻った。
その途中途中でイザベルを心配していた使用人達から声をかけられたのは言うまでもない。
「イザベルちゃん、倒れたって聞いたわよ。大丈夫なの? ごめんなさいね。本当ならすぐにでも駆けつけたかったのに、大事なお客様がいて、皆が気をきかせて知らせなかったみたいなの」
「気になさらないでお母様。倒れてないわ。少し疲れたら休んでいただけなの」
「そう。なら良かったわ」
「大事なお客様って誰ですの?」
「国王陛下よ」
「国王陛下! なんで我が家に!」
「何でも国内を視察されているらしいわよ。私も何か問題はないかって聞かれたし、お兄様とも会談してたみたいよ。もう帰られたけどね」
国王陛下が来られていたのか。一目見たかったような。そうでもないような不思議な気分だ。まぁ偶々の訪問だし、忘れよう。
その後、ルミエールお姉様達と合流してパーティーを楽しんだ。途中、レナも合流して予想通り、ルミエールお姉様と意気投合していた。
時間が過ぎ、パーティーホールがダンス会場へと姿を変えていた。
何だか凄くいい。男性は膝をつき、『私と踊っていただけますか?』と言い、手を差し出す。女性は「喜んで」と言い、ダンスが行われている方に向かっていく。
憧れの生の社交ダンス。前世で転生モノの小説が好きだった事もあり、凄く憧れていた。
いつか自分も踊りたいと思っていた。でも残念ながら僕はまだ踊れないんだよなぁ。ある程度、本で知識は得て、一人で練習した事はあるけど、実践経験がない。
学園でのダンスの授業は休み明けの後期授業過程から入ってくる。僕自身凄く楽しみにしている。
僕が羨ましそうな顔をして踊っている人達を見ていると、リディアナが話しかけてきた。
「トーラス、どうしたの?」
「羨ましいなと思ってたんだ」
「何で?」
「僕、ずっとダンスを踊りたいって思ってたんだ」
「そうなんだ。なら踊ろうよ!」
本当に優しいなリディアナは。
「でも僕、踊れないんだ。」
「そうなの。ちょっと意外ね。でもいいじゃない。このパーティーは正式なものじゃないんだから、上手く踊れなかったり、転んだりしたって何の問題は無いよ」
「でもリディアナに迷惑かかるよ」
「もう! いつもの自信満々のトーラスはどこに行ったの。私なら平気。それより私は今、トーラスと踊りたいの。しょうがないわね。ねぇ皆、こっち来てほしいんだけど」
リディアナの声に皆が集まってきた。
「折角なんだし、皆で踊らない?」
「いいわね。丁度、男女四人ずついるしね。ならトーラスはリディアナと、アレックスはイザベルと、カルロスはレナと、ロイスは私と踊るのはどう?」
「僕も踊るの? 経験が無いんだけど……」
「大丈夫よロイス。私がばっちりリードしてあげるから」
「わかったよ。よろしくねアンジェリカ」
「よろしくね」
恥ずかしがりながらもロイスは膝をつき、『私と踊っていただけますか?』と言い、アンジェリカが『喜んで』と言い、歩いていく。他の皆も同様に歩いていく。残すは僕らのみである。
「さぁ逃げ道はないわよ。どうするのトーラス?」
「リディアナにはかなわないなぁ。ありがとう」
「どういたしまして」
「私と踊っていただけますか?」
「喜んで」
僕はリディアナの手を取り、進んでいく。うまく踊れるかが凄く不安だけど、最初のダンスの相手がリディアナとなんて最高だ。リディアナとはこれからも沢山踊りたい。
結果的に言うと、転びました。最初はリディアナのおかげで何とか踊れていたんだけど、途中に足がもつれてしまった。
何とかリディアナの身を守る事は成功したのでよかった。でも凄く楽しかった。転んだって笑う人なんかいなかったし、逆に頑張れ! っていう声援が嬉しかったくらいだ。
こうして歓迎パーティーではあるけど、憧れの舞台に立ち、ダンスを踊る事が出来た。しかもリディアナと踊れたしね。リディアナは凄くダンスが上手かった。
いつか必ずリディアナに相応しいくらいダンスを上手くなってみせると心に誓った。
こうして僕の人生初めてのパーティーは幕を閉じたのだった。




