93話 愛の奴隷
「ま、まるで歯が立ちませんでした……」
「悔しいのだ……」
数時間後――
屋敷の庭でアリアとステラが蹲り、呆然とする。
全身汗だらけで疲労困憊といった様子だ。
あれから何度も模擬戦を繰り返した二人。しかし、ステラの攻撃は全てジュリウス皇子に剣を使うことなく防がれ、アリーシャを相手にしたアリアに至っては攻撃を防御されるどころか全て躱される始末だった。
「二人とも、そう落ち込むな」
「そうですよ、むしろこの数時間で動きはかなり良くなってきました。十分に伸び代がある証拠です」
落ち込む二人に、ジュリウス皇子とアリーシャが良くやった方だと声をかける。
さすがに数時間も模擬戦をしたので、ジュリウス皇子も汗をかいている。
しかし……何ということだろうか、アリーシャは汗ひとつかいていない。それどころか綺麗なプラチナの髪は一切乱れることはなく、長いメイドスカートも土埃一つ付いていないとは……。
「うぇ〜、頭痛い〜!」
「お勉強は苦手なのです〜!」
庭の端の方ではリリとフェリも泣き言を漏らしている。
二人ともベルゼビュートによる魔法スキルの効率的な発動方法を座学により学んでいたのだ。
森林型の迷宮の中で自由気ままに暮らしてきた二人にとって、座学というのは何とも苦痛に感じられる時間だった。
だが、二人とも泣き言を言いつつも、真面目にベルゼビュートの話を聞いているあたり、アリアたちの役に立ちたいという思いが本気のものだということがわかる。
「さて、今日の稽古はこの辺で――あれ、この足音は……」
今日の訓練はこの辺にしましょう。そう言おうとしたアリーシャの耳がピコピコと上下する。そんなタイミングであった……。
「んにゃ〜! 本当にアリーシャちゃんがいるにゃん! 久しぶりにゃん!」
「やっぱりヴァルカンさん! お久しぶりですっ!」
庭の中にヴァルカンが入ってきた。そしてアリーシャの顔を見るなり駆け出し、彼女と抱きしめ合ってしまう。
二人の間で、オーバオールに包まれたヴァルカンの胸と、メイド服に包まれたアリーシャの胸が柔らかそうに形を崩す。
ヴァルカンの胸もなかなかに大きいが、アリーシャの胸はその上をいく。
サイズで表せばアリアと同等……否、それよりも大きいことがわかる。
スイカ……まではいかないが、メロンとスイカの間くらいだろうか――間違いなく爆乳の部類だ。
「ヴァルカンさん、あんなにアリーシャ様と親しげに……二人がお知り合いというのは本当だったのですね!」
抱き合うアリーシャとヴァルカンを見て、アリアが思わず声を上げる。
いくら聞いていた情報とはいえ、こうして自分の仲間であるヴァルカンが、憧れの剣聖様と親しくしているところを見ればその反応も当然である。
「当然にゃ! アリーシャちゃんは一緒に戦った仲間であり大切な友達にゃん!」
「ふふっ、そうですねヴァルカンさん。あぁ……何だか懐かしくなってきますね、ご主人様にわたしが拾われたばかりの頃、ヴァルカンさんのお店で初めて武器を買った日のことを思い出します……」
「そうにゃね……あの頃の舞夜ちゃんはこの世界に来たばかりで、杖の使い方も知らなかったにゃん」
おもむろに昔を懐かしむアリーシャとヴァルカン。アリアが思う以上に、二人の絆は強いものだったようだ。
そして以前ヴァルカンから聞いた、大魔導士――舞夜に杖の使い方を教えたという話は本当だったのだと、アリアは感動する。
……しかし、アリアはそれ以上に、アリーシャの口から紡がれた言葉が気になっていた。
(ご主人様に拾われた……? いったいどういうことでしょう)
――と……。
聞いていいものかどうか……。若干迷いながらも、アリアはその辺りのことをアリーシャに聞いてみる。
すると、彼女から衝撃的な言葉が返ってきた。
「ふふっ……わたしはご主人様のお嫁さんであると同時に、奴隷なんです」
「どっ、奴隷!? 剣聖であるアリーシャ様が、大魔導士様の……!?」
「その通りです、アリアちゃん。あぁ……あの日のことを思い出します。奴隷商人に騙されて奴隷落ちしたわたしを、ご主人様が絶望から救ってくださった日のことを……♡」
驚愕し思わず聞き返したアリアに、アリーシャは返答すると、さらに昔を思い出したのか、頬をピンクに染める。
瞳の中にはどういう構造になっているのかピンクの小さなハートが浮かび上がり、メイドスカートに包まれた太ももをモジモジと擦り合わせている。
存在するだけで美しく、色気を感じさせる年上の女性がそんなことをする……同性であるアリアから見てもあまりに妖艶で、変な感情を抱かざるを得ない。
(そういえば……剣聖アリーシャの首飾り、よく見ればネックレスというより、奴隷首輪に近いかもしれん。彼女が大魔導士の奥方であると同時に、奴隷であるというのは本当のようだな)
アリアの横でタマがアリーシャを見上げながら思う。
アリーシャの首飾りは上品な白銀色をした首にフィットしたタイプの物だ。中央にはアリーシャの瞳と同じ色のアイスブルーの宝石が嵌め込まれており、美しい輝きを放っている。
一見すると高価な首飾りだが、言われれば奴隷の首輪に見えないこともない……そんな形状をしている。
(絶望から救い出してくれたという言葉、それにアリーシャ様の幸せそうなお顔……。大魔導士様の奴隷という立場に、自分の居場所と誇り、それに幸福を感じているといったところでしょうか。理由はわかりませんがこれ以上聞くのは野暮かもしれませんね……)
アリーシャの表情に、アリアは彼女の幸せを確信する。そしてこれ以上何かを言うのは失礼に当たると察する。
…………まぁ、アリーシャ的には、愛するご主人様との出会いや馴れ初めなど、惚気話に繋がる質問は大歓迎なのだが――それはさておく。




