94話 微笑む剣聖
「ふぅ……いいお湯でした」
「あんなに広い風呂場は初めてだったのだ!」
汗を流すため、アリーシャの勧めで屋敷の風呂を堪能したアリアたち。
アリアは少しのぼせた様子で、ステラははしゃいだ様子で声を漏らす。
「ほんとね! 泳ぐの楽しかったわ!」
「お湯からいい香りがして気持ちよかったです〜!」
同じく一緒に汗を流していたリリとフェリも楽しげに言葉を交わす
屋敷の風呂はこれでもかと広く、湯からは何とも心安らぐ香りがしてきた。
ヴァルカンの話によると近くに温泉が湧いており、そこから湯を引いてきているとのことだった。
(ふむ、ご主人たちの言う通り、実に気持ち良い湯浴みだった)
タマも屋敷の風呂には大満足だったようで「んにゃ〜……」と可愛らしい声を漏らしながら心地よさげな表情を、アリアの胸の中で浮かべている。
「ふふ……っ、みんなお風呂がお気に召したようですね」
ぽかぽか気分で廊下を歩いていると、向こう側からアリーシャが優しげな微笑みを浮かべて歩いてくる。
「む! なんだか良い匂いがするのだ! これは肉の匂いなのだ!」
ステラが鼻をヒクつかせながら、声を上げる。
確かに、奥の方から何とも香ばしい匂いが漂ってくる。
どうやら皆が風呂に入っている間に、アリーシャが料理を作ってくれていたらしい。
「アリーシャの料理は美味いからな、皆期待していいぞ」
アリーシャの後ろを……少し離れてついてきたジュリウス皇子が、アリアたちに向かって声をかける。
そんなジュリウス皇子に、アリーシャが――
「ご主人様以外の殿方に料理を振る舞うのは不服ですが……ご主人様の盟友である殿下であれば致し方ありません」
――と、澄まし顔で言葉を漏らす。
帝国の第一皇子に対してこの言い様……アリアとタマは度肝を抜かれるのだが――
当のジュリウス皇子は「相変わらず舞夜以外の男には辛辣だな」と苦笑しながらアリーシャの言葉を流すのだった。
(そういえば、ジュリウス皇子は剣聖アリーシャに向かってどこか遠慮した言葉遣いをしていたな……)
今のアリーシャに対するジュリウス皇子の反応に、タマはそのことを思い出す。
ジュリウス皇子は大魔導士、舞夜の親友という話だ。
彼の妻であるアリーシャのこの対応にも慣れたものなのかもしれない。
◆
「う、美味いのだ! こんな料理は初めてなのだ!」
煌びやかな食堂へと通されたアリアたち。
食卓の上にはたくさんのご馳走が並べられていた。
その中の肉料理にかぶりついたステラが感嘆の声を上げる。
「ほんとですね、こんなに柔らかいお肉は初めてです。それに肉汁がこんなに……!」
ステラと同じ肉料理を口にしたアリアも思わず声を漏らす。
「それは〝ハンバーグ〟という異世界の料理で、お肉を細かく刻んで玉ねぎやパン粉を混ぜて焼いたものです。昔ご主人様にレシピを教わりマスターしたんです」
感動を露わにするアリアたちに、アリーシャがそう言って料理の説明をする。
「異世界の料理……そういえば、アリーシャ様の旦那様……大魔導士様は異世界からきたと言っていましたね」
「はいっ、地球という世界の日本という国から転移されてきたとおっしゃってました。何でもモンスターも魔族もいない世界だとか……」
「それと魔法技術が高度に発達している世界で、地球の魔法使いはスキルを持っていなくても魔法を独自の技術で構築できるらしいわ」
アリアの質問に、アリーシャとベルゼビュートが答える。
「魔族もモンスターもいない、そしてスキルなしで魔法を使える魔法使い……。すごいところなんですね、異世界は……」
想像もしたことない世界の在り方、そして魔法の在り方に、アリアは驚きを覚えるのだった。
「んにゃ〜、ジュリウス殿下はホントにハンバーグが好きにゃね?」
「んぐっ……! 当たり前だ。舞夜とアリーシャが作るハンバーグは最高だからな!」
アリアたちが会話する横で、まるでわんぱく小僧のようにハンバーグを食べるジュリウス皇子に、ヴァルカンがのほほんとした様子で話しかけるとそんな言葉が返ってくる。
クールな見た目に反して満腹キャラだったようだ。
「そういえば……ヴァルカンさん、アーティファクトの制作状況はどうですか?」
「とりあえずステラちゃんの分の型作りを終えたところにゃん。アーティファクトともなると、作業工程が増えるから普通の武具よりも作るのに時間がかかるにゃん」
アリアの質問に、ヴァルカンは時間がかかると言いつつも、楽しそうな……それでいて自信を感じさせる笑みを浮かべている。
自由を求めて身分を隠していたとはいえ、やはりアーティファクトを作り始めたことで職人の血が騒ぐ……といったところだろうか。
「新しい武具、どんなのが出来上がるか楽しみなのだ!」
ステラがワクワクした様子で会話に加わる。
武具を使った戦いが好きな彼女としては当然の反応かもしれない。
「くすっ、ヴァルカンの作るアーティファクトは最高の出来よ。楽しみにしているといいわ」
アリーシャの膝の上に座ったベルゼビュートが不適な笑みを浮かべて言う。
世界に数人のみ存在するアーティファクトスミス、そんな彼らの中にもランクが存在する。ヴァルカンはその中でも最高クラスの腕の持ち主ということだろう。
美味しい料理に新たな武具への期待感、アリアたちの士気がグンと上がるのだった。
深夜――
(むぅ、寝つけん)
用意された客室のベッドの上、眠りについたアリアの胸の中で、タマは眠れずにいた。
昼間の模擬戦を見て、タマの騎士としての血は疼いていた。
ここ最近、目覚しい活躍を見せたアリアとステラが、まさかああも簡単にアリーシャとジュリウス皇子に敗北してしまうとは……。
それも二人は本気を出していない様子だった。二人の実力がいかほどのものか、それも気になってしょうがないのだ。
(よし、少し夜風にでも当たるか)
興奮で寝れそうにない。
そう判断すると、タマはアリアを起こさぬように彼女の胸の中から抜け出す。
◆
「あら、こんな時間にお散歩ですか?」
「にゃっ……」
部屋の窓から屋敷の庭へとやってきたタマ。
そんな彼の耳に静かな足音とともに透き通った声が聞こえる。
タマが振り返るとそこには薄い生地のネグリジェを着て、上着を肩に羽織ったアリーシャが佇んでいた。
彼女のプラチナの髪と大きな瞳が夜空に浮かんだ月に照らされて幻想的な光を放つ。
神聖ささえ感じさせる彼女の容姿に、タマは思わず息を漏らす。
「ふふっ、こうやって見ると、本当に子猫ちゃんにしか見えませんね。みんなに〝ベヒーモス〟だってバレちゃだめですよ、タマちゃん?」
「……――ッッ!?」
アリーシャの放った言葉に、タマは目を見開いて驚きを露わにする。
今、彼女は何と……? ベヒーモス……だと?
つまり彼女はタマの正体に気づいて――
「ふふっ……」
呆然とするタマの頭を、アリーシャは微笑みを浮かべながら優しく撫でると、その場を静かに立ち去っていった……。




