92話 恐怖に抗う心
「それじゃあ、私たちも始めるわよ。妖精さん、こっちへいらっしゃい?」
「了解よ、ベルゼビュート様!」
「アリアさんたちの力になれるように頑張ります〜!」
ベルゼビュートに呼ばれ、リリとフェリが庭の隅の方へと移動する。
二人とも聖魔王を前に緊張しているが、命を救ってくれたアリアたちに恩返しするために、やる気満々の様子だ。
「まずは二人のスキルを見せてちょうだい、それ次第で訓練の方針を固めるわ」
ステラと同じく、ベルゼビュートもリリたちの戦闘技術はもちろん、派生スキルを習得させるつもりなのだろうか。
二人にそれぞれスキルを発動するように指示を出す。
「アリアちゃん、わたしたちも始めましょうか」
「はい! アリーシャ様、よろしくお願いしますっ!」
アリーシャの呼びかけに元気よく応えるアリア。
憧れの剣聖様に鍛えてもらえる……そのことが嬉しくて堪らないといった様子。
「武器は……これでいいですね」
「それは、木刀……ですか、アリーシャ様? それに収納スキル……」
「その通りです、アリアちゃん。まずは小手調べです」
アリーシャがメイド服のスカートに手を当てると、一本の木刀が彼女の手中に出現した。
どうやらタマのように収納スキルの類を有してるらしい。
木刀を取り出したアリーシャを見て、アリアが少々不満そうな表情を見せる。
確かに、剣聖たるアリーシャからすればアリアなど相手にもならないのかもしれない。
しかし、それでも木刀とは……。
「ふふっ、勘違いしないでくださいアリアちゃん、別にあなたのことを馬鹿にしているわけではありません。ただ、もしわたしが剣を使って相手をすれば……アリアちゃんは〝剣気〟に当てられただけで気絶してしまうかもしれないので……」
「…………っ!?」
苦笑しながら紡がれるアリーシャの言葉に、アリアは息を飲む。
剣気に当てられて気絶――そんな事例など聞いたこともない。
だが、困ったような表情を浮かべるアリーシャを見て、彼女が冗談を言っているわけではないと理解する。
「では、アリアちゃん。始めましょう――」
「ひ……っ!?」
アリーシャが静かに木刀を片手で構える。
そしてその瞬間、アリアは小さく悲鳴を漏らした。
両脚、そしてナイフを持つ両手がガクガクと震え始め、全身から大量の汗が噴き出す。
(こ、殺されちゃう…………ッ)
アリーシャは木刀を構えているだけだ。だというのに、アリアの全身を恐怖が支配したのだ。
(ふむ……何という剣気、これがアリーシャ――伝説の剣聖……)
離れたところから見ていたタマの毛が逆立っている。
Sランクモンスターである彼からしても、アリーシャの構えは命の危機を感じるほどに凄まじい。
「やめますか、アリアちゃん? やめると言えばわたしは構えを解きます。でも、もし続けるなら、あなたの全力をもってかかってきてください」
静かに、優しい声色でアリアへと語りかけるアリーシャ。
アリアは(ゆ、許してもらえる……?)と、心の中で呟く。
そしてそのまま――
「やめ――……るわけにはいきません…………《アクセラレーション》――ッ!」
恐怖に震える体と心に抗い、固有スキル《アクセラレーション》の名を叫び、その場を飛び出した。
怖い、心底怖い……。しかしここで逃げれば、自分は立ち直れなくなってしまう。それをアリアは確信していた。
剣聖アリーシャのような正義の武人を目指す彼女にとって、それは生きる目的を失うのと同義だ。
何より、ここで自分が折れてしまっては、四魔族の討伐ができなくなってしまう。
もし四魔族が一柱でも世に解き放たれれば、無数の人々が血に染められることになるだろう。
そんなことを許すわけにはいかない!
自分の中に宿る正義感で、アリアは恐怖に抗うことに成功したのだ。
「いきます……《セイクリッド・ブレイド》――――ッッ!」
恐怖故に、アリアはアリーシャの言った通り全身全霊の全力攻撃――《セイクリッド・ブレイド》を放つ……が――
「なるほど神聖属性ですか、威力から察するに古代スキルといったところでしょう。でもマナの消費量も大きいようですね……」
「…………ッ!?」
アリアが驚愕に目を見開く。
離れた位置から見ていたタマも心の中で(馬鹿な……っ!)と叫ぶ。
《アクセラレーション》で加速したアリアから放たれた《セイクリッド・ブレイド》――それが防がれたとか避けられたとか、そういう次元の話ではない出来事が起こった。
今までアリアと対峙していたアリーシャ……。彼女がいつの間にかアリアの後ろへと現れ、《セイクリッド・ブレイド》の白銀に輝く刃をまじまじと見ているのだ。
「合格ですよ、アリアちゃん。よく恐怖に抗いましたね。これなら四魔族と戦えることでしょう」
「あ、え……合、格……?」
アリーシャの言葉に、意味が理解できないといった様子でアリアが声を漏らす。
そんな彼女に苦笑しながら、ジュリウス皇子が歩み寄ってくる。
「つまりだ、アリア。お前が訓練をつけるに足る心の強さを持っているかどうか、アリーシャは試していたんだよ」
「あ……っ」
その言葉をもって、アリーシャがあのような言動を取った本当の意味を、アリアは理解するのだった。
(せっかく救った命ですもの、四魔族に殺されるなんて嫌ですからね……)
やっと体の震えが収まり一息ついたアリアを見て、アリーシャは慈愛を感じさせるよう微笑を浮かべながら、そんなことを思うのだ――。




