122話 氷の女勇者
「……やはり、未来から魔王が現れた影響か、モンスターの数が増えてますね」
一階の中ほどまで進んだところで、シエルが呟く。
奥からは、またもやリビングアーマーの集団が押し寄せてくる。
そしてその中には、B +ランクの〝アーマードウルフ〟も混ざっており、その上にリビングアーマーが騎乗しているのが窺える。
数は先ほどの倍くらいである。
「次は私の力を見せましょう」
そう言って、一歩前に出るシエル。
すると自分の外套に手をかけ、勢いよく脱ぎ去った。
「バ、バニー……ガール……?」
キョトンとした表情で呟くアリア。
……そう、シエルの外套のしたはバニースーツと網タイツ、そしてハイヒールを身につけた、天然のバニーガールだったのだ。
「来なさい……《セルシウスブレイド》ッ!」
高らかに叫び、右の掌を掲げるシエル。
すると彼女の手の中に、蒼い光を放つ氷の剣が現れた。
ダ――ッ!
と、その場から飛び出したシエル。
凄まじい速さだ。
タマの《獅子王ノ加護》を付与されているとはいえ、《アクセラレーション》を発動したアリアに匹敵するほどである。
『『『……ッッッッ!?』』』
目にも止まらぬ速さで、懐へと飛び込んできたシエルに、敵どもが驚愕に目を見開く。
しかし、敵もさすがはBランク帯のモンスターたちだ。
すぐさま態勢を整え、リビングアーマーは剣を振りかぶり、アーマードウルフは牙を剥き、シエルに飛びかかってくる。
「遅い」
静かに……そう言って、氷の剣――《セルシウスブレイド》を片手で地面へと突き立てるシエル。
そしてそのまま――
「凍りなさい……《セルシウスサークル》!」
――スキルの名を叫ぶ。
するとどうだろうか。
シエルを中心に半径五メートルほどの、蒼い光を放つ魔法陣のようなものが地面に浮かび上がった。
そして次の瞬間、魔法陣の上存在する全ての敵が、一斉に凍りついたではないか。
(氷結効果を持つスキル……。聞いたことがあるぞ、ウーサルダペークラ王国の勇者は、氷の力を操る女勇者だという噂を……!)
あの噂は本当だったのか! と、タマは圧倒的な力を見せつけるシエルを見つめる。
「これが、シエル様の力……!」
「ただ剣を地面に突き立てるだけで、アレだけの範囲攻撃を可能にするとは……驚きなのだ!」
現役の勇者の力を目の当たりにし、アリアとステラは驚愕の声を上げる。
しかし、当のシエルは何とも涼しい顔だ。
アレだけの大技を放ったにも関わらず、特に消耗した様子も感じられない。
「その蒼白い光……その剣からは氷属性だけじゃなくて、神聖属性の波動も感じるね」
「ええ、あなたの言う通りです、セドリック。さすがは大魔導士様の義兄……よく気づきましたね」
セドリックの問いに、小さく頷きながら答えるシエル。
(なるほど。あの蒼白い光は、神聖属性を含んでいる証であったか……。ということは、アレはただの氷の剣ではなく、氷の聖剣というわけか……)
シエルの氷の剣……否、氷の聖剣 《セルシウスブレイド》を眺めるタマ。
他にどんな力をシエルが秘めているのか、騎士として期待に心を弾ませる。
「ところで、どうしてシエル様はバニーガールの格好を……?」
「ああ、コレは私の一族の戦闘服です。何より、私はスピード主体の戦い方をするので、コレが動きやすいのです」
アリアの何の気なしの問いに、シエルは地面から《セルシウスブレイド》を引き抜きながら、そう答えるのでった。
◆
「なるほど、地下に降りるわけですね」
「ええ、魔王ベルフェゴールが封印されているのは、この迷宮の最下層です」
アリアの問いに、階段の前で答えるシエル。
迷宮一階をしばらく行くと、地下へと通じる階段が現れた。
階段の奥からは、肌を刺すようなプレッシャーのようなものを感じる。
「間違いないの。未来の世界のベルフェゴールと同じ反応がするの!」
胸元からコンパスのようなモノ取り出したマイが声を上げる。
彼女の話を聞くに、それは魔王の反応を測る特別な魔導具ということだ。
詳しい話を聞いても、恐らく答えてはくれないだろうと判断し、アリアたちは先に進むことにする。
◆
「アレは……ゴブリンの群れか」
階段を降りたところで、遠くの方を眺めながらセドリックが呟く。
彼の視線の先には、百は超えるであろう数のゴブリンの群れがあった。
「それだけじゃないにゃん、真ん中にいるのは……」
「ああ、アレは〝ゴブリンキング〟だね、ヴァルカンさん」
ヴァルカンの言葉に応じるセドリック。
ゴブリンの群れ、中心には黄金色の鎧を着込んだ、三メートルはあろうモンスターが座している。
そのモンスターの名はゴブリンキング――
ゴブリンの最高位進化種であり、Aランクに位置するモンスターだ。
強力な戦闘スキルの他に、ゴブリンを統率・自在に操る能力を持っている。
――ステラ、少しいいか?
――おお! タマよ、どうしたのだ!
タマから送られてきた念話に、嬉しげに応えるステラ。
そんな彼女に、タマは……。
――ちょうどいい機会だ。ここで我が輩とお前との連携力を皆に披露しよう。
……と、提案する。
――ぐふふっ、秘密の特訓の成果を見せるのだな! わかったのだ!
元気よく念話で応えるステラ。
この半月間、タマが夜中に迷宮へと出かける度に、ステラもあとについてきていた。
どうせついてきてしまうならば……と、新たなスキルを使って、彼女との連携を高める特訓をしていたのだ。
「ここは我とタマに任せるのだ!」
そう言って……右手のクラウソラスと、左手のカラドボルグを構えて歩き始めるステラ。
そんな彼女の横に寄り添うように、一緒に歩き始めるタマ。
二人から絶対の自信を感じ取ったアリアは――
「わかりました。タマ、ステラちゃん、ここは任せます」
――と、二人を送り出す。
「さぁ、我らの連携を見せてやるのだ!」
威勢の良い声とともに、ゴブリンの群れに向かって、ステラが駆け出す。