109話 普通の攻撃が範囲攻撃で二回判定のママは好きかしら?
本日(8/19)、本作のWEB版の連載から二年が経ちました。
Sランクベヒーモス、二歳になることができました!
これもご愛読くださる皆さまのおかげです。
本当にありがとうございます!
「え……? お母様、今なんて言いましたか……?」
その日の夜――
アリアの実家で食卓を囲む皆。
そんな中でアリアがキョトンとした顔で言葉を漏らす。
「だから、今度の戦いだけど、お母さんも戦うわよって言ってるの。実はアリアがルミルスを旅立ってから、戦闘スキルに目覚めてアマゾネス部隊に入ったの。今は七番隊の隊長なのよ?」
「な……っ!?」
レオナの返答に、今度は驚愕した声を漏らすアリア。
自分がいなくなって少しの間に、戦いとは無縁だった母が戦闘スキルに目覚め、その上新たに発足されたと聞いていた部隊のうちの一つの隊長になっていた……?
悪い冗談にしか聞こえない、が、母は……レオナはそのような冗談を言うような人物ではなかった。
それは生まれてからこの里を出るまで、一緒に暮らしてきたアリアだからこそ、一番よく理解している。
「レオナさん、ちなみにどんな戦闘スキルに目覚めたのですか?」
「アリーシャ様、私が目覚めたのは《ショックウェーブ》という強化系の派生スキルです。スキルに目覚めた日に、森でスキルの試し撃ちをしてたのですが……たまたまアマゾネス部隊の部隊長が見ていたようで、スカウトされたんです」
あらあらうふふ……なんて呑気に笑いながら、レオナはそう言ってアリーシャの質問に答える。
彼女の話では、もともと筋力を僅かながら向上させる下級スキル《レッサーパワー》から、ある日朝起きたら派生していたとのことだ。
「それでも……お母様が戦いの場に出るのは反対です……」
大切な……唯一血で繋がった家族であり、母であるレオナ。
そんな彼女が戦場に出るなど、アリアにとってはゾッとする話だ。
アリアの父は、彼女が幼い頃に亡くなっているので、家族を失うのは余計に怖いのだ。
「アリア……あなたの気持ちはわかるわ。けど、これは里を――ルミルスの存亡をかけた戦いよ。戦力は一人でも多い方がいいし、あなたが成長したようにお母さんも成長しているのよ? それに、お母さんが目覚めたスキル、《ショックウェーブ》は通常攻撃の威力を強化して広範囲に二回攻撃したっていう事象を起こす強力なスキルなの、そう簡単にはやられないわ」
不安そうな表情を浮かべるアリアの頭を撫でながら、レオナはそう言って自身のスキルについて説明する。
場を和ませようと思ったのだろう。レオナはアリアの胸に抱っこされるタマに向かって……。
「ねぇ、タマちゃん? 通常攻撃が広範囲攻撃で二回攻撃なママは好きかしら?」
……などと、少々お茶目な感じで問いかける。
「にゃ〜ん(素晴らしいスキルだ、さすがご主人の母上だ)!」
タマは可愛らしい声で、レオナに応えるのだった。
「珍しいスキル、興味があるのだ! 我と模擬戦をするのだ!」
骨つき肉を齧りながら、レオナのスキルに興味を持ったステラがそんな提案をする。
レオナは「あらあら、Aランク冒険者さんに模擬戦をしてもらえるなんて光栄だわ」とにこやかに応える。
前回の召喚獣との戦いで、ステラにヴァルカン、それにリリとフェリもAランク冒険者としてギルドに認定されていた。
リリとフェリに関してはランクの意味をよく理解していないのだが……それはさておく。
「にゃ〜、それにしても……さっきの会議でも思ったけど、この里の戦力は大したものにゃん。外壁の建設、新たな部隊の発足、指揮系統の強化……魔族の軍勢による襲撃からたったの数年で成長するにゃんて……」
「あれ以来、里の住人は一致団結して、皆で成長してきましたからね。……それでも、四魔族が率いる軍勢が相手では、里の力だけで乗り切れないのが心苦しいですが……」
ヴァルカンの称賛の言葉に、レオナは誇らしげに応えるも……その途中で表情を悔しげなものに変える。
「仕方ありませんよ、レオナさん。四魔族はただでさえ強力な上に、今回は復活に際し、準魔王級とも呼べる力を身につけています。力が衰えているとはいえ、勇者であるジュリウス殿下がいても、四魔族が呼び出した召喚獣に苦戦するほどのようですから……」
アリーシャであったからこそ、四魔族レヴィを一人で討滅することには成功したが、今回の戦いに参加するメンバーでそれができるのは、彼女と……あとは大魔導士・舞夜の義兄であり、彼の一部を授かったセドリックくらいのものであろう。
そんなセドリックであっても、アリーシャが受けた報告では四魔族が一柱――ウァラクを相手に、少々の苦戦を強いられたとのことだった。
今回復活した四魔族たちが、いかに強力であったのかがわかる。
「難しい話はわからないけど、召喚獣に苦戦したのは悔しかったわ」
「せっかくベルゼビュート様に特訓してもらったのに、時間稼ぎしかできなかったです〜……」
四魔族の話が出たところで、果実を頬張っていたリリとフェリが、しょんぼりした表情を見せる。
普段は元気ハツラツな二人だが、やはり召喚獣との戦いには思うところがあったようだ。
無論、二人ともあれほどの強敵を相手に、アリアたちを上手くサポートできていたのに間違いはないのだが……仲間が危機に晒された経験は、心に大きな傷を残してしまったのだ。
「にゃ〜ん(気にするな、二人ともよくやったのだぞ)!」
落ち込んだ二人の前に、タマはてちてちと歩いていくと、二人を慰めるように頭を擦りつけて優しげな声で鳴く。
「くすぐったいわよ、タマ〜!」
「でもモフモフで気持ちいいです〜!」
タマの気遣いもあって、リリとフェリはすぐさまは無邪気な笑顔に戻るのだった。
◆
その日の真夜中――
(むぅ、動けぬ……)
タマは少々困っていた。
新たな土地に来たのだ。せっかくだから散策を兼ねた夜の散歩をしよう……そう思っていたのだが――
右を向けば……ふにゅん!
左を向けば……むにゅん!
現在、タマはとんでもなく窮屈で、柔らかな感触に包まれている。
「うぅん……ダメですっ、タマったら……聖獣様の姿でそんなことするなんて……っ♡」
タマが身じろぎすると、アリアはそんな寝言を漏らす。
「ふふっ……アリアったら、どんな夢をみているのかしら……」
どうやら、レオナはまだ起きていたようだ。
アリアの寝言を聞き、愛おしげに彼女の頭を撫でている。
せっかく久しぶりに再会したので、アリアはレオナと親子水入らずで一緒に眠ることになった。
水入らず……といっても、もちろん愛するタマは一緒であった。
結局、タマはアリアに抱っこされたまま眠ることになり……アリアとレオナのメロンにサンドされることになってしまったのだ。
「タマちゃん……?」
「にゃっ?」
アリアの頭を撫でる手を止めると、レオナが唐突にタマの名を呼ぶ。
そしてそのまま、アリアに似た優しい声で言葉を紡ぐ――
「娘を……アリアを守ってくれてありがとう。まだ赤ちゃんのあなたにこんなことを頼むのも変だけど……アリアをこれからも守ってあげてね?」
――と……。
タマとの出会い、これまでの冒険の数々……。
その話をアリアから聞いていたレオナ。
娘の命の恩人(猫)であるタマに、感謝の思いを伝えたかったようだ。
「にゃあ(任せろ、母君! ご主人は我が輩の命に代えても守りきってみせるぞ)!」
レオナの言葉に、タマは元気よく鳴いて応える。
「ふふっ……本当に、あなたはアリアの騎士様みたいね……」
明らかに言葉が通じていると思われるタマの反応、そして自信を感じさせる鳴き声による返事に、レオナは微笑むと……タマの頭を慈しむように撫でる。
アリアとレオナの柔らかさ、そして安心感を覚える甘い匂い……そして心地よい手つきに、タマはゆっくりと眠りについていくのだった……。